誰でもない貴方の話

楠木黒猫きな粉

別にかわりない物語

かつて地球は回っていたそうだ。自分で回っていたらしい。

だがそれも終わりを告げた。何年か前に地球は止まったらしい。

それを化学者達は終末と表現した。

けれど世界は終わらなかった。今は回っていない地球は誰かの犠牲の上に成り立っている。

だから今回はそんな話をしよう。


犠牲の上に成り立つ世界のお話だ。


────────episode 01 誰かの話


私は生まれた時から意味があった。それは私が生涯をかけて果たすべき使命でそれ以外になにもない事を示していた。

そんな使命なんて知ったことではないと逃げた私も居たそうだが逃げられるはずはなく使命を全うしたらしい。

意義のある生命。意味のある人生。それはまぁ、人が目指した物であると思う。けれど私はそうは思えない。これまでに何人もの私が意味を残して死んだ。なのに彼女達はシアワセに生きたと思ってすらいなかった。苦しい、悲しい、辞めたい、そんな事ばっかりだ。

けど一人だけ別の気持ちを抱えている私も居た。死ぬ間際にたった一回だけ『戻りたい』と願った私が居た。

その私の記憶は光っていた。シアワセを求めて逃げた私を許容した世界は優しかった。こんな薄暗い場所より明るくて優しかった。

だから彼女は人間になった。この場所から逃げた彼女は捕まるまで人であり続けた。

だから私はこんな理解不能な私を見て憧れた。人になった彼女に希望を見て私はそんな風に成りたいと思ってしまった。

だから私は思うのだ。こんな偽物の人間が本物の人になれるんだと。

そう思えば私は止まれなかった。そんな場所に留まりたくなかった。

私は私達に見守られながら逃げたのだ。立ち向かう事はしない。そんな事はできなかった。

理不尽に使い潰されるなら不条理に殺されるなら私は利用しようとする人から理不尽に逃げだし不条理を断ってやる。


私は髪を振り乱して走った。走るなんて事が出来ない体で走った。

なにも知らない体でどこかの私の記憶で知ったことを繰り返した。

ここが何処かなんて分からない。けれどここがどんな場所かは知っている。

知っているからこそ逃げなければ。私は偽物だ。でも人間だ。問いかけろ。思考しろ。思想しろ。誰もがそんな風に成りたいと思っているのなら私はきっと人になれる。

誰もいない森のなかでも誰かの為に殺されるよりましだ。

自分の為に死んでやる。自分の為に殺されてやる。私は使命なんてない。誰も使命なんて求めてない。人生の意味なんて初めからあってないようなものだ。ならあの場所は間違っている。

だから私は光を求めて逃げ出すのだ。

幻想的な光の為に逃げた。現実的な絶望のから逃げた。


そして


その逃避行の果てに私は光を見たんだと思う。


そこには闇なんてない。


そこには希望なんてない。


けれど絶望もない。


あてのない逃避行。



────むかしむかしのお話だ。


誰かは希望の朝だと言った。

誰かは絶望の夜だと言った。

私達は使命の果てと例えた。

そうして世界は止まっていた。

だから私はその果てで笑う。

結末を知っていて笑っている。

やっぱり世界は本物だ。


だから世界はもう一度繰り返す────



           episode 01 end


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