Merries[メリーズ]~表裏一体奇怪譚
皇緋那
第1話 あなたはだあれ?
世の中には知らない方がいいことだってある。裏の事情を知れば楽しめなくなる、あるいは知ってしまえば危険だとされる。なんて噂たち。
近年は聞かなくなった怪談の真実もこのたぐいだろうと、少女は思う。しらける、あるいは怖くなくなってしまう。けれど、もしかして、そのなかには本当に知ってはいけないものがあるとしたら。
きっと、好奇心は少女を殺してしまうのだろう。
「ねぇ!あの話ってほんとなの?」
「なにが?」
「なにがって、昨日言ってた殺人事件」
ここは日本の上の方にある日ノ出海市。もっと詳しく言えば、その中心街近くに建っている高校。日ノ出海市立旭日高校の教室である。いまは放課後だ。生徒はまばらにしかいない。
詰め寄られている男子学生と詰め寄っている女子学生は帰宅部仲間の幼なじみで、帰ろうと言うときにふと思い出したらしくそんなことを言い出したのだった。
「あぁ、怪人に斬られたってやつか?お前、そういう噂好きだよな」
「だって気になっちゃうんだもん」
彼の言葉にぷくっと頬を膨らませる少女。彼女は『
好きなものは噂話だとまわりには思われているが、実際にはなんでもかんでも知りたがる強い好奇心の持ち主であり、特に明確な答えを出さない噂のたぐいへの探求が目立って見えるという話であった。
「俺は知らねえよ。警察にでも駆け込めばいいんじゃねえのか」
「そんなあ!」
こうしてめんどくさそうに鞄を持って、ルナを置いていこうとする少年。彼は『
そしていま、トラオはきのうしていた「この前行方不明となった女性は包帯まみれの怪人に斬られて殺された」という話についてルナにしつこく言われている。
「でも、変だよね。斬られたってわかってるのに、本人が見つかってないなんて」
「目撃証言と血痕はあったんだっけか。じゃあ普通に隠してるんだろ」
トラオは実家が寺であり、親父は住職だというのにそういうオカルトはあまり信じてくれなかった。しかも坊主になっていない。
遺体が見つかっていない以上、行方不明という扱いだ。まだ死んでいると決まったわけじゃないという希望がなくもないということか。警察も必死に探しているだろうに、犯人の家に持ち帰られてしまったのだろうか。
考えれば考えるほど気になってきてしまうのが、ルナの悪い癖だった。
そうして帰宅部のルナとトラオが放課後の教室で騒いでいたのは理由がある。人を待っていたのだ。もう相手も用事が終わった時間だろうと判断して、ふたりは教室から出ようとしていたところだった。こういうことはたまにあって、そのたびに目撃者に噂されたりしていたが、少なくともルナの側にそういう感情はなかった。トラオがどうかは知らないが。
「おっ、リュウタ。終わったか?」
「ええ、これで今日は上がりです。待っていてくれたのですね」
彼は『
数年来この三人でつるんでいるルナとトラオとリュウタは、友人として仲良く帰っている。噂好きな女子と、理系眼鏡とお寺のチャラ息子。一見ばらばらな組み合わせだが、どうしてか落ち着くようだ。
「そうだリュウタ!行方不明事件のことどう思う?」
ルナはそのことが頭を離れず、すぐさま話題を戻そうとした。トラオはもっと明るい話をしろよと呟くが、リュウタは涼しい顔で答える。
「斬られた、という現場に残っていた血痕は行方不明者のもので間違いなかったようですね。刃物で襲われたのち、怪我をした彼女はどこかへ連れ去られたと考えるしかないでしょう」
「でも、目撃した人は誰も車の音とか聞いてないし、血痕はいくら調べてもそこにしかなかったって話だよ?」
「難しいですね。運ぶ際の血痕は残さないのなら、斬った際のものも消すでしょうし……」
リュウタはじっくり考えながら歩いているし、そんなリュウタをルナはじっと見つめていた。居心地が悪そうなトラオは置いてきぼりで、ふたりは考え込んだままに駅まで到着する。ルナもリュウタも結論は出ず、けっきょく下校のお話時間が消えただけだった。
ただルナがこういったことへの興味を押し込んで他人と談笑していられるかというと、忘れ去っている場合を除けば不可能だ。高校生三人組にしてはやたらと静かな集団は、駅で男子と女子で分かれ、ルナはひとりで帰路を辿ることとなった。
生徒会の用事が長引いていたため、すっかり日が沈み、まだそこの太陽があったという主張はぎりぎりあったがほとんどが藍色の空だった。
