最愛のあなたが、おれより先に死にますように
深瀬はる
プロローグ
「ねぇ」
白昼のテニスコート。試合を見ている夏帆の横顔に声をかけた。彼女は、私? という感じに少し首をかしげながら振り向いた。黒いつややかな長髪がふわりと揺れた。
「結婚しよ?」
おれたち二人の近くにたまたま人がいなくなった一瞬をついての、渾身のプロポーズだった。
夏帆は、なに言ってんだこいつ、とでも言わんばかりに眉間にしわを寄せ、即答した。
「お断りします」
お断りしますと言われて、はいそうですかわかりましたで済むほど、おれは物分かりが良くはない。
「えーなんで?」
一応聞いてみる。
「画数増えるので。めっちゃめんどくさいじゃないですか、齋藤って」
「ほう……」
とっさにこんな理由を思いつくことに感心して、思わずため息が漏れてしまった。こういうユーモアも、夏帆の素敵なところだ。
なぜだめだったんだろう。
好きな人がいる?
彼氏がいる?
それもあるかもしれないが、多分だけど、おれと夏帆が今日初対面だということが大きいのではないだろうか。初めて会った相手にその日のうちにプロポーズされてオーケー出す女性の方が、きっと珍しい。
「齋藤さんってば!」
夏帆は、むっとした表情をこちらに向けていた。振られた原因を色々考えていたせいで、夏帆がおれを呼んでいるのに気づかなかった。
「あ、ごめん。なに?」
「プロポーズしたくせに、相手の話、全然聞いてないんですね。次試合ですってよ」
夏帆は、試合を終えたつっきーから、共用で使っているラケットを受け取ると、わざとらしく頬をふくらませてすたすたとコートに向かっていった。おれはベンチに置いていた自分のラケットを持って、慌てて彼女のあとを追いかけた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます