第二話
勇者一行がファマスに到着したのは、七日が経ってからだった。最初に一行の姿を見つけたのはやはりアンナであった。雪原を進んでくる四人の人影。見張り台のはしごを半ば落ちるように降り、町の門でそわそわしながら待つ。
この七日間、なにを話すかずっと考えていた。しかしいざその時になると頭は真っ白だ。何一つセリフが浮かんでこない。
門のそばで棒立ちのアンナに声をかけたのはなんと勇者のほうだった。なんと話しかけられたのかは覚えていない。機能停止した頭に代わって、口が勝手に受け答えをしていた。
「ようこそ。ここは最果ての町ファマスです」
当たり障りがなさすぎて情けなくなる。町の名前を言っただけだなんて。ここがファマスだということなど勇者様は百も承知でいらっしゃっているのに。
「ありがとう。町長さんの家まで案内してもらえるかな」
アンナより頭二つほど背の高い勇者は、少し身をかがめてアンナに微笑みかけた。顔が熱くなる。
「も、もちろんです。ご案内します――」
通りに集まった人々の歓声の中、アンナは勇者一行を先導した。勇者はその歓声に手を挙げて笑顔で応じた。
町長宅に到着すると、アンナはまた勇者に声をかけられた。
「助かったよ。君、名前は?」
「アンナです」
「アンナさんか。僕たちはしばらくこの町で準備を整える。あとでまた案内してくれると嬉しいんだけどどうだろう」
アンナの心は舞い上がった。
「はい。喜んで」
「じゃあ明日の昼過ぎに宿屋に来てくれるかな」
そう言うと、勇者一行は町長の家に消えていった。残されたアンナは夢見心地で、しばらくそこから動けなかった。
翌朝。アンナは店でいつものように剣を磨いていた。
きっとこの店にも勇者様をご案内することになるだろう。勇者様のお力になり、そして命をお守りする武具だ。よくよく手入れをしておかなければ。
扉のベルがからんころんと音を立てた。
「いらっしゃいませ」
剣を置いて何気なく顔を上げる。お客さんと目が合った。
「あれ。アンナさん?」
「勇者様……」
顔から火が出る思いだった。どうせ汚れるからと、着古した服にくたびれた皮のエプロンという格好が恥ずかしかったのだ。
「どうして……。お昼の約束ではありませんでしたか?」
「いや~そうなんだけど。ファマスの装備は最高級品で有名じゃないか。どうしても早く見たくなってしまってね。宿のご主人に町一番の鍛冶屋を教えてもらったんだよ」
勇者は照れくさそうに頭を掻いた。
「でもまさかアンナさんがいるとは思わなかった。この店で働いているの?」
「ええ、父の店なので手伝いをしています」
「そうだったんだね。それはちょうど良かった。少し教えてくれないか、玉鋼の剣とモリア銀の剣について――何しろ見るのは初めてなものでどれがどれやら。ああ、先に言っておくけど今は持ち合わせがないから見るだけだよ。僧侶がお金に厳しくてさ。あとでちゃんと買いに来るから」
「お一人で来られたんですか? お仲間方は?」
「僧侶と魔法使いは早朝から町長さんと作戦会議をしているよ。起きた時にはもういなかったな。戦士は昨日の宴会で酔いつぶれてしまって、まだ死んでた。だからこうして小遣いもなく一人でぷらぷらしているわけ」
勇者はおどけるような口調で言った。アンナはぷっと吹き出してしまった。
「お、やっと笑ったね」
嬉しそうだ。アンナはやっと緊張がほぐれてきたのを感じた。
「勇者様面白い。私、勇者様ってもっと高貴な雲の上のお方だと思っていました」
「雲の上なもんか。僕たちだってただの人だよ。むしろ、泥だらけで何日も風呂に入らないとか、食べられるかどうか怪しいものをとりあえず焼いて食ってみたりとか、やっと魔物を倒したと思ったらヘドが出そうなくらい臭い血を浴びたりとか。結構散々なんだから」
アンナは愕然とした。よく考えれば当たり前のことだった。勇者一行の仕事は魔物を討伐すること。伝え聞く華々しい活躍よりも、本来はずっと穢れに満ちた死闘をくぐってきたに違いにない。自分たちが暖かい家に住み、清潔な服を着て、飢えることなく食べられるのは、勇者が泥の中で戦い続けてくれているからなのだ。
「申し訳ありません、勇者様。私、とんだ失礼を……」
「でもそういう散々な運命でなければ、僕はこの町には来なかっただろう。この町に来なければアンナさん、あなたと知り合うこともなかった。だから人生は面白い」
勇者は朗らかに言った。
「さて、アンナさん。剣をいくつか見せてもらえるかい」
「ええもちろんです。では改めまして……ようこそ武器と防具の店へ――」
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