17 強迫的営業

 「社長、お客様ですけど、お通ししますか」

 楢野が差し出した名刺には、「シーシェル・プロモーション 社長兼プロデューサー 新納鉄」と書かれていた。もしやと、柊山には悪い予感がした。

 「背の高い男か」

 「ええ、そうです」

 やっぱりそうかと忘れたい記憶がよみがえって、うんざりした気分になった。新納を呼んだのが楢野だとは気付かなかった。楢野は桐嶋汐子と連絡を取り合い、新納が彼女のマネージャー、つまりヒモになっていることを知ったのだ。

 「どうされますか」

 「通していいよ。あと、誰も部屋に入れるな。コーヒーとかも無用だから」

 「わかりました」

 楢野と入れ替わりに新納が社長室に入ってきた。いかにもヤクザ風の派手な麻のジャケットの着こなしは、芸能事務所のプロデューサーには見えなかった。そこそこ羽ぶりがいいのか、はだけた胸毛の上に品のない純金の太いチェーンを垂らし、白い革靴がピカピカだった。

 「久しぶりだなあ。それにしてもおめえがこうなるとはな」

 「まあ、座ってくださいよ」柊山は応接に新納を誘導した。

 「おう」新納は膝を180度開いたヤクザ特有の姿勢でソファの中央に陣取ると、煙草を指に挟んだ。柊山はチンピラ時代の癖で、応接テーブルの卓上ライターを拾い上げ、火を点けてやった。新納は満足そうに一服した。

 「なんでおめえが社長なんだ」

 「オヤジが死んだからすよ」

 「なるほどな。ボンボンだったってわけか。それでオヤジが死んだのを確かめに行ったのか」新納の勘の鋭さに柊山はぎくりとした。

 「今日はなんの話すか」

 「おうそうだった。これから売出し予定のモデルたちのプロデューサーをやってんだけど、花崎社長さんにもスポンサーになってもらいてえと思ってよ」

 「スポンサーってなんすか」

 「馬主みてえなもんだな。モデルやアイドルがデビューするまでには、いろいろ金がかかんだろ。その金を出資してもらうってことだよ。売れた後になっちゃあできねえ役得付きでよ。わかんだろ、そこんとこは言わなくてもよ」

 「遊べるってことっすね」

 「まあ、そういうことだ」

 「そんなシステムほんとにあるんすねえ」

 「あるから誘ってんじゃねえか」

 「新納さんらしい仕事見つけたじゃないすか」

 「こういうのはよ、元族(暴走族上がり)が昔っからやってっからな」

 「俺は興味ないすよ」

 「そう言わずに商品カタログだけでも見てみろよ」

 「女を商品て言うんすね」

 「ほかになんて言うんだよ。売り物買い物だろう。それにしても立派になったもんだなあ。これ、ほんとにおめえの会社か」

 「金がほしいなら言ってください。たばこ銭くれえは出しますよ」

 「そういうのはいいんだわ。じゃ、ずばり言うよ。この女はどうだよ」新納は勝手にカタログを拡げ、一角の写真を指差した。「紫央香っていってよ、うちの一番のダークホースだ。大学1年生、モデルとしちゃあちっと出遅れ気味だが、震災で親御さんを亡くしたって泣かせどころもあって、デビューも間近だぜ。どうだ、いまのうち買っとかないか。後ではもう半端な金じゃ手が届かなくなるぜ」

 「この子は…」柊山の声が震えた。

 「やっぱ覚えてんだ。そう、あんとき俺が助けてやったJKだ」

 「助けたんじゃなく、屍姦したんでしょう」

 「処女で死んじゃあ死にきれめえと思ってよ、俺が供養に犯してやったから生き返ったんだろう」

 「生き返ったの知ってたんすか」

 「ああ、やってたら息をしだしてよ。あそこもいい具合に濡れてきたんでたっぷり楽しませてもらったぜ」

 「生きかえったって知ってて置き去りにしたんすか。ひでえなあ」

 「どうせ助かるまいと思ってよ。それがひょんなことから歌舞伎町の出会いカフェで見かけてよ。まさかと思ったぜ。命の恩人との運命の再会ってことだな。誰が助けたんだかしらねえが、高校で倒れてたのを俺が助けたんだって言ってみるとよ、自衛隊の救護班まで連れてってくれた人はあなただったのと涙を流して喜んでくれてよ。それでよ、あとはホテルで朝までしっぽりだわ。いや、二日二晩やりっぱなしだわ。高校で犯ったときほどよくはなかったけどよ。いや、冗談だってばよ。仕込めば上玉になるのはまちげえねえだろ。それで恩返しに一稼ぎしてもらうかと思って、いくらか抱くのも飽きてからモデルをやれって言ったのよ」

 「助けたのは俺っすよ」

 「だと思ったよ。だけどそんな無粋なことは今さら言わねえほうがいいぜ。言ったってどうせ信じまいし。俺にぞっこん惚れてっからな。いまだに津波を思い出しては震えてよ、抱いてなだめてやらなくては一晩も安心できねえわ。俺に犯られたの体は覚えてんだよ。いやとんだノロケをしたわな。それでどうした、買うのか、買わねえのか」

 「いくらすか」

 「この玉はブラッククラスだから、1株10万。おめえにはとりあえず10株買ってもらいてえな」

 「買うとどうなるんすか」

 「わかってんだろう」

 「大学生といったって、まだ未成年じゃないんすか」

 「だからよ、あくまでスポンサーだって言ってんだろ」

 「信じらんねえ。なんであんなことされたあんたに」

 「だから運命なんだって。できるだけ高く売ってやるつもりなんだ。体一つ筒一つで何百万どころか何千万と稼ぐ子もいるんだぜ」

 「あんたのウソ話、ホントに信じたんすか」

 「だから、こうして来たんじゃねえか」

 「ゲスだとは思いましたがここまできったねえとは」

 「実はよ、おめえのこと覚えてんだよ」

 「どう覚えてんすか」

 「はっきりとはしねえらしいが、浜松で見かけて何か感じたんだってよ。それがおめえだっておめえの秘書に聞かされて会ってみてえんだと。俺のことは子宮が覚えてんだろうけど、もしかしておめえも犯ったってことか」

 「あんたと同じにしないでもらいたい。シーシェルって会社から買い取るとしたらいくらすか」

 「そらムリだ。モデルとして成功したら10億に化けるかもしんねえ」

 「じゃ10億で買いますよ」

 「ほう、言うねえ。だけどやめとけ。まずは10株買ってくれよ。その先の話はまた後でやろうぜ」

 「買ったら会えるんすか」

 「ああ、もちだ。東京に来たら、どっかのホテルで待ってな」

 「それ、デリじゃないすか」

 「ぜんぜん違うよ。ホテルは待ち合わせに使うだけだ。晩飯食って、夜景かショーでも見ながら酒を飲んで、そのあとは流れ次第ってことだよ。デリヘルと一緒にすんなよ。ま、強いて言えばデートクラブだけどな」

 「買いますよ。10株でも20株でも」

 「そうこなくっちゃな」新納は上機嫌でタバコをもみ消して立ち上がった。

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