第11話

 夕陽が天井からすっかり見えなくなり、広場には冷気がより立ち込め始めた。足元の苔はさらなる湿り気を帯び、忍び寄る暗がりで視界が徐々に狭められていく。


 カディンは手袋の革紐を締め直すと、手荷物の中から火口箱を取り出し、ポートが持つ松明に火をつけた。


「麓まで降りるには遅すぎるな」

「どこか休める場所ってあったかしら」

「たしか入り口前は昔の横穴がいくつか掘られていたはずだ。その一角を利用すればいい」

「それならさっさと行きましょ。この人たちの荷物やネフラリムの落としものもその時に調べられるし」


 クラヴィウスは広場から拾い集めた品々や鞄を持ち上げてみせた。


 カディンは丸耳族獣人種アルノイスカの少年の胴体と鉱族リベラノの少女を背に抱え、松明をチトセに持たせて先導させた。守族リフィアの男性の胴体はシーザーが背負い、遺体が身につけていた外套でそれぞれ包んだ三つの頭蓋をポートとクラヴィウスで運んで行く。


 広場から出口までの道のりはさして何事もなかった。先の燭台へと飛び移る灯火と共に、一行はキュレイス山の廃坑をようやく抜ける。


「久々の外だ!」

「夕焼けがきれい!」


 眼前に広がる景色にポートとチトセがそれぞれの思いを口にする。


 目の前にはなだらかな山道、その向こう側へ沈み始めた陽は眩く、煌々と光の筋を伸ばしてくれる。夕陽に赤らむエレミースの深緑の森の、その間からわずかに見えるキトの大海は、夕陽を照り返して白と赤に煌めいていた。

 天頂まで忍び寄る藍染の空と薄く伸びる雲の切れ間からは、目映く輝く星がひとつ、ふたつと姿を現し始めている。


「こうやってみると、意外とここって標高高いんですね」


 チトセが見渡す景色に見とれていると、後ろから声がかかった。


「景色もいいけど、早く適当な横穴探さね? さすがにまだ淡黄はさみい」


 苦笑いするカディンの顔色は空のそれより青ざめている。


 野山の芽もつぼみをつけ始めたとはいえ、山岳の気候はまだ鳥肌が立つ。

 適度に風の凌げる深めの洞は、彼等にささやかな焚き火の暖と簡単な食事、少々冷えるが寒さに凍えることはない寝床を保証してくれた。


 時は夕闇から夜へ渡り、空は星の瞬きで埋め尽くされている。


 食事を済ませた後、しばらく外に出て辺りを確かめていたカディンは、洞に戻ると、今夜の見張りの順序決めを三人に持ちかけた。

 話し合いの末、最も疲労を抱えていたこともあり、見張りのしんがりを引き受け、先に休むことにしたカディンは、焚き火の元に腰を下ろし、寒さを少しでも凌ぐために外套を巻き直す。

 壁際へ背をもたれると、休む前に、左脚に吊り下げ留める雑具鞄から雑記帳と筆記具を引き抜いた。沙雌牛の革細工で防護するそれを開くと、親指で頁をめくり始める。

 その様子を見ていたポートは、カディンの隣に座ると、顔を寄せて手元を覗き込んだ。


「今日は何日ですか?」

「淡黄四環、二十五日だな」


 カディンは口にした日付をまっさらな頁に書き付けていく。


「そういえば」


 クラヴィウスが何か思い出したようにカディンへ声を掛けた。


「森が近いけど、あの守族リフィア君の遺種は回収するの?」


 クラヴィウスの問いに、カディンは雑記帳から目を離さぬまま返答する。


「いや、他の三人と一緒に埋めるよ。遺種を取り出すにも、からだが枯れ切るのに時間がかかるだろうし、大地へ還るのにそいつだけ離れ離れなんて後味悪いだろ」

「それもそうね」


 クラヴィウスは納得すると、運んできた荷物に視線を移した。

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