サイゾウの異世界放浪記
@abeyu6629
第1夜 不気味に笑う森の黒い狼
馬鹿な奴だと笑われてしまうだろう。おでん屋で会社や上司の悪口を散々言い、勘定を払い家路を急いでいた所までは憶えているんだ。だが、気がつけば森の中。木漏れ日の中を歩いていたんだ。森の中、目の前に道が一本だけ。早く帰って眠りたいのに今歩いているのよ、山道を。俺は夢でも見ているのかと思いはしていたが、リアルなその感触にふと立ち止まり考えさせられた。これは夢なのかと。
青い空に木々の新緑の香り、木漏れ日が射し込む、額に手を当て空を見上げてため息をついていた。土がむき出しの道を歩くのは余り楽では無い。革靴で歩くには足に負担がかかり、こう暑いとスーツは着ていられない。上着を脱ぎ、肩に背負いながら何処かに行き着くだろうと道なりに歩いていたが、ネクタイも辛くなり右のズボンポケットに押し込んだ。
「まあ、どうせ俺なんかいなくなっても誰も心配なんてしてはくれないだろうし、探そうとも思わんだろうなぁ。ふん、どうにでもなれてんだ。クッソタレッ!」と、思いながらもどうにかして家に帰りたい自分がいる。
道なりに歩いて行くと道の側に黒い大きな岩が見えた。アレの上に登って周りを見てみよう。周りがどうなっているか判るだろうと思い立ち、早足で駆け出していた。だが、近ずくとその横で何かがいるようだった。それは小刻みに揺れていた。あっ、息をしている。生き物だ。「ハッ」として固まる俺。こんな所でこんなに大きい生き物が居るとなると、ふと頭によぎる悪い予想。狼、イノシシ、熊。何せ危ない生物三択だ。森で出会うのは願い下げと、気付かれぬ様に後退りをしているとそいつはサッと立ち上がると俺の方にやって来た。
目と目が合ってから一時間ぐらいが経ったように感じたが、2本足で立ち上がったその姿は狼に違いなかった。顔は狼、黒い毛並みに包まれた体は人のようだった。大きな口。4メートルもの高さ、口から見えるあの牙で噛みつかれたらズタボロになって死んじまう。この黒い狼男からなんとかして逃げようとしたが狼男は俺を見て段々と近寄ってきた。
「ああっ、もうダメだ。俺は旨く無い。旨くないぞ。向こうに行ってくれ」
目を閉じ、顔を背け手を振り、狼男から逃げようと必死だったのだが、腰が抜けてしまったのか、悲しいやら恥ずかしいやら、その場に座り込んでしまった。
「あっ、噛み付かれる」と、目を閉じ顔の前で両手で相手を押すような仕草をしてしゃがみ込んでいると、ヤツが話しかけてきたのだった。その思わぬ出来事にビックリした俺は思考が一時停止してしまった。アホ面してただ狼男を見ているだけだった。奴はニヤリと笑うと俺に話しかけてきた。
「やあ〜。こんにちわ。俺、あんたを食おうなんて思ちゃいないですよ。だってあんたを魔女に頼んで呼び出してもらったのはこの俺なんですよ。でもねあいつは難しい仕事には高い能力が必要になるとか言いやがって、金貨200枚を要求しやがったんだよ。高すぎるって言ってやりましたけどね。だったら辞めておくんだねて、言いやがるのよ。悔しいけど支払いましたよ。俺は意地でも今回の仕事をやり遂げたかったから。魔女は明日の昼頃にこの道のこの場所で待つようにと指示しやがったんだ。楽しみに寝転んで待っていたら、あんたがやって来たんだよ。大金を取りやがったのに、こんな非力な役立たずをよこすとは。俺、今メッチャクチャ腹立ててますねん。馬鹿にするなと魔女に言ってやるつもりです。絶対に金返してもらいますよ」
「えっ、魔女、呼ぶ、何のことでしょうか」
