3-5
「わかりました。そこは疑わないことにします。でもまだ問題があって」
「問題だらけよね。下の中だし頭おかしいし。あとこの手の男は将来禿げるわよ」
森本さんはアイスティーを飲み干し、ストローがズズズと音を立てた。
「それもですけど、そもそも好きじゃないんですよ、齋藤さんのこと」
「根本からアウトじゃないですかそれ。嫌いな人と会っててもお互いのためにならないような気がします」
「嫌いとも違って。うーん、仲良し? 仲のいい先輩後輩」
ただの仲良しとしては、この上なく波長が合うと感じていた。話の選び方や切り返し方が私の繰り出す茶番にぴったりだ。わざと通り過ぎても怒ることなく追いかけてきてくれる。仲のいい先輩後輩、仲のいい友人としてなら楽しくやっていけると思っている。
「でもあの人と付き合うかっていうとえーーーって思う。好きっていうのがよくわからない。どうなったらその人のことを好きってことになるの?」
そこがわからないから、好きじゃないとしか表現できないのだ。
あーもう! 普通は悩みを口に出すとすっきりするものなのに、話していると余計にもやもやしてきた。
私は日々穏やかに生きていきたいだけなのに、あの男が私の心の平穏を掻き乱す! やな奴やな奴!
勢いに任せてオムライスを口に運んでいると、
「森本さんちょっと……」
と、祥子が森本さんに耳打ちを始めた。森本さんはそれを聞きながら、目をカッと見開いてみたり、眉間にしわを寄せてみたり、鬼瓦の顔真似をしてみたりと、矢継ぎ早に変顔を繰り出していた。
やがて、一つ大きくうなずくと、
「夏帆ちゃん、付き合ってみたら?」
「……は?」
思わずドス黒い声が漏れた。
「って祥子ちゃんが」
さっとかわす森本さん。
「どういうこと? 祥子」
「いや、失礼ですけど、夏帆さんって今まで彼氏とかいたことないじゃないですか。いい機会なんで付き合ってみたらどうかなって。お試しで。世の中のカップルなんて、大体どっちかの片想いから始まってると思いますよ。どっちかが先に相手を好きになって、そしたら相手側も自分のことを好きって思ってくれるその人を気になり始めたりして、流れで付き合い始めたりなんてしちゃって、案外上手くいくみたいなの、世の中にはいくらでもありそうじゃないですか」
「だからとりあえず付き合ってみたらってこと? それって齋藤さんに失礼じゃないかな。好きじゃないのに」
「いーのいーの。賭けてもいいけどこの男、夏帆ちゃんからOK出たら問答無用に大喜びよ。それに結局遠距離なんでしょ? ダメだなって思ったとしても別れやすいじゃない。こんな便利なお試し物件そうそうないわよ」
さらりとボロクソ言っている。齋藤さんをフォローするような言葉がまた頭に浮かんだが、それはそれで唇を噛みしめるほど悔しいので飲み込む。
はたちを過ぎて恋愛経験なしで、このままだと一生独身かもしれないという恐怖がちらついてきていたのが正直なところでもあった。私だっていずれは結婚したいし子どもも欲しい。でも、今は好きっている感情すらよくわからない状態に陥っている。
そういう点では、確かにこれはいい機会かもしれない。経験を積める。
齋藤さんとは仲が良いし、一緒にいて楽しいし、なにより茶番に付き合ってくれる。知らんぷりして通り過ぎても毎回必ず追いかけて手を握ってくれる。そんな男は今までいなかった。
この人をいつか好きになる時が来るのだろうか。
……現時点では想像がつかない。一ミリも。
「そうですね。考えてみます」
「もし上手くいったらわたしたち、愛のキューピットね! ブーケ受け取りに行くから結婚式に呼んでね」
「しょうもない男だったら連絡ください。私がとっちめてあげます」
頼もしい友人たちとのランチは、私の考え方を大きく動かすものになった。
後日、だらだらと毎日続けているLINEで、次に会う日が決まった。一月末の日曜日。
また来るんですか、物好きですね、暇なんですか。
とは言わないでおいてあげた。私も随分変わったものだと思った。
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