第十三話 星都からの脱出 そして友との再会

 エリキュス・ド・デラヴォロはまんじりともせず、起きていた。

 星騎士団軍営の、士官用の一室である。


 軍営は、サン・シグレイヤスから一里ほどの距離に建設された、騎士団の本部である。

 東の空がほんのりと白みはじめていたが、まだ夜の気配は濃厚に残っていた。


 頭の中で考えることは、デイランのことだ。

 初めて裁判を傍聴した。

 これまではあそこで行われることを見て見ぬふりをしていた。

 非は全て神(アルス)につばした連中にあるのだ、と思い込もうとしていた。


 しかしデイランが裁判にかけられると分かり、いてもたってもいられず騎士団に所属して初めて傍聴しに行ったのだ。

 そして絶句した。

 裁判の内容もさることながら、観客の狂気さに。

 彼らはまるで血を求める魔物のように、死を望んでいた。


 肌が粟立あわだち、デイランに下った刑罰に立ちくらみすら覚えたほどだった。


 火刑――。


 それがデイランに下された判決。

 死を娯楽として消費する大衆の前で、生きながらに焼かれるのだ。

 あり得ないことだ。

 しかし今しもそれは起ころうとしている。

 何も出来ない己の無力を噛みしめ、エリキュスはこうしてまんじりともせずにいる。


 その時、静寂を引き裂くように角笛の音が響いた。

 出動の合図である。


 従者が入ってきて、エリキュスに鎖帷子くさりかたびらをまとわせ甲冑を着けるのを手伝う。

 そしてすぐに軍営の広場へ集まる。


 軍営の責任者、フィリッポ・ド・サンフェノが言い放つ。

「今、星殿より早馬が来た!

罪人が暴れ回っているらしい。

同時にその罪人によって星伝に火が放たれたという情報が入っている」


 星殿に被害が及ぶ事態に、場がざわめく。


(罪人? デイランか?)


 兵士の中からは「教皇猊下きょうこうげいかは!?」の声が上がった。


「安心したまえ。

猊下は側近と共に、すでに脱出されている。

我々は賊徒を討ち果たす為、速やかにサン・シグレイヤスへ向かう!」


 オーッ!

 兵士達が声を揃えて叫んだ。


 騎乗!のかけ声と共に、エリキュスたちを始め、士官たちは馬にまたがった。


 エリキュスは手綱を掴む手に力をこめる。


(デイラン……っ)


 たとえ同情するべき事情があっても、星殿を傷つける者を許す訳にはいかない。


「はっ!」

 エリキュスは馬に声をかけ、駆け出した。


                  ※※※※※


 早朝のさわやかな空気の中、デイランたちは馬に跨がり疾走していた。


 と、数里先の前方で霧がたちこめていた。


 ロミオがはっとした顔をする。

「デイラン殿、あれはっ」


「霧だ」


「あれが、霧……」


「見たことはないのか?」


「知識では知っていたのですが」


 しかしそんなどうでも良い会話も、すぐに打ち切らねばならない。


 追っ手がせまっていた。


 リュルブレが叫ぶ。

「任せろ!」


 勇敢なエルフは矢を構えた上で半身をひねり、後方に向けて続けざまに矢を放つ。


 矢は次々と馬に突き刺さる。


 馬は体勢を崩し、兵士を巻き込みながら崩れていった。


 デイランはその妙技を横目にして、舌を巻いてしまう。

(全く、とんでもないわざだな)


 そうしてデイランたちは霧の中に割って入る格好になる。

 

 デイランは肌に、湿り気を感じた。

 河が近いのが分かる。


 リュルブレが声を上げる。

「馬を下りろ!」


 デイランは馬を下り、ロミオの手を取って、下ろした。


 前方で、うっすらと橙色のきらめきが見えた。


 目を凝らすとそれが松明たいまつだと分かった。

 それを誰かが高く掲げ、前後に振っている。


 目をこらす。


「マックス!?」

 デイランは正体に気づいて、声を上げた。


 マックスは松明を放り出すと、抱きついてくる。

「デイラン!」


 デイランはマックスを抱きしめる。

「……来てくれたのか」


「当たり前じゃない」

 顔を上げたマックスの眼は潤んでいた。


「……心配をかけてすまない」


 マックスは唇を噛みしめ、首を静かに左右に振った。


 と、ロミオの声が上がった。

「クロヴィス!?」


 彼の目はマックスの傍らにいる子どもに向けられていた。


「兄上!」


 ロミオの胸に、少年が抱きついていた。


「おい、マックス、そいつは?」


「まあ、色々とね……。

それより、みんな、逃げるわよ! 船に乗って! 急いで!」


 色々事情を聞きたそうな顔をロミオはしたがったが、マックスに「そんなことは後でいくらでも話せるから!」と叱咤され、とりあえず色々な疑問を飲み込むことにしたようだった。


 マックスは一隻を残して、他の小舟のもやいを断ち切る。

 小舟は河の流れに揺られ、次々と霧の向こうに消えていった。


 マックスが指示する。

「さあ、みんな、船に乗って!」


 人が八人ほどは乗れそうな小舟だった。

 マックスとクロヴィスがかいを持ち、呼吸を合わせてぎ始める。


 デイランは驚く。

「マックス、お前船なんて漕げたのか」


「まあねっ」


 船がゆっくりと桟橋さんばしから離れていくと、河の水面を滑るように走っていく。


 霧の中にうっすらと見える対岸が、馬のいななきと、金属の擦れる音で騒がしくなる。

 見れば、騎士団たちが押しかけていた。


 一部の兵士が槍を投擲とうてきしてきたが、それはデイランはリュルブレによって打ち落とされた。


「デイラン!」

 自分の名前を呼ぶ声に目を凝らせば、

 騎士団の中に、鮮やかな紅髪をした人物を見つけた。


(エリキュス)


 対岸はみるみる遠ざかる。

 そこに立つ人影はやがて、深い霧のベールの中に消えて見えなくなっていった。

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