これが アイドル です。

朧beta

プロローグ「黄金の夜」

 かつて、アイドルが戦わない時代があった――



 さいたまウルトラスーパーアリーナが、熱狂に包まれる。


 ステージの上では、二人のアイドルが対峙していた。その手には、きらびやかな衣装を象ったカードが握られている。


「ミスティックプリズムコーデ!」

「シャドウフレアコーデ!」


 二人の声に呼応し、ステージが輝き始めた。

 まばゆい光の中、二人の少女をドレスが彩っていく。


「いやー、今夜もバリバリにキマってるじゃないッスか、センパイ」

「そりゃどーも。つか、いい加減アンタの顔も見飽きたわ」

「それじゃ、いよいよトップアイドルの座を譲ってくださるワケで?」

「冗談」


 軽口を叩き合いながらも、テンションは上がっていく。

 声援が、割れんばかりに鳴り響く。

 そのエネルギーはステージを介して二人の身体に流れ込み、アイドルのオーラが静かに立ち昇る。

 そして、音が生まれる。


 イントロが、始まる。


「ハァッ!!」


 アイドルの発するオーラがぶつかりあえば、それが始まりの合図だ。


 黒と赤の燃えるようなドレスを纏ったアイドル――染匠せんしょうアキラは、

いくつかのフェイクを挟んだのち、いきなり胴回し回転蹴りを放った。


「甘いッスよ!」


 迎え撃つのは紫と白の神秘的なドレスを纏ったアイドル――御鏡リア。

 大振りの蹴りを余裕綽々にかいくぐり、カウンターを合わせる。

 ……が。


「ッ!!」

「お前がな」


 カウンターに対するカウンター。アキラの放った二の太刀が、リアの脇腹をえぐった。

 纏ったオーラが弾け飛び、リアはたまらず後方へと跳んだ。


 その隙を、熟練のトップアイドルは見逃さない。一瞬で間合いを詰めると、ガードの上から猛ラッシュを叩き込んだ。

 

 歌はこぶし


 アイドルの魂が宿った拳がぶつかり合えば、弾けたオーラは旋律に乗り、歌となる。

 歌は口ずさむものではない。魂の叫びなのである。

 

 この瞬間、ステージの主導権を握っているのはアキラだ。故に生まれ、流れる歌も彼女のものとなる。


「でええええええええええええっ!」


 無理矢理にガードをこじあけ、一発、二発……流れる様なコンビネーションが炸裂する。

 有無を言わさぬ十二発目が決まり、相手の身体が宙に浮く。


 勝負が決まったかに思えた、その時――


 御鏡リアの身体が、ガラス細工のように砕け散った。

 その刹那――


「ちいっ!!」


 背後からの一撃を、アキラはギリギリでかわした。

 その視線の先では、先ほど砕け散ったはずのリアが薄笑いを浮かべている。


「今回のは、結構上手くなかったッスか……?」

「はっ。お前の手品は……見飽きたんじゃ!!」


 体勢を崩しながらも、すかさず強烈な蹴り上げで突き放す。


「っとぉ……。足癖悪いなあ、もう」


 大げさにドレスのホコリをはらってみせる。ダメージは見られない。

 既に歌は途切れ、間奏に入っている。


「ま、ウチらも付き合い長いッスからね。勝手知ったる人のワザ、実家の様な安心感」

「わかってんなら、とっとと遊びは終わりにしような?」

「えー? やだやだ、もっと遊びましょーよ」


 わざとらしく子供ぶる。トレードマークである糸目の奥が、怪しく光った。


「《グラスドール》」


 間奏が、終わった。

 瞬間、が、同時にアキラへと襲いかかる。


「にゃろっ!」


 奇襲からの連続攻撃。流れる歌は既に、リアによるものへとシフトしている。

 だが、二人の猛攻に押されながらも、アキラの対応は冷静で的確であった。


「だからネタは割れてるって……!」


 瞬時にを見極めると、そちらに集中して反撃に打って出た。

 分身の攻撃でもオーラは削られるものの、本体によるダメージに比べればどうということはない。既に幾度となく、拳を交えているからこその割り切りであった。


 拮抗する攻防。リアのソロが、アキラとのデュエットへと変わっていく。


「このまま、流れはもらっていく!」

「させねーッスよ!!」


 三人目の御鏡リアが、アキラに飛びかかっていく。


「それも知ってる!」


 三人目をとっさに裏拳でさばくと、間髪入れず本体にタックルを仕掛けた。


 リアの分身能力は消耗が激しい。だが、持久戦を狙うようなこすい真似をするつもりは、アキラにはなかった。

 このまま一気に優位に立ち、圧倒的な力の差を見せつける。その上で、最後に大技で決める。それがアキラの描いたステージプランである。


「なっ!?」


 しかしそれは、新たに現れた四人目と五人目に阻まれてしまう。

 この数を出されるのは初めてだ。無茶な戦法とはいえ、さすがにアキラにも動揺が生まれる。


「おいおい、新記録か……?」

「そーッスね。せっかくッスから……世界新に挑戦しましょうか」


 リアから立ち昇るオーラが揺らめき、また新たにアイドルを形作る。しかし、今度は一人や二人ではなかった。


 あまりの異様に、気がつけばアキラも本体を見失ってしまっていた。


「ばっ……」


 総勢十二名のアイドルが、アキラに向かって一斉に襲いかかる。


「馬鹿かお前は!!??」


 もう格闘も何もない。飛びかかってきた十二人のアイドルに押しつぶされ、アキラはあっという間に身動きが取れなくなった。



 前代未聞のあまりの光景に、観客達も言葉を失う。

 突然の、あっけない幕切れ。


 ――否。


 ドッ。


 凄まじい閃光と爆炎がステージを包み込む。

 オーラで形作られた十二体のガラス人形が、ドロドロに融けて意味を消失していく。


 そして――


 融けたガラスと炎の中から、ひとりのアイドルがゆっくりと立ち上がる。さしずめ、炎の中から蘇る不死鳥のように。


 ステージの中でのみ、アイドルが起こせる奇跡。《アイドルエフェクト》。

 染匠アキラの《フェニックス・イン・ザ・ダーク》が、全てを焼き尽くしていく。


 静まり返っていた観客が、待ってましたと言わんばかりの歓声を上げた。


「……ようやく、火が付いたッスね」


 増殖に紛れて隠れていた、十三人目の本体が半笑いを浮かべる。

 この瞬間をこそ、待ち望んでいたのだ。


「ああ、よくわかった……」


 不死鳥が、舞った。


「お前は、燃やす」


 そして、狂乱の夜は続く――

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