そばにいる?

moes

そばにいる?

「トーキーヤっ」

 いつものように自分を呼ぶ声にトキヤは窓を開ける。

「カスガ、パスっ」

 唐突な言葉にそれでもカスガはしっかり反応して二階から放り投げられたものを落とさず受け止める。

「それで開けて入って来いよ」

「りょーかいっ」

 カスガは手を上げてキーホルダーつきの鍵をちゃりちゃりと振って見せた。



「うゎ、なんだよっ」

 ぱらぱらと何かが降りかかってきて、トキヤはふり返る。

「鬼は外?」

 カスガは再度、握りこんだ手の中身をゆるく放る。

 床に散らばったのは落花生。それにまじって個包装された一口チョコ。

「今日、節分かぁ。っていうか、落花生はまだしも、なんでチョコ?」

 落ちた落花生とチョコを拾って机に置きながらトキヤは尋ねる。

「ピーナッツ入りだから豆の仲間なんじゃないか? あ、チョコも原料は豆だよな?」

 名案! と言わんばかりにカスガはポンと手をたたく。

「それ、今考えただろ」

「だって、おかーさんが今日のおやつってくれただけだし。あ、鬼のお面ももらったけどいる?」

 かばんから取り出したのは落花生とチョコが詰められた袋と、紙製のちゃちくさい鬼のお面。

 多分節分豆のおまけにくっついているヤツだ。

 トキヤはカスガの手から鬼のお面を抜き取る。

「カスガ、じゃんけん」

 その言葉にカスガは反射的にグーを出す。

「カスガ、負け。鬼な」

 パーをだしたトキヤはにっこり笑って鬼面と豆の袋を取り替える。

「ずるいっ。不意打ち」

「いいじゃん。カスガ、フライングでおれにぶつけたし」

「鬼取ったから、鬼やるかと思うだろ、フツー」

 カスガは頬を膨らませる。

「でも、カスガ負けたし」

「おれが不意打ちに弱いの知ってるくせに。とっさだと、グー出すって知ってるくせに」

 しつこく文句を言うカスガにトキヤは吹き出す。

「そんなにイヤかよっ」

「嫌だっ!」

 腰に手をあて、なぜだか堂々と言い切る。

「わかったよ。豆まきやめて、それをおやつにしつつゲーム」

「えぇ? それじゃトキヤの家に貧乏神が住み着いちゃうぞ?」

 ベッドに座って、わざとらしいほど心配そうな表情を浮かべる。

「豆まきで追い出すのって、貧乏神だっけ?」

「だって、福は内だろ? 福は福の神なんだから反対語は貧乏神じゃないのか?」

 本気にまじめくさった顔でカスガは言う。

「それだと鬼イコール貧乏神になるけど?」

 鬼は外の立場はどうなる。

「あ、そっか。どうするよ、カスガの家、鬼まみれ」

 部屋にぎゅうぎゅうに詰まった沢山の鬼を想像してトキヤは眉をひそめる。貧乏神との同居とどっちがマシだろうか。

「つまり、豆まきがしたいんだな」

「だって、せっかく豆あるし」

 でも自分が鬼になるのは嫌だと。

 トキヤは部屋を見回す。

 母親がどこからか手に入れてきて部屋に放置していったジンベイザメのぬいぐるみを引っ張り出して鬼のお面をくっつけ、窓際に立てかける。

「これでOK?」

「動かないのはちょっとつまんないけどな」

 それでも満足げにカスガは笑みを浮かべる。

「先に倒した方が勝ちな? これ、トキヤの分」

 もう一袋をかばんから出してトキヤに渡すとカスガはジンベイ鬼に向かって豆を投げつける。

「倒れろっ」

「勝ちってなんだよっ。もう豆まきカンケーないじゃないか」

 文句を言いながらトキヤも豆とチョコを投げる。

 先に倒されて勝ちほこられるのも癪だ。

 二人の豆とチョコがバラバラとたてつづけにジンベイ鬼に降りそそぐ。

「けしからんっ」

 突然の声に二人の手が同時に止まる。

 そして顔を見合わせて、うなずきを交わす。

「よし。豆まき終了。ゲームしよう、トキヤ」

「だな。そういえば、還らずの森でアイテムゲットしたぞ」

「マジで? どこで?」

 とりあえず豆とチョコを放置することにして二人はそそくさとゲーム機をセットする。

「けしからんっ。けしからん。食べ物を粗末にするとは、何ごとだっ」

 トキヤは思い出すように眉根を寄せる。

「中ボスいるだろ? あれさぁ、瀕死にしてさぁ」

「うわ。おれ一撃必殺しちゃったぞ」

「おまえら、無視するなぁー」

 背後で叫んでいたものが、二人の前に出てきて地団駄を踏む。

 トキヤはそれに視線を合わせないようにしながら話を続ける。

「じゃ、やり直しだ。まぁ、なくても先に進むのに問題ないだろうけどね」

「無視するなと言っておるだろーがっ。話を、聞けー」

