lesson.13 木多村エレナ

「アーカムハウスの新曲、アイキンに投稿されてたっスね」

「ああ、アイドルでありながら王道のロックナンバーで格好良かった」

「アイドルじゃなかったら普通にガールズバンドですもんね」

「沙織、知ってたかしら?」

「ん、何をだい?」

「アーカムハウスのメンバーは全員、ある人物を除く神ファイブから選ばれていることよ」

「それは知ってるが、ある人物を除くというのは初耳だよ」


木多村きたむらエレナ」

「……へえ?」


「ああ、そういえば確か彼女は自らスカウトしたことが一切ないんだった」

「セイラ先輩、それ本当ですか?」

「うん。この前情熱大陸で言ってたよ」

「スカウトの話題のインタビュー映像、いつも彼女の表情は晴れやかとは言い難いのが現実ね」

「どういう事ですか?」

「推測の域をでないけれど、エレナさんは『中途半端に夢を追わせるほど残酷な事はない』と思ってるのよ。アイドルへの真摯な態度には賛同してるけれども、スカウトシステムには疑問を抱いている」

「無責任に『君はいずれ神ファイブになれる』と言うのが躊躇われる、ってことだね。涙の言ったことと被るけど、生半可な覚悟で追った神ファイブという夢が壊れた時のことなんて想像に難くないから」

「不器用な優しさっスね。でもそれがいい」

「木多村エレナは非常に頭の回転が早い。特に観察眼が優れていて、面倒事を回避する能力に恐ろしく長けている」

「私もその能力欲しいわ……」

「お、涙先輩敗北主義っスか?」

「こら美玖、煽らないの」

「それにしても木多村エレナさんか……そうだ、コレとコレをシズネ先生に玲奈の元まで届けて貰おう」

「セイラ先輩、それ何スか?」

「ふふ、秘密だよ」


 ────────


 今日が日曜日だってこと、すっかり失念というかド忘れしていた。クッソ暇だ

 今日はこのはさんはドラマの収録、明日香さんはソロライブ、残りの御三方は完全にオフということで各々満喫していて、神ファイブ専用のこの施設の客室で日々を過ごす私は、特に予定もなかったこともあってお留守番をしている

 ぼんやりと二日間のレッスンの内容を反芻しながらストレッチを。それくらいしかやることないからね


 そんな時、不意にエレナさんからメールが来た


『15時にメルティドロップベーカリー前の交差点に来て!一緒に東京の街をデートしましょう?』

 待って、私この一週間レッスン漬けだと思って下着以外はジャージしか持って来てないぞ!?

 いくらセンスが壊滅的とか色々言われまくってる私でも流石にジャージで神ファイブの一角とデートするのは不味いことくらいわかるっての!!

「これじゃない!これは……なんかダサい!」

 キャリーバッグの中身をひっくり返してちょっとでもマシなものをと探すけど所詮ジャージはジャージだ、いいものなんてない、絶望的すぎる!そしてノックされる客室のドア。今度は誰!?


「ど、どうぞ!」

「入るぞ……何なんだこの惨状は」

「あ、加古川プロデューサー!おはようございます」

「おはよう。不知火コーチからこれを君に渡すようにと頼まれた」

 渡されたのは紙袋二つ。セシルマクビーの紙袋には衣装在中って書いてあるからアレとして、セイラの実家の仕立て屋のロゴが入った方はなんだろう

「それとこれは木多村からだ。これを被って待ち合わせ場所にいてくれとのことだ」

 ピンクのドット柄が入った黒いベレー帽を渡された。これ確かエレナさんの私物じゃなかったっけ

「何でもいいが出掛ける時は部屋を片付けてからにしてくれよ。俺は事務室にいるから何かあったら言うように」

「はい。お疲れ様です」

 ……片付けよう。今気付いたんだけど、お気に入りの下着が一番上になってる……加古川さんに見られたかな?まぁいいか、良くも悪くも見慣れてるだろうし


 適当にバッグに押し込んで紙袋を開封。衣装在中の方はやっぱりアクアマリン・アローコーデ。万が一私がステージに立つことがあったらと用意してくれたんだね。さて、もう一つは……

「こ、これは!!」

 襟付きのピンクのワンピースと白いパンプス、それからコルクポーチ。めっちゃ可愛い!!

「えっと、これは……手紙かな?」

『玲奈のことだから、可愛い服持って行ってないでしょ?これはあたしからのプレゼント。オフの日があればこれを着て街に出てみたら? 川崎セイラ』

 るっせぇ余計なお世話だよありがとう。有り難くさっそく着させてもらいますよ

 ……おっと、着替えシーンは全カットだ!

「え、えへへ?」

 うん、かわいい。……あ、いや、服の話だよ?

