第7話 ノブレス・オブリージュ
盗賊達の足跡を辿って休む事無く歩き続けた二人は、日没の寸前に目的の場所にたどり着く事が出来た。キティは歩き詰めで目に見えて疲労していたが、無理を言って付いて来た以上は弱音を吐かない。
村人の話の通り、小山ほどに石を積み上げて築かれた古い建造物だった。外では何人もの男がたき火を囲んで、馬鹿騒ぎをしている。それと近くには林と泉があり、荷車やら柵で囲まれた場所に脚竜が放たれている。これで昼間の盗賊と確信した。
あとはこのまま盗賊達が酒に酔って薬で深い眠りに就くまで待っていればいい。仮に今夜酒を飲まなかった者が居ても、夜明け前ぐらいに寝ている所を奇襲して捕縛するだけだ。
二人は騒がれないように竜から離れた林の中で大人しくしていた。火を使わずに、村人が用意してくれた握り飯とお茶で腹を満たし、一眠りする間暇つぶしに話をしていた。
「ステルはこの石の山にどんな用があるのよ?」
「家は代々学者の家系でね。先祖からの宿題と言うか家訓の中に、古い遺跡を調べてある物を探せってのがある。調べた結果、この辺りにその一つがあるって分かって、メロディアまで来たんだ」
「それだけの為にドナウの帝都からこんな田舎まで来たの?あれ、じゃあ行商はオマケって事?」
「そうだよ。俺の家は商人じゃなくて学者系貴族だからね。ドナウの暦だと500年前後に出来た家で、その時の創設者の残した家訓らしいよ」
自分の記憶が正しければ、ドナウの暦は今年で975年になる。つまり仮の夫の家は五百年近く命脈を保った貴族という事だ。明らかに並みの貴族ではない。そんな由緒ある貴族が何百年も探し続けたモノが自分の国の田舎にあったとは知らなかったが、きっと楽しそうなモノではないかと勝手に想像する。
勝手にウキウキし出したキティを見て、アホな事を考えているんじゃないかと呆れる。普通なら自分の国で外国の貴族が勝手に探し物をしていると知ったら気分を悪くするものだが、彼女にはそれが無い。ステルはそうした彼女の底なしの明るさが、結構好みだったりする。
実のところステルは彼女の素性に見当がついている。この国の王家の中で、未婚でキティぐらいの年頃の王女は二人だけだ。第三、第四王女、おそらくキティはそのどちらかだろう。となると問題が発生する。いつキティとお別れするかだ。
今はまだ捜索隊に引っかかっていないが、国中に捜査の手が放たれた場合、いずれは彼女の事が発覚する。その時、自分が一緒にいたら、きっと唯では済まないだろう。身元を調べられて、実家にも連絡なり抗議なりが飛んで行くに違いない。それが理由で帝国の威信が失墜するのは出来れば避けたい。
「この件が終わったら――――――」
「んー何か言った?」
願望が少し漏れ出してしまったのに気付いて、何でもないと誤魔化す。途中で止めたのと、疲れから眠そうにしていたので追及も無く、やる事も無くなったので、そろそろ眠ろうかと提案する。キティは半分寝ながら頷くと、ステルにもたれ掛かって寝てしまった。
キティを起こさないように慎重に荷物から毛布を取り出して、二人で包まり夜明け前まで睡眠をとった。盗賊達はまだ何も知らないまま馬鹿騒ぎを続けていた。
ステルが目を覚ます頃には既に月が地平線より少し高い位置にあった。懐から懐中時計を取り出して確認すると、現在は午前三時過ぎ。今の季節なら日の出まで、あと一時間半程度だろう。そろそろ動き出してもいい頃合だ。
寄り掛かって熟睡するキティの肩をゆすって起床を促すが、寝ぼけた声が返って来るだけ。仕方なく、陶磁器のようにスベスベとした肌の頬を軽くつねると、軽い痛みで起きた。
「まだ暗いけど、盗賊はどうしてるの?」
「静かなところから察するに、騒ぎ疲れて寝てるな。眠り薬も効いているから大丈夫だろう。今のうちに準備しておくよ」
と言ってもそれほど準備には手間取らない。盗賊達を縛る為の縄や口を封じる布程度だ。
