第六話 包囲軍殲滅作戦

 翌日の夕暮れ時。


 サーフォーク族の集落へと続く洞窟の前で駐屯としていたムズファス族たちは、今や、遅しとサーフォーク族からの使者が回答を持ってくるのを待っていた。


 その回答如何いかんでは、村を攻め滅ぼし、無理矢理にアミールを強奪するつもりだ。


 無論、男は全員皆殺し。女であれば山分け。

 子どもは男であれば奴隷として扱い、女であれば成人同様山分けだ。


 カルゴより今回の交渉を任されている、ウズラマは腕を組んで苛立っていた。

 そもそも向こうは家の中で眠り、こっちは毛皮をまとって一夜を明かし、たき火で暖を取った。


 カルゴがアミールに懸想していなければ、ウズラマはこんな状況で一日も待つことなど、到底考えられない。


 今や自分たち、ムズファス族はロザバン最強なのだ。

 他のドワーフやエルフは全て自分たちの手足だ。


 貧乏揺すりも自然と大きくなる。


(連中め。ちょこざいな手を使ってきたらどうなるか分かっているだろうな。

切り刻んでやるぜ?

いや、男共の目の前で女どもをたっぷり遊んでやるのも良いなぁ)


 考えるだけで口の中にはツバが溜まる。


 と、そこに洞窟の方で動きがあった。


「誰かが出てきますっ」


「やっとかっ!」


 余りにも待ちくたびれ過ぎて、ウズラマは誰よりも先に立った。


 現れたのは若い女エルフたちだった。

 それも胸元が大きく開いて谷間ができ、裾も短く、太腿も露わなスタイルも申し分ない。


 ドワーフたちは一様に叫ぶ。

「うぉぉぉ!」


 他の連中のように馬鹿になりたいウズラマだったが、今はこらえ、「黙れ! 馬鹿どもが!」と部下どもを叱りつける。


 コホン、と空咳をし、もったいぶさった仕草で言う。

「約束通り、そちらの答えを聞かせてもらおうか」


 おそらくリーダー格であろう艶めかしい女エルフは答える。

「はい。我ら、サーフォーク族はカルゴ様に、アミール様を差し上げます」


「おお、誠か! カルゴ様もお喜びになられるっ!」


「そして偉大なムズファス族の方々に、野宿をさせてしまったお詫びに、どうぞ、お酒と食糧を振る舞わさせていただきたいと、こちらにご用意いたしました」


 女たちが退いている荷車には酒樽さかだるや、綺麗に盛りつけられた食事の数々が並び、食欲をかきたてる芳ばしい香りをたたせている。


 交渉がうまくいったことも手伝い、ギリギリ踏みとどまっていたウズラマの理性はとんだ。

「これはありがたい!」


「この場にドワーフの娘方はおられません。

ご不満かとは存じますが、代わりにわたくしどもがお供をさせて頂きます」


 気分は族長だ。

 自分たちはいつも土に汚れ、誰よりも苦労している。

 だが良い所をもっていくのはいつもラルゴだ。

 ウズラマも女エルフとイチャつきたいし、お酌だっていてもらいたい。


 女ドワーフなどいつでも抱ける。

 ドワーフたちからすれば、女エルフはある意味、族長専用――高嶺の花だ。

 それがお酌をしてくれる。

 理性はとろけて当たり前だ。


 ウズラマはリーダーの女エルフの細腰を抱き、豊かなお尻をなで回して、情けない顔をさらす。

「おぉ、そうかそうかぁっ! 良いぞっ! 良いぞ!」


「まあ。ドワーフ様ったら……」

 女エルフは目元を染めつつ、豊かな胸を押しつけて、全身で喜ぶ。


「ウズラマだぁ」


「ふふ、ウズラマ様」


「ぎゃははははは! 最高だ!」


 酒や肴を食い散らかしての大宴会は真夜中すぎまで続いた――。


                   ※※※※※


 ガンガン! ガンガン!