 あとはエレナさんの帽子を被って──

「これでよしっと」

 エレナさんに指定されて場所へ行くのにはちょっと早いけど慣れない街を行くんだからそれくらいが丁度いいかも


 客室の鍵を事務室にいた加古川さんに預けて建物から出る。ここに来た時は緊張であまり感じなかった都会の風が妙に心地良い……って感傷に浸ってる場合じゃないね

「あ、あの、もしかして、6ix waterの玲奈ちゃんですか!?」

「うぇ!?は、はい!」

 女子高生に出鼻をくじかれたぜちくしょう

「アイキンでプロフと動画みました!病気は大変だと思いますけど、頑張ってください!応援してます!」

 そういやアイキンには病気とだけ書いてたっけ

「ありがとうございます」

「あ、握手いいですか?それとサインも!」

「はい勿論」

「やったー!」

 かわいいなオイ。見た感じ私と同い年くらいだぞこの子。というかちょっと前のドルオタだっただけの頃の私みたいな感じか

 サインを彼女が持っていたノートの裏表紙に書いて握手。初めてのファンとの交流だ


 少し急いでる旨を伝え、小走りでその場を去る

「えへへ」

 だめだ、ニヤニヤが止まらない



待ち合わせ場所にエレナさんはまだ着てないみたい。パン屋の壁に少しもたれ掛かっているといい匂いが漂って来て食欲を刺激してくださりやがる……少しくらい、いいよね?

店の中は全体的に木目調で統一されていて優しい温もりを感じる。奇を衒ったパンもあって興味があるけど無難に美味しそうなプレーンのクロワッサンを二つ購入し、個包装にしてもらった。片方はエレナさんにプレゼントするんだ。15時集合ってことだからおやつも兼ねてるってことで

表面はサクサク、内側はもっちりふわふわな食感、ほんのり感じる甘みが絶妙に美味しい。クロワッサンを堪能していると外国人に話しかけられた

「Hey girl, Can I have a word with you?」

「……me?」

「Yeah! How should I go to Asuka Himuro's live venue?」

「Hmm……Cause it is too difficult to explain, please come with me」

「Oh god! Thank you!!」

「You're welcome」

対応出来て良かった。というか相手がエレナさんじゃなかったら緊張とか色々で対応できなかったと思う

一応さっきの会話を翻訳するね


「ねえ君、ちょっといいかな?」

「……私?」

「うん!氷室明日香ちゃんのライブ会場にはどう行けばいいのかな?」

「うーん……説明が難しいので付いてきてください」

「やったあ!ありがとう!」

「どういたしまして」

って感じだよ。二日間のレッスンでペアを組んでいて誰より近くにエレナさんを感じていた私だから気付けたんだと思うし、ちょうど昨日凛さんに教えてもらった単語が聞こえたから答えられたんだろうね


「ごめんね玲奈ちゃん、待った?」

「いえ全然。というかさっきの何か意味あったんですか?」

「普通に話しかけたらまず私が身バレするでしょ?そしたらscandalになっちゃうし、玲奈ちゃんだってアイドル。あることないこと書かれちゃうでしょ?」

「は、はあ」

「でも私が外国の観光客を装えば、そういう人に突然道を尋ねられた女子高生って構図になるの。win-win!」

「……強ち間違ってない」

話から察するに、この帽子は私を見つけるためのアイテムだったんだ。とんでもない博打だったのには変わりないけど

「アイドルの仕事はphysical and mentalに於いて過酷で熾烈そのもの。だからこそオフは絶対楽しまなきゃだめ。押しつぶされちゃうからね」

「確かに」

「でも、オフの日だって他人と関わればアイドルでなきゃダメだから……バレないことも大切だと思うの」

「それがさっきの英会話、と」

「Yeah! Avoidanceできる面倒事はちゃんと避けたいもん」

「……ところでエレナさん、ふと思ったんですけど私はどこまで案内すれば?」

「NO!案内じゃないよ、一緒に楽しむの!」

「楽しむって、何をですか」

「もちろん明日香のライブ!」

チケット2枚持ち……しかも関係者席じゃないっすか。でも──

「わ、私関係者じゃ……」

「一緒にlessonしてるしもう充分関係者、というか仲間じゃん。というかスタッフは玲奈ちゃんのこと分かってるから、No problem!」

「そですか……」

なんか、拍子抜けというかなんというか……あと私魂までは売ってないからね!一応言っておくよ!

「あ、よかったらこれどうぞ」

「Oh!メルティドロップベーカリーのcroissantね!私これ大好きなの。ありがとう!」

「You're welcome」

そして無事着いた会場。関係者席から見る明日香さんのステージは、普段私たちが見るソレよりも何倍も輝かしいものだった。それはきっと『ただのファン』から『少しだけでも氷室明日香を識る者』になったからだ。だからこそ違和感を感じる場面もチラホラあった


「玲奈ちゃん、今日の明日香のStageどうだった?」

「全力で取り組んで、心から楽しんでるのが伝わってきました。でも、なんか今日……ソロ活動の時はSTAR☆BLUEとしての時と比べて少し迫力に欠けるような気がします」

施設への帰り道、再びあのクロワッサンを齧りながら語り合う

「そうね……ねぇ玲奈ちゃん、徒競走の時、隣のlaneが運動部の時はタイムが良くて、帰宅部や文化部の時は普通だったexperienceはない?」

「あ、あります」

「明日香自身気が付いているかは分からないけど、definitelyその作用が働いてる」

「なるほど」

「いいこと、玲奈ちゃん。昨日と一昨日、明日から四日間のexperienceを持って6ix waterにおけるソレに貴女がなるんだよ」

「はい!」

真面目な話をする時のエレナさんは、明日香さんレベルで美しい

「ところでエレナさん、スカウトしない理由って何ですか?」

「そりゃもちろん、私以上にcuteな女の子なんて存在しないからよ。このはちゃんだって足元にも及ばないわ」


ごめん、やっぱこの人悪魔だ

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