「あっ、そうか。あんたには分からないよね。実はある屋敷の扉を開ける事が今回の仕事の肝なんだ。それで俺を手助けしてくれる人を呼び出して貰ったんだよ」
狼は木々の間から見える屋敷を指差して言った。
「ほれっ。あそこに見えるのが、目的のお屋敷さ。あの家の頑丈な扉を開ける事が出来れば後は簡単なんだよ。解るだろう」
少し先に見える屋敷は堀こそ無いけれども城の様な大きさだった。まず頑丈そうな高さ8メートルはあるかと思われる大きな扉。大坂城の石垣を連想してしまうほどに大きい岩を使ってある屋敷の壁。一体誰がこの屋敷を建てたのかと考えさせられる。きっと身長8メートルの大男が作ったのだろうと想像をしてその屋敷を眺めていた。外観は十八世紀の西洋の教会に見えるが、大きさが三倍もあり、確かに俺みたいな非力な者が何人いても役立ちそうには無い。
「あんた。この辺りでは見かけない服装だねえ」
「ええ、多分遠い所から呼ばれたものと思います」
「ふぅうん!なんか悪いね」
「えっ、悪いと思ってるんですか」
「そりゃそうだよ。あんたにも自分の生活があっただろうに。それを放ったらかして、こんな所まで呼び出したんだから。とは言うものの、来ちゃったものは仕方ない、だろう。まあ、これも運命と諦めてくれ!それにあんたを選んで此処に連れて来たのは魔女なんだから。俺を恨まないでくれると嬉しいよな」
「そんな事を言ってもあんたが頼んだから。俺が此処にいるんだろう。何とかしてくれよ」
「だが俺は頼んだだけでどうする事も出来ないしなぁ。魔女んところに連れて行くぐらいは出来るけど、それで許してくれないか」
考えてみてもこの狼男がこの俺をどうこう出来る訳も無く、狼の提案を了承し、魔女の所に連れ立って行く事にしました。
見れば誠に立派な狼男だった。黒い毛並みを取り除けばきっとシュワルツネッガーの様な筋肉隆々としている様だし、その体の所々に見られる傷は歴戦の勇者の証でもあるのだろう。俺は目の前に立つ狼男を勇者として話を切り出した。
「狼男さん、あなたも立派な戦士なんだろう。すごい敵を倒して今俺の目の前にいるんだろうなぁ」
「やっぱりこの体を見て凄いと思うかい。嬉しいねぇ。そりゃそうさ。この胸の傷はアルゴリのタターンと戦った時に受けた傷さ。奴は俺の倍ほどの背丈があってね、剣での切り結びは千回はあったんだぜ。タターンが何かに躓いて身体の線がブレた一瞬、紙一重で俺が勝ったんだ。俺の前に戦った奴等は三人とも全員死んじまったのさ。たった一人生き残り村に帰り着いたら誰も褒めてくれないのさ。タターンの剣や盾、奴の右手を村人全員に見せてもね。勝ちをズル賢く盗んだと言われて戦士の証を村長は出してくれず、俺は何度も戦いに出される羽目になった。次の戦いはキゴク族のムーで、この額の傷を受け死にかけたが何とか村に帰り着くことが出来た。だが、村長は首を縦には降らず再度の戦いの場が用意された」
俺が話を聞く限り、この狼男が村長に何故認めて貰えないのかわからなかった。
「何故?そんな仕打ちを受けて黙っているんですか。何かミスを犯しているのでわ。もしかして村長はあなたの事が大嫌いなんじゃないんですか。だったら戦うのはもう嫌だと言ってやればいいじゃないんですか。今回の件も断ればいい!」
「うん。それはそうなんだ。けど、成功すれば村長の娘を嫁に貰えるんだ。あまり乗り気じゃあ無いんだけどね。親やら親戚やらがね、うるさくて」
「じゃぁ、今までの戦いはどうして命を懸けてまでやったんだい?」
「そうだね。嫁を貰うには戦士の称号がいるんだよ。この前にやっと戦士になれたんだ。でも今回の仕事は多くの仲間たちが失敗を繰り返し、死者も三匹出てね、誰もやると言わなくなったのさ」
