第1話 転生

 学校の休み時間、俺にとってこの時間は至福な時間なのである。


「なぁ、今期の覇権は結局何になるかな?」

「やはり、きらてんじゃないか?」

「あれは、異世界物の歴史を変える作品であるでござるからな」

 

 こうして、大好きなアニメの話を仲間たちと共にできるからである。

 ちなみにとは『嫌いなあいつと転生されちゃった』という、異世界冒険ファンタジー作品の略称だ。

 おそらく円盤は、今期1の売り上げとなるだろう。

 家にいる間は、一人でアニメの話などはできないから、学校に来て、昨夜のアニメなどの話で盛り上がるのが俺にとって、とても幸せな時間なのである。


 しかし、この至福の時間に土足で踏み込んでくる奴がいる。


「ちょっと、南雲みなぐも、いい加減に教室でアニメの話とかやめてくんない?キモイんですけど?」

 4人のオタク仲間で語り合っていると突然声をかけられた。

 あんまりな物言いに、相手を睨みつけながら振り返ると、そこには髪の毛を茶色に染め、制服を着崩した美人な女子が俺のことを見下ろしていた。


 こいつの名前は、鶴岡美乃梨つるおかみのり。俺、南雲灯みなぐもあかりと日々対立している、クラスの中心人物だ。

 可愛いのは顔だけで、他はゴミだ。

 偏見だけで、2次コンテンツを馬鹿にしてくる。俺たちが教室で、アニメや漫画の話をしていると、こうやって文句を着けてくる。


「なんだよ、お前こそしょっちゅう化粧の話とかしてんじゃねぇか、俺からしたらそれの方がキモイね」

「はぁ!?格が違うでしょ、アニメと化粧じゃ。アニメはキモイ、化粧は女を美しくする綺麗なものなの」

「はぁ、理不尽な物言いにも程があるな…。偏見でものしゃべってんじゃねぇよ。アニメ見たうえで批判しやがれ」

「ふんっ!あんなの見るまでもないわよ!あんたと話しててもらちが明かないわよ、じゃあね!」

 そうまくし立てて、鶴岡は友達の輪に帰っていった。

 本当に、物言いが理不尽すぎる。


「なぁ、灯、いい加減同じ言い争いしてて飽きないか?」

 そう言ってきたのは、妹キャラオタクの藍沢満あいざわみつるだ。

「いや、正直飽き飽きしてるよ。でも、あいつがいちいち文句つけてくるから、仕方ねぇだろ」

「そんなのほっとけばいのにねぇ」

 これは、18禁ゲームをこよなく愛する、向島壮太むかいじまそうた

「喧嘩するほど、仲が良いでござる」

 こいつは語尾が『ござる』の森西京志郎もりにしきょうしろう。少しぽっちゃり。

「はぁ!?仲良いわけないだろ!どう見ても、あいつと俺じゃ相性が合わなさすぎるだろ…」

 絶対にあり得ない。というかごめんだ、あんな奴と仲良しなんて。

「どうだかなぁ」

「どうだろうねぇ」

「どうでござるかな」

 くそっ、あいつだけはありえねぇっての!



 その日の放課後は、一人で帰ることにした。

 またあいつらに、変なこと言われるのが嫌だったからだ。


 学校前のバス停からバスに乗り込むと、後ろから見慣れた奴が乗り込んできた。


「げっ…」

 顔が合うなり失礼なリアクションをよこしたのは、鶴岡だ。

「なんであんたが、ここにいるのよ」

「帰るからだよ。お前こそ、友達と遊びにいかねぇのかよ」

「みんな彼氏とデートだからって、今日は一人で帰るのよ」

「へー、お前彼氏いないんだ」

 これは、良いことを聞いた。

 あのイケイケ女子の筆頭、鶴岡美乃梨には、彼氏がいないのだ。

「はぁ!?うるさいわね!今はいないだけよ!」

「まぁ、お前みたいな性格最低女子を好きになる男なんていないだろうな」

「ほんと、あんたってムカつく。あんたも彼女なんていないくせに」

「はぁ?いるしー、俺はモテモテだから」

「はいはい、二次元の女のことでしょ。ほんとキモイはね」

 ちっ!マジでムカつくな、こいつ。

 その通りだから言い返せないが……。


 その後しばらく乗り続け、お客がほとんど降りて、残ったのは俺と鶴岡だけになった。

 ちなみに二人とも、後部座席の方に離れて座っている。


「ちょっと、あんたいつ降りるのよ」

 何もすることなく揺られていると、不意に声をかけられた。

「まだ、着かねぇんだから仕方ないだろ。お前こそ早く降りろよ」

「私もまだ着かないのよ」

「さようで」


 しかし、しばらくバスに乗り続けても鶴岡が下りる気配がない。

 というか、俺の降りるべき停留場へも着く気配がない。


「ねぇ、南雲、このバスなんかおかしくない?」

「あぁ、俺も何かがおかしい気が…」

 鶴岡の言う通り、このバスはどこかおかしい。

 普段ならとっくに着いててもおかしくないのだ。

 しかし、3時間ほど揺られているが、まったく着く気配がないのだ。


 ふと外を見ると、建物たちが見えるはずの風景が光に包まれていた。

 バスの中に無数の光が差し込んでくる。


「ちょっと、どうなってんの!?」

 鶴岡がひどく動揺している。

 本当にどうなってんだ?


「運転手さん!このバスおかしくないですか!?」

 しかし、運転席には誰も座っていない。



 その瞬間、視界が真っ白になり俺は気を失った。




「……ぐも、…なぐも・・・みなぐも!」

 自分の名前を呼ぶ声で目を覚ました。


 目を開けると、鶴岡が心配そうな顔で俺のことをのぞき込んでいた。

「おまえ、俺のこと心配して……」

「そ、そんなわけないでしょ!それより、ここどこよ…」


 鶴岡に言われ、あたりを見渡す。

 そこはバスの車内ではなく、無限に広がる、草原だった。


「えっと……、どこだろ?」



 どうやら俺たちは、異世界に飛ばされてしまったようだ。

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