なかったことに

なかったことに

「でさー、その合コンがブスばっかでよ」

 話半分にも、聞く価値がない話。

 グダグダグダグダ。

 うざいヤツだ。同じ高校だった腐れ縁だが、とにかく話が長い。そのうえ話題は下世話、知性ゼロ。批判か自慢かしかしないし、上から目線のクズ野郎。

(まったく)

 これからライブでの大事な演奏を控えているってのに、喫茶店で偶然こんなのに会うなんて。

(もう、いいか。打ち切ろう)

 そんなとき、電話が鳴った。相手の携帯だ。そいつは僕に断りも入れずスマホを取りだし、大きな声でしゃべり始めた。

 僕はため息をつき、

「『抹消エリミネート』。」

 と、つぶやいた。


「それでよ、そのブスが……」

 電話が終わり、そいつがこちらを向く。

 すると、その顔が驚きで固まった。

「あれ? えっと……」

「どちら様ですか?」

 僕はコーヒーカップを置いて、そう言ってやった。

「ここ、僕の席ですけど」

「あ、すんません。……おかしいな、俺、確か友達と話してたんだけど……あれ? あいつの名前なんだっけ……」

 混乱しているそいつ。

「あれ? あいつって誰だっけ?」

 僕は立ち上がった。

 伝票を持って会計へ。今生の別れに、コーヒー1杯くらいおごってやろう。金を払って店を出た。

 『抹消エリミネート』。

 生まれつき僕に備わっている能力だ。

 他人の頭から、自分の存在を『なかったことに』できる。


 大金持ちの社長の家に生まれ、類い稀な頭脳と運動能力、そして優れた外見を併せもつ僕の周りには、常にたくさんの他人がいた。

 誰もが僕を利用しようとする。

 だけど、そんな連中、僕には必要ない。優秀な僕にとって、他人の存在など無価値なのだ。

 だから僕は、他人の中から自分を「抹消」してきた。

 小学生のとき、クラスで威張るために僕の彼女面をしていた女。

 中学生のとき、僕の自作曲を自分の作品としてネットにあげた担任教師。

 高校生のとき、僕をプロチームに契約させることで賄賂を得ようとしていた野球部の監督。

 みんな僕のことを忘れている。

 僕? 僕はそんな奴らのこと、最初から名前も知らないよ。


 さらに、大学在学中に設立した会社が軌道に乗ると、そんな連中は倍増した。銀行員、中小企業の社長、広告代理店の営業マン、映画プロデューサー、タレントの事務所の女優やアイドル。

 さらには両親までも。

 僕の会社は3年で一部上場、業績はうなぎ登り。対して両親の会社は右肩下がりで、青息吐息の経営状態。そんな彼らは、こう言った。

 「喜べ、お前の会社を吸収合併してやるぞ」。

 僕は迷わずつぶやいた。

 『抹消エリミネート』。

 それ以来、会っていない。


 けれども。

 残念ながら僕の才能の輝きは、凡人の心を捕らえて放さない。

 今日は、4つのバンドが出演するライブハウスのイベントに、ギター1本で飛び入り参加した。だが観客たちは、名も知らぬ男の演奏に聴き惚れる。ライブが終わると、ひいきのバンドをほったらかしで、次々に僕を取り囲んだ。

 「すげえよ、あんた」。

 「最高です、プロなんですかぁ?」。

 「一発で大好きになっちゃいました」。

 うるさいよ! お前らなんかどうでもいい!

 僕は人波をかきわけた。

 そしてライブハウスの隅で、1人で壁に寄りそっている女の前で足を止める。

「やあ」

 女――相沢沙也香は、驚きで目を丸くした。


 ライブハウスにいる全員の、羨望と嫉妬の視線が彼女に集まる。

 相沢沙也香はそれに戸惑いながら、上目づかいで僕を見上げた。

「あの……どこかでお会いしたことありましたっけ」

「無い。今日が初対面だ。でも、ステージの上から君を見て、気になってた」

「ええ、そんな……。ははは。やだ、冗談ばっかり。あ、でも、歌。とっても素敵でした。特に3曲目」

「あれはあの場でつくった歌だ。君を見て、浮かんだメロディなんだ」

 これは本当のことだ。

 僕の才能を持ってすれば造作もないこと。

「僕は君に恋をした。この気持ちを受け入れてくれ」

 ライブハウスが騒然とする。

 全員の注目が、彼女に集まる。

 まるで、誰もが憧れる少女漫画のワンシーン。

 彼女は答えた。

「ごめんなさい。その気持ちには、んと、答え……られないです。ほんとにカッコよくて歌も素敵だと思うんですけど、私、アーティストの人とそういう関係になるのは違うと思うんです。純粋に音楽だけを好きでありたいので……」

 聞いていられない。

 僕はドアへ走った。

 そして、出て行く直前に、振り返って叫んだ。

「『抹消エリミネート』!」

 その場の全員から、僕の記憶が消えた。

 もちろん、相沢沙也香からも。


 また駄目だ。

 また駄目だった。

 中学校のとき、同級生として卒業式で告白したときも。

 高校生のとき、野球好きな彼女のために甲子園優勝してから告白したときも。

 大学生のとき、バイト先の仲間としてグループで海に行って、溺れた彼女を助け出してから告白したときも。

 彼女は僕を受け入れなかった。

 そのたびに僕は、彼女の中の僕を『なかったことに』してきた。でも駄目だ。僕の中からは、相沢沙也香はなかったことにできないんだ! 

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