第二十六話 飢《う》え

陣に味方を退却させることに成功したコンラッドは、本陣に戻る。

 本陣からはわめき声が聞こえていた。


 コンラッドが本陣に入ると、


「コンラッド殿、これは反逆ですっ!」

 ハイメがまなじりを決し、声を荒げていた。


 その身体には縄目が打たれている。

 コンラッドがやったことだ。


 これ以上、無駄な死傷を見逃せなかったのだ。

 こんなところで全滅する訳にはいかない。


「これ以上、無策に兵を死なせる訳にはいかない」


「……それをあなたが言うのですか。

敵の罠にかかり、帝国との同盟を壊しかけた、あなたにっ!」


 コンラッドは顔を歪めながらも、告げる。

「……だが、それはお前も同じだ。

俺がそうしてしまったみたいに、手遅れな状態にさせたくはない」


「もう少しであの陣を破壊できたのに……っ!」


 コンラッドはハイメの胸ぐらをつかみ、無理矢理立たせた。

 そして引きずるように、丘のへりまで引きずる。


 兵士たちは唖然あぜんとして、それを見守ることしか出来ない。


 丘から敵の陣形を見る。

 もうすぐが落ちようとしている。

 陣形には篝火かがりびがたかれていた。


 そして薄暮はくぼに浮かび上がった丘の斜面に転がる、おびただしい味方の死体を見せた。


「ハイメ。

これが、無茶をやった結果だ。

敵陣に組み付けた。

しかし、それだけだ。

陣形は奥に深く造られている!

前衛をつぶしても、まだまだ深い!

敵の騎馬隊の妨害もある!

命からがらたどり着いた兵たちに何が出来る!?」


 ハイメはにらんできた。

「あなたはどうして突っ込まなかったのですか!

敵騎馬隊を殲滅せんめつできたっ!」


「無論、出来た。

だが、我々の役目は目の前の敵部隊を討つことで、騎馬隊と差し違えることではない。

あの時。もう一歩深く踏み込んでいたら、敵の矢雨にさらされ、多くの兵をさらに損じることになったはずだ」


 ハイメはもう一度、丘の斜面に転がす数百の遺体を見る。

 重軽傷者は数千にのぼる。

 大敗だ。


「……どうせよと?」


「それを考える為にも、無謀な真似はやめろ」


 コンラッドは静かに言い、手を離し、縄をほどく。


 ハイメはもう暴れなかった。

 彼は、その場に尻もちをついたまま、無言で兵たちの亡骸なきがらを見つめていた。


                    ※※※※※


 状況は膠着こうちゃく状態に陥った。

 コンラッドたちは丘の上から敵陣地を睨んだまま、状況を打開できずにいた。


 そして兵たちの疲労もたまり続けている。

 夜、騎馬隊が襲撃してくるのだ。


 と言っても、本気で攻めようというのではない。

 こちらが騎馬隊を出しても、本格的にぶつかろうとはしなかった。


 それでも兵たちの緊張感は高まり続けていた。

 味方騎馬隊の馬蹄ばていいななきにさえ、おびえる始末。

 兵達は一度の戦いで恐怖をたっぷりと味あわされてしまったのだ。


 周囲の将校たちも答えが出せないでいる。

 いくら矢を野蛮人の武器とそしろうが、肉迫する間もなく、こちらは討たれるがままになってしまう。


 コンラッドは幕僚たちに告げる。

「ここに押さえを残し、本体と合流。

共にサロロンを落とす――これしかないだろう」


「敵に背を向けるのですか」

 ハイメが反論する。


「サロロンを落とせば、我らの勝ちだ」


「相手は異端者どもです。

無防備に突撃する愚は犯さないにしても尻尾を巻くなど……」


 幕僚が出てくる。

「将軍。実は、兵糧が滞っておりまして」


 コンラッドは眉をひそめる。

「いつからだ」


「二日前からです。

本来の輸送部隊が運んでくる手はずになっているのですが」


「だが、我々の食事はいつも通りだ」


「その分……兵卒どもの食事を削って……」


「馬鹿者!

なぜ、もっと早く報告しなかった!」


「も、申し訳ございません!

すぐにでも到着すると思いましたので……」


「ここに残っている兵糧は?」


「いえ、残っておりません」


「……ここを引く」


 ハイメは声を荒げる。

「コンラッド殿っ」


「ハイメ、落ち着け。

敵に引くと、見せかけるのだ」


「見せかける?」


「敵は我々をここに釘付けにしておきたいはずだ。

サロロンへ兵力をかれたくないだろうからな。

……我々が離れようとすれば、追撃してくるだろう。

連中があの陣地に引き込むのならば、引きずり出せば良い。

兵を伏せ、挟み撃ちにする」


「コンラッド殿。

伏兵部隊の指揮を任せて頂きたい!」


「いや、お前は私の代わりに本隊を指揮せよ」


「コンラッド殿」


「私と、連中には因縁がある。

あいつらはフリードリッヒ将軍のかたきなのだ」


 コンラッドはじっと、ハイメを見つめる。

ハイメは目を伏せたかと思うと、「分かりました」と折れた。


                   ※※※※※


 フィリッポスは、マンフレートの部屋に入る。


 彼は苛立いらだち、眉間のシワを深くしていた。

 依然として街に滞在していた。


「……やはり、輸送部隊から連絡がありません。

それどころか、送った兵たちも戻らない始末で……」


「これは、どういうことだっ!?

輸送部隊が何故、戻らない!!」

 マンフレートはペンを投げた。


 ペンはフィリッポスの額に当たって落ちた。


「…………」

 フィリッポスは首をすくめるしかない。

 そんなことはフィリッポスこそ聞きたいくらいなのだ。


 輸送隊の捜索だけではない。

 他の街にも兵糧の融通を依頼する使者をつかわしたが、それも戻って来ない。

 捜索や使者――兵数で言うと、千近い兵士たちが何の音沙汰もなく、忽然こつぜんと連絡を絶った。


 ここまで気味が悪いほど順風な遠征だった。

 そのしっぺ返しが今さら、降りかかってくると錯覚しそうになる。


 星騎士団に略奪は許されない。

 しかし五万の兵である。


 数十人の狼藉を働いた傭兵たちを処断した。

 お陰で傭兵隊長たちがこちらをあからさまな反感の眼差しで睨んでいた。


 一週間は水だけでも待てるだろう。

 だが、それ以上はどうなるか。

 傭兵達が戦線を離脱しかねない。


「と、ともかく、急ぎ追加の兵を……」


「ハイメからの報告は?」


「未だ……」


「兵糧をかきあつめろ!

兵糧がなければ、兵がえる!

軍を維持できなくなるぞ!」


「はい、すぐに」

 フィリッポスは逃げるように部屋を出ることしか出来なかった。

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