2-2
おれには、三年半付き合ってきた彼女がいた。しかしそれもこの七月までの話だ。
就職を機に、遠距離恋愛になってしまったのだが、一年働いたくらいをめどに結婚しようという話をしていた。そのため、彼女は一年後には東京への異動の希望を出すと言ってくれていて、もし認められなかったとしても籍は入れてしまおうというところまで二人の意思は一致していた。
遠距離になってからも、おれは月に一、二度は彼女の家に通っていたのだが、七月のある日、いつものように彼女と一緒に週末を過ごしてから自宅に帰った深夜、Lineの通知が届いた。
『電話していい?』
ちらりと嫌な予感がした。
根拠はない。
二人で会っていた時、彼女の様子がおかしかったことはない。この日だって、ドライブして、ショッピングモールを回って、映画を見たのだ。会えない時も、たまに電話をしていたので、このLineの内容も特別変わったものではないはずだった。
しかし、この時に限っては、脳の奥がちりちりとした。
最近職場に気になる人ができた。こんな気持ちのまま付き合い続けるのは准一さんに悪いから別れて欲しい。
この期に及んで――。
というのが、おれの正直な感想だった。
気になる人ができた、そっちに行きたいから別れて。の方が、潔くてまだいい。
「准一さんに悪いから」というのは、自分が悪者にならないための言い訳にしか聞こえなかった。
それでも、おれは、粘った。こんな電話一本で別れ話をされて、ハイ終わり、にはしたくなかった。
それに彼女とは三年半の付き合いだ、出会って数か月のどこの馬の骨とも知れない男に盗られるなど、プライドが許さなかった。
さらに、現実的な話をすると、今彼女と別れたらおれの結婚はいつになるのだ、いや、もしかしたら一生独身かもしれないという恐怖もあった。
一度会って話をしよう。
おれはそう提案した。
彼女は了承してくれた。
約束したのは、二週間後の週末。
話せばわかってくれる……かもしれない。おれは女々しくも、そう期待していた。もう一度ちゃんとおれの顔を見れば、彼女の気も変わるかもしれない。気になる人なる男とは、まだ付き合っているわけではないらしい。
三年半という時間の中で作り上げた楽しい思い出、喧嘩したあの日、ともに過ごした日常が、まるで要らないものかのように扱われているような気がして、胸が苦しかった。
しかし――。
『来週、お昼から予定入ったから十二時までにしてもらいたいんだけど、いい?』
彼女からのLINE。
ありえないだろう。おれに悪いから、と別れを切り出し、おれの説得に対して何度もごめんと謝るばかりで、会って話をする約束にやっと了承した彼女が、そんな立場なのにあとから予定を入れてくるなど。
『職場の彼?』
おれは返信した。送った直後に既読はついたが、しばらく返信は来なかった。
ややあって、
『うん』
ぷつん、と糸が切れるのを感じた。
あ、もうだめだ。体温が急に冷えていく一方で、頭はぐーっと熱くのを感じた
『わかった。来週会うのは、なしでいいよ』
『え、いいの?』
いいの? の後に、「やった」という表情の顔文字が見えたような気がした。
『いいよ。お幸せに』
『ありがとう』
お幸せに、などと思ってもいない言葉を贈ることで、おれも、最後までイイ奴であろうとしたのだった。
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