 そのけたたましい金属音が、静まりかえった森々に響き渡る。


 ウズラマは起き上がった。

 それでもほとんど前後不覚で、訳がわからない。

 たき火の火も消えているせいで、方向感覚もない。


 続いて、劈いたのは絹を裂くような女の悲鳴や、男の上擦り声。


「敵襲だ! 敵兵だ! 攻撃だっ!」


 同時に四方八方から弓矢がとんでくる。


「何だ! な、何が起きている……ッ!?」


 と、その時、身体が重くなる。

 見ると、女エルフが縋すがり付いてきていた。


 女エルフは癇癪かんしゃくを上げるように叫んだ。

「あれを! 王国軍よぉっ!!」


 木と木の間、松明に照らされ、王国軍の旗が靡なびいていた。


 ウズラマを恐怖心が貫く。

 人間煮は――王国軍に対しては全身の血が沸きたつほどの恨みつらみがあると同時に、それと同じくらいの恐怖心がある。

 王国軍が自分たちを迫害した生々しい記憶。

 幼い頃に老婆から昔語りに伝えられた残虐さ。


 酒に酔い、寝起きで頭が半ば回らない中、本能的な恐怖に支配される。


「王国軍だぁっ!」


 エルフ共は王国と結んだのだ。

 自分たち、ムズファスが帝国と手を結んだと同じように。


 混乱は大所帯だからこそ稲妻のような早さで伝わっていく。


 たちまち野宿の地は、混乱の巷と化した。


「えええい、どけええ……っ!」


「きゃっ!?」


 追いすがる女エルフを振り払い、駆け出す。


 部下達も算を乱して逃げていく。無防備な背中に矢が次々と突き刺さる。


 屍を野にさらす部下たちを、ウズラマは足蹴にしながら逃げ出す。

 ウズラマの出っ張った腹が邪魔で、動きが鈍い。

 汗が噴き出し、目に染みる。


 ひいひい……と息を切らせながら、ドタドタと地響きを立てながら走り続ける。


 と、その時、木の上から何かが振ってきた。


 それは人だった。


 赤い布を頭に巻いているのが見て取れた。


 瞬間、男が引き絞った矢を放った。


 その光景を、ウズラマはただぼんやりと見守るだけだった。


 矢はまるで引き寄せられるかのように喉笛を貫く。


「――――ッ」


 ウズラマは震える手で矢を握る。

 しかし喉を貫いている矢を抜くことは叶わず、折れてしまうだけだった。


 ぶっ殺してやる――――ッ!!


 そう叫ぼうとしたが、声が出るよりも先に、唇を割って出るのは夥しい血だった。

 血で喉が塞がり、呼吸もままならない。


「うぐ……ぐぅっ……んぐっ……」


 さらに一本、二本と矢が胸に刺さる。


 その衝撃に、ウズラマはたたらを踏んでしまう。


 まず膝から下の力が抜け、


 次いでウズラマは前のめりになって倒れる。


 ウズラマの意識はそこで途絶えた。


                 ※※※※※


 デイランは松明を片手に、全てが終わった後の現場を見て回っていた。


 所々に、ドワーフの屍が転がっている。

 ほとんどが背中から矢を射られての死だった。

 全滅に近い数だろうと推測できた。


「……マックス。よくやってくれたな」


 治療をされているマックスに話しかける。

 怪我というほどのことではない。

 リーダー格と思しき相手に寄り添った所、突き飛ばされて肘をすりむいたのだ。


 マックスは吐き捨てる。

「あの、馬鹿力、最悪よぉ。あそこまで良い思いしてやったのに!」


 女エルフのリーダーはマックスだった。

 エルフにはすぐバレても、ドワーフたちに判断は出来ない踏んだのだ。


 そして村人総出で、金物かなものを叩いて大きな音を出し、

寝起きで判断を無くさせた状況で、弓矢での襲撃。

 マックスにはさらに王国軍が攻め寄せたと、ドワーフたちに思い込ませる為の誘導役も務めてもらったのだ。


「で、ウズラマは仕留められた?」


「ウズラマ?」


「私が相手をした、リーダーよ。あいつ、人の胸をさわるわ、お尻を撫でるわ、もう最悪だったんだからっ!

