第2話

 ラジュゴーシがトーイと出会ったのは、12歳の誕生日の朝だった。


 確か、雨が降っていて、

 とても冷たい雨。


 もうすぐ夏がやってくるというのに、ラジュゴーシはまた風邪をひいてしまって、学校には行けずに、静かなお屋敷で雨の降る音をひとりぼっちで聞いていた。

 雨の音は、時々とてもリズミカル。

 誰かが創った音楽なんかより、予測ができないぶんずっと楽しいことをラジュゴーシは知っていたから、そんなことちっとも苦にはならなかった。

 でもそのことは秘密。ママにもパパにもばあやにも。

 なにしろ大人たちは、だいたい大げさに物事を考えるふしがあるし、きっと本当の意味を理解させるのは難しいだろうから。

 ママはラジュゴーシが何か言うと、かわいそうな子! と言ってはすぐに涙ぐんでしまう。パパは何を言っても「ママ、ラジュゴーシが何か言っているよ」とママを呼ぶだけで、ちゃんと話を聞いてくれたこどがない。ばあやは、耳が遠いから問題外。

 

 ラジュゴーシはそうやって大人たちに話しかける時が一番、ひとりぼっちだと感じてしまうのだった。


 青々と柔らかい芝生に大きな雨粒が落ちる。

 ぷんっと雫が弾ける度に奏でる透明な音。


 ぷんっ

 つんっ

 ぷん、ぷんっ

 ぷ、ぷぷん、ぷんっ


 あれ? 今朝は、いつもと違う。

 なんだろう、不思議な感じ。

 雨粒が少し緊張しているような。

 生まれたての草たちが、なんだかよそよそしい。


「にゃあ」


「あ、猫?」


 もう一度。

「にゃあ」


「猫! 猫だよね」


 姿は見えないけれど、確かにそれは猫だった。

 誰かがいたずらして猫のモノマネをしているのかと思ったけれど、そのあと椿の低木の下の隙間から、小さな仔猫がぽてぽて歩いてくるのが見えて、ラジュゴーシは思わず庭へと駆け出していた。


 小さな猫はびしょ濡れで、抱きあげると小刻みにぶるぶる震えている。

 おそるおそる両手で包み込むようにすると、仔猫の小さな身体のずっと奥から、じんわりとしたあたたかさが手のひらに伝わってきた。


 猫は首を一生懸命にのばして、ラジュゴーシの瞳を真っ直ぐに見上げ、そしてまた「にゃあ」と赤ちゃんの声で鳴いた。


 やあ。トーイ。ぼくはラジュゴーシ。



 ラジュゴーシは小さな猫に、そう挨拶をした。

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