二年の秋~012
そして鮎川さんは北商だ。北商と言えばだ。
「川岸さんの噂とか聞いてる?」
彼女は朋美が怖いと引き籠って学校にも行かなくなり、留年した。その後退学。その後の事は全く知らない。国枝君も知らんと言っていたし。
「さあ?相変わらず引き籠ってんじゃない?学校でも川岸派は存在しなくなったし」
ダブった当たらない占い師の事なんぞどうでもいいと、裏切られたか。彼女もそうやってきたんだし、避難できる立場にないだろう。
「あ、でも、北商近くのパン屋で見たって人いたかな。ジュース買っていたとか」
「半端に引き籠ってんだな…」
だけど生徒が見たんだったら昼だろ。夜じゃない。夜はお化けが怖いので出歩けない。それだけの恐怖を植え付けられたはず。朋美によって。
好奇心猫を殺すだ。彼女の自業自得とも言える。生駒に感謝してもいいくらいだ。
「緒方君の方にはなんかあった?」
「いや、俺には何も」
「国枝君は?」
「ラインとメールと電話が来たけど、無視したよ。助けてとかなんとかしてとかのお願いだし。僕にはそんな力無いから半端に首を突っ込むわけにはいかないしね」
あれだけ忠告していた国枝君を嗤って退けたくせに、困った時は簡単に頼るとか、本気で糞だ。
小和田君と並ぶよ彼女は。結構気が合いそうじゃないかな。どうでもいいから拘わらないけど。
こんこんとノックする音。鮎川さん、ここにいるんだけど、開けてもいいものか…?
「はい?」
ドア越しに国枝君。
「俺だ、開けろ」
俺と国枝君と鮎川さんが顔を合わせた。今の声は木村じゃねーか?
静かに開けると、そこにはやっぱり木村。
「お前どうしたんだよ?まあ、入れよ」
「おう」
木村も静かに入って来た。しかし、鮎川さんを見て仰け反った。
「鮎川!?なんでここにいる!?」
「ちょ!声大きい木村君!」
慌てて口をつぐむ木村。そして座る。
「マジどうしたんだお前?」
「いや、緒方君に引っ張られて」
ゆっくり俺の方を見る。
「……どういうこった?」
「トランプに負けて罰ゲームでな。同じ旅館だからって。お前はどうしたんだ?」
「俺の場合、コンビニに来たら、近くにお前等が泊まっている旅館あるのを思い出してな。連絡すんのも面倒だから、コンビニに居た白浜の生徒からお前等の部屋を聞いて……」
こいつ暇なのか?わざわざ俺達の部屋に遊びに来なくても良かろうものだが。
「あれ?じゃあ西高もこの近くなのかい?」
国枝君の疑問である。そういやそうだな。まあ、泊まるところいっぱいあるみたいだし。
「ああ、あそこのホテルだ」
あそこと言われても知らん。旅館から出て無いし。
「え?結構いい所に泊まっているんだね西高」
鮎川さん、羨ましそうに。こいつ等の学校、いい所なのか?生意気な。
「そうか?俺としちゃこっちの方がいいかなと思うが」
「私新館の方だし。つか、喉乾いたんだけど、なんかない?」
問われてヒロのトランクを引っ張る。
「緒方君、トランクなんか持って来たの?女子は結構持って来た子いたけど、ちょっと意外」
「これはヒロのだよ」
開けて大量のジュースを提示する。
「好きなの取って行って。木村も持ってけ」
「だってこれ、大沢んだろ?」
「そうそう、あとで煩くなんない?」
あいつの評価ってなんだろうな?文句は言うけど反撃すれば黙るよ、多分。
「大沢君はみんなにと買って来たようだからいいんじゃないかな。僕も一つ貰おう」
「んじゃ俺も」
俺と国枝君が取ったのを見て自分たちも持って行った。つか、温い。冷やしてきたんだろうが、時間が経てばこうなるのになぁ……
「おうそうだ、松田が夜に遊びに来るってよ。お前もどうだ?」
プルトップを開けながら訊ねる。木村、意外と驚いていた。
「松田が?お前を監視する役目だった筈なのに、遊びに誘うのかよ?」
監視目的だったのかよあいつ。そういや来る、とは言ったが出る、とは言わなかったな。
「部屋に来るんだよ。お前の言葉で松田の真意が知れた」
「お、おうそうか。い、いや、松田も単純に遊びに来たいって事だろうぜ」
慌てるようにコーラのプルトップを開けながら。
「温ぃじゃねえか。いつ買ったんだコレ?」
「昨日の晩のようだよ」
「マジか?冷えた方が旨いもんを昨日の晩に仕入れるとか、あいつ本当にバカだな」
「どおりで。このウーロン茶も温いもん。温かいか冷たいかどっちかにしてってレベル」
はははと笑い合う。同時にドアが開く。
「ヤッホーダーリン。晩御飯までおしゃべりしよー……って、あれ?」
「全く槇原は……緒方君だってゆっくりしたいでしょうに……って、あれ?」
「……お菓子持って来た……うん?」
横井班が突貫してきたが、木村と鮎川さんを見て固まった。なんでいるの?って感じで。
「ありがとう春日さん。鮎川さんはあれこれそうよで、木村君はこうこうで此処に居るんだ」
国枝君が的確に部屋にいる理由を述べた。おかしな誤解はこれで回避された事だろう。
「大沢君が……災難だったね鮎川さん」
遥香が俺の隣に座って言う。ついでにトランクから適当な飲み物を持って。
「仕返しで倉敷連れて来る罰ゲームさせたからね。まあ、気は晴れたかな?」
「西高もこの近くなの?」
横井さんもトランクから飲み物を持って木村に訪ねた。
「ああ、あそこのホテルだ」
「あの屋上露天風呂の?」
「ああ、つっても俺等は使えねえらしいが、何か別料金だとよ。入りたい奴は金払ってはいるしかねえみたいだ」
屋上に露天風呂があるのか?そりゃ確かにいいとこだな。自腹斬らなきゃいけないところを除けば。
「……罰ゲームって、トランプ?」
「うん。みんなで何かやろうか春日さん」
国枝君の問いにコックリ頷く春日さん。
「じゃあ大貧民やろうか?木村君もそれでいいかい?」
「まあ、構わねえよ俺は」
「鮎川さんもそれで?」
「いいよ。まだ時間あるし」
そんな訳で大貧民開始だ。さっきは最下位だったが、今回は取るぞ!!
「なんでだ!?」
叫んだのは俺。また最下位!!なんでだ!?
「ダーリン顔に出やすいから」
遥香の弁に全員頷いた。そういや俺って顔にすぐ出るタイプだった。唯一の弱点と言ってもいい。
だが、克服するべくポーカーフェイスを日々磨いて来た筈なんだが……
「……じゃあ緒方君、罰ゲームだけど」
「確かに春日さんがトップだが、春日さんまで罰ゲームを望むのか……」
優しいから罰ゲームは無しとか言ってくれると期待していたのに、裏切られた気分だった。
「……罰ゲームは旅館から外に出ない事。何があっても、何を思いついても」
……成程、罰ゲームにかこつけて、俺の病院行きを阻止する算段か……
「これでお前は旅館から出れねえな。それともどこか行く予定でもあったかよ?」
木村がニヤニヤ顔で問う。うるせーよと言いたいが……
「しやーねえ。罰ゲームだしな。だけど流石に今日限定だよな?修旅中宿から出るなはきつすぎる」
「……今日だけでいいよ。また明日トランプで罰ゲーム決めるから」
「それって俺が最下位になる前提で言っているよな!?」
「……緒方君、勝てる自信あるの?」
小首を傾げての疑問だった。
「あのな、流石に毎回最下位はねーだろ。ブービーでも罰ゲームは喰らわないんだぞ」
「さっき大沢君は三位でも罰ゲームだったよね」
国枝君が余計な事を思い出した。勝者が決める事だからなぁ……
「な、何のことは無い。トップを取れば済む話だ」
「トップ取れるのダーリン?」
お前も素直に疑問に思うなよ!!俺だって自信ねーけど、チップじゃなきゃ罰ゲーム喰らうんだから頑張るしかねーだろ!!
