僕は一日に三度嘘を吐く
Mirai.H
プロローグ
西暦2048年、人類の体に
各国政府機関には自国民のデータベースが置かれ、出生から現在までの成長記録が記録されている。
ICチップの普及に伴い、携帯電話の姿を段々と見かけなくなる。
次第に完全なペーパーレス、キャッシュレス社会が形成され、書類や現金という概念がなくなった。
紙を使用するといえば、鼻をかむことや排泄をおこなう際に利用するぐらいだ。
国のデータベースにより個人が機械に監視されている状態であるが、犯罪発生率の推移といえば今も昔もそんなに変わらない。
変わったところといえば、犯罪発生から犯人が捕まるまでの時間が格段に短縮されたぐらいだろうか。
良い点を挙げれば、孤独死や行方不明者がなくなったのは、研究成果の賜物だと言えるだろう。
チップが埋め込まれてから数ヶ月が経過すると、政府が脳波で会話ができるトークアプリの配布をおこなった。
ただ問題点も多く、瞬時に考えたことをそのまま送信してしまうことや、一度送信した会話は修正がきかないため、使用する相手は限られた。
更に言えば、トークアプリを使用するには互いの承認がないと使用できないため、コミュニケーションが苦手な者はアプリの使用すらおこなっていない。
使用する相手は専ら家族や恋人、仲の良い友人限定といったところだろう。
そのため、人類が声を介して会話をするという行為自体は現存だった。
ここまでデータ化が進むと学校自体もなくなるのではないかと一時期噂されていたが、そのようなことはなく、時代の変化に合わせて学校施設も変化をしていった。
大きく変わった点といえば、施設内は特殊な電波が発生しており、ICの機能に制限がかかるようになっていること。
語学の授業はそのまま残っている状態だが、理数系の授業がなくなったこと。
理数系の授業がなくなる代わりに、必修科目として情報や道徳関連の授業が加えられたこと。
授業中はノートを取らず、全てデータ形式で進められるため、ただ座ってアプリの記憶領域に淡々と書き込みをおこなうようになったことだろうか。
機能の制限についてなのだが、施設内にいる際はネット環境に接続できない状態になり、トークアプリの使用ができなくなる。
使用可能なアプリはノートと辞書で、休憩時間内は制限が解放される状態になっていた。
テストの時間だけは更に制限がかかるようになっており、ノートや辞書アプリは勿論使用できない状態になる。
因みに脳の記憶領域とアプリの記憶領域は別物で、ICチップ内のアプリに記入したからといって、脳が直接それを覚えているわけではないため、データを見て復習をしていないと点数は取れない。
ただ記入式ではなく選択式のテストに変化したので、勘で選択をしても正解してしまうときがあった。
このような簡略化された社会に於いて、何故学校に通わなければならないのかと理由を問うのなら、コミュニケーション能力を向上させるための数少ない施設だからと答えるのが正解だろう。
ICチップの機能は日を追うごとにアップデートされてゆき、数年前に完成したVRMMORPGもICチップへ組み込めるようになった。
いつものようにゲームを進め、現実世界の空腹メーターが下がり始めるとゲームからログアウトをし、深く座っていた一人用のソファーから体を起こしつつ、閉じていた目をゆっくりと開く少年の姿がそこにあった。
「……いい時代になったものだな」
そう呟くのは、華奢な体つきをした十七才の高校生。
数年前のVRといえば、頭にヘルメットのようなものを被って、頭に注射針のようなものが刺さった後、電気が走ると目の前が暗転しゲームの中へ入り込むタイプのものだった。
蚊が人の皮膚を刺すときのように、麻酔のようなものが瞬時に出るため針が刺さる瞬間は別に痛くはないのだが、針が刺さっているという感覚自体は感じる。
独特の不快感があるため響はそれを苦手としていた。
ゲームからログアウトする際も麻酔の効果なのか数分間のラグがあり瞬きはできるのだが体の自由が効かない現象も発生する。
ただ時代の変化というものは凄いもので、ICチップにVRアプリが組み込まれた今は、ヘルメットを被る必要もなくなり、被っていたときに感じる不快感やラグもなくなった。
初めて発表されたときは、世界中が歓喜の渦に包まれたことも記憶に新しい。
しかし、新しい時代の新しい生活に染まりきった響は、何事もなく淡々と過ぎていく日常に若干の不満を感じていた。
学校が終われば友人とゲームをして、食事をして、睡眠を取る。
出かけることもあるが遠方に繰り出すこともなく、出かけた先で特段何かをするわけでもない。
――所謂、普通の男子高校生の至極平凡な日常――
そう表現するのが正しいのかも知れない。
「……つまらない。何か刺激が欲しい」
ゲームを終えて食事を摂ったあと、響は脳内でネット接続をすると『日常 刺激が欲しい』というワードの検索を開始する。
指折り数えられないぐらいに何度も検索をかけたワードである。
代わり映えのない言葉の羅列が並ぶウインドウに、響は大きく溜息をつく。
暫くそのままの状態で呆けていると、トークアプリに突然メッセージが届いた。
アプリを開くと、知らないアイコンが表示されている。
「誰だこいつ……」と響が呟くと同時にメッセージが追加で届く。
『こんにちは』
『私は、Xと申します』
(おかしい……トークアプリはお互いの承認がないとメッセージが送れない筈なのに……こいつは誰だ?新手の悪戯か?)
突然送られてきたメッセージに戸惑いながら、返信をしようか悩んでいると更にメッセージが送られてくる。
『突然ですが、あなたにミッションを与えます』
響の好奇心が擽られる。
非日常的な物に出会えた喜びからか、響はすぐに返事をした。
『ミッションってなんだ?悪戯なのか?お前は一体誰なんだ?』
数秒の間が空き、返信がくる。
『質問は受け付けておりません。ではミッションの内容を説明します。一日必ず三回嘘を吐いてください。それだけです』
一方的に送られてきたメッセージの内容にやや怒りを覚えた響は、怒り口調で再度返事をする。
『悪戯ならもう返さないぞ』
また数秒の間があいて返信がくる。
『参加は強制です。ルール説明をさせていただきます。ミッションを達成すると、あなたの望む物が何でも一つ手に入ります。その代わりミッションが未達成の場合は命に関わる何かが発生します。嘘を吐く対象は人間のみです。ミッション達成後の流れについては、ミッション達成の際、此方から再度メッセージを送りますので、メッセージに書かれている指示へ従ってください。以上』
(阿呆らしい……簡単に人の命など奪えるものか。このまま無視してやり過ごそう)
響が返事をせずにいると、またメッセージが送られてきた。
『信用していただけないようですね。ではあなたの部屋にある時計の針が二十時を指した五分後に、あなたの右腕が動かなくなるよう脳へ信号を送ります』
響はメッセージを閉じ、時計の針が二十時を指すまで待った。
針が二十時を指し示すと、意気揚々とカウントを始める。
「さん、に、いち」
響が「ぜろ」とカウントをした瞬間、掲げていた右腕の力がすっと無くなり、肩からだらりと垂れ下がる。
何が起こったのか把握できずに混乱していると、メッセージが届く。
『信用していただけましたか?それでは、メッセージの開封から三分後に解除をおこないます。ミッションは0時を過ぎたら開始します』
三分が経過すると響の腕に力が戻る。
(悪戯じゃなかったのか……でも一体誰が……何のために?)
額にうっすらと汗を浮かべ、自分の体が小刻みに震えていることに響は気付く。
ただの武者震いなのか、はたまた恐怖を感じて震えているのかは、響自身にもわからなかった。
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