「ふ〜ん!この仕事は裏がありそうですね」
「そうかな〜。いたって簡単な理由だと思うけど」
「やめた方がいいと思いますよ。きっと騙されているんですよ」
「でも村のみんなに認めてもらいたいし。当然親にも褒められたいんだよ」
「じゃぁ、きっと村長からの条件がありますよね。どうです。ありますよね」
「うん。あるにはあるんだけどね」
「それはどんな条件なんですか」
狼は下を向いて、俺の方を見ずに言った。
「子羊三匹」
「えっえっ!」
「驚かないでくれ。あの屋敷には十一匹も子羊がいるんだ。三匹くらい扉さえ開ける事が出来たなら簡単なことさ」
俺はこの狼男の話を聞いて考えさせられてしまった。
「きっとこの狼男は真面目な奴なんだろう。上司に言われるままに仕事をして、文句も言わず相手からの言葉を鵜呑みにする。その上、上司に利益や得点を取られている様な。なんかな〜、俺みたいに見えて来てしまうよなぁ。ハァ〜!何とかしてやりたい様な気はするけど、どうかな」
狼男は俺の顔を覗き込みすまなさそうに言った。
「まぁ。これから魔女の所に一緒に行こう。さっきも言ったが俺には悪意はない。だから魔女にあって元の世界に返す様言ってやる。それで良いか。そこんところで納得してくれ」
俺たち二人は連れ立って魔女の家のドアの前に立っていた。まあ、金の無い家と言うのが魔女の家の正しい評価だろう。ドアはいくつもの木の貼り合わせで、取手もグラグラ。屋根は今にも崩れ落ちそうで木の皮を貼り付けているのだろうが、草や木が生えている。屋根の高さは1メートル50センチぐらいしか無く、二人とも這う様にして入らなければならない。
「おい。入るよ」
狼男が大きな声で挨拶して、戸を叩く。
「誰だい!そんなに叩いたら戸口が壊れてしまうじゃないか。やめておくれって言ってんだよ!開いてるからお入りよ」
中に入ると意外と広くて狼男は這う様にしていたが、俺は少し低めの天井に困惑するぐらいだった。黒いローブを羽織り頭巾を被っている魔女の顔は見れなかったが、椅子に座っていた。
「邪魔するよ。婆さん。俺だ。俺だよ。ダグリー・ジョグイだ。話があって来たんだ。こいつをなんとかしてくれ」
「なんだいなんだい!今頃は仕事してるんじゃなかったのかい」
「いや、この男の言う事を聞いてやって欲しいのさ。あんたが何処からか連れてきたやつさ。全く、あんた、使えねえなぁ。こんな非力な奴は役に立たない」
「何言ってるんだい。しょうがないねえ。それで私にどうしろって言うんだい」
「こいつを元の世界に返してやって欲しいのさ。それと金を俺に返してもらおうか。わかるだろう、こいつでは役立たない。不良品だ。返品だよ」
魔女と呼ばれる目の前の婆さんはハハハハと、笑い出した。
「役立つ男を呼び出した筈なんだがねぇ。魔法には召喚の条件を決める事が出来るし、その上で発動させたんだよ。絶対に間違いはないんだよ」
「だが、こんな奴、無理だよ」
「お前さん私を舐めてもらちゃ困るよ。大体、あんた、この男と仕事したのかい。しちゃいないんだろう。出来るか、出来ないか、どうして分かるんだよ。あんた、聞く所によると超真面目でボンクラ、お人好しが足をつけてスタコラと歩いてるらしいね!あんたのお仲間はみんなそう言ってるよ。只のバカで人の良いのも底抜けってね」
狼男は魔女の言葉に込み上げるものがあったのだろうが、ググッと握り締めた拳を震わせながらも声を荒げる事なく静かに魔女に言った。
「俺はバカかもしれない。だが、この男との約束は守りたい。返してやって欲しいんだ」