力が強くて痛かったし。アザが出来てたら、承知しないから……」


 リュルブレが姿を見せる。

「――それは、無理な話だな……。

本人はもう地面に口づけをしたまま冷たくなってる」


 マックスは肩をすくめた。

「あらそう? じゃあ許してやるわ」


 リュルブレはデイランと目を合わせると、すっと手を差し出してきた。

「……握手、だったか?」


 デイランは笑い、手を握り合った。

「そうだ」


「全く信じられない……。本当に成功できるとは。

正直……」


「分かってる。俺としてもここまでうまくいくとは思わなかった。

敵共をとりあえずこの場から退ひかせるのが関の山だと思ったが」


「やっぱり私の色気作戦が、成功の鍵だったんじゃない?」

 マックスが誇らしげに言う通り、女性陣をお酌係に使ったのはマックスの案だった。


 タズネも現れた。

「私も、ドワーフを数人仕留めたわ。血抜きするより簡単だったわ」


 リュルブレは、デイランが手にもっている王国軍旗をしげしげと眺める。

「それにしても、よくこれで王国軍がきたと錯覚できたな……」


「……人が相手を疑るのは、自分が疑われるようなことをしているからだ。

連中は自分たちが帝国から力を借りている以上、エルフもまた王国軍と手を結んでいると勝手に思い込んだ。

ただそれだけだ」


「なるほど。

――アミール様がお呼びだ。良いか?」


「分かった」


                  ※※※※※


 デイランたちがアミールの屋敷に入るなり、アウルが疲れ切った顔をして出てきた。

「デイラン! ひでえよ! 良いところばっかり持っていってよぉ……っ!」


 デイランは噴き出す。

「何だよ、その顔は」


「何? な、何だよ?」


「い、いや、何でも無い」

 ククク……と笑いを漏らしながら首を横に振った。


 今のアウルは顔に落書きがされ放題だった。

 実はアウルは、弓矢が使えないということもあって、万が一の事態に備えて村に残り、女子どもたちを守っていた。

 落書きの顔を見る限り、子守にはかなり奮闘していたようだったが。


 リュルブレが言う。

「アウルは役に立った。

お前が子どもたちを守っていてくれたからこそ、俺達はこうしてしっかりと戦えたんだ。

礼を言う」


 えへへ、とアウルは照れくさそうに笑う。すっかり機嫌を直したらしい。

「……なら良いんだけどよぉ」


 そこに、アミールが姿を見せる。

「よくやってくたのう、礼を言う。デイラン。

お主のお陰で村は守られた」


「アミール。それは違う」


「なんぢゃと?」


「帝国がムズファスの連中を支援し続ける限り、この地の混乱は終わらない。

今回のこともやがてはカルゴの耳に届くだろう。

そうなれれば、もっと多くの軍勢が押しかけてくる。

同じ手は通じないだろう」


「……そうぢゃな」


「だからこそ、連隊をするべきだ」


 デイランは懐より、二通目の親書を取り出す。

「これをドワーフのロイジャ族に届けてもらいたい。

そして帝国の手を……いや、ムズファス族を除のぞくべきだ」


 アミールが押し黙っていると、リュルブレが口を挟んだ。

「アミール様! 私からもお願い致します!

連帯し、帝国を排除するべきです。そうでなければ、他の部族は次々とムズファスの横暴の犠牲になり続けますっ。

我々は辞してそれを待つべきではありませんっ!」


「……そうぢゃのう。お主の言うとおりぢゃ。

すぐにロイジャ族に遣いを。無事であるエルフ、ドワーフ族の者たちにも同様に遣いを送る。皆で備えるべきぢゃ」


「はい。ただちにっ!」


「アミール、感謝する」


「良い。これも必要なことぢゃからのう」

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