目には見えなくても

カゲトモ

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「ハイランドクーラーでお願い」

「かしこまりました」

 お高そうなファーの付いたコートを慣れた手つきでスツールに掛け、すとんと座ったはずなのにどこか上品な素振りで髪を掻き上げる。その姿は凛と咲く百合のようだ。

「雪、ちょっと降って来たわよ」

「おや、そうでしたか。通りで寒い筈です」

「そんな細っちい身体しているからよ」

「ふふ、私こう見えても脱いだら凄いんですよ?」

「言うわね。それじゃぁ今度確認させてね」

 泣きホクロのある左目でパチン、とウインク。俺がチェリーボーイだったら土下座でお願いしてるぞ、なんて。

「今日はお一人ですか? 先生はご一緒ではないのですか?」

 先生、の言葉を聞いてサユリさんの眉が小さく動く。今日は言わない方がよかったかもしれない。

「いいのいいの。あの人は勝手にどこかでよろしくやってんだから」

 目の前にサーブしたロンググラスを手にすると、サユリさんはゴクゴクンと喉を鳴らして飲んだ。

 いつ見ても飲みっぷりが良いと言うか、何と言うか。

「ご教授ですからお忙しいのでは?」

 サユリさんの旦那さんは大学に勤める教授でたまに二人で飲みに来てくれるのだが、サユリさんが一人で飲みに来る方が断然多い。

「どうかしら」

 どうかしらって。

「大学にお勤めだとお休みも少ないと聞きますが」

 授業もそうだけど、研究とかで時間が足りないって聞くけど。

「確かに普通のサラリーマンに比べたら休みは少ないと思うけどね。長い休みもあんまりもらえないし。でもちゃんとあるのよ、休み。もういい歳だし、若い先生も沢山居るから」

「そうなんですね」

 その割にサユリさんの表情は晴れない訳で。

「昔はわざわざ休みを合わせて短い時間でもいろんな所へ行ったりしたけど、最近は全然よ。なんかあんまり顔も合わせないし」

 そう言ってまたグラスを仰ぐ。ため息を吐くわけでもなく、ヤケ酒って言う感じでもない。

「ふぅ、まぁ別にいいんだけど」

 グラスを置いた拍子に、かろん、と氷が回る。ハイランドクーラーみたいにさっぱりと言い放った。

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