小さな幸せ

星野フレム

序章

 何が正しくて、何がそうじゃないかなんて、僕にはどうでもいい事だ。少なくとも今までがそうだったし、これからもそうなんだと思っていた。しかし、転機は直ぐに訪れた。

 姉が死んだ。突然の事故死だった。僕は、姉の事は結構慕っていたし、凄く好きだった。そんな姉が、婚約したと聞いた時は、どうでもいい考えしか持たない僕でも喜んだ。

 僕は、自分に興味のない人間だった。それが姉の死によって、自分の存在を考えるようになった。死とは何だろう? どうして僕は生きているのだろう?

 そんな終わらない考えのループが続いた。そんなある日の事。

「ねぇ、貴方、勇人君だよね?」

 僕が市営図書館に行っていた日。人の心理について色々と書物を漁っていた日。あの子は現れた。どこかで聴いた透き通った声。よく似合うワンピース。季節に合った夏色の帽子。顔は、とても整っていて綺麗というのが印象に残る女の子だった。

「何処かで会った事ありました?」

 僕は、疑問の言葉声に出すと、その子は笑った。

「酷いなぁ。幼馴染の陽子を忘れたのかな?」

「え? あの陽子?」

「目の前に貴方を知ってる陽子が陽子でなくて、誰が陽子なの?」

 僕は、確かにそうだなと思って、謝ると。陽子は、いいよいいよと言った。

「大分綺麗になった証拠ですから」

 少なくとも間違っちゃいない。本当に綺麗だから。

「見違えたよ」

「ありがとう! 素直に受け取っておくね。嬉しいなぁ」

 図書館の一階には、レストランがあり、僕らはそこで休憩する事にした。

「でも、あの勇人君が珍しいねぇ」

「そうかな?」

「うん。昔なんて本に興味ないって言ってたよ」

 そうだっけ? と僕は答え、頼んだジュースを飲む。

「メロンアイスソーダは、相変わらず好きなんだね」

「うん。これだけは、子供の頃からやめられない」

「今もまだ十九歳じゃない」

「十八歳くらいで、世間は大人だって言うさ」

「わー、すっごい性格変わったねぇ」

「そうかな」

 陽子は、僕の変わった個所を挙げたが、まあ確かに変わった。

 まず第一に服装が変わった。昔からルーズな僕は、凄くだらだらとした様な格好だった。それがシャキッとしてると言われた。次に口調。昔は、敬語なんて相手に使わなかった。そして何よりも、本を読むようになった事。陽子にこの三つの事を指摘された僕は、確かにそうかもとしか答えられなかった。

「でも、ジュースの好きな所は、全然変わらないよね」

 何だか色々と言われる僕は、陽子がどうしてこんな所に居るのかと、疑問が過り口に出していた。

「陽子は、確か引っ越したんじゃないか?」

「うーん。夏休みだから会いに来たの」

「それだけ?」

「えー! それだけってショック。結構楽しみにしてて下調べも……あ」

 下調べねぇ? と僕が言うと陽子は、顔を真っ赤にして言った。

「約束覚えてないなんて、言わせないんだから!」

「約束?」

 僕が間抜けな切り返しをすると、陽子は怒った。

「お嫁さんにしてくれるんでしょ! 言わせないでよ……恥ずかしい……!」

 僕は唖然とした。……そういえばそういう約束をしていた。

 綺麗なワンピースの似合う程になったら、嫁にしてもいいぞと確かに僕は、中学生の頃言った。まさか、それを覚えているなんて。

「あれ、中学の時の――」

「わーわー聴こえません」

 陽子は、僕にこう言う。

「責任を取って下さい」

「責任って言っても、僕は今色々調べ物が……」

 そう答えると、陽子はガッカリした顔で言う。

「あーあ。中学の頃までの勇人君と全く違うなぁ。軽い約束でも直ぐに乗ってくれたのにぃ」

 詰まらななさそうな顔で僕を見つめる。いやでも、その顔も仕草も可愛く見えるので、反射的に視線を逸らす。

「あ、今意識した」

「そ、そりゃそこまでの……」

「えっへっへー素直なのは良い事です」

 陽子は満足げに僕を見る。往生際が悪いか。仕方ない。僕は答えた。

「まずは、彼女からな」

「仕方ないなー」

 こうして、僕と陽子は、付き合う事になった。色々有耶無耶にされたけども、その後の事は、また話そう。


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