 だんだん大きくなってきた声はさすがに無視するには邪魔くさくなってくる。

 トキヤは深々とため息をつき、なるべく視界に入れないようにしていた物体をまじまじと見つめる。

 全体的に白に近いうっすらとした灰色の毛玉が雪だるまのように二つくっついたような姿。それに細っこい手足が生えている。

 大きさは十五センチくらいだろうか。小さいくせに声はでかい。

 不気味といえば不気味だけれど、カワイイかもしれない、と思えば思える。ぎりぎりな感じだ。

「で? 何を聞けって?」

「あーあ。トキヤ、なんで声かけちゃうんだよ」

 非難がましく、しかめっ面をするカスガにトキヤは肩をすくめる。

「だってさぁ、このまま居座られたらちょっと迷惑じゃないか? 騒々しいし。カスガは家に帰るからいいけどさぁ」

「まっったく、まったく。しっつれいな、コドモだなっ」

 えらそうに、腰に手をあて二人を交互に睨みつける。

「どっちがー。トキヤの家に勝手に入りこんでるくせに態度のでっかい雪だるまだな」

 トキヤがアタマをつつくと、雪だるまは体勢を崩してしりもちをつく。

「雪だるまでないわっ。失敬な。わしは鬼だっ」

 転がったまま、ばたばたとあしを動かす。

「鬼ー?」

 トキヤとカスガの声がそろう。

「鬼にしては角がないよな。それに、こんなふさふさしてないだろ」

 カスガは自称鬼をつまみ上げる。

 鬼は言葉にならない文句をわめきながら暴れる。

「下ろしてやれよ……」

 うるさいから、という言葉は飲みこんでおく。

「まったく。食べ物を粗末にするような子供はやっぱりしつけがなってなくていかん」

「食べ物、粗末にっていっても。豆まきってそういう行事だし。後でちゃんと拾って食べるし。っていうか、豆まいたのに鬼がいるっておかしくないか? やっぱり偽者だろっ」

 ぶちぶちと文句をつける鬼にカスガは反論する。

「大豆じゃなくて落花生とチョコだから効力なかったのかもよ?」

 立てた膝に頬杖をついてトキヤはふてくされている鬼を眺めなめる。

「発想が貧困じゃ。どうせおぬしらが考える鬼など赤くて角があるようなヤツじゃろ。鬼などというのは、いろんな形をしてほうぼうに潜んでおるものだ。ちなみに豆など怖くもないわ」

 鬼は手近に落ちていた落花生の殻を足で踏みつけて割り、中身を丸呑みする。

「……で、うちに何の用だったんですか?」

 これ以上ぐだぐだと文句や説教を聞いていても仕方ない。

 トキヤはなるべく丁寧に聞こえるよう尋ねる。

「あ? ただの通りすがりじゃ。散歩しておって豆やらチョコやらが降ってきたら、おぬしらでも怒るだろうが」

「まぁ、ねぇ」

 たしかに。

 おまけにトキヤたちにとっては小さな豆でも、鬼にとってはかなりの大物だ。ぶつかったら大怪我する。たぶん。

「でも、ここおれの家だし」

 不法侵入は人間だったら逮捕だ。

「わしの散歩道に建ってるのが悪い」

 あまりにもきっぱりと言い切られ、トキヤはそれ以上何も言えなくなる。

 どうする? と言いたげなカスガの視線にチョコをひとつ口に放る。

「ゲーム、やろっか」

 ただ、散歩に通るだけならそのうちいなくなるだろうし。話し相手をしてればそれだけ長居をされるだけだ。

「そだね。雪だるまー、チョコも持って行きなよ」

 落花生が気に入ったのか、またひとつ口に運ぶ鬼の前にカスガがチョコを二つ置く。

「雪だるまでないと言うとろうが」

 ぶちぶちといいながら、それでも鬼はうれしそうに一口チョコ二つを担いで部屋を横切り、出ていった。



「ただいまー……ぎゃっ」

 カスガは玄関のドアを閉めて思わず叫ぶ。

「カスガー? どうしたの?」

「……どうもしないよー」

 台所からの母親の声に誤魔化しておいて、カスガは叫び声の原因になったものに小声で話しかける。

「なにしてんの、雪だるまっ」

 チョコをひとつ担いだ鬼が足を止め、不愉快そうに顔をあげる。

「雪だるまではないと何度言えばわかるのだ。散歩の途中じゃよ」

 ずいぶん長い散歩だ。

「チョコ食べたんだ? おいしかった?」

「別に。普通じゃ」

「カスガー? 何してるの。早く手を洗っていらっしゃい」

「はーいっ。じゃね、雪だるま。気をつけてねっ。これ、良かったら持っていって」

 ポケットからチョコをひとつ取り出して鬼の前に置くとカスガは洗面所に急ぐ。

 手洗いうがいを済ませて、ひょいと玄関に目をやると置いておいたチョコはなくなっていた。



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