そういえば、今ごろのことを逢魔が時と言うのだったろうか。夕方、昼の明るさから夜の暗い世界へと移り変わろうとする時間帯。
ルナの好奇心はここで最高潮に達した。自分のスマートフォンから怪人について調べ、現場周辺で刃物を持った女がうろついているのを見たという声がいくつもあるのを知り、もはや引き下がる選択肢は頭になかった。
現場は駅からそう遠くない。早歩きで直行し、住宅街を駆け、黄色いテープの張られた現場周辺にいる警官に向かってなるべく元気にあいさつをして、そのあたりをある程度まわってみる。
もちろん警官に見つけられなかったものを一般の女子高生が見つけられるはずもなくて、夕方といえる空が徐々に闇へと変わっていく。視界は悪くなる一方で、もやもやしながらも帰るしかないか、と思った。
その時だった。声が聞こえたのは。
かすかに聞こえる歌声のような音。女性の声だろうか。なにか金属製のものを引きずる音さえする。もしかすると、怪人への手がかりになるかもしれない。
危険だということは考えず、ルナは声のする方向へ走っていく。しだいによく聞き取れるようになった声はこう歌っていることに気がついた。
「とん、とん、トンカラトン」
聞き覚えがある気がした。小さい頃になにかで知って、とても恐怖した覚えがある歌だ。
やっとルナが足を止めたころにはもう遅い。駆ける足音は、その女に気がつかれていたのだ。何もない住宅街、ほかの音なんてない中で、ルナは自分の吐息とはっきりと聞こえるあの歌声だけを聞いていた。思考は巡る。あれは創作物だ。現実になるわけがない。だが、思い当たる話はある。
きょうずっと考えていた怪人についての噂話。包帯を巻き、他人を斬って殺せるような。
「トンカラトンと言え」
身の毛もよだつような声がした。しかも、耳元で。
言う通りにしなければ斬り殺される。それがルナも知っている噂話でのこの怪人だ。横目で見ても白い影しか見えず、きっとそれが包帯を巻いた体だ。せめて助かりたいと、怪人の言う通りにしようとしても、恐怖で声が思うように出ない。
言わないのだと判断したのか、怪人は鈍く光る刀らしきものを突きつけてくる。あぁ、このまま自分は斬り殺されて、この怪人と同じ怪異にされてしまうのだろう。
「いえ。噂どうりにはならないわ」
「え……?」
今度は何かで人が殴られたような音がして、背後の気配が遠ざかり、新たな気配が現れる。おそるおそる振り向くと、暗闇でも美しいブロンドの髪の毛とお人形めいた西洋のドレスが視界に飛びこんできて、またその持ち主が拳を強く握っているのにも気がついた。
「あなたはだあれ?」
「私、メリーさん。あなたを守ってあげるの」
メリーさん。有名な都市伝説に、そんなお話があったような。
しかし彼女は名乗りつつもこちらにはいっさいの視線を向けず、目の前で起き上がろうとする全身包帯の女を睨んでいる。あの相手は紛れもなく怪人トンカラトンだ。刀でもって、自らの言う通りにしない相手を斬り殺すのだ。なんの武器も持っていない少女へ向け、トンカラトンはふたたび殺害の宣告を叫ぶ。
「トンカラトンと言え……!」
「ふ。それで助かったら、あなたが成立しちゃうじゃない」
メリーさんは刀を持ったトンカラトンへ勇猛果敢にも殴りかかった。斬撃を回避し、振り下ろした刃を踏みつけつつ顔面へ蹴りを入れる。さらに相手の体勢が整うよりも前に腹部へ肘を入れさらによろめかせ、メリーさんは拳を握り直した。
そして全力のアッパーをかまし、放物線を描いて吹っ飛んだ怪人は慌てて逃げていく。包帯姿がやがて見えなくなって、住宅街にはただ夜闇だけが広がる。
メリーさんは自分の衣装についているポケットをまさぐり、なにかを探して、そして結局見当たらなかったことによってかトンカラトンの追跡を断念していた。さっさと帰っていこうとするメリーさんを、ルナは慌てて引き留める。
「ま、待って!今のはなんなの!?あなたは何者!?」
「……世の中には知らない方が幸せなこともあるの」
ルナはそれでも知りたかったけれど、助けてくれた相手に向かって強くは言えなかった。
去っていくメリーさんの後ろ姿へは、突き止めたい謎がいくつも湧いてきて。まだ家に帰っていないことも忘れ、しばらくルナは立ち尽くしていた。
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