28 集めすぎた除染物
除染物や汚染土が入ったフレコンバッグが、HANASAKAの処分場予定地に続々と持ち込まれていた。指揮をしているのは黒いスーツに安全靴、黄色いヘルメット姿の渋川だった。
トヨタ・レクサスGSが現場に乗り込んできた。ワックスを塗りたての白いボディが土埃で曇った。ディオールのチェックのスーツに白いパンプス姿の神崎を渋川が出迎えた。
「監督はどこ」神崎が興奮を隠さない剣のある声で言った。
「私が監督です。市から現場の管理も任されてます」
「現場の管理者と監督者は違うでしょう」
「厳密に言うと違いますね」
「何度も言わせないで。監督は誰なの」
「工藤課長さんですよ。事務所に居ます」
「呼んでちょうだい」
「聞いても何もわかりませんよ」
「じゃ、渋川さんにお聞きしますけど、あれは除染物でしょう」
「そうですね」
「誰が許可したの」
「もともとの仮置計画の中に除染物の一時保管も入っています。花崎土木との契約書をご覧になられませんでしたか」
「見たわよ。契約書では、除染物の一時保管は、市と花崎土木が協議の上となってるでしょう」
「花崎社長と市の代理人としての私が協議しましたよ」
「ならそれはいいとして、いつまで保管するの」
「国の中間貯蔵施設か最終処分場に持ち出すまでですかね」
「ほんとに市の分なの。あんたたちが勝手に持ち込んだものがあるんじゃないの。HANASAKAが市に貸してる土地にあんたたちが集めた物を置くことはできないわよ」
「あんたたちとは誰のことです」
「あんたのバックのことよ」
「バックをご存知なんですか」
「言わぬが花でしょう」
「なら聞かれなかったことにしましょう」
「市の除染物は国が処分先を確保することになってるけど、あんたたちが集めた分はどうするの。ガレキのような便乗処分はできないわよ。もうすぐ処分場が許可になるって時に足を引っ張らないで。あんた、主婦の会の勉強会で、フレコンはすぐに片すって大見栄を切ったそうじゃないの。逆に増えてるけど、あてはあるんでしょうね」
「国が間に合わないんなら、こちらで処分先は探します」
「見つからなかったらどうするの。ほかにもあちこちに置いているみたいじゃないの」
「福井の若山シルトに持って行くつもりですよ。あそこならゼネコンにも信頼されている」
「あんなとこはダメよ。石灰と混ぜて汚染土壌を安定化させたことにしてる処分場でしょう。ゼネコンは騙されてるのよ。埋め立てるんじゃなく、山を作ってる。大きな地震か台風の直撃でいずれ崩れるわ。そうなれば若狭湾が汚染土壌で埋まってしまう」
「さすが業界の事情にお詳しい。ならリメイドに運ばせてくれませんか」
「楢野のとこなんてとんでもない」
「受けてくれれば、どこだって神様ですよ」
「あの女、HANASAKAを狙ってるのよ」
「花崎社長をですか、それとも会社のHANASAKAをですか」
「社長には興味ないでしょう。最初から会社を狙ってるのよ。前社長を色仕掛けでたらしこんだと思ったら津波で死んじゃって焦ったでしょう。それでこんどは倅を取り込もうとしてる。地場の小さな会社を乗っ取って、そこを足掛かりにして地域一番にする。それが牛午(楢野の父)の手口よ」
「先に花崎の倅を取り込もうとしたのはあなたでしょう」
「相続人なんだからしょうがないじゃない。花崎土木をつぶすのは得策じゃなかったでしょう」
「私はどっちへ着いたらいいんですか。あなたと楢野と」
「どうせどっちにも着く気はない。勝った方につく気でしょう」
「勝った方というのはHANASAKAを乗っ取った方ということですか」
「処分場が許可になったら抵当権を設定している処分場の敷地を差押えるわ。うちには15億円の債権があるし、花崎社長は債務保証してるから、株を差し押さえることだって可能だわ」
「なるほど。勝算ありですか。しかしHANASAKAが15億円耳を揃えて返すと言ったら」
「それは確かにそうね。だからHANASAKAにまとまったキャッシュを持たせないでほしいの」
「処分場作るのに40億の借金です。15億は当分返せない」
「建設費を水増しして借りたとしたら」
「なるほど頭がいい。そうはさせないようにしましょう」
「花崎社長があの女と組むのなら、あたしとあんたが組むべきよ」
「私のメリットは」
「あんたが集めた除染物を受けてあげる。いったんどっかに片しておいて処分場がオープンしたら戻せばいいわ」
「しかし、それは住民との環境保全協定違反になりますよ」
「どうせ紳士協定なんでしょう。いったん許可になったら、なんとでもなるわ。焼き場(葬祭場)だって捨て場(最終処分場)だって、反対運動はどうせ許可になるまでよ」
「処分場ができたら除染物を受け入れるって念書(履行予約契約書)をいただけるなら、あなたが新社長になれるよう根回ししましょう」
「そうこなくっちゃね」神崎は満足そうだった。
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