『男女比 1:30 』 世界からの侵攻 ~勇者パーティー(♀)が強すぎるので色仕掛けで何とかする~
ヒラガナ
第1話 捨て鉢の色仕掛け作戦
「勇者……めっちゃ怖い」
魔界を統べる魔王が、全身を包帯でグルグル巻きにしている。玉座でふんぞり返っている面影はどこへ行ったのか、今は小動物のように震えるばかりだ。
「親父がコテンパンにやられるなんてな。そこまで凄ぇのか、勇者ってのは」
父親の変わり果てた姿に、キューマは戸惑った。
「やっぱオーク戦士長と親父の二人で迎撃に出るのは無理だったんじゃねぇの。相手は少数なんだし、人海戦術で」
「ば、馬鹿者! 超強力な個に対して、一般兵を出すなど愚策も愚策。無駄に兵を消耗させてみろ、遺族への補償はどうする!? 国庫が空になるぞ!」
「お、おう……」
魔王の子とは言えキューマは優秀ではない。王位継承から遠い九番目の子のため、国家を運営しようというやる気も知識もなかった。
勉学や魔道に励む他の子どもとは違い、勝手気ままに街へ繰り出しては遊び呆けるのがキューマの常だった。
「ろくでなしのお前も知っているように、現在魔界は危機的状況にある。百年に一度の人間軍の襲撃だ」
魔族や魔物が住む魔界と、人間や動物が暮らす人間界。二つの世界を隔絶する境界は、百年の間で一度、数ヶ月間揺らぎ、特異点と言う穴を作る。
その穴から世界の行き来が可能になっていた。
歴史は語る。
特異点が発生する度に、人間軍は魔界を侵略し、少なくない『男』が犠牲になったと――
「人間の手口は毎回同じだ。勇者を先兵として送り込み、魔界の拠点や強者を攻略。
男狩り……キューマの常識にはない言葉である。
伝え聞くところによれば、人間は男女比が『1:30』という極端な種族だそうだ。
そのため、次世代に種を遺すのが難しく、人間の女は男に飢えているらしい。
「でもよ、人間とは言え女性にモテモテになれるんだろ? 俺としてはウェルカムだぜ」
キューマもまた異性に飢えていた。
王子なのに国が結婚相手を見繕ってくれず、自力でナンパを繰り返しては撃沈、やけ酒コースの日常を過ごしていた。
そんな彼が「人間、悪くないんじゃないの」と軽く考えてしまうのは仕方のないことかもしれない。
「お前、私とオーク戦士長が、勇者の追撃をどう振り切ったのか知っているか?」
「えっ? いや」
「勇者の攻撃でな……オーク戦士長のアーマープレートが壊れた。そして、露わになった彼の胸板に勇者たちは赤面し、思春期の少年のごとく動揺した。その隙に我々は逃げ果せたのだ」
「なっ、なんだと……」
オーク戦士長は、筋肉隆々でハゲ上がった中年オークである。顔は不細工の一言で、戦士長という尊敬されるべき立場なのにオーク女子から袖にされ続けていた。
そんなところに親近感を持っていたキューマにとって、勇者たちがオーク戦士長の汚い裸に赤面した、とは信じ難いことであった。なんか裏切られた気持ちだ。
「人間ってどちらかと言えば魔族寄りの見た目だよな。なんで、異種族感バリバリのオークにドキドキしてんだよ」
「キューマよ、人間たちの発情力を甘く見るな。あいつらは棒さえ付いていれば何でも良いのだ。歴史書にはこう書いてある。かつての襲撃の折り、オークの里が男狩りにあった。『くっ、殺せ』と懇願するオークの男たちを、その場で性的に蹂躙する人間の女騎士。その光景はまさに地獄絵図だったそうだ」
「ヒエッ」
実際、人間という種族は繁殖力に長けており、魔族、オーク族、ゴブリン族、どの種族とでも子を成せる。
が、生まれて来るのは人間の女性がほとんどで、男不足の解決には繋がらない。
「此度の人間軍の侵攻。絶対に防がなければならぬ! そのためにも勇者たちを何としても止めるのだ!」
「親父が熱くなる理由は分かるけどよ……で、なんで俺が呼ばれたんだ?」
優秀な長男や次男ではなく、なぜ自分が玉座に呼ばれたのか。キューマはここに来る前からずっと疑問に思っていた。
「それはな……」
魔王はおもむろに片腕を突き出して唱えた。
「『硬直』せよ!」
「うおっ!?」
キューマの身体が金縛りにあう。どんなに力を入れようと指一本動かせない。
「な、なにしやがる! 親父!?」
会話をするための温情か、首から上は動かせる。
「これほどたやすく硬直魔法に掛かるとはな。やはり、お前の魔力は下級戦士並か。魔王の子として情けない」
「うるせぇ! 製造元がきちんと作らねぇからだろっ!」
「だが、そんな不出来な息子に、私から最高の栄誉を得る機会を与えよう」
「あん?」
「キューマ。お前、今から勇者たちの所へ行って、彼女らの侵攻を阻止して来い」
「………………はっ? ちょ、うえっ?」
言葉の意味は分かるが、意図はまるで分からない。
魔界で一番魔道に長けた魔王と、一番武道に長けたオーク戦士長。
その二人を敗退に追い込んだ勇者を、才能なし根性なし存在価値なしのキューマにどうこう出来るわけがない。
「待って! ちょ待て! 親父ぃぃっ!!」
「ええい騒ぐな、説明ならする。いいか、正攻法で勇者を倒すのは不可能に近い。ならば、絡め手だ!」
「か、からめて?」
「勇者たちの弱点が男であることは明白! お前は今から人間の男に化けて勇者たちに接近。その後、色仕掛けをするのだ」
魔王は至極真面目な顔で、幾つかの案を上げた。
「勇者さんって暴力的で苦手です。話し合いで物事を解決する人の方がずっと素敵」と、平和的な侵攻へと勇者を誘導する案。
「あなたが死地に赴くなんて耐えられません。他の人には内緒で僕と逃げてください」と、パーティーの一人と駆け落ちして勇者の戦力を削ぐ案。
また、「ぼくぅ、実は戦士さんの大ファンなんですよぉ」とか「魔法使いさんのクールな所がマジ好きですぅ」とオタサーの姫のように勇者たちを手玉に取って、パーティー内に不協和音を響かせる案。
「こんな感じに振る舞って、勇者たちの魔界侵攻を防ぐのだ」
「いやいやいや、なんだそのふわっふわな作戦! 成功する気がまるでしねぇぞ!」
「それはそうだ。これはあくまで防衛線を強固にするまでの時間稼ぎ。最初から捨て鉢作戦だ」
「それを可愛い息子にさせるのかよ、それでも親かっ!」
「うるさい! 穀潰しの子に最後の花道を用意した親心、お前には分からんのか! 『変化』せよっ!」
魔王の変化魔法がキューマに炸裂した。
キューマの銀髪が黒に変色し、真っ白だった肌が血の気の色が浮かんでくる。長かった爪や牙も縮んで、大人しい外見へと変わっていく。
「これで外見は人間の男と大差なくなった。お前程度の魔力なら人間の中に紛れても目立つことはないだろう」
「くぅぅぅ、親父ぃぃぃ!! 末代までたたってやるぞぉぉ!」
「魔王をたたるとは豪気なことだ。その調子で任務に励めよ。では、最後に――」
魔王は包帯で巻かれた懐から、小さな鈴を取り出した。
水晶で作られているのか、透き通った儚い見た目が、多くの者の注目を集めそうだ。
「げっ!? その鈴は、世界を移動するやつ!?」
「ほう、世間知らずのお前が知っていたとは意外だ。そう、これこそ我が魔族に伝わる秘宝が一つ、『境面渡りの鈴』。特異点は人間側でも監視されているだろう。そこを使って人間界に侵入するのは困難だ、特にお前にとってはな……が、この鈴を使えば、特異点を経由せずとも人間界に行くことが出来る」
