花咲かぬ国5
セイルの提案に、シングラティオはフッと笑う。好意的にも思えるその反応に返ってきたのは……「無理だな」という返答だった。
「なっ……何故だ!?」
「何故もクソもあるかよ。お前、俺が何だったか忘れたのか」
漂う殺気に、仮眠をとっていたウルザが素早く起き上がり武器に手をかける。
「ウルザ! ……大丈夫だ。問題ない」
「……そうとは思えなかったけど」
背後では同様に仮眠をとっていたアミルが剣に手を伸ばしている音が聞こえてきているが……それを見てシングラティオは楽しそうな笑みを浮かべている。
「いいか、セイル。俺は魔族だ。三度の飯より戦うのが好きで好きでたまらねえ、魔族だ。俺だけじゃねえ、魔族全体が『そう』なんだよ」
「だが、分かり合える。こうして話せているだろう」
「甘ぇ奴だ」
それまで浮かべていた笑みを消し、シングラティオは小さな溜息をつく。
「話して分かり合えるなら、グレートウォールなんざ要らねえんだよ。だから人間は滅びかけたんだろうがよ」
「それ、は……」
そう、確かにその通りだ。グレートウォールは言ってみれば、人間とその他の種族の強制隔離処理。
神々による神託でも止まらないだろうと判断されたからこそだ、ということくらいはセイルにも想像がつく。
白の月神がセイルを人間の英雄として送り込んだのだって、必要だと分かっていたからだ。
そして……セイルは決して、話し合いで解決してきたわけではない。
「似てるから、話が通じるから分かり合えるってのは幻想だぜセイル。俺とお前だって分かり合ってるわけじゃねえ……向いてる方向が同じだから協調できてるだけだ」
「……お前は俺に、何も思うところがないと?」
「思うところはあるさ。だが、それをお前が理解できるとは思わねえ。そしてその後、協調できるとも思えねえ……だからやめときな、一縷の望みをかけて聞いてみるってのはよ」
その言葉だけで、セイルは「聞いてそれでも理解する」という選択肢を封じられる。
分かり合う気はない。そんな拒絶にも近いシングラティオの宣言に、セイルは言うべき言葉をもたない。
「……そうか。だが、それでもいい。協調が続くのならば、それもまた良しだ」
「くくっ、そいつも無理だな。宣言するぜ、いつか俺とお前はまた殺し合う。きっと今度は互いに遠慮なしの命の獲り合いだ。そして他の魔族は、言っちゃなんだか理性的とは言えねえ面子が揃ってる」
「シングラティオ、俺は……」
「そん時ぁ、俺はお前をブッ殺すつもりだけどよ、お前も遠慮なく殺せよ? 前回みたいのじゃなく、きっかり楽しく戦ろうぜ?」
すでにシングラティオから殺気は感じない。敵意も感じない。セイルに好意にも似た視線を向けながら、殺し合いを語っている。その異質さは……確かに、セイルには理解できそうもないものだった。
「今までのどの人間の国より発展するんだったか? 正直シビれたぜ。最高の誘い文句だ」
「俺は!」
立ち上がる。耐え切れず、激情のままにセイルはシングラティオを見下ろす。
「俺は……っ、お前と友人になりたかったんだ!」
「俺もだぜ。だから、お前といつかまた戦りてえんだ。最高に仕上がったお前と命の奪い合いをしてこそ、友人ってものだろ?」
「……!」
違う。違い過ぎる。言葉は通じているのに、話が通じていない。
いや、話は通じているのかもしれない。互いの根底にあるものが違い過ぎるのだ。
「セイル、様……」
「……ああ、大丈夫。大丈夫だアミル」
心配そうな声をかけてくるアミルに答えながら、セイルは再び座る。
少なくともシングラティオは「今」は味方。そう割り切るしかない。
分かりきっていた事ではある。それが表面化しただけなのだ。
「もうお休みになってください、セイル様。夜営は私達が変わりますから」
「ええ、そうよセイル。1度休んだ方がいいわ」
「そう、だな。すまないが2人とも頼む」
アミルとウルザの説得に応じ、セイルはふらふらと歩き……少し離れた場所で横になる。
その姿をアミルは心配そうに見つめていたが、ウルザは目の前のシングラティオに冷たい視線を向けていた。
セイルがやがて寝入ったのを確認した頃、ウルザは単なる雑談のような調子でシングラティオへと話しかける。
「……魔族の友情っていうのは、随分物騒なのね」
「そりゃ価値観の差だな。物騒っつーのは……ほら、アレだ。寝込みを襲うようなアレだろ? 昔、お前等人間や獣人……ダークエルフもか。結構やってきたって話だぜ」
流石にその頃は俺も生きてねえけどな、と笑うシングラティオを見ながら、ウルザは冷静に分析する。つまるところ、魔族にとって正面からの殺し合いは生活の中で見られるモノ……と。そういう話であるようにも思える。だからこそ、直接的な言葉を投げかける。
「あら、なら貴方達の国では突然路上で殺し合いが始まったりするのかしら」
「おお。勿論ルールはあるぜ。女子供は余程の事がないと殺さねえ。未来があるからな」
だからって男ばかり減りすぎて大変だった時期もあるらしいけどな、と笑うシングラティオにアミルはドン引きした表情を浮かべていたが……ウルザは目を細めるだけで終える。
なるほど、セイルが「理解」できないはずだ。きっと永遠にそれは変わらないのだろう……と、ウルザはそんな事を考える。
「……ところで、さっきから妙な視線を感じるのだけど。実は貴方の仲間が隠れていたりする?」
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