『婚約話』について――護衛騎士(その1)は思う

 一部の人たちからは、うちの姫様は変り者とされている。

 どこが変り者かって言えば、『美形』が苦手なのである。

 いや、苦手とは違うのだろう。

 本人曰く「あれは遠くから眺めるのが良いんであって、近くで見るようなものじゃないのよ」とのこと。

 さらには、「貴方たちにとって、目の保養となるような美人がずっと側にいるのを想像してみなさい。本来なら距離があってもいいような相手が側にいたら、他の人からの嫉妬とか凄まじいでしょ? 私はそれが嫌なの」と言われてしまった。


 姫様は金茶色の髪に、紅茶のような赤茶色の眼をした少女ではあるのだが、他の王族の方々のと比べると地味……というか、他の方々がもう、きらきらとしているのだ。王子なら美形、王女なら美人や美少女といった具合に。

 そのことについて、姫様は「私にもその見た目の良さを残しておいてほしかった」と嘆かれることもあるが、俺たち護衛からしてみれば、姫様は十分じゅうぶん美少女に入っていると思えるので、これ以上の容姿を求められるとなると、今度は俺たちが他の奴らに(羨望などで)嫉妬されかねない。


「ねぇ、リューク、レオン」

「何ですか?」

「何でしょうか?」


 今の時間の護衛担当である俺とレオンは姫様に声を掛けられたので、聞き返す。


「ライン様が鬱陶しいんだけど、どうしたらいい?」

「……」

「……」


 これは、何と返すべきなのか。


 ライン様とは、フォーゼル公爵家次男、ラインハルト様のことであり、姫様の兄君である第二王子のご友人である。

 そして、姫様の苦手とする美形イケメンでもあり、以前は顔を会わせたら挨拶する程度だったのだが……鬱陶しい、とはどういうことか。


「ほら、姫様の婚約話」


 レオンがぼそっと呟いて教えてくれるが、それが聞こえたのか否か、「そうなの!」と姫様が勢いよく立ち上がる。


「そりゃあ、私は仮にも王族だから、政略結婚とか仕方ないとも思っていたけど、何でりにってライン様なわけ!?」

「俺たちに言われましても……」

「もう少し、他にも居たでしょ? 伯爵家までなら問題ないんだから!」


 しかも、婚約者候補の話が出てから、ラインハルト様による姫様へのアタックが止まらないらしく、「あのイケメンだけは嫌~」と唸る姫様を、レオンとともに見つめていれば、隣から肘で小突かれる。

 何だよ、と視線を向ければ、何か言えとばかりに、レオンに促される。何なんだ?


「姫様。伯爵家までで良いのなら、リュークも可能では?」

「リュークかぁ……」


 え、何ですか。その反応。


「リュークは……何か違うんだよなぁ」


 何か、って何ですか。


「ほら、リュークは、さ」

「何ですか」

「ストライクゾーンに入らない訳じゃないけど、一緒に居すぎたというか。その……」

「つまり、異性にすら見られてない、と」


 何となく、薄々察してはいたが、まさかこうして、はっきりと言われる日が来るとは思わなかったよ!


「そこまで飛躍しなくてもいいじゃない! 事実だけど!」

「今、事実だと、はっきり言いましたね!? 姫様!!」


 もうこれ以上、何か言われたら、泣くぞ。


「だ、だってぇ……リュークってば。お兄ちゃんみたいなんだもん……」

「ぶっ」


 しゅん、と落ち込んだような、少し言いにくそうにしながら、姫様が告げたのを聞いて、隣から噴き出したような声が聞こえた。


「……レオン?」

「いや……悪い……でも……」


 顔は逸らしているが、肩を揺らしているのは分かる。


「ご、ごめんなさい。リューク」

「いえ、姫様はお気になさらず。そんなことだろうと思っていましたから」


 それが分からないほど、姫様との付き合いは短くない。


「……そう」

「故に、姫様が嫁入りするその時まで、きちんと職務を全うさせていただきます」

「うん、ありがとう。二人も良い人を早く見つけなさいよ? 貴方たちが早く選んだり、見つけてあげないと、その分、世のお嬢様たちがき遅れるんだから」

「その前に姫様ですがね」


 俺たちのことなど、姫様が嫁入りした後でも、どうにでもなる。


「む……貴方たちのおめでたい日に出席できないなんて、私は嫌なんだからね」

「出席する気なんですか」

「しちゃダメだって言うの?」

「いえ、そういうわけでは……」


 出席者の一人が王女様とか、他の出席者の人が緊張するんじゃなかろうか。


「だから、絶対に呼びなさいよ。約束だからね? 呼ばなかったら、泣くわよ」


 それは困るな、とレオンと顔を見合わせて、そう思う。


「それじゃ、他の人たちにも伝えておかないと駄目ですね」


 主に、護衛メンバーには話を通しておかないと……あ、たとえ話を通しても、驚く様子しか浮かばないや。


「ええ、ちゃんと伝えておいてちょうだい。私は、貴方たちが幸せになるためなら、出来る範囲のことは何だってしてあげるつもりなんだから」

「それは……頼もしいですね」

「ふふん、もっと頼りなさい。みんな、ちゃんと幸せにならないと、私は許さないんだから」

「……」


 どーんと任せなさい、と言いたげに姫様が胸を張っているが、別に胸を張るほどのことではないと思うんだよなぁ。


 それでも、こう言えてしまうほどの地位や能力ちからがあるから――本当、頼もしすぎるよ。うちの姫様は。


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