拝啓、世界を傍観する僕へ

よすが 爽晴

拝啓、僕という名の僕の世界

 世界を今日も傍観する。

 世界は今日も、僕を嘲笑う。


 夜の夜景や昼間の華やかな街が眩し過ぎて目が眩むのと同じように、この世界は僕にとって綺麗で、美しくて、そして汚い。溜息をついて出る幸せなんかとうの昔に干からびて、僕は今日も世界を見ているだけ。地に足をつけて立っていても、歩いている気は更々しない。脳内はなんだかふわふわとしていて、心ここにあらず、ってのはまさにこの事だろう。こうして僕は何をするでもなく、ただただ世界を傍観するしかないんだ。

 例えば、教室の真ん中で喋る女子生徒達。

 仲良く見えるようで、彼女達はまるで昼ドラのようにドロドロとした関係だ。あの子とその子は実は彼氏が同じ。この子で一緒に笑っている子が嫌い、なんてのはよくある話で。見ているこちらもなんだか重い気持ちになってしまう。

 それと、教室の後ろで一人本を読む彼。

 彼は一見物静かだけど、そんな、とんでもない。彼は所謂ネット弁慶、ムイッターじゃフォロワーは万超の超有名人だ。だったらもっと堂々としてればいいのに。それができないから、ネット弁慶なのかもしれないけどさ。

 こうやって世界は、人々は仮面を被り今日を生きる。そんな見ればバレるのに、世界はなんでこんなにも目立ちたがり屋なのだろうか。

 ……え? 僕はどうなんだって?

 そんなの、決まってるじゃないか。僕は世界を傍観するだけ。ただ、見るだけ。何を見ても、何がわかっても、誰かに言うわけでも話題にするわけでもない。誰とも関わらず、僕は今日も今日を見る。

 本当に、これだから世界は――

「今日も、退屈だ」

 誰に救われる事もなく、誰に見られる事もなく、僕はただ、ひとりぼっちの旅の途中だ。誰も手を差し伸べてはくれない。誰も僕を気にはしない。

 だって僕には名前が与えられない――傍観者なんだから。

 教室の窓側、後ろから二番目。

 僕はこのちっぽけな特等席で、今日も世界を見る。僕なりの人生を、謳歌する。例え見られなくても、気付かれなくても、僕は見ている。

 特技があるわけでもないし、ましてや異能力や魔法が使えるわけでもない。宇宙人でも、タイムトラベラーでもない僕はただのこの世界を無駄に生きる、死に損ないの人間で。神様ってものがいたらきっと、僕を大層嫌っているに違いない。けど、それでいいんだ。だって僕は見ているだけなのだから。

「っ……」

 何かが肩に当たった気がした。横を見ればそれはクラスメイトの女子で、僕にプリントを差し出して首を傾げていた。

「これ、次の懇談会の出欠表だって」

「ありがとう」

 僕の名前を呼ばない彼女の名前を、僕は知らない。クラスが同じ知らない同士、きっとそれだけの関係。それ以上でもなければそれ以下でもない距離感は、案外やりやすい。そんな事を思いながら僕は彼女からプリントを受け取り、中身も見ず鞄の中に押し込んだ。

 窓の外を見れば日は西へと近づいていて。あぁ、今日も僕は世界に殺される事なく、生き延びてしまったみたいだ。

 なら今日を見るのはここでお開き。誰よりも早く教室を出て生ぬるい温かさを持つ家へと帰る。誰に止められる事も、声をかけられる事もない。形式な挨拶ばかりが飛び交うこの時間に、僕は不要な存在だから。

 挨拶が飛び交う世界を傍観する。

 いつの日か見れなくなってしまうかも知れない茜色の空を、傍観する。

 一人歩く帰りの坂道を、傍観する。

 見る事しかできない僕は、これ幸いと見るだけに集中し、今日も一日を終えるのだ。

 

 これはそんな何者でもない僕の――ひとりぼっちの傍観者の日常。

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