ベストショット

水谷一志

第1話

 「私のこと、好きにならないでくださいよ…!」

 これは、俺こと、牧野高志(まきのたかし)と、藤野智子(ふじのともこ)との、理想の写真をめぐる、物語である。


 一

 10月。暑かった9月の残暑も一段落し、街は本格的な秋に向けて準備を始める。そして、俺たち大学生にとっては、長い長い夏休みが終了し、また講義に出なければならない…という、少し憂鬱な月だ。

 そんな中、俺が所属する、とある大学の写真部に、1人の変なヤツ、いや女の子が、入部してきた。

 「こんにちは!牧野高志さんは、いらっしゃいますか?」

「!?牧野高志は、俺だけど…。」

「あ、初めまして!私、藤野智子って、言います!」

 その、藤野とかいう女の子は、俺に向かって元気良く挨拶した。また、そいつは背は低く、少しぽっちゃりした体型で、また顔は誰に似ているというわけではないが、ぱっちりした二重に、少しだけだんご鼻で、まあ、「かわいらしい」と言えば、そうなるだろうか?

 まあ、とりあえずそいつは、俺の好みの見た目ではなかった。

 「…藤野さん、ね。

 で、俺に何の用?」

「牧野さん!私、ここの写真部に入部したいんです!

 それで、私に写真、教えてくれませんか!?」

いきなりのそいつからの申し出に、俺は戸惑った。

「いや、入部したいのは分かるけど…。

 何で俺が君に写真、教えるの?」

「私、牧野さんのコンクール入選作品、見たんです!

 確か、犬の写真、撮られてましたよね?そこに牧野さんの名前も、書いてありました!

 私、それを見て、いやあそれはもう、感動しちゃって!

私、写真でこんなに感動したの、初めてかもしれません!」

 ああそうか、俺はその言葉を聞いた瞬間、そう思った。少し自慢になるが、俺は写真の腕前はそこそこあるみたいで、最近ではさっきそいつが言った、犬が芝生の上に立っている写真で、コンクールに入選したばかりだ。また、その作品は学内の展示ブースに貼られ、俺の友達からも、

「牧野、お前すげぇな!」

と、ひとしきり言われている。

「それはどうも、ありがとう。」

俺は、俺のファンであろうそいつに、とりあえず礼を言った。

「いえいえ!

 ところで牧野さんは、プロの写真家は目指されているんですか?」

「え、ああまあ、一応ね。」

俺は質問にとっさにそう答えたが、本心は若干違う。俺は本気で、プロになりたいと思っている。もちろん、親からは反対されているし、プロはそんなに甘くない世界であることは、分かっているつもりだ。それに、俺の友達の中には、

「何回か賞をとったからって、調子乗りすぎじゃね?」

と、言うヤツもいる。(確かにその通りかもしれない、と俺も思うが。)

 ただ、俺の「プロになりたい。」という気持ち・情熱は、一過性ではない、本物の気持ちだ。俺は、写真で飯を食っていきたい。そして、写真をもっと極めたい。その情熱に関しては、誰にも負けないと俺は思っている。

 「やった!私、プロの写真家志望の方に、写真教えて頂けるんですね!

 すごい!友達に自慢したくなっちゃいます!」

 ―いやいや待てよ!?

「あの…俺、まだ『写真教える』って、一言も言ってないけど…。」

「えっ!?こんなかわいらしい子が、頼んでるんですよ?

 男の子だったら、みんなOKすると思うんだけどなあ~!」

 ―はあ!?

 繰り返しになるが、俺はこいつはタイプではない。どうでもいい話だが、俺は、もっと背が高い、それこそファッションモデルにいそうな、「きれい系」の女性がタイプだ。だから、こいつの言っていることは自惚れだ。…と俺は言おうとしたが、あまりにも失礼なので途中でこらえ、冷静になって言った。

 「あの…俺、あんたみたいなのは好みじゃないんだよね。ってかそういう問題じゃなくて、俺も忙しいし、写真教えて欲しいなら、他をあたってくれない?」

「えっ…!?でも私今年中に、私の人生の中での最高の1枚、『ベストショット』を撮ろうって、決めているんです!」

そいつは、強い口調で、そう俺に言った。その口調は、(初対面でこう言うのも何だが)愛嬌があり、そいつらしいものであったが、目は真剣そのもので、俺はその「目力」に、少しだけではあるが圧倒されてしまった。

 「まあ、そこまで言うなら…。

 じゃあ、とりあえず今年いっぱいな!来年になったら、俺も忙しいし、写真は自分の力で撮ること!

 …それでいいか?」

「はい、分かりました!ありがとうございます!」

そいつ、藤野智子は、元気よくそう言った。そしてその顔は満面の笑みで、本当に嬉しそうであった。


 「じゃあまず始めに、スマホで2ショット写真を撮りましょう!」

「え!?何で?」

「だって、これから2人で、理想の写真を探していくんですよ?だから、その記念に、ね!?」

「わ、分かったよ…。」

そう言って俺は、そいつと記念写真を撮ることになった。

「あ~何か牧野さん、写り悪いなあ…。

 もしかして牧野さん、写真撮るのは得意でも、撮られるのは苦手だったりします?

 でも、撮り直しはなしですよ!」

「ほ、ほっといてくれよ!」

俺は、タジタジになりながらそう言った。あと、一応彼女の言ったことは、図星だと俺も思っている。

 「さあ、これから活動ですね!でも、その前に1つ!」

「な、何!?」

「牧野さん、私のこと、好きにならないでくださいよ…!」

 ―はあ!?

「ほら私って、さっきも言いましたがかわいくて、モテるタイプなんですよね!

 でも、私がしたいのは恋愛じゃなくて、あくまで『ベストショット』の追求ですから…ねっ!」

 「いや、さっきも言ったけど、はっきり言って君はタイプじゃないから!」

「そうですか?なら安心ですかね?

 まあとりあえず、これからよろしくお願いします!」

「よ、よろしく…。」

こうして、俺、牧野高志と、そいつ、藤野智子との、「ベストショット」探しが始まった。

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