第二十一話 震える村~ルルカ

フルーナのまう村、ルルカは、こんもりと盛り上がった緑の台地のへりに作られた村だ。

 建物と建物が密集しているのが特徴的だ。


 デイランたちはここに来るまでに馬を二頭購入していた。

 一頭が、ロミオ。

 もう一頭がクロヴィスとフルーナの為(クロヴィスが後ろについて、フルーナを支えるという格好)だ。


 さすがに子どもの体力では徒歩では、きついだろうと考えてのことだった。


 ここに来るまで、兵士の姿は全く見なかった。


(ここまでは俺達の情報は届いていないのか?)


 出来うる限り街道を避けたつもりだったが、それでも地理に詳しくない、子どものフルーナでは詳しい道案内が出来る訳もなく、街道を使わざるを得なかったが、それでも危機的な状況は無かった。


 村に近づくと、何人かの住人が出てきた。


 マックスが耳打ちをする。

「どうする。この間みたいに囲まれちゃったら」


「話し合う」


「デイランってば丸くなったんじゃない?」


「俺はアウルじゃないんだぞ。

旅をすればするほど、まともな奴とそうじゃない奴の差が分かって来たような気がする」


「それもそうね」


 馬上で、フルーナが声を上げる。

「みんなーっ!」


 すると、村から中年女性が現れる。

「フルーナっ!」


「ママーっ!」


 デイランはフルーナを抱きかかえ、馬から下ろした。

 フルーナは母親に駆け寄り、首に抱きつくや、安心したのか泣き出した。

 母親もまた目を真っ赤にしながら、ひっしと我が子を抱いた。


 村からは女衆は元より、男たちも出てきた。

 若い男は出払っているのだろう。

 中年以上の年齢が多い。


「クロヴィスたちがね、助けてくれたんだよっ!」


「クロヴィス?」

 フルーナの母親が顔を上げ、立ち上がった。

「助けたとはどういう……」


 男が怒鳴る。

「まさか……ヴェッキョ様の所から逃がしたんじゃないだろうなっ」


 別の男がフルーナの母親に迫る。

「どうするんだ!

ヴェッキョ様が気づいたら、大変なことになるぞっ!」


「そうだ! すぐにフルーナを返すんだっ!」


 マックスが悪態を漏らす。

「何よ、こいつら。

感謝の言葉もないの?」


「おい、あんたら! どういうつもりだっ!

勝手にこんなことをしてっ!

お前ら、ヴェッキョ様がどんなお方がしらないのか!?」


 目つきの鋭いデイランは一歩前に踏み出すと、男たちは露骨にたじろいだ。

「誤解があるようだが、俺たちが彼女を逃がした訳じゃない。

逃げたフルーナを保護したんだ。

それに、逃げたのはフルーナだけじゃない」


 すると、数人の女性達が駆け寄ってくる。

「じゃあ、うちのアリスはっ!?」

「セーラはどこだいっ!」

「キティはっ!? あの子もヴェッキョ様の所にいったんだっ!」


「……詳しい話は、この村の責任者に」


 それで女性たちは何かを悟ったように、顔を青ざめさせる。


 フルーナの母親に、村の奥にある一軒の家に、案内される。

 そこには一人の老人が待ち受けていた。

「あんた方は?」


 デイランたちを囲むようについてきた、男達が叫ぶ。

「村長、大変なことになったぞっ!」

「フルーナが逃げてきたとなれば、連中は容赦しねえぞっ!」

「村長! すぐにヴェッキョ様の元にわびを入れにいかなければ村はおしまいだぞっ!」


「静かにせよ。ともかく……フルーナを助けて頂いたとか。

さあ、中へ」


 男達から睨み付けられながら、デイラン立ちは家の中へ入る。


「さて……。フルーナはどうしたのですかな」


「そのヴェッキョヨという男の元から使いに出された折に、一緒にいた女性たちと逃げ出したらしい」


「それで、フルーナだけがあなた方と?

他の娘たちは……」


 デイランは言うべきかどうか迷った。

 しかしそれだけでこの村長には全て伝わったらしい。

「……なるほど」

 そう小さく呟き、目を伏せた。


「すまない」

 デイランは頭を下げる。


 村長は静かに首を横に振った。

「良いのです。

フルーナだけでも助かった。それだけで十分過ぎます」


「用件はそれだけじゃない」


「と言うと?」


「ヴェッキョたちがこの村に兵を送ると宣言した」


 村長の表情が曇る。

「なるほど……。

ヴェッキョ様はこれまで逆らった村や、逃げ出したり、無礼を働いた娘たちの出身の村をことごとく焼き払ってきた……」


「逃げるべきだ。連中は狂っている」


「逃げるとはどこへ」


「分からない。

だが、ここよりもずっとマシな場所はごまんとあるだろう」


 そこへ派手な足音が聞こえて来た。

 振り返ると、男たちが部屋に入ってきた。

 先頭を歩くのは、片眼に無残な傷跡のある男だった。


「おいっ! フルーナを連れてきた奴がいると聞いたぜ。

本当かっ!?」


 現れた男たちは、汚れた作業着を着ていた。

 フルーナのことを聞いてすぐに戻って来たらしい。


「あんたらかっ!」


「俺はデイランだ。

あんたは?」


 男達の中で一番若い、片眼の潰れた男が言う。

「フルーナの兄。ザルックだ。

木樵きこりをやっている」


 確かに半袖から伸びた腕は筋肉が盛り上がってたくましい。

 他の仲間たちもそうなのだろう。


「あの変態オヤジは、フルーナがいなくなったことは知ってるのか!?」


「気づいている。間もなくここに軍を向けてくる」


 ザルックは村長に目を向けた。

「やろうっ! 戦うしかないっ!」


 他の男の一人がデイランに問いかける。

「他の娘たちはっ」


 デイランは小さく首を横に振った。


 すると、他の男が叫ぶ。

「村長! 俺は戦うぞっ!

娘を殺されて、もうこれ以上、黙っていられるかっ!」


 しかし村長は冷静だ。

「闘う? 闘ってどうする。

勝てるのか?

連中は血も涙もない悪魔だ。勝てる訳がない……」


 ザルックはデイランたちを見る。

「あんたらは」


「もし、あなたたちが戦うというのなら手を貸す」


 男衆たちはうなずきあい、外に飛び出していくと、村人たちを集め始める。


 デイランは村長を見る。

 村長は返答にきゅうしたように、「ひとまず、皆の話を聞こう」とだけ言った。


 デイランたちが外に出ると、すでに村人たちは二つの意見に割れているようだった。


 ザルックたちがヴェッキョと戦うという意見で、もう片方が反対派だ。

 数は反対派の方が圧倒的に多い。


 ザルックが仲間たちに叫んだ。

「お前ら、それで良いのか!

あいつは何をしたって許すはずがない!

イかれた連中だってことは分かってるはずだっ!」


「戦うなんて、寝言だっ!

勝てるはずがないっ!」


「なら、殺されるのを待つっていうのかっ!?」


「だから、許しをえば……」


「おい、ルース。お前、娘が生まれたばかりだよな。

娘を差し出せと言われたら大人しく差し出すのかっ!?」


「そ、それは」


「みんな! いつまであんな奴にビクビクしているんだっ!

ここにいる人達も俺達に力を貸してくれると言ってるっ!

戦うのなら今しかないっ!」


「だ、だいたい、そいつらはなんなんだよ!

この村と無関係だって言うのに、どうして戦うなんて言えるんだっ!


「どうせ、傭兵だろうさ。高い金を要求するだけして、土壇場になって逃げ出すに決まっている!」


 男達の論議に、少女の声がかぶさる。

 フルーナだ。

「違うよ!

クロヴィスたちは良い人たちだよ!

私を守ってくれたんだよ!」


 フルーナの母親が慌てて娘を抱く。

「やめなさい。静かにしなさいっ」


「――みなさん」

 男たちの目が、声の方を見る。


 ロミオだった。

「我々は、今の王国に対して不満を持ち、旅をしている者です。

当然、ここの領主、ヴァラーノの悪名が高いことは承知しているつもりです。

王でも、彼を止められない……。

あなた方の苦しみは、たとえ、この村が潰されても、ずっと続く。

どこかで反抗しなければ、ただ殺されるだけです……」

 ロミオは苦しそうに言葉を紡ぐ。


 自分の無力感を誰よりも、ロミオこそ感じているのだろう。

 玉座からは決して見えないものを、今、ロミオは目の当たりにして、狂おしいほどに違い無いのだ。


 ザルックが、ロミオの言葉に勇気を得たように言う。

「みんなだって、恨みがあるはずだっ!

俺もある。この目だっ!」


 ザルックは潰れた目を指さす。


「みんなだって、身体に傷を受けてるはずだっ!

良いのか? 

俺達が奴らに従っている以上、このあたりで生まれた子どもはみんな、死ぬほど辛い思いをし続けるっ!

一体いつまでこんなことをやるつもりなんだっ!?」


 確かに村の男たちは腕を無くしたものや、足を引きずる物、目を潰している者が見受けられる。


 ザルックはデイランたちに告げる。

「全員、あの男の下で働いていた時に、あいつの部下から受けた傷だ。

だが俺たちはまだ運が良いんだ。

運が悪ければ、村に戻ってこられない。

それに、女たちはもっと悲惨だ……」


 村長が村人たちに言う。

「ともかく、みな、考えよう。

いずれ、兵は来る……。とにかく、考えなければならん」


                   ※※※※※


 エリキュスたち一行は、ヴェッキョたちから与えられた栗毛の馬にまたがり、街道筋の村々で情報を仕入れていた。


 そのうちの一つで、ロミオたちと思しき容姿の連中が立ち寄ったという報告を得た。

 無論、最初は言い渋ったが、エリキュスたちが星騎士団だと知ると、素直に話してくれた。


 大人も女も、子どもおり、訳のわからん連中だったと村人は言い、そいつらは通常の二倍以上の値段で馬を二頭購入したらしい(きっとその購入金額には口止め料も入っていたに違いない)。


 徐々にだがロミオたちに近づいている。


 その実感を得る一方、頭の片隅には、生きたまま火あぶりにされた女性たちを指さし、ルルカを焼き討ちにすると言った、ヴェッキョヨの恐ろしい声がこびりついたままだった。

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