出来る限り音を立てず、そろりそろりと盗賊達に近づいて、よく観察する。予想通り全員がだらしなくいびきをかきながら寝ている。だが油断は禁物、二人は音を出来るだけ立てずに一人一人確実に口を布で塞いで両手を縄で縛っていく。ご丁寧に親指同士も縛って、物が持てないようにする用心深さだ。
村人の予想より二人多く、合計十二人の盗賊の自由を奪うと、今度は武装を全て引き剥がしにかかる。銃を取り外し、念入りに身体を探って刃物を没収。ちなみにキティは盗賊の体をまさぐるのがお気に召さなかったので、代わりにステルが嫌そうにしながらボディチェックを済ませると、全ての作業が終わる頃には太陽が地平線から顔を覗かせていた。
「ふいー、ようやく終わったねステル。これからどうするの?」
「盗賊を全員荷車に載せて村まで連れ帰るけど、その前に遺跡の中を少し調べておくよ」
二人は松明を持って遺跡の中に足を踏み入れる。中は盗賊達の寝床や物置として使われており、かなり乱雑に荷物が置かれている。それらをよそに壁をよく見ると、薄暗がりの上に煤だらけだったが、かろうじて何かの絵や模様が描かれているのが分かる。文字にも見えるが、おそらく千年以上前に使われていた文字では、考古学の専門家でもなければ読み解くのは不可能だろう。
「何だろう、何かを捧げたり崇めたりしてる人に見えるけど、王様か神様なのかな?」
「奥に祭壇が見えるから、何かしらを崇めたり祀る場所なのは間違いなさそうだ。もしかしたら墓の可能性もあるね。中身が何も無い所を見ると、過去に全て持ち出されたか、別の入り口があるのか。これは一度村に戻って道具を用意しないと調査は難しいか」
今調べられる範囲に目ぼしい物は何もないので、おそらく隠し部屋か何かがある可能性が高いと推測していた。現に遺跡の全体像と内側の広さに不自然な部分が目立つ。どこか石壁を破壊すれば、その先に空間が見つかるだろうと、ステルは考えている。
一旦出直しを決めると、今度は盗賊達の集めた物を探し始める。すると、貴金属や貨幣が詰まった袋が何個も出てくる。他にも換金の難しそうな絵画や彫像などが無造作に放って置かれている。学の無い盗賊には本来の価値が分からないと見える。中には乱雑に扱われて破損してしまったガラス工芸品や陶磁器の欠片も転がっており、被害総額はかなりのものになっているに違いない。
金目の物は今後被害者救済に充てるために持ち帰るが、肝心の権力者との繋がりを示すような証拠は今の所見つかっていない。書簡の一つでもあれば、決定的証拠として使えるのだが。
粗方探し尽したが、一向に証拠が出てこないので、そちらは諦めて盗賊達を尋問して自白させる方が早そうだと思い、全員寝たまま荷車に乗せて村へと戻る事にした。
探索と積み込みをして遺跡から一旦離れて数時間後、荷車に乗せていた盗賊の一人が目を覚ました。おそらく酒が苦手で、あまり飲まなかったので薬の効きが弱かったのだろう。後ろ手で縛られており、口も塞いであるが、現状を理解して必死でもがいていた。そこで一度、車を止めて猿轡を外して自由に喋らせてみると、予想通り罵詈雑言を繰り返して、縄をほどけと無駄な事を繰り返していた。
「くそっ、こんなガキ共に良いようにやられるなんて!おい、お前ら!俺達の上には、この近隣を治める代官が付いているんだぞ!謝るなら今の内だ!分かったら縄をほどきやがれ!」
予想通りの裏事情だったのでステルは特に気にしなかったが、キティの方はそうはいかない。盗賊に詰め寄って問い質すと、自慢気にベラベラと、私腹を肥やすために自分達と取引して、稼ぎの三割を上納する代わりに討伐を見送ると語っていた。
為政者である貴族が不正を行い、護るべき民を苦しめていた事に大きなショックを受けたキティは意気消沈して、村に着くまで無言を貫いた。その姿に腹が立ったステルは盗賊に、代官の立場なら秘密を知るお前達を生かしておく訳が無い、口封じの為に処刑するだろうと無慈悲な言葉をかけて脅えさせた。
