30 楢野の陰謀

 社長室にいつもとは違う雰囲気の楢野莉子が入室してきた。社長のデスクに座り、ミニのタイトスカートから覗いた足を組んだ。まるでルパン三世(モンキー・パンチ作、双葉社WEEKLY漫画アクション)に登場する峰不二子ばりだった。

 「社長にお願いがあるの。ここから消えてほしいの。悪いようにはしないわ」

 「おい、いきなりなんだよ。消えるってどういう意味だよ」

 「社長を降りて」

 「なんでだよ」

 「もう潮時でしょう、偽社長さん」

 「さっそく未雪がちくったのか」

 「ずっと前からわかってたわよ。社長(実は柊山)、渋川(実は経堂)、島田(実は青井)、新納の4人がグルだってこと、うちだけじゃなく、神崎も知ってるわよ。ただ、社長が花崎祐介じゃないってことまでは、まだ気付いてないわ。それを知られたら、ハナショー(花沢正一)に殺されるよ。だから知らない振りしてたんだから」

 「なんで、ばれた」

 「バカだもの、静大なんてありえない。大学に1度も行こうとしないし、静岡の部屋がどこにあるかも知らないんでしょう。そこで本物の写真見たわよ。それに社長と麻美さんの関係、兄妹としてはちょっと不自然。風俗にやたらと詳しいし、チンピラ丸出しよ。まだまだあるわよ、全部言おうか」

 「そこまでわかってたんなら、なんでいまさら偽の彼女なんか仕立てて面倒なことした」

 「偽者だっていう確実な証拠がほしかったからよ。ところでさ、今、渋川、青井って、うち言ったよね。それ誰のことだっけ」

 「めんどくせえな。新納が全部ゲロったんだろう」

 「じゃ、言わせてもらうけど、社長は騙されてんのよ。渋川、いいえ経堂が詐欺師だって知ってたんでしょう」

 「俺だって似たようなもんだ」

 「ウソつきは同じだけど、社長とじゃ小学生と大学生よ。ううん、赤ちゃんと教授か」

 「そりゃあ、そうかもな」

 「渋川は神崎と組んで、HANASAKAを乗っ取るつもりよ」

 「べつに俺の会社じゃねえし、買ってくれんなら高い方に売るさ。神崎さんでも、あんたでも」

 「じゃ、うちに売って」

 「いくらだよ」

 「いくらなら売ってくれるの」

 「俺の頭知ってんだろ。相場ってものがわかんねえ」

 「お金より女よね。桐嶋汐子はうちが守ってあげるわ。それでどう」

 「新納を追っ払ってくれんのか」

 「今のままだと、あの子、さんざん食い物にされて終わりよ。それくらいはわかるでしょう」

 「そこは自分の器量だろ。体売ってテレビ出れるようになった女はいくらでもいんだろ。二世タレントでもなかったら、たいていそんなもんだわ。だけどよ、俺に言わせりゃ、二世タレントこそクソだ。金が目当てで結婚したり愛人になったりする女は最低のクソ売女(バイタ)だ。まだしも男(ヒモ)に貢いでる売春婦(オンナ)のほうが可愛いとこある。二世ってのは売女の子ってことになんだろう」誰かのウケウリなのかもしれなかったが、柊山は自分の母も含めて言っていた。

 「言うわねえ。だけど、あの事務所じゃ1億年がんばってもメジャーはムリよ。あの手この手で借金が膨らんで、モデルが売り看板になんなくなったら、上がりはよくてAVか、悪くすりゃヘルスかソープよ。そっから這い上がるのって、ヘドロの中から生き還るより奇跡ね」

 「そっちこそ言うじゃねえか。その世界の相場なら俺は詳しいんだ。ま、そんなとこなのかもしんねえな」

 「悔しくないの。せっかくあんなにきれいに生まれたのに親がたまたま偉かったか、汚い金持ってただけのブスに負けんの、私は悔しいわよ」

 「まあ、そうだけど、親も金もねえんだからしょうがねえじゃねえか。売れる体があるだけましだぜ。しかし言うねえ、ヤクザのお嬢さんのくせによ」

 「うちだって、いろいろあるんやからね。甘く見ないでよ」

 「いくらかかんだろうな、ほんとのモデルになるのって」

 「まともな事務所に移籍させられたらの話だけどね」

 「金の卵をやすやすとは手放さねえよな」

 「あの子なら割り切れば1日10万で売れるでしょう。1年で3千万、4年なら1億以上よ」

 「なるほど、それくれえにはなるか。しかし、移籍した事務所がまともって保証はあんのか」

 「もちろん、いきなり、きれいな仕事だけってわけにはいかないよ。ただ、未来に夢があるかないかの違い」

 「信用していいんだな」

 「必ずデビューさせてあげる」

 「ならわかった。俺は社長辞めるは」

 「そういう欲のないところ羨ましいわ。だけどすぐにはダメよ。タイミングがあるの。社長としてまだまだやってほしいことがあるの」

 「まだ何かあんのか」

 「処分場の権利をリメイドに15億で譲ってよ」

 「50億も借金ある会社がまだそんなになんのか。それ俺の金ってことか」

 「会社のお金よ」

 「どう違うんだよ」

 「うちが社長になるんやから、うちのお金やね」

 「なんだよ。じゃ意味ねえよ」

 「ほんとに疎いのね。15億はマルハナの借金返済資金よ」

 「ちょっとももらえねえのか」

 「多少の退職金は用意してあげる。汐子さん以外にもいろいろ整理しとくことあるでしょう。未雪さんとか、雪乃さんとか」

 「あいつら、社長じゃなくなれば俺には興味なしさ」

 「麻美さんはどうするの」

 「ああ、そうだな」

 「社長辞めた後、麻美さんと一緒にしばらく消えててよ。逃亡先も逃亡資金も用意するわ」

 「何企んでんだよ」

 「全部ばれたら、ほんとに命狙われるからよ。麻美さんにとっても偽者でも兄貴がいたほうがまし。社長がいなくなったら偽装結婚させられるよ。口はきけなくても可愛いし、どうなるか保証できないよ」

 「脅かすなよ。わかった、麻美に聞いてみる」

 「えっ、言葉が戻ったの」

 「戻ってねえけど、俺よかずっとなんでもわかってるから、本人の好きなようにさせてやんねえとむずるんだ」

 「そういうことね。あと2人が持ってる株券は15億の担保に預かるわよ」

 「株券なんて持ってねえよ」

 「これから作るのよ」

 「じゃあ会社を譲ったのと変わらねえな」

 「頭いいじゃない」

 「ところでよ、この際、一つ個人的なこと聞いていいか」

 「何よ」

 「先代の社長に恨みでもあんのか」

 「どういう意味よ」

 「オヤジに姦られたのかってことだよ」

 「ほんとのこと聞きたい?」

 「いいよ、言いたくなきゃべつに」

 「ここに来たその日によ」

 「なんで京都のオヤジに訴えなかった」

 「売られたのよ。妾腹の娘なんてそんなものよ」

 「ほんとなのか」

 「冗談よ。信じたの」

 「俺のオヤジならありえんだろう」

 「会ったこともないくせに」

 「偽物だって倅なんだ。それくれえわかるわ」花崎は妙に自信ありげに言った。

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