「やっぱりバカだね!言ったろう。この魔法には送り帰す力は無いのさ。だけどそんなに知りたきゃ教えてやろうか、帰る方法を」
「教えてくれ。コイツを返してやりたい」
「助けてくれ、力になってくれる者を呼んでくれないか、ってワシに頼んだくせに。心変わりをしおって。だが、言っておく、この召喚は間違ってはおらぬ。手伝わせたら必ず成功する。だから返金はせぬよ。わかったな!」
「わかった。だから早く教えろ」
「では、教えてやろう。どうなるかはコヤツ次第じゃ。が、早く帰したいのであればドラゴンの魔核があれば帰れる。それかドラゴン石かそれに匹敵するものさえあればいいんだ」
「オイ!そんな物手には入らぬものばかりじゃ無いか」
「まあ、そう言う事なのじゃぁ。わかったな」
そう言うと魔女はフフフフと笑い、もう何も言わなくなった。
狼男、いやダグリー・ジョグイはすまなさそうに俺の方を見て話し始めた。
「悪いな。聞いての通り、俺は皆にバカにされているんだ。恥ずかしい話、仲間達とはあまり上手くやれてないんだ。戦士の戦いも俺が持ち帰る物は、倒した相手の武器や体の一部だけなんだが、他の戦士たちはその村の多くを襲い、それ以外の戦利品を沢山持ち帰って来るんだ。俺は残された家族やいたいけの無い子供や年老いた親からも奪おうとは思えずに村に帰ってくる。アルゴリのタターンの息子が父親の体にすがって泣くのを見て盾と剣と右手を持ち帰るのが精一杯だったんだ。だから、村長は俺が腰抜だと決めつけ、中々戦士の称号を与えてくれなかった。多くの仲間たちは俺をバカにする。腰抜と!弱い者を見ると、ついつい情けが出て手が出せなくなるんだ。笑ってくれ。今回、三匹だけを取ってくるから引き受けたんだ。全部なら断ってる」
その話を聞いた魔女は、笑いながら言った。
「残念ながらお前さんは、子羊を手に入れる事なんぞ出来やしないよ。戸口を開いたとしてもね。哀しいかなボンクラ狼男なんだから」
狼男は魔女を憎しみを込めた眼差しで見つめたが、何も言わずに魔女の小屋を出て行った。俺も続けて出ようとすると魔女は呼び止めた。
「お前は自分の力を信じな!この召喚魔法は力ある者、理由を問わず求める力のある者を呼び寄せる。ただし、元いた世界に不満のある者で何処かに行きたい、又は元の世界からいなくなりたい者が呼び出される。思い当たるところがあるじゃろう。だから、心の底から帰りたいとか、元の世界の誰かに復讐でもしたくなり、帰ろうとさえ思えば帰れるのさ。只、それが難しいのさ。自分の心との折り合いをつけるのが難しいんだ、ハハハハ。頑張りな!とだけ言っておくよ」
魔女は顔を見せる事なくうつむきながら笑う。俺はムッとなりながらも無言のうちに小屋を出た。
「まあ、こんな具合さ。俺はダグリー・ジョグイ。ダグと呼んでくれ。宜しく頼む。すまんが手を貸してくれ」
そう言って右手を出した。俺は手を握るとダグに名刺を差し出した。
「なになに。マーケッター。サイガ・サイゾウだって。あんたにはあの家のドアを打ち壊す事など出来そうにないよなあ」
「サイゾウと呼んでくれ。扉をぶち壊す事は出来ないだろうが、開ける事は出来ると思うよ」
俺の言葉を聞いたダグは頭を右手でかきながら左手を顎に当て、上から目線で呟いた。
「あんまり当てにできないなぁ。ダメみたい・・・・・」
「まあ、俺の姿から想像するのは勝手だが、実際に行動するのはダグ、君なんだから頑張ってもらはないといけないんだ。俺の言う通りにしてもらうよ」
「何、サイゾー、お前の言う通りに俺が動くのかい。この戦士の称号を持つこの俺が?」
「そうさ、君は戦士。でも俺は軍師さ」
「軍師?ってそりゃなんだい」
「多くの勇者や戦士を思いのままに動かす権利のある者さ」
「へ〜。言うじゃないか。だが、俺は認めんぞ」
「そうなんだ。でもそれじゃぁ、俺の出番はないよなぁ。他を当たってくれ。役立ちそうに無い」
ダグは腕を組むと考え込んでしまった。
「・・・・・・・・」
「ダグ、どうする?黙っていても話は進まないよ」
そう言われて俺の方に向き直ったダグは決断をしたようだった。
「わかった。サイゾーがそう言う力を持ってるんなら仕方ない、従おう」
「だったら握手して仲直りだ」
ダグは不満ながらも握手をして従う旨を示した。
魔女の家から帰る道ながら、今までどんな風に攻略を進めてきたかをダグに確認がてら聞いて見た。分かった事はただただ力押し一辺倒らしく、大きな岩をゴロゴロと戸口に当てるとか、大きなハンマーで力任せに叩いたりしたらしかった。岩が一つで効果がなければ二つ三つと増やし、一人がハンマーで叩いて破れなければ、二人三人と増やして襲った。そして、ありとあらゆる力押しを試みてはみたものの、全て扉の前で力尽きてしまうのだった。同様にダグは力押しで今までに二、三度試みたが全て敗退、子羊に笑われて追い返されたらしかった。
「奴ら、もう憎たらしくてね。家の中から小馬鹿にしてくるんだ。物凄く憎らしいんだ」
「いいじゃないか。バカにしてくるぐらいが丁度いい。警戒をされると中々落とせないものさ」
「そうかな。奴ら憎たらしくて小狡いんだぜ」
「でもなぜ狼男とあろうものが三匹も殺されたんだい」
「ああ、あれか。あいつら羊を舐めてたのさ。たった一匹で家の前で扉をこじ開けようとしていて親羊が帰ってきたのさ。そんで腹を立てた親羊がそこらにあった石を投げつける。叫び声に集まって来た多くの羊達が矢を射かけてくるし槍で突き倒す。負けないと傲り高ぶっていたから、奴らその場所に暫くいたらしいんだ。だが、これは危ないと身の危険を感じた時には、逃げようとしても逃げられないくらいに多くの羊が取り巻いていて、その攻撃が激しくて防戦一方になり、三匹はとうとう逃げ切れずにやられてしまってね。あの家の敷物にされちまって居間当たりに転がってるはずさ、子羊達がおもちゃにしてるんだろうさ。今頃は踏みつけられているだろうね」
タグは首を傾け、口から赤い舌を口からだらしなく出してやられた感を俺に見せた。それから両手の平を上に向け、肩を少しキュッと持ち上げて俺にウインクして見せた。
「ハハハハ、俺もそうなっちまうかもな!戦士の悲惨な末路さ。だからな、サイゾウ。な!」
「じゃあボコリに行くのに時間の制約もあるんだね。でも時間内に済ませれば大丈夫さ。ダグ、君ならね!」
「そう言う事さ。今までに俺、何度もやられかけてんだ。それでも俺は今日まで生き残って来たんだぜ。今回だってやってやるさ」
小高い場所から羊の家を見ていると、その家を訪れる者がいる事がわかった。ヤギの郵便配達人、野菜を配達するカンガールのおばさん。この二人が来れば子羊たちは喜んで扉を開けてくれる様だった。
「ダグ、見たかい。あれを」
「ああ、奴らは毎日来るし、子羊達とは顔見知りで楽しく言葉を交すぐらいはできるみたいだ。それに野菜は母親の注文した物なんだろう。来た物を受け取りなさいって親に言われてるんだよ、きっとね」
「だから、君は郵便配達人か野菜の配達人に化けるんだ。そうだよ。そうすれば子羊達は喜んで開けてくれるよ」
「そうかな。そんなに上手くいくだろうか。それにサイゾウ、俺は戦士なんだ。騙し討ちはあまり乗る気になれないよ」
「力押しで今までやって来たけどダメだったんだろう。だったらこの手しか残ってないと思うよ」
