第十二話 奪還

 刑執行まで残り数時間。

 すでに刑が執行される広場には最前列目当ての人間たちが早くも押しかけている。


 アンストンは緊張を隠せなかった。

 何せ、今日の執行者は自分なのだ。

 執行者には特別な甲冑があてがわられる。

 普通の灰色の甲冑ではなく、白に金の縁取りのされた豪華なものだ。

 だが、この任務ほど恐ろしいものはない。

 人を殺すことが、ではない。

 罪人は聖なる火によって浄化されなければならない。

 罪人を殺すことに一片のためらいもない。


 しかし刑の執行が観客を満足させられなければ、その非難は執行者に向く。

 時には暴徒と化した市民に殺されるということもあるくらいなのだ。

 だから、形式的には罪人をアルスの元へ導くというほまれある役目だと言われながら、偉い人間たちほどやりたがらない。

 そうかと言って、一兵卒に任せて失敗すれば、教団の権威にきずがつく。


 だからこそアンストンのような中堅の兵士におはちが回ってくる。

 しかしこれをうまくいけば、特別手当も出るのだから、やり通さなければならない。


 甲冑を身にまとい、兜を小脇に抱えたアンストンは人目を避けて、松明たいまつに見立てた棒を動かし、予行演習に余念が無い。


 本当は広場で練習をしたかったが、徹夜組の民衆がいるせいで出来ないのだ。


(ゆっくり近づいて、油の染みこませたまきに火を……)

 何度も同じ動作を繰り返す。


 火刑はなかなかに難しいものだ。

 万が一、罪人の身体に火がついてしまうと、あっという間に終わってしまう。

 それこそ火だるまになった囚人が藻掻き苦しめば、観客は大いに喜び、き返るが、その熱狂はあっという間に終わる。


 後は、火が消えるまで炭化したむくろを見なければならないから盛り上がりに欠けてしまう。

 大切なのはジワジワと焼くこと。

 長い苦しみを与えて、限界まで囚人を藻掻き苦しませること。


 住民は長く楽しめる娯楽を好む。

 だから出来る限り罪人から離れた位置にある薪に火を付けなければならない。


 最初は猛々しい炎に恐れおののく罪人の顔を見せ(その時に罪人が暴れ回り、許しを乞えば尚よし)、次いで己の肉体を焼かれ藻掻く姿を見せる。


「あ、あのっ!」


 突然呼びかけられてびくっとしてしまう。


「な、何だ……」


 見目みめうるわしい女性がいた。

 しかしその美しい表情は悲しみと混乱に引きる。

 瞳には涙まで光る。


「夫が、強盗に!

怪我を……騎士様、お助けを……っ」


「分かった。どこだ」


「こ、こちらです」


 女の後をついていく。女は路地の暗がりへ飛び込む。


「お嬢さんどこに……」


 刹那、凄まじい衝撃が後頭部を襲った。

 凄まじい力で頭を殴られ、アンストンはその場で意識を失った。


                 ※※※※※


 足音が聞こえた。

 デイランは目を開ける。


 目の前で四人の甲冑に身を包んだ兵士が立っている。

 牢獄の鍵が開けられ、出るよう促される。


(いよいよ、か)


 厳戒態勢で、デイランは連れ出された。

 その様子を他の囚人たちが、明日は我が身と震えながら見守る。


 外に出ると、まだ東の空がほんのりと明るくなっている頃で、まだまだ闇がそこかしこに残っている。


 星殿の前にある広場へ連れ出される。


(随分な観客だな)