昼過ぎには村に戻ると、二人の姿を見た村人達が総出で出迎えてくれた。口々に無事を喜ばれ、反対に自由を奪われた盗賊達には罵詈雑言の嵐を浴びせ、荷車から降ろす時も必要以上に乱暴に扱い、中には腹に蹴りを入れる村人もいた。彼等の蓄積された憎悪の現れだった。
「よう怪我もせずに戻って来た。じゃが、嫁さんの方はあまり元気が無いの。どうしたのかね?」
村長も胸を撫で下ろし喜びにあふれた顔で話しかけるが、キティが沈んだ顔をしていたのを気にして尋ねると、盗賊とヴェルディに居る代官の癒着のあらましを知って憤る。被害を受けた者からすれば、税を取るだけ取って置いて仕事を怠けるどころか、盗賊と結託して民を苦しめる悪党が代官として居座っているのを知って村人も怒り狂っていた。
同時に冷静になった村長は、このまま盗賊を代官に突き出しても、今後も盗賊騒ぎが収まらない事に気付いた。それどころか、秘密を知った自分達を盗賊ごと闇に葬り去るつもりではないかと恐怖に震えた。
完全に自分達の手に負えない話と知って、騒然となった村人達はこれからどうするかを口々に話し合うが、碌な解決策が出てこない。今この場で盗賊達を皆殺しにして知らぬ存ぜぬを貫いても、いずれ同じような盗賊が近隣から流れてくる。盗賊を公然と喋らせて逃げ道を塞いでから代官の悪事を訴えても、相手は貴族であり、平民ばかりの小さな村では訴えをもみ消される可能性もある。せめて別の貴族や他所の街の代官に訴えれば、聞き届けてもらえるかもしれないが、村人には伝手が無い。
村人達の絶望を目にしたキティは一人葛藤する。今この場で最も確実な伝手が自分にはある。自らの本来の名を出せば確実に事態は解決する。しかしそれは身勝手な理由で家出したにも拘らず、都合の良い時だけ実家を頼る恥じた行為ではないかと、羞恥心が刺激される。
こういう時、隣にいるステルならどうするだろうかと考え、助言を頼もうとするが、ふと自分がずっと彼に頼り切りだった事に気付き、せめてこの件だけは自分で決めたいと、ステルには何も言わなかった。
「―――――――あ、あの村長さん。書く物と封蝋に使う蝋を用意して頂けませんか?」
「え、ああ、それは良いが。あんた、もしかして貴族に知り合いが居るのかね?」
ただの行商の娘にそんな交友関係があるとは思えなかったが、こうしてただ悩んでいるよりは余程マシだと思い、言われるままに道具を用意する。
キティは用意された紙に、事の次第を全て書き記すと、最後に封蝋して指輪を押し付ければ終わりだが、その最後で躊躇ってしまう。これを押せば必ず父は動いてくれる。だが、そうなると自分がここにいた事が知られてしまう。見ず知らずの男と駆け落ち同然で逃げたと知られ、ふしだらな娘となじられるかもしれない。―――――――だが、それが何だと言うのだ。自身の恥じらいなど、悪事によって涙を流す善良な民に比べれば、如何ほどの価値も無い。王家の一員として、一番大事な矜持を忘れる事だけはあってはならない。
躊躇いが消え、澱みの無い動作で封をする。その手紙を村長に差し出すと、封蝋の印に一目で気付き、目を見開く。さらに膝を着いて頭を垂れようとするが、それはキティ自身に止められた。
「今の私は行商夫婦のキティです。それ以外の身分はありませんから、どうかそのままで。それと、手紙は早急にバッハの王宮まで届けてください。きっと父がこの件を治めてくれるはずです」
「は、はい。承知しました!必ずお届けいたします!この御恩は一生忘れません!」
いきなり村長が孫ほどの年下の娘に頭を下げだしたのを村人達はポカンと見ている。早速村長は若い男に、竜に乗って王宮に手紙を届けろとだけ伝えて送り出す。歩きなら六~七日は掛かるが、竜ならその半分以下で辿り着けるだろう。盗賊達は全て村の外れの物置に監禁して、引き渡すまでは生かしたままになる。
急に普段のアホの子から責任ある人間の顔に変わった連れを見たステルは、こんな顔も出来るのかと意外性を知り、凛としたキティの横顔に惹かれた。
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