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 その日の夕方、新幹線の時間まで駅ナカのカフェでお茶をしていた。本当なら晩御飯を一緒に食べたかったが、その後夜遅くに帰るとなると翌月曜がしんどいことになる。苦渋の選択だった。

「水族館楽しかったです。行きたいって思ってたのでちょうど良かったです。新しいネタも覚えたし」

 新しいネタとは無論、ハシキンメの物真似のことである。言ってるそばからまた目の前でやっている。

「パンもおいしそうですね」

 水族館内の売店で、明日の朝ご飯用だとパンを買っていた。チンアナゴの形をしたチンアナゴパン。チョコチップで模様を表現している。そしてカメの形をしたカメロンパン。

「ありがとな、今日一日付き合ってくれて。おれも楽しかった」

「いえいえ、誘ってくれてありがとうございました。年パス買ったしまた行きます。次はももちゃんか祥子と」

「祥子? ももちゃんは知ってるけど」

「彼女です」

「二股じゃねぇか」

「両方とも愛してますから。ハーレムです。いいでしょ」

「おれはモテなくていいから好きな人と一生一緒にいたい」

「一生一緒にいてくれる人が見つかるといいですね」

 夏帆はにこやかに言い放つ。私ではない誰かと幸せになってください。大好きな人からそう言われるのは、正直かなりきつかった。しかし真面目に受け取ってはいけない。夏帆と話すときにマジレスしていたら身が持たない。すべてはネタ。茶番の一つ。

「おれは夏帆と結婚したいけどな」

 お気楽に返事をすると、

「あんまり結婚結婚言わないでください。重いです。あなた私のなんなんですか」

 なんとマジレスが飛んできた。ずしんと心が抉られる。


『あの時あの子はなにを思っていたのだろうか。今のあの子はどうしているだろうか。自分はあの時からどう変わっただろうか。あの子がおれに向ける笑顔は本心からだったのだろうか、それとも辛いことや苦しいことを必死に隠して、おれだけが幸せなだけの哀しい笑顔だったのではないだろうか』


 おれはまたも間違ったのか。辛い思いをさせていたのか。結婚しよ結婚しよ言う齋藤准一が本当は嫌で嫌で仕方ないのに、それを直接的に伝えるとおれが傷つくから、茶番というオブラートに包んでいたのか。くだらない茶番で場を暖めていたのは、それが楽しかったからじゃなくて、おれが傷付けないようするための配慮だったのか。その分は夏帆が一身に苦痛を引き受けて――。

「ごめん。もう言わない」

「はい。そうしてください。いい加減しつこいので」


 ここしかないと思った。


 だったら。おれももう茶番は終わりにしよう。

 フラれることを見越して予防線を張るのはやめよう。

 重くてしつこい半分ネタのような想いの伝え方は、軽くてチャラくて傷付けるだったのだと悟った。

 結婚という非現実的なワードに隠してきた本当の想い。

 拒絶されても、ネタだからとはもう言い訳できない、最後の言葉。

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