ダグは嫌々ながらも聞き入れ、郵便配達人に変装し、羊の家の前にたった。
小高い丘の上から眺めていると、ダグは、トントンと戸口を叩き、メリーさんですか、と優しく話しかけてる様に見えた。
ドアのすぐ前に立っているとダグの耳には家の中にいる子羊達の話し声が聞こえて来たのです。
「どうも狼男がまた来たみたいだぞ」
「バレてるのにね。あいつらバカなの」
「適当に相手して、追い返そうよ」
ダグは郵便配達人に化けるだけでもモノ凄く嫌なのに、中から聞こえて来る話し声が感に触って腹立たしくて、つい、大きな声で叫んでしまった。
「俺の気持ちも知んくせに、言いたい放題言いやがって。俺をバカにするのも大概にしやがれ。くっそ〜、この子羊め、必ず食ってやるからな〜」
そう叫ぶと扉を蹴ったり、どつき倒すダグであった。俺は見ていてやっちまったと、頭を抱え込んでしまった。
「あ〜ぁ。ダグ、ダメじゃ無いか」
俺は右手で顔を抑えて天を仰いだ。
どうもダグの戦士のプライドが邪魔をするみたいだった。それに子羊はどうもかなり賢いみたいな感じがする。何か突破口を見つけないと、と考えさせられていました。
ブリブリ怒りながら、こちらに帰って来るタグに話かけました。
「今こっちで見ていたんだが、急に怒り出したけど、何かあったのかい。一体どうしたんだい」
「サイゾウ、聞いて来れよ。郵便配達人、新聞配達者、牛乳配達人なんかのセリフを真似て言うんだが、狼なんて怖く無い、バレてるよ〜。バレてるのわからないの、バカなの、バカなの。とか言いやがって、小馬鹿にしやがって、なんか急に腹が立って来て、つい、大声でお前らみんな食ってやる、って叫んでしまって。すまん、俺が悪かった。サイゾウの指示通りに出来ずすまない事をした」
「仕方ないですよ。あなたの心が折れない様にしてください。扉の前に立つのはダグ、あなたなんですから。あなたにかかっているんですよ」
俺は考え込んでしまった。タグの心は仲間達からの悪口や不条理な嫌がらせ、目上の者達の不理解で傷つき疲弊しているんだろう。だから、子羊達の嫌味や嘲りの言葉が心に刺さり、張り詰めた風船が爆発するように感情が暴走するんだろう。どうすればいいのか、ダグの心が穏やかにこの案件に臨むことが出来るには。そう考えて悩んだ。そんな中一つ思い浮かんだ事があり、ダグに尋ねてみた。
「ダグ、あなたは、誰がドアの前に来れば子羊は鍵を開けると思いますか」
ダグの顔を見て答えを待った。
暫く考えていたダグは迷いながらも答えを出した。
「う〜ん。そうだなあ。そりゃ母親だろうなあ。奴ら母親を待っているんだからな」
名案が出てきたと言う態度で大袈裟に喜んで見せた。
「そうだよ。まったく君の言う通りだ。母親羊に化けるなんて名案ですね。早速やって見ましょう」
「だがよう。どんな風に化けるんだい」
「それは母親羊がお出かけするときの姿を確認する事でわかりますとも」
「そうか。そうだよなあ」
次の日母親羊がお出かけする所を見たダグと俺はよく似た服装を買い出しに行き、ドアの前にダグはたった。
「どうでした」
「いや〜、ダメだった。母親みたいに話しかけろと言われていたからそうしてたが、どうもドアの上の方に隠し窓があって子羊たちが俺の姿を見ていたみたいだ。だから今まですぐに見破られていたんだ。次からは上からののぞき見にバレない様にするよ。今までは前だけを考えていたからね」
「そうでしたか。隠し窓のことが分かっただけでも大きく前進ですね。ならば、服装も全て用意してその黒い毛を表に出さない様にしましょう」
こちらに来るダグは道端の石を蹴り、かなり落ち込んでいる様です。
「どうしたんです?そんなに落ち込んで」
「だってよ、お前の声はお母さんの声じゃ無い。狼男だろう。騙されないぞって言いやがって」
ダグは石の上に腰を下ろすと両手を組んで何も喋らなくなりました。
「声の問題はすぐに解決出来ますよ。チョークをガリガリとかじって声を高くするのです。きっとあなたの低い声がダメだったのですから」
「そんな手があったのか。わかった。次はうまくやる」
出て行ったと思ったらダグは憮然とした顔で帰って来た。
「どうしました。そんなに怖い顔をして」
「あいつら。俺をバカにしやがって。最初は上手く行きそうで、気分良くほくそ笑んでいると」
「お母さんなら手を見せて」と1匹が言い出したんだ。
「それで郵便物受けに手を入れると「狼だ」「狼だ」「お母さんの手は白いのに、この手は何」と言いやがって、棒で叩くんだよ、俺の手をさ」
「そうだったんですか。やりましたね。あともう一息ですよ」
「そうかなあ。ドアが開くには、まだかなり長くかかるように思んだが」
「もうすぐです。きっと上手くいきます。今度は郵便受けに入れる方の手だけに小麦粉を振りかけて行くのです。白い手を子羊たちが望むならそれを見せれば安心するでしょう」
「でもよう。また失敗したらって思うと」
「何を言うのです。失敗したらした時です。相手の言葉を注意深く聞き、間違いを訂正して行くのです。ある時全てが上手く行く時がくるのです。現場百回と言う言葉があるのですよ。何回もそこに出向き、実状を知り対策を立てるのです」
「そうだよなあ。ドアの上に窓があるなんて最初わからなかったもんなあ」
「そうでしょう。何度も足を運び一つ一つ解決すれば必ず成功します」
「よし。一丁やるか」
「ダグ。あなたは、・・・・・・。ああっ。行っちゃった。慌てん坊だよね」
遠くから狼の雄叫びが聞こえて来た。
「お前たち。思い知らせてくれる。がはははは」
「キャ〜。狼だ。おかあさ〜ん」
子羊たちが逃げ惑う音がしていたが、やがて静かになった。
暫くするとダグがトボトボと帰ってきた。なぜか浮かない顔をして。
「どうしたんです。目的は達成したんだ。もっと喜ばないと」
「いや、すまない、サイゾウ」
ダグはそう言って担いでいた袋を下ろして中を俺に見せた。中には狼男三人分の毛皮が入っていた。驚いていると、ダグは話し始めた。
「最初、俺は必ず子羊三びき袋に入れてやろうと心に決めていたんだ。だが、逃げ惑う小さい三びきを捕まえたら、一番大きい奴が僕を捕まえて小さい弟を助けてって言いやがるんだ。俺は三びきいるんだって言うと、もう二匹が前に進み出て僕達にしてと言いやがる。俺を見つめる子羊の顔を見ると目がウルウルで、無垢で無抵抗で。そんなんを見てしまったら手が出せなくなって。それでなんか嫌になってしまってさ。敷物にされている狼男の皮を出せって言ったら、下の弟や妹羊たちが、すぐにズルズルと引きずって持ってきたんだ。それでそれと引き換えに子羊を返して戻って来たんだ。魔女に言われた通りになってるのは悔しいが心が折れてしまった、諦めるよ。それに潮時だったしな」
「そうですねえ。そろそろ母親羊が帰って来る時間ですよね。でも、ダグ、あなたが納得したらそれで良いのです。俺は責める気はないですよ。俺の仕事は扉を開けるお手伝をする事なんですから。成功したんですよ。誰も出来ない嫌な仕事をあなたは立派にやり遂げました。だから、きっと次もあなたはやり遂げられますよ。きっと今回の成功体験はダグの役に立ちますよ」
ダグは俺に小さな袋を手渡すと、言葉を継いだ。
