第二十九話 戦の後

 茜色に染まった空。

 東の空には薄墨うすずみ色の夜の気配がうかがえた。


 戦いの終わった平原に、何百という土盛りが出来ていた。


 デイランを始め、先頭に参加した人々が集まる。

 彼らの前にはサロロンの街の星堂の司祭がおり、ロミオが彼と並んで、祈りの言葉を口にしている。


 土盛りの下には味方の兵はもちろん、敵方の傭兵たちもまた眠っている。

 味方をほうむることは当然として、敵兵も葬ることには反対の声は上がった。


 しかし黙々と墓穴を掘るデイランの姿に、一人また一人と参加をする者が現れ、ロミオまで参加するのを目の当たりにして全員が作業に加わった。

 そのお陰で日が暮れるまでには終えられた。


 やはり味方の被害は多く、特にデイラン指揮下の三割近くが死に、残り過半数以上が何かしらの怪我を負い、辛うじて生き残れたものの、もう戦えぬ身体になった者が多かった。


 だが傭兵たちを相手に、民がこれだけの奮闘をし、最終的には敵方を退しりぞけたというのは大きな一歩だ。


 デイランたち複数の将たちは、置き去りにされた敵方の本営へ向かう。


 デイランはテントの中に入ると、そこには男がおり、この辺りを示した地図の上に突っ伏し、死んでいた。

 のどかれていた。


(傭兵……には見えないな)

 身体は小さく細い。

 いかにも文官と言った風情だ。


 トリンピスが入って来て、かすかに眉を動かす。


「知っている男か?」


 トリンピスはうなずく。

「ヴェッキョの側近だ。

死んでいるのか?」


「ああ。喉をな……」


「味方に殺されたのか」


「だろうな。

文官が自害というのも変な感じだしな。

逃げることも出来たはずだ。

……だが、何故ヴェッキョの側近が殺されているんだ?」


「殺したのは傭兵なのだろうが……」


 考えてもよく分からない。


「デイラン。これからどうする?

オルンヅへこのまま行くのか」


「いや。街へ戻ろう」


「……分かった」


 本音を言えば、このままオルンヅへ向かいたい所だったが、味方の消耗しょうもうもひどい。

 一度立て直さなければならない。


 傭兵たちを退けたとはいえ、連中を全滅させた訳ではない。

 数百人以上の死傷者は出させただろうが、まだまだやれるはずだ。

 今の状況でそいつらが待ち受けているだろうオルンヅに向かうことは自殺行為だ。


 まずは体勢を立て直すのが急務。


 それに焦らない理由もある。


 実はマックス及びマックスが民の中から選抜した数名と共に、オルンヅへ潜入してくれていて、情報収集に当たってくれている。

 彼女が敵の残党がどれほどかも早馬で知らせてくれるだろう。

 動くのはそれからでも遅くはない。


 トリンピスと一緒にテントを出ると、エリキュスがいた。

 

 トリンピスは察して、一人歩き去った。


 デイランは笑み混じりに言う。

「おつかれ、だな」


 死に物狂いの中――気づけば、敵兵達が引いていた。

 その後、初めて認識できたのが、エリキュスの燃えるような髪と透明感のある緑色の瞳だった。


 エリキュスは自分の身体をでる。

「正直、自分がこうして立っていることが信じられない。

あの危機的な状況をしのげるとは……」


「お前の活躍のお陰だ」


「そんなことを言われても、はいそうですかと言えるほど私は単純ではない。

全軍が維持できたのはお前のお陰だ」


「俺じゃない。

民衆みんなのお陰さ」


「……確かに。

正直、驚いた。

民たちがこうも戦えるということ自体が……。

民はただ、搾取さくしゅされ、泣かされるばかりと思っていた」


「そうか?」


「そうだろう。

相手は戦を生業なりわいにしている連中なんだぞ。

それとも戦える確信でもあったのか?」


 前世のことを言っても、エリキュスはとても信じられないだろう。


「まあ、な。

士気は高かったし、誰もが自分たちの命や故郷を守るのに懸命になってくれた。

だからこそ成し遂げられた勝利だ。

もちろんそれを率いてくれたエリキュスやトリンピスたちの活躍は言うまでも無く……」

 

「……会った時から思っていたが、お前は不思議な奴だな」


「ほめられているのか?」


「そうだな。

悪い意味ではないから」


「なら、思う存分、喜ぼう」


 と、ロミオが姿を見せる。


 エリキュスは片膝を折る。


 彼の周りには騎士たちの護衛がついている。

 騎士たちはヴェッキョという旧主を見限った時から、ロミオに仕えることを選んだようだ。

 騎士というのは仕える者がなければ、騎士たり得ない。

 その気持ちは分かる。

 デイランとて、前世で組織に属さな蹴れば、一生中途半端なチンピラだっただろう。


 認めてくれる人、たのんでくれる人、主人ともくせる人がいて初めて力を発揮できる人間がいることも確かなのだ。


 護衛たちはエリキュスと共に下がっていった。


 ロミオは、血まみれのデイランを見て、戦いが終わってからもう何度目か分からないことを口にする。

「……大丈夫、なのですよね。

無理をしているというわけではなく?」


「もちろんだ。

これは全部、返り血だ。そうは見えないかもしれないが」


「……ありがとうございます。

あなたのお陰で、勝てました」


「俺だけじゃない。

ロミオもまた兵の士気を上げてくれた。感謝する」


「置物でいるだけで兵を鼓舞こぶすることが出来るのならばおやすいご用です」


「勘違いするなよ。皮肉じゃないんだ。

あの激しい戦いの最中でもお前が逃げなかったことに正直、驚いている」


 ロミオが少しねた顔をする。

 王様のこんな表情、滅多に見られるようなものではないだろう。


「ひどいです、デイラン殿。

私はそんな頼りなく思えますか?」


「王国軍の本陣にいるわけじゃないんだ。

数人の護衛がついているだけ。

相手の数も多く、いつ自分の所に兵が向かってくるかも分からない状況だったんだぞ?」


「戦場において私に出来ることは、みんなの見える場所にいること。

それだけです。

逃げるなどと言うことはありえませんっ」


「さすがは王様。

お見それ致しました」

 デイランは冗談めかして言った。


「そうですよ。

あまり甘く見ないで下さいね」

 ロミオはおどけて胸を張ってみせる。


 デイランとロミオは笑いあう。


 デイランはロミオに促す。

「そろそろ出立しよう。

日が暮れるまでに早く街へ戻らなければ」

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