 広場を囲むように、多くの人々がつめかけていた。

 広場の中央には、デイランをくくりつける為の棒が立てられており、足下にはたくさんの薪が積み上げられている。


 デイランの姿を見るなり、ワアアッ!と観客たちが湧きあがった。

 老いも若きも、子どもの姿まで見られた。

 ほとんど全員が、白い長衣に身を包んでいた。


 ぞっとするような光景だった。


 そして広場の中央にいた先客がデイランを見る。

 そいつは、昨日、デイランに死刑判決を出した裁判長だった。

 老人は残忍な笑みを浮かべ、近づいてくる。


「……死は決して怖れる物ではない。

確かに現世で君は大きな罪を犯した……。

だがその罪は、聖なる炎によって浄化される。

そしてけがれた肉体から解き放たれた君の魂は、アルスのふところいだかれるだろう……。

アルスをたたえたまえ。

さすれば来世、君は清らかなる肉体を獲得できることだろう」


 他の兵士の手により、油が薪の上にかれた。


 周りの兵士に槍を突きつけられた状態で、デイランの手枷てかせ足枷あしかせが外される。

 そして兵士に乱暴に引っ張られ、棒に両腕を後ろに回され、くくりつけれられる。

 足も同様だ。

 デイランは手首を縄で縛められる瞬間、素早く手を横にした。


 殺せーっ!殺せーっ!

 悪魔を殺せーっ!悪魔を殺せーっ!

 異端者は滅びよーっ!異端者は滅びよーっ!


 激しい歓声かんせいが、まだ完全に夜が去らぬ静寂をき乱す。


 兵士たちは観客を抑える為に、デイランから離れる。


 一人の兵士が松明を手に近づいてくる。

 その兵士は他の兵と甲冑がことなる。

 装飾も豪華だ。


 デイランは横にしていた両腕を縦にした。

 横にしていた時よりも縄の縛めと腕とに隙間が出来る。


 目の前の兵士の頭を掴み、松明を取り上げる――。


 その動きを頭の中でイメージする。


 と、目の前に白い甲冑の兵士がやってくるなり、その男が言う。

「――デイラン。

俺だ。リュルブレだ」


「……リュルブレ!?