「サイゾウ、君には世話になった。ただ、こんな俺だからお前にやれる物などないんだ。これをやろう。これか、これはこの3匹の狼男の右手の親指の爪なんだ」
「それは大切なものだったんじゃあなかったのかい」
「いや〜、もうこいつら死んじまってるし。あっても無くても問題はない。だが、お前さんはこれからこの世界で生きて行かねばならない。この爪はきっと役に立つと思う。大切に持っいてやってくれ。お守りがわりだ」
「ありがとう」
「サイゾウ、俺たち狼男は魔法に耐性があってね。だから、魔女に会ってもちゃんと話が出来るのさ。その力の源は右手だと言われている。右手の親指の爪は魔を裂く力があるんだ。きっと帰るんだぞ。それに言い忘れたが、黒い皮の袋が手元にあるだろう」
「これか」
「そうだ。それは感謝の袋、報いの袋と言って、誰かが君に感謝をすれば金貨が入る。喜べばまた金貨が増える。そう言ったものなのさ。だから、サイゾウ、君は誰かを喜ばせる事出来れば、生きてゆける。この世界も満更捨てたもんじゃないだろう」
「だったら、この爪は貰えないだろう」
「違う。これは感謝の印なんだ。ほんの気持ちなんだ。貰ってくれ。俺がここを去れば金貨は現れる。じゃあなぁ、元気でな!」
言葉少なにダグは俺の肩を抱き、何かを祈ってくれていた。そして、俺たちは握手をして別れた。ダグは袋を担ぐと後ろも見ずに走りさった。その後ろ姿を見送って、さあ、どうしようかなと考えていると、「助けてくれ!」と言う叫び声がさっきの家の方から聞こえて来た。それで目をそちらの方に向けると、扉の前に茶色や黒色の狼男が五匹、大勢の羊達に囲まれて震えていました。多くの羊の中には8メートルの扉と同じ背丈の羊の姿がありました。その羊に手には巨大なハンマーが握られていました。
「もうやめにしようぜ。俺たちゃ二度と来ないから、頼む」
「君たち、以前仲間がどうなったか知っているかい」
「そりゃ、三匹については知ってるよ。だが俺たちゃ、腰抜ダグを見張る為にいてたんだ。ただの見張りだよ。そんなに気することもない」
「そうかな〜!五匹って多くないかい。今までも何度もやって来てはこの家の前で騒いで、家に住んでる者達は怖がっていたんだよ」
「違うんだ。今日は扉が開いたのを見たんで、奴がちゃんと仕事をやり遂げるかみにきたんだ。村長に言われて。婚礼に使う食材を」
「なるほど、子羊の丸焼きとか、ステーキとか。美味しいよね」
「アッハハハハ。そうなるかなあ。俺たちもう来ないし、許してくれない?」
少しの沈黙の後、「ぎゃ〜」と悲鳴が五つ聞こえて後は静寂が訪れた。無残にも頭を巨大ハンマーでど突かれたら、遠目に見ても恐ろしくて言葉になりません。家の扉が開いて11匹の子羊が出て来て、母親に抱き付いているのが見えました。周りの羊たちは1匹も欠けていないのを見て感嘆の声を上げていました。遠目に見てても心和む景色だった。白っぽい中に五つの赤い花が咲いた様で美しくも有り、恐ろしくもあった。
そういえばダグを見ていた黒い影が五つあったのを彼に伝えたとき、「いいんだ」としか答えなかったのは、ダグなりの覚悟だったんだと、そのとき俺は感じた。これで私は依頼者の成功を手助け出来たと、太陽を仰ぎ見ました。その陽射しの眩しさは俺の視線を右の方に向かわせました。そこには心に思い浮かべる理想の山が見えました。見れば見るほど美しい山があるのです。あまりにも心が惹かれるので行く事にしました。
さて、今度はどのような依頼者に出会えるでしょうか。
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