4-2
その日の夕方、新幹線の時間まで駅ナカのカフェでお茶をしていた。本当なら晩御飯を一緒に食べたかったが、その後夜遅くに帰るとなると翌月曜がしんどいことになる。苦渋の選択だった。
「水族館楽しかったです。行きたいって思ってたのでちょうど良かったです。新しいネタも覚えたし」
新しいネタとは無論、ハシキンメの物真似のことである。言ってるそばからまた目の前でやっている。
「パンもおいしそうですね」
水族館内の売店で、明日の朝ご飯用だとパンを買っていた。チンアナゴの形をしたチンアナゴパン。チョコチップで模様を表現している。そしてカメの形をしたカメロンパン。
「ありがとな、今日一日付き合ってくれて。おれも楽しかった」
「いえいえ、誘ってくれてありがとうございました。年パス買ったしまた行きます。次はももちゃんか祥子と」
「祥子? ももちゃんは知ってるけど」
「彼女です」
「二股じゃねぇか」
「両方とも愛してますから。ハーレムです。いいでしょ」
「おれはモテなくていいから好きな人と一生一緒にいたい」
「一生一緒にいてくれる人が見つかるといいですね」
夏帆はにこやかに言い放つ。私ではない誰かと幸せになってください。大好きな人からそう言われるのは、正直かなりきつかった。しかし真面目に受け取ってはいけない。夏帆と話すときにマジレスしていたら身が持たない。すべてはネタ。茶番の一つ。
「おれは夏帆と結婚したいけどな」
お気楽に返事をすると、
「あんまり結婚結婚言わないでください。重いです。あなた私のなんなんですか」
なんとマジレスが飛んできた。ずしんと心が抉られる。
『あの時あの子はなにを思っていたのだろうか。今のあの子はどうしているだろうか。自分はあの時からどう変わっただろうか。あの子がおれに向ける笑顔は本心からだったのだろうか、それとも辛いことや苦しいことを必死に隠して、おれだけが幸せなだけの哀しい笑顔だったのではないだろうか』
おれはまたも間違ったのか。辛い思いをさせていたのか。結婚しよ結婚しよ言う齋藤准一が本当は嫌で嫌で仕方ないのに、それを直接的に伝えるとおれが傷つくから、茶番というオブラートに包んでいたのか。くだらない茶番で場を暖めていたのは、それが楽しかったからじゃなくて、おれが傷付けないようするための配慮だったのか。その分は夏帆が一身に苦痛を引き受けて――。
「ごめん。もう言わない」
「はい。そうしてください。いい加減しつこいので」
ここしかないと思った。
だったら。おれももう茶番は終わりにしよう。
フラれることを見越して予防線を張るのはやめよう。
重くてしつこい半分ネタのような想いの伝え方は、軽くてチャラくて傷付けるだったのだと悟った。
結婚という非現実的なワードに隠してきた本当の想い。
拒絶されても、ネタだからとはもう言い訳できない、最後の言葉。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます