第147話

「くっ……」


 湯気が天井に到達し、形成され、湯面に落ちる雫が、エレノアの額を打ちつける……。


 意外にもその冷たさに自我を取り戻し、やるせなさが無意識に放出される多湿のバスルーム。


 どうして自分はあの時、成すべき事を成し遂げられなかったのか……。


 りおんの母を犠牲にして、のうのうと生きて、魔法評議院として権威を振るう「偽」の自分……。


 もっと触れ合いたいリンスロットにも距離を保ち、互いに素直な感情をぶつけ合えない渇いた姉妹関係……。


 故にリンスロット、りおんを見るのが辛い。


 特にりおんを捉える瞳から自我に伝わる感情は、辛いと同時に謝罪の念……そしてそれらとは真逆な感情も混ざり合い、躰を巡る……。


 幼な子を残し、消失したるおんと母の温もりを知らないりおんには、どんなに謝っても決して許されるものでもない……リンスロットでさえ、事の真実をりおんには話してはいない。


 自分の口から真実を明かさなければならない……それはわかっている……が未だそれは果たされてはいない。


 全てを知った時、りおんはどんな表情を見せ、何を思うのだろうか……。




 私を殺す……かもしれない。


 寧ろ……それを願いたい……。




 しかし、エレノアの深層自我は、相反するもうひとつの性質を浮かび上がらせる。




 憎しみという……想い……。


 最強魔法少女の自分を差し置いてスーパーダークエネルギーを壊滅したるおん……。


 誇りが失われた瞬間。


 私は戦いに勝利し、地位も名誉も、女としての将来も盤石……。


 なのに私はたじろぎ、恐れ、仲間が傷つくのをただその場に立ち尽くし、意識をスーパーダークエネルギーに「預け」何もしなかった。


 何故……どうして。


 故に、るおんが、りおんが……憎い……。


 ぱっと現れ、さっと敵を葬り去り、消え、彼女の娘もまた魔法少女となり、るおんの特性の片鱗を垣間見せ、リンスロットとの親交を深めるりおん……。




 名誉も、愛する妹も、この親子に奪われた。


 被害妄想的な感情が、躰を、意識を駆け巡る。


 だが、それも自らが「弱かった」が故に招いた結果なのだ。


 父ドワイトに屈辱的な言葉をぶつけられ、幽閉されていても何処か自分をかばい、事後処理を玉虫色の領域に落とし込む過程を思い返すと、僅かながらにも自分を「愛する」心が父にも残っていたのかもしれないと、都合のいい解釈さえ生まれてくる。


 嫌悪と後悔と小さな希望のループ……。


 これが今の私……リンスロット達に「大人の女」を振る舞い、魅せていても、本当の私はバスルームで過去を払拭できない「小さな女」……。


 それが私……ロナール・クロフォード・エレノアという女……。




「はぁ……」


 何度目かのため息をつき、エレノアはこのループを断ち切るべく、この状況から「逃げる」日常化したルーティーンへと移行してゆく……。


 細くしなやかな指先は「自ら」に向かう……。






 やがてバスタブの中では、乳白色の湯とそれに紛れたエレノアの「快楽」の蜜がじわりと混ざり合ってゆく……。


 自らを貪り終えたエレノアはしかし、呟く……。






「私って…………最低……」

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