第4話 遠く響く貴方への叫び
葬式に、参列しているような顔だった。
寝台を取り囲んで立ちすくむように、実父と医師、そして夫であるラジル皇子が並んでいる。
「ご懐妊にございます」
おめでとうございます、という言葉を医師は口に出さなかった。その暗い口調は、まるで死期の迫る患者に死を諭すもののように聞こえた。
冷水を浴びせられたようなびりびりとした感覚が、頭に襲い来る。アンジャハティは死期の宣告を受けたような気分で、寝台に横たわる自分を見下ろす暗い顔から視線を反らした。
「アンジャハティ……そんな顔をするな、名誉なことだ」
長い間押し黙っていたせいで、突然発せられた父の声はどんよりと重苦しい。けれどそんな顔をするなとは、よく言ったものだ。一番「そんな顔」をしているのは、他でもない自分たちであろうに。
言葉とはおよそ噛み合わぬ態度で、父はアンジャハティの冷たくなった左手を握った。
「やめてください」
書簡ばかりをあつかっている、軍人では決してないその細く長い指を乱雑に振り解いて、アンジャハティは起き上がった。
「ディアスですわね? そうなのでしょう、父親は。きっと彼です。ならば私は……私は!」
自分の声が、遠くに響くような感覚。ぼやぼやと耳鳴りがして、すべての音を身体が拒絶している。
彼の子ならば、なにも怖くはない。たとえこの身分を失っても、命が危うくなろうとも、産んでみせる――アンジャハティは狂ったように、泣きながらそう叫び訴えた。
「アンジャハティ……」
宥めるように名を呼ぶ父の向こうで、深く細いため息を残したラジル皇子が、部屋を出て行くのが見えた。
ハレムに入宮して
「ジャーリヤ・アンジャハティ、最後に第四皇子殿下と、お会いしたのは、」
「
落ち着きはじめた頃を見計らい、医師は質問した。しばしの時間を空けて答えたアンジャハティの、頬に涙がつたう。
――腹はまったく膨れてはいなかった。月のものが来ないと気づいたのはここ最近のこと……。もしやと不安に思っていたら、案の定、食事をもどしてしまうようになった。
どう計算しても、五月というのは無理がある。
「ジャーリヤ・アンジャハティ、よくお聞きください。お宿りになった御子は、」
葬式のような顔をやめてほしい。やめて!
アンジャハティは医師の言葉を遮るように、寝台から這い出し、転げ落ちた。
「アンジャハティ!」
「ジャーリヤ!」
医師と父、二人が慌てたように駆け寄ってくる。
深紅に織られた絨毯の上に爪を立てて、アンジャハティはむせび泣いた。
「産みたくありません……!」
「わかっておろう、アンジャハティ。それは出来ぬことだ。その御子は、」
〝現帝アエドゲヌ陛下の嫡出となるのだから〟
聞きたくなどなかった最後の宣告を受けて、アンジャハティは目を固く瞑る。
葬式だと――思った。
自分という存在が、ゆっくりと死んでいく。
「彼に逢わせて……」
かすれた声で呟いて、下唇を固く噛んだ。
警備の強化は目に見えている。逢えるはずもないというのに。それでも逢いたい。彼に逢いたい。
「――ご懐妊の報告を陛下に致しましたところ、明日にでも陛下のハレムへと御身をお移し頂くことになりました。アンジャハティさま、皇帝宮にお入りになれるのでございますよ。それまでご自宅で、しばしお休み下さいませね……」
そっと寄り添った侍女がささやくのが、遠くのほうで聞こえていた。
――季節は暑いあの夏の日を、あっという間に奪い去った。
もうじき灼熱の国イクパルにも、乾いた空気と高い夜空に散り輝く星々が、冬の訪れを告げる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます