第六話 勝利の宴

 王都は戦勝で盛り上がりを見せていた。


 何せ、帝国相手に負け続けていた最中での劇的な大勝利なのだ。

 それも、評判が良くなかったロミオが勝利を指導したとなれば尚更だ。


 貴族も庶民も、階級の別なく、歓声を上げて王国軍を迎え入れた。


 そしてその夜は、宮廷において戦勝の宴が開かれることになった。


                ※※※※※


 エルフやドワーフなどの大陸先住民を僻地へ追いやり、森を拓ひらき、都市を造り、大陸を瞬く間に支配した人間族の頭目――アリエミールの先祖による王国神話が描かれたタペストリーや、シャンデリアや燭台の柔らかな明かりで飾られた大広間には、王立楽団による和やかな調べが響く。


 祝勝会の開かれている宮廷内の大広間である。


 立食形式で、貴族やその夫人たちがきらびやかに自身を飾り付け、このたびの戦の勝利を祝う言葉を交わし合うために、まるで花から花へ移りゆく蝶のようにあちらこちらへと移動する。

 その表情からすると、まるで帝国が滅びたとでも言わんばかりだった。


 大広間の舞台に鎮座する玉座の主はまだ来てはおらず、そのくだけた具合が、さんざめく笑いを助長している。


 貴族の誰もが微笑ましげに笑顔に口を開く。

「勝つと思いましたわ。我が国は神に愛されておりますもの」

「全くだ。帝国など来の辺境の地で眠っておれば良いんだよ」


 その話し声がぴたりと、あまりにも唐突にやむ。

 国王が来た訳ではない。

 そうであるなら、先触れの使者が来訪を教えるはずだ。


「……あの人たちが……」

「あれが、れいの」

「ほう、国王陛下の……」

「待って。あれは、ドワーフ? あっちは、エルフ?」

「いや。どうやらハーフらしいぞ」

「ハーフ? 穢らわしいわ」

「静かに。国王陛下のお気に入りだ」

「陛下も陛下だわ。やきが回ったのかしら……」


                     ※※※※※


「――聞こえてるわよ、ブス」

 マックスがぽつりと呟く。

 今の彼女は胸元が大きく開き、スリットの入り、身体にぴったりくるような扇情的なドレスに身を包んでいた。

 ヘアスタイルも変えている。いつもは腰まで垂らしている髪を頭の上でまとめ、精緻な花型の銀細工の髪飾りで飾る。

 真珠の首輪飾りが胸元できらめく。


 マックスのエスコート役をやっているデイランは苦笑する。

「頼むから飛びかかってくれるなよ」


 マックスがじろりと睨にらむ。

「何よ。庇かばう気?」


「そうじゃないさ。雇い主を困らせる真似はするな、って言っているだけさ」


「ふん、雇い主ね。うちの王様にも困ったもんよね。

あんな口だけ貴族どもを堂々とのさばらせているんだから……」


 アウルが大あくびをする。

 彼はタキシードが、その巌いわおのような筋肉のせいで今にもはちきれんばかりだった。

「あーったく。劇場に行った時もそうだけどよー、この畏まった格好……好きじゃねえんだよなぁ」


「アウル。我慢してくれ。折角雇い主が誘ってくれたんだ。

欠席する訳にはいかないだろ」


「ま、うまい飯がめちゃくちゃ食えるって言うんなら、どこだって大歓迎だけどなっ」


 暢気なアウルの発言に、マックスが呆れたと言わんばかりに溜息を漏らす。

「お願いだから恥ずかしい真似だけはしないでよ。

あんたのせいで私まで野蛮人扱いされたんじゃたまんないわっ」


「分かってるさ」


 マックスは頭が痛そうにこめかみを揉んだ。

「……どーだか」


 デイランは周囲からの敵意と軽蔑、困惑と好奇心の混ざり合う眼差しを受け流し、給仕から酒の入った杯を二つ受け取る。

 一つをマックスへ。


 マックスは不愉快そうな顔を笑顔に一変させて、白い歯を覗かせて、ぎゅっと腕にしがみついてくる。

 柔らかな感触が肘ひじにあたる。

「ありがと」


「良いさ」


 デイランたちが料理の並んだテーブルの元まで向かうと、その周辺にいた貴族たちはまるで引き潮のように、デイランたちから距離を取る。


 マックスが皮肉る。

「これは便利ね。並ばずに食べられるわ」


「全然食ってねえな、もったいねえっ」

 アウルは嬉々として、皿に盛っていく。

 肉も魚もサラダも関係無くのせるから、小さな皿がとんでもない混乱具合を呈ていする。


 牛肉と特製ソースとを会えたものや、新鮮な野菜をふんだんに用いたサラダ、魚介類などの酒蒸しやソテー、香草と共に芳こうばしく焼き上げた丸鶏まるどり、子牛や子羊の塩漬け肉をパンで挟んだサンドウィッチ、去勢鶏のパテ、デザートとして蜂蜜付けにした果物をふんだんに使ったケーキ、果物のジャムをのせたガレット……。


 どれだけ金を積んでもそうありつけるものではない、豪華な料理の数々だ。

 これほどの最高の晩餐になどもう二度とありつけないだろう。


 マックスは化粧が崩れるからと大人しく酒で喉を潤したり、時々、果物をつまんだりしている。


 アウルは「うめえ!うめえ!」と相好を崩して、はしゃぐ。


 と、誰かからけしかられたのか、それとも好奇心に勝てなくなったのか、遠巻きにしていた中年貴族がおずおずという風に近づいて来た。


「あなたが方が、国王陛下に雇われた傭兵の方々ですか?」


 デイランは笑みを浮かべて応じる。

「ええ。私はデイラン。傭兵隊の隊長です」


「ほぉ……。随分とお若い……。それに……」


「二人は私の部下で、マックスとアウルです。それぞれエルフ、ドワーフのハーフです」


「ハーフ……ですか。あなたは?」


「私はハーフではありません」


「そのような方が、一緒に……ですか?」


「ええ。それに他にも仲間たちも大勢のハーフはおります」


 中年男はいかにもなお追従の笑いを浮かべる。

「何と……いや、それは素晴らしいですなあ」

 中年男は足早に去ると、デイランたちの目の前で、ヒソヒソと周囲の貴族たちに何かを伝える。

 貴族やその婦人が驚きの表情で、デイランたちを眺める。


 ここまで露骨にされると、怒りよりも呆れや失笑の方が先に来てしまう。

(全く。世界が変わっても、人のこういう醜悪しゅうあくな部分は変わらないな)

 驚きを通り越して、感心してしまう。


 マックスが囁く。

「今すぐあの女のドレスにワインをぶっかけてやりたいわ」

「……やめろ。ワインがもったいない」

 マックスが口の端をもたげ、不敵な笑みを浮かべる。

「そうよねぇ」


 と、その時。

「国王陛下のおなりにございますっ!」

 という声が響く。


 楽団の演奏がぴたりとやんだ。


 貴族やその夫人たちは我先に玉座の据えられている舞台へ向かう。


「おい、アウル。いつまで食ってる。雇い主のおなりだ。いくぞ」

「ん、ちょ、ちょっと待ってくれ。まだデザートが……」

「飯なら後でいくらでも食える」

 デイランはアウルの首根っこを掴み、引きずるようにして歩き出した。


 床を擦るほどに長いマントに、王冠をかぶったロミオが、マリオットを始めとした数名の人物を従えた上で姿を見せる。

 貴族たちはみんなが一様に拍手と共に出迎える。


 玉座に座ると、拍手がやむ。


 ロミオが周囲を見回し、微笑む。

「皆、このたびの宴によくぞ来てくれた。礼を言う。

帝国との戦いはまだ始まったばかりだ。だがこれ以上はもう、帝国に好き勝手にはさせない。私が国を守ろう。

皆も、どうか力を貸してもらいたい。この大陸は我ら、アリエミール王国によって再び統一されるのだっ!」


 ロミオの声に合わせるように、貴族の中から「国王陛下万歳!」「アリエミール王国万歳!」の声が次々と上がった。


 そうして緩やかな楽団の演奏が再開される。


 しばらくすると、先程、ロミオの到来を伝えた使者がデイランたちの元へ近づく。

「……陛下がお呼びにございます」


 デイランたちは壇上へ近づく。


 ロミオはデイランたちに気づくや、先程の貴族たちに見せたのとはまた違う、自然な笑顔を見せる。


「デイラン、よく来てくれた。楽しんでいるかい?」


「……まあな。貴族どもの生態が非常に興味深い」


 言わんとすることをすぐに察したロミオは苦笑する。

「まあ、うん。料理は最高だから。それだけでも楽しんで」


 アウルが即答する。

「おう! めちゃくちゃうめえ料理で最高だぜっ!」


「それは良かった。……実はデイランに紹介したかった者がいるんだ」


 ロミオの言葉を受け、二人の人物が踏み出した。

 一人は初老に近い男で、好好爺とした雰囲気を漂わせる。


「私の叔父……父弟のルードィヒだ。今は宮宰きゅうさいを務め、予の補佐をしてくれている」


 初老――ルードィヒは目元の皺を深くして微笑んだ。

「デイラン殿、あなた方の活躍は耳にしております。あなた方が我が王国に着いていただき、誠に感謝致しますぞ」


 次いで紹介されたのは、少年だ。

 ただその出で立ちは普通の貴族には思えぬ気品がある。


「予の弟、クロヴィスだ。まだ十五歳でこういう社交場にはまだまだ不慣れで申し訳ないが、覚えておいて欲しい」


 少年――クロヴィスは緊張に表情を強張らせながらも、声を振り絞る。

「く、クロヴィスですっ!

あ、兄上……国王陛下が」


デイランは微笑ましい気持ちになりながら、首を横に振った。

「いや、お世話になっているのはこちらのほうだ。王国に仕えることが出来て誠に光栄の至りと思っている。

国王陛下は素晴らしいお方だ」


 クロヴィスが頬を薔薇色に染め、笑う。

「は、はい!」


 マックスが耳元で冗談を囁く。

「可愛いわね。いたずらをしたいわ」


 ロミオは言う。

「デイラン。今後のことを話したい。場所を移そう。

叔父上、この場はお任せいたします。クロヴィス、頼んだぞ」


「畏まりました、陛下」

「はい! お任せ下さい!」


 恭しく頭を下げる二人に見送られ、ロミオは場を後にし、デイランたちもそれに従う。

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