魔王が鈴を高らかに掲げる。すると、鈴の中に紫色の靄が渦巻き始めた。起動するべく魔王が魔力を注入しているのだ。
「偵察部隊の情報によれば、私とオーク将軍との戦闘で疲弊した勇者たちは、一度人間界に戻り休息しているらしい。奴らの警戒心は薄れているだろう、この好機を利用し勇者たちを誘惑してみせろ」
「死にに行くようなもんじぇねえかぁぁ!! いやだぁぁぁぁ!!」
なけなしの魔力を振り絞って、硬直魔法に抵抗しようとするキューマ……だったが。
「見事勇者の侵攻を止めれば、栄誉栄達は思いのままだ。英雄になれば、女たちが身体を押しつけて求婚してくるわ。嫁探しなんぞ楽勝だぞ」
「嫁、まじか」
魔王の甘言によって、思わず抵抗を解いてしまった。
鈴が邪悪に光り出す。
「今だっ、鈴よ! このバカ息子を人間界に送りたまえ!」
「しまった! ち、ちくしょう! 親父ぃぃぃ! 俺は絶対帰ってくるからなぁぁぁ! んでもって、テメェの顔面をぶん殴ってやるぅぅ!!」
己の身体が粒子となって消えていく。その恐怖の中でも、キューマはしっかり恨み節を残した。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
「っべ、やっべ、ほんと人間界だよ、ここ」
程々に茂る森の中、キューマは立ち尽くしていた。
視界に入るのは、魔力を帯びていない木や草花、それにコミュニケーションが取れそうにない人間界の獣たちだ。
「ってか勇者たちどこだよ? 現在地も分からんし、下手すりゃ森の中で餓死するぞ、親父のやろう、適当なことしやがって」
キューマはブツブツ言いながらも行動を開始した。
任務を完遂する自信は微塵もないものの――
(あのクソ親父をボコボコに殴らなきゃ、死んでも死にきれねぇ)
父への怒りが、ぐうたらなキューマを勤勉にして、人の気配のする方へと彼を導いて行った。
「あれは……村か?」
適当に見つけた小川に沿って歩いていくと、森の出口があり、そこからさらに進むと、ぽつぽつと家が見えてきた。
遠くから眺めるに、百人くらいが住んでいそうな小さな村だ。
腹が空いたし、喉も乾いた。
すぐにでも駆け出して、村人を捕まえ食料を恵んでもらいたい。
(けど、いくら人間の男に変化していても、のこのこ一人で現れたら怪しまれるよな。それどころか、男ということで襲われるかもしれねぇ。まあ、襲われるのはちょっと興味あるけど、初体験が無理矢理とか勘弁だぜ)
進むか、止まるか。キューマが悩んでいると、不意に近くの草むらから少女が飛び出してきた。
「おわっ!?」
「きゃっ!?」
少女の方でもキューマがいるのは予想外だったらしい。二人は顔を合わせて驚きあった。
みすぼらしい皮の服を着た少女である。村の子どもだろうか。
「ご、ごめんなさい。まさか、こんな所に人が……あれ?」
年の頃十ほどの少女は、まん丸の目をパチパチしてキューマを凝視した。
「もしかして、男の人?」
「っ!?」
見つかってしまった。
何とか誤魔化せないか。そう思ったキューマだったが。
「くんくん……うん、この芳醇な香り! 間違いない、あなたは男の人だね! わあ、久しぶりに間近で見たよ!」
「あ、ども。はい、男っす」
確信に満ちた少女を前に、女を装うのは無駄なあがきである。
(まあ、相手は子どもだ。上手く丸め込んでやる)
実に甘々な思考だ。
キューマが人間たちの本当の恐ろしさを知った時……もう、彼に安息はなかった。
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