どうして」


「詳しい話しはあとだ。

お前を助ける。縄は?」


「腕は大丈夫だ。でも足が」


「分かった。俺に任せろ。

……それから、ロミオとかいう王様が星殿内に捕まっているらしい」


「……分かった」


 いつまでも火を付けない兵士を不審に思ったのか、裁判長が「何をしておる! 早う罪人を焼け!」と声を上げた。


 観客の方からも、非難の声が上がり始める。


 他の兵士が「おい、アンストン。何をしている」と近づいてくる。


「いくぞ」


「頼む」


 瞬間、リュルブレは、近づいて来た兵士の顔面めがけ松明を叩きつける。

 兜をかぶっていても至近距離のこれだけの力で殴りつけられればたたではすまない。


 兵士がよろけると同時に、リュルブレはさらに胸を蹴る。

 同時に、相手の腰の剣を引き抜くや、それをデイランに投げる。


 手首を縛っていた縄をほどいたデイランは剣を受け取り、足のいましめを断ち切った。


 広場で起こる騒ぎに、観客達が悲鳴を上げて、我先にと逃げだし、混乱が起こる。


 自由の身になったデイランは襲い来る兵士たちの剣をいなし、足蹴あしげにし、兵士に連れ出されようとする裁判長の背後に迫る。


 護衛の兵士の剣を受け止め、弾く。

 体勢を崩した兵士の胸めがけ体当たりを食らわせ、倒す。

 一度倒れれば甲冑では身動きがとれなくなる。


 デイランは兵士を踏み越え、裁判長の背中を取った。

 腕をねじりあげ、剣を首元に押し当てる。


「ひいいいいいい……!」

 裁判長は悲鳴を上げた。


 デイランは追ってくる兵士たちの前に、裁判長を盾のように突き出した。


「手を出せば、こいつのシワ首を落とすっ」


 と、そこにさらに叫びが起きた。


「火事よ! 火事よぉっ!」


 リュルブレが油を染みこませた薪に火を付け、その薪を方々に投げ始めたのだ。

 それが隅の方に置かれていた油壺に引火し、火災を起こしていた。


 さらにリュルブレは身動き出来ない甲冑を脱ぎ捨てて軽装になるや、矢を放ち、兵士たちの兜を射貫いていた。

 いくら兜の瞼甲めんぼうを下ろしていようが、無駄なのだ。

 リュルブレの強弓からは逃れられない。


 デイランは裁判長を人質に取ったまま、星殿の裏口から中に入った。

 広場の火事の為に、ほとんど兵士と出くわさずに済んだ。


 デイランは裁判長に声を荒げる。

「ロミオはどこだっ!」


「ろ、ロミオ……?」


「アリエミール王国の王! ロミオ・ド・アリエミールだっ!」


「そ、そんなことは知らない」


「おい、ジジイ! 俺を見ろッ!」


 デイランは乱暴に裁判長の頭を掴み、振り向かせた。


「嘘をついてみろ。お前を苦しみもがきながら切り刻んでやる」


「あ、ああああ……」

 裁判長は顔を青ざめさせ、震える。


「どうなんだっ! おい!」


「分かった! こ、こっちだっ……」


 リュルブレが追いついてきた。

「デイラン!」


「他の兵共は」


 裁判長が唖然とする。

「え、エルフ……?

どうして蛮族が……んぐぐ」


 リュルブレは裁判長のあごを乱暴に掴むや、言い放つ。

「もう一度、その言葉を言ってみろ。

お前を二度と口がきけなくしてやる」


 そうして黙らせて案内をさせてしばらくすると。


「……こ、この角を曲がった先にある部屋だ。

み、見張りが立っているからすぐに分かる」


 角から様子を窺えば、確かに兵士がある一室の前で立っていた。

 軽装で甲冑は身につけていない。

 緊張感も薄く、欠伸までしている。


「俺がやる」

 デイランはリュルブレに老人を預けると、床を蹴り、肉迫した。


 兵士達が物音に気づくや、素早く剣を振り、喉笛を立つ。

 血潮が飛び散り、二人はもんどりうって崩れた。


 瞬間、部屋の中から声が聞こえた。

「今の音はなんだ」

「陛下、下がっていて下さい。私が様子を……」


 デイランは扉を蹴破った。

 すると、まず腰を抜かしたマリオットが、そして部屋の奥に茫然《》ぼうぜんと立ちつくすロミオを、認めた。


 少年王は、デイランを前にしても、まるで夢を見ているかのような気持ちでいた。


 デイランは歩み寄り、マリオットの手を掴んで立ち上がらせると、ロミオに言う。

「無事で良かった。

それから、マリオットもな」


「デイラン殿、あなたは……どうして、ここに……。

釈放されたのですか」


「詳しい話しはあとだ」


 とはいえ、廊下に倒れた兵を見て、おおよその理由は見当がついたらしい。


「おい、リュルブレ。あのクソ野郎は?」


「邪魔だと思って首を締め上げて気絶させた」


「良い判断だな」


 デイランはリュルブレに笑いかけ、互いに走り出す。


 一部の兵士が駆けつけてくる。

 デイランとリュルブレが立ち向かった。

 リュルブレが矢を射かけて、勢いをくじき、デイランが斬り込んだ。


「デイラン! 街を出るんだっ!

そばの河に、マックスが船を調達しているっ!」


「分かった」


 星殿の外に出ると、目指すのはうまやだ。


 デイランは振り返る。

「ロミオ! 馬には乗れるかっ!」


「あまりうまくありませんが……」


 デイランは裸馬はだかうままたがると、手を伸ばしてロミオを引っぱり上げ、自分の前に乗せた。


「馬の首につかまっていろ。眼を閉じて、手を離すなよ」


「は、はい……っ!」


「リュルブレ!」


「おい、おっさん、言われた通りにしろよっ」


 マリオットが上擦った声を上げる。

「お任せします!」


 リュルブレは、マリオットの首根っこを掴んで、自分の前に乗せた。

 マリオットはへっぴり腰で馬の首にかじりつく。

 ただマリオットの方が図体がでかいために少々大変そうだ。


「捕まえろ!」

「逃がすなぁっ!」


 むらがる星騎士団の直中ただなかを馬をけしかけ、つっこんでいく


 空が白み、闇を払い始めていた。

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