ある意味一番怖い話(対話形式)

ンヲン・ルー

ある意味一番怖い話


 

 静かな夜の病室。


 事故で寝たきりとなってしまった少女が泣いていると――


「どうしたの?」


 隣のベッドからカーテン越しに女の声。


寝たきりの少女:

「うう……。わたし、もうどうしたらいいかわからなくって……」


女の声:

「そんなにひどい症状なの?」


寝たきりの少女:

「交通事故で首から下が動かせなくなったんです。指先ひとつ動かせないんです」


女の声:

「そう、それは災難ね……。治る見込みはあるの?」


寝たきりの少女:

「ほとんどないそうです」


女の声:

「そう……」


寝たきりの少女:

「この先、ずっと寝たきりのまま生きていかなきゃならないなんて、信じられない。それならいっそのこと、事故で死んでた方がよかった……」


女の声:

「そうかもね……。でも、まだ救いはある」


寝たきりの少女:

「え?」


女の声:

「首から上は動くのだから、舌を咬むという手があるでしょ」


寝たきりの少女:

「そんな……! 自殺なんて怖くてできません!」


女の声:

「じゃあ、自然死するまで待つ? 何十年もそのままで」


寝たきりの少女:

「そんなの嫌です! 眠っている間に、薬か何かで楽にしてほしい……」


女の声:

「今のあなたの状態では無理でしょうね。間違いなく殺人になってしまうもの」


寝たきりの少女:

「だからって、こんなの死ぬより苦しい……!」


女の声:

「そうでしょうね。でも、誰もあなたを殺してはくれない。それどころか、簡単には死なせてもらえない」


寝たきりの少女:

「舌咬んだところが見つかったら救出されちゃいますよね……。そんなの救いでもなんでもないのに」


女の声:

「見殺しにしたら自分が罪に問われる。それだけよ」


寝たきりの少女:

「うう、どうしてこんなことに……。もう死にたい」


女の声:

「死ぬのは怖くないの?」


寝たきりの少女:

「……はい。わたし、こんな身体になって初めて気付きました。死ぬこと自体は、別に怖くないんだって」


女の声:

「死んだらどうなるかわからないのに?」


寝たきりの少女:

「……え、死んだら無になるだけですよね? 言ってみれば、生まれる前と同じ状態に」


女の声:

「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。天国か地獄へ行くかもしれないし、転生して別の生き物になる可能性だってある」


寝たきりの少女:

「そんなの作り話です。根拠もなければ確証もありません」


女の声:

「でも、天国や地獄がないという確証もないんじゃない?」


寝たきりの少女:

「そ、それは……」


女の声:

「あるいは、この世界はゲームのようなもので、死んだらゲームオーバーになって元の世界に戻る。それで、戻った先が脳だけで生きてる世界だったりする。そんなSFみたいな結末だってないとは言い切れない」


寝たきりの少女:

「確かに、絶対ではない以上、怖い部分はあります。でも、やっぱり、死んだら無になると思うから、このままよりマシです」


女の声:

「そうね。家族も友達も、はじめのうちは心配して世話を焼いてくれるでしょうけど、五年後、十年後はどうでしょうね?」


寝たきりの少女:

「考えたくもありません……」


女の声:

「三十年すれば親も老いて、誰もあなたの面倒を見なくなる。まさに生き地獄ね」


寝たきりの少女:

「最悪です」


女の声:

「ううん、最悪ではない」


寝たきりの少女:

「自殺しようと思えばできるからですか? それとも、こうして会話ができるから?」


女の声:

「そうね。不幸比べに意味はないけど、世の中にはもっとひどい状態の人もいる。あなたのように身体が動かせない上で、何も見えず、何も聞こえず、しゃべることすらできない人も。もちろん、自殺もできない。ただただ、暗闇の中で老衰を待つだけの人生」


寝たきりの少女:

「考えうる限り、一番嫌な状況ですね……。どんなホラーより怖いです」


女の声:

「でもね、わたし、もっと怖い話を知っているの」


寝たきりの少女:

「え……」


女の声:

「聞きたい?」


寝たきりの少女:

「あ、いえ、あまりグロテスクな話はちょっと……」


女の声:

「グロテスクではないけど、あなたが考えうる一番嫌な状況すら比べものにならないくらい残酷な話ね」


寝たきりの少女:

「そんなに?」


女の声:

「ええ。気になる?」


寝たきりの少女:

「は、はい」


女の声:

「それはね、死ねないこと」


寝たきりの少女:

「え、それはさっき――」


女の声:

「そうじゃないの。あなたが思ってる『死ねない』は、せいぜい数十年のこと。逆に言えば、百年後には確実に死んでる。どんなに苦しくても、いつかはそこへ辿り着けるという希望がある。でも――もし、そんな希望すらなかったら?」


寝たきりの少女:

「死ねないって、もしかして……」


女の声:

「不老不死。実はこれこそが、考えうる限り最悪な状態なの」


寝たきりの少女:

「確かに、不老不死の状態で、わたしみたいに怪我をしたら、永遠にそのまま……」


女の声:

「仮にどんな怪我もすぐに治る力があっても同じこと。地球だって、いつかは滅びるのだから」


寝たきりの少女:

「そうなると、宇宙空間をずっと一人でさまようことになりますね……」


女の声:

「その宇宙だって、いつかは滅びるかもしれない。気が遠くなるくらい先の話だけどね。何千億、何兆年先の話でしょうね」


寝たきりの少女:

「億……兆……」


女の声:

「でも、そんなの序ノ口ですらない。無量大数の無量大数乗なんて途方もない年月を過ごしても、まだ終わらない永遠の彷徨。これに勝る恐怖がある?」


寝たきりの少女:

「ある意味一番怖い話ですね。でも、そんなのは作り話であって、実際には今のわたしみたいな状態が最悪なんですよね……」


女の声:

「それが、そうでもないの」


寝たきりの少女:

「え?」


女の声:

「わたし、今いくつだと思う?」


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