第二十話 神を利用する者

 ヴェッキョの熱狂的な演説を聴いている人間がもう一人、いた。


(何と言うことだ……。

こんなことがまかり通って良いはずがない……)


 目の前のあまりにむごたらしいやり方に、エリキュスは絶句してしまう。


 デイランの裁判の時以上の衝撃を、エリキュスは受けた。


 彼らが悪魔だという証拠がどこにあるのか。

 悪魔である根拠は一体何なのか。

 仮に罪人であれば、その罪状を明らかにし、更生に裁けばそれで良いはずだ。

 神の名の下に裁く必要があるのか。


 エリキュスだけではない。

 彼に従っている部下たちもまた驚きと恐怖に顔を青ざめさせていた。


 そこに、ヴェッキョヨの側近たちがやっていた。

「主人がお会いになります」


「すまない、彼らは一体何の罪で……」


 側近は何でも無いとばかりに言う。

「彼らは悪魔です。

それ以上の理由が必要ですか?」


「悪魔だという証拠はあるのですか?」


「ヴェッキョヨ様が悪魔だと判断する……。

それこそ、証拠で御座います」


 絶句は二の句を告げず、部下に促され、側近の後を従う。


 なぜ、デイランたちを追跡していたエリキュスたちがここにいるのか。

 それは部下が、ここがヴァラーノ家の領地だと気づき、話を通しておいた方が良いと進言したからだ。

 ヴェッキヨ・ド・ヴァラーノはかなりの実力者で、教団上層部にも顔が利くらしい。

 だからこそエリキュスはおもむいた訳だが、目にしたものはとんでもない、虐殺と言って良い光景だった。


 そうして荘厳な調度に囲まれた屋敷内の部屋に通される。

 そこにいたのは、民を煽るような演説をぶっていた、えた男だった。

 男は酒を飲んでいる。


「ヴェッキヨ様。

星騎士団の隊長殿です」


 三重顎のヴァラーノは面倒臭そうに目を上げた。

 瞬間、脂下やにさがった顔を見せる。

「おぉ! 騎士団には女がいるのかっ!?

おお、近う、近うっ!

むふふ。ビネーロめ。気が利くなぁっ」


 エリキュスは咳払いをした。


 その声にヴァラーノは違和感を覚えたらしい。

「お前は……」


「申し訳ございません。私は男です」


 浮かしかけた身体を、再び椅子に深く沈めた。

「帰れ。

騎士団なんぞに用はないっ!」


 余りの変わりように唖然としつつも、エリキュスは言う。

「ヴァラーノ卿。どうかお話をお聞き下さい。

実は我々は、アリエミール国王の一行を追っております」


「力なんぞ貸さんぞっ!」


「ご安心下さい。力を借りようなどとは露ほども思っておりません。

この辺りに、国王一行が潜伏している可能性がございます。

是非、捜索の許可を……」


「許可ねえ……」


「我々は教団の命を受けております。

どうか、ご協力のほどをよろしくお願い致します」


「まあ許可をやらんでもないな」


「誠ですかっ!」


 すると、ヴェッキョは不意に拳で机をコツコツとノックする。


 エリキュスはぽかんとしてしまう。

「卿……。な、何をされて……?」


 部下の一人が耳打ちしてくる。

賄賂わいろを、と言うことではございませんか?」


「まさか……」


 すると、ヴェッキョは焦れたように言う。

「人に者を頼むのであれば、それ相応のものを寄越すという教育はしていないのか?

えっ?」


(まるでゴロツキだな)

 こんな人間が司祭として君臨していることなど恥以外の何者でもない。

(なぜ教団はこんな奴を司祭などに……)

 いや、分かっているのだ。

 全ては金なのだ。今や司祭の地位など、金でなんとでもなる。

 人品骨柄、そして司祭に相応しい知識などなんの役にも立たない。

 人格的に優れたものほど、教団本部から遠ざけられ、田舎の小さな聖堂しか任せられない。


 エリキュスは怒りに拳を握りしめつつ、腰に下げていた銀の袋を差し出す。


 ヴェッキョは笑った。

「おおぉ。この重みよ。

世事せじにはうといようだが、そんな無粋ではえらくはなれんぞ。

もしお前に興味があるなら、仕える気はないか?

男はまだ相手にしたことはないが、お前なら……」


 エリキュスは殴りつけたくなる怒りをこらえつつ、

「卿。申し訳ありません。

私には一刻も早く任務を遂行しなければならないという目的がございますので」

 エリキュスは頭を下げ、部下達を連れて部屋を出て行った。


 ヴェッキョはその姿を、不満げに鼻を鳴らして見ていた。


                  ※※※※※


 デイランたちは街を出、そしてロミオたちの元へ戻った。


 ロミオが誰よりも早く出てくるや、デイランに抱きついてきた。

「お、おいっ!」


「デイラン殿。良かった!

ご無事に戻ってこられたんですねっ! 心配しましたっ!」


「あのぉ、陛下?

私も五体満足なんですけどぉ」


「おぉ、マックス殿もご無事で何より。

良かった。安堵いたしましたっ。

それで首尾は?」


「ああ。俺達を探して警戒が厳重、ということはなかったが」


 ロミオが不思議そうな顔をする。

「他に何かございましたか?」


「フルーナは?」


 少女は、クロヴィスの腕にぎゅっとしがみついていた。

 デイランは少女の元に近づく。

 フルーナは不安な面持ちでデイランを見た

 デイランは片膝を折り、目線を合わせる。


「フルーナ。お前、他の女達と逃げ出したと言っていたが、みんな、同じ村から来たのか?」


 フルーナは不安げにクロヴィスを見る。

 クロヴィスはうなずいた。


 フルーナはたどたどじく言う。

「……お、同じ村、です」


「場所は分かるか?」


「あ、あっち」


 フルーナは西の方角を指さす。

「ここからは遠いか?」


「一日、くらい」


「そうか」


 ロミオが焦れったそうに問う。

「デイラン殿。

一体何があったのですか。詳しく教えて下さいっ」


「連中は、逃げ出した女性たちの村を襲うと宣言していた」


「では何とかしなければっ!」


「良いのか?

寄り道をすれば、ナフォール到着が遅れるぞ」


 ロミオは決然と言う。

「困っている人々を見捨ててまで、生き残ろうとは思いませんっ!」


 デイランは肩をすくめる。

「雇い主がそう言うんじゃしょうがないよな。」

 ――みんなも、それで良いのか?」


 みんな、うなずいた。


「よし。なら急ごう。

間に合わなければたくさんの命が奪われかねない」


 リュルブレが近づいて来た。

「一体何があったんだ」


「村へ行きながら話す。

……だが、子どもには聞かせられない話だ」


「そうか」


 デイランたちは村へ急ぐことを決めた。

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