目には見えなくても
カゲトモ
1ページ
「ハイランドクーラーでお願い」
「かしこまりました」
お高そうなファーの付いたコートを慣れた手つきでスツールに掛け、すとんと座ったはずなのにどこか上品な素振りで髪を掻き上げる。その姿は凛と咲く百合のようだ。
「雪、ちょっと降って来たわよ」
「おや、そうでしたか。通りで寒い筈です」
「そんな細っちい身体しているからよ」
「ふふ、私こう見えても脱いだら凄いんですよ?」
「言うわね。それじゃぁ今度確認させてね」
泣きホクロのある左目でパチン、とウインク。俺がチェリーボーイだったら土下座でお願いしてるぞ、なんて。
「今日はお一人ですか? 先生はご一緒ではないのですか?」
先生、の言葉を聞いてサユリさんの眉が小さく動く。今日は言わない方がよかったかもしれない。
「いいのいいの。あの人は勝手にどこかでよろしくやってんだから」
目の前にサーブしたロンググラスを手にすると、サユリさんはゴクゴクンと喉を鳴らして飲んだ。
いつ見ても飲みっぷりが良いと言うか、何と言うか。
「ご教授ですからお忙しいのでは?」
サユリさんの旦那さんは大学に勤める教授でたまに二人で飲みに来てくれるのだが、サユリさんが一人で飲みに来る方が断然多い。
「どうかしら」
どうかしらって。
「大学にお勤めだとお休みも少ないと聞きますが」
授業もそうだけど、研究とかで時間が足りないって聞くけど。
「確かに普通のサラリーマンに比べたら休みは少ないと思うけどね。長い休みもあんまりもらえないし。でもちゃんとあるのよ、休み。もういい歳だし、若い先生も沢山居るから」
「そうなんですね」
その割にサユリさんの表情は晴れない訳で。
「昔はわざわざ休みを合わせて短い時間でもいろんな所へ行ったりしたけど、最近は全然よ。なんかあんまり顔も合わせないし」
そう言ってまたグラスを仰ぐ。ため息を吐くわけでもなく、ヤケ酒って言う感じでもない。
「ふぅ、まぁ別にいいんだけど」
グラスを置いた拍子に、かろん、と氷が回る。ハイランドクーラーみたいにさっぱりと言い放った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます