怪しい瞳にご用心

狐狗羽

第1話


 カラン……カラン……

静かな社に時折響くのは風に揺れる鈴の音。

もう廃れているようなこの社にはもう雇われていた人間などいない。本当に人の運営が行われなくなった、人の言うところの廃神社なのだ。

「……今日も人気はなし、か…。」

そう呟いて掃除を始める1人の巫女服の少女がいた。……本当は、いるはずのない少女が。ザッ、ザッ、ザッ、と竹箒が地面に擦れ、音をたてる。

「………やっぱり面倒だわ。」

そう言うと彼女は目を閉じた。


 その瞬間……たった一瞬であれほどまでに廃れているような外観だった社はまるで新しいもののように綺麗になっていく。

「終了、この社で決まりね。」

ものの数秒で社を掃除し終えるともうここは私の場所、と言うかのように少女は社の中へと入っていった。


 そして、その様子を見ていたものがいた。ふわりと宙に浮くその男は、何かを考え、不意に姿を消した。

(あの女は、普通の人ではない……)

次に男が姿を現したのは社前の階段を数段降りたところだった。今度はしっかりと地に足をつけている。わずか数段を登り、境内に入れば一瞬だけ、空気がピンっと張りつめる。軽い結界しか張られていなかった場所はその男にとって侵入は容易いもので警戒した雰囲気をみせる竹箒を握りしめた少女が男を睨むように見ていた。

「小娘、君は何者だ?」

「……随分な態度をとられると思えば大国主様でしたか。相変わらずお綺麗で。」

世辞を並べたてながら彼女は軽い会釈をしてすぐに頭を上げた。

「君は……妖族か。」

「……であれば僕は追い出しますか?大国主様。」

少し悲しげな顔をした彼女につい、

「いや……いく宛もないのだろう?」

などと男は口走ってしまっていた。作られたものであれ、あんな表情を見て放っておけるはずがなかったのだ。許しを出せば彼女は軽く微笑んでいて。その顔は美しく……思わず惚れ込んでしまいそうだった。……もしかすると、この娘は1人にすると危ないかもしれない…そんな推測が脳裏をかすめる。

この娘は妖族だ。いくらさっき手をかけたとはいえ、もし相性が悪い族であったなら……と危険性も捨てきれない。

「……だが1つ、条件を飲んでもらう。」

「条件?」

「そう。君はここにいてもいい。だが、その代償と言ってはなんだが…」

彼女を見ておきやすくするにしろ、閉じ込めるのはよくないだろう。一応、彼なりに色々考えての提案であった。

「この社で働き、人としても暮らしてもらう。それでいいだろうか?」

「人として暮らす、か……いいですよ。そのくらいなら。」

あっさりとオーケーされ、戸惑いを隠せない大国主であったが、こうなれば見回りの範囲に加えてこまめに知れる。それにこの辺りの神社には神がいなくなったところもあったため、大国主にとっても彼女がここに留まることは都合がよかった。

「では、ここ稲守神社は君に任せるよ。なにかあればくるから、よろしく。」

「承知しました。大国主様」

最後まで笑っていた彼女は邪心を感じさせなかった。

(悪い娘、というわけではなさそうだが……)

そう思った彼は少し距離を置きつつ彼女の様子を見ていくことにしたようだった。

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