「まあ、緒方君のトップは無いにしても、罰ゲーム中の大沢君、帰ってこないね」
酷い事を平然と言う鮎川さんだった。つか、あいつおせーな確かに。
「今頃新館で捕まっているんじゃないかしら?彼、何かと目立つしね」
「有り得るな。つうかそろそろ戻らなきゃいけねえ時間だ。夜にまた来るからよ緒方」
「夜に?」
「ああ、松田も来るっつったからよ」
成程と頷いた女子達。その女子の一角鮎川さんも帰ると。
送って行くと言ったがいいと断られ――
「大沢君見つけたら帰るよう言っとくから」
倉敷さん捕まえなくても時間切れ失格だと笑った。
変える二人を部屋で見送り。何気なく時計を見る。
「そろそろ晩飯の時間だな?」
「そうだねー。ご飯楽しみだね」
まあ、学生にお高いものは食べさせないだろうが、楽しみではある。
「大沢君帰ってこない場合、どうすればいいのかしら?」
「どうもこうも……どうしようもないんじゃないかな?」
確かにどうしようもない。何もできないし。何故なら今から飯に行くからだ。ヒロに構っている暇はない。
大広間に行く途中の廊下で、あら不思議。
「大沢君!?何で廊下で正座しているの!?」
遥香がびっくりして問うたほどだった。俺もびっくりしたが、まあ、理由は解る。
「先生に見つかったんだろ。新館に向かったの」
「……………」
項垂れて発せず。その通りだと言う事だな。
「どこで見つかった?」
「……一階のロビー…」
「コンビニに行くと言えば見逃して貰えただろうに、馬鹿正直に新館に他校の女子迎えに行くとか言ったんだろ」
「……………」
益々項垂れるヒロだった。その通りだと言う事だ。
「いつまでそのままなの?」
「…飯時間まで、だそうだ」
「停学じゃなくて良かったじゃねーか。北商の先生に見つかっていたらそうなっていたかもだぞ」
「……その辺は不幸中の幸いでいいのか?」
さあ?俺は見つからなかったし、なんともだ。
「じゃあ俺達行くから」
「待ってくんねえのかよ!!冷てえだろ!!」
そう言われてもな。お前に構うと後ろが閊えるんだよ。みんなの迷惑になるだろ?だから早々に立ち去らなきゃだ。
お座敷にはお膳がずらりと並んでいた。各班の班長の傍にはおひつ。ご飯が入っているんだろう。
「これ、お代わりは私に装えと言う事かしら?」
そうかもしれない。何故なら国枝班にはおひつが無いからだ。共に行動する女性班の班長の近くにあるのだから。
「まあ、お代わりしたい人が装えばいいだろ」
「ダーリンのは私が装ってあげるからねー」
「……国枝君のは私が」
「「ありがとう…」」
そう言うしかねーじゃんよ、横井さんの微妙な表情を慮ってさー。
あれ、絶対ヒロのは自分が装わなきゃいけないのか?って表情だし。
「漸く解放されたぜ……」
ヒロがげんなりして帰還。飯時に解放するとは、教師もまだまだ甘い。俺だったら就寝時間に解放するのに。晩飯?そんなもん、お膳を廊下に出しときゃいいんだよ。
「お?なかなか豪華じゃねえか」
そう言って俺の横に座った。因みに反対側は国枝君だ。因みにちなみに、対面は遥香。あとは言わずも解るだろう。
教師の有難いお言葉を聞き、漸く戴きますだ。
「遥香、米山盛り」
「はいはいー」
「春日さん、普通でお願いできるかな?」
「……うん」
「横井」
「は?」
「……自分でやるわ」
声を殺して笑った。全員。横井さんのマジ凄味に対してのヒロの顔色がとても面白かったし。
「ダーリンまいたけ食べて」
うんと言う前にマイタケの天ぷらを寄越された、戻るときレンコンの天ぷらを持って行った。
「隆、鶏寄こせ」
「え?それ持っていかれたら、貴重なたんぱく質がっておい!」
有無を言う前に鶏の照り焼きを持っていかれた!
「おい!俺のたんぱく質!」
「肉出てきたらそれ返してやるから心配するなよ」
もぐもぐ咀嚼しながら。お膳があるのに追加で肉出て来るか!!
「ホント卑しいよね大沢君は」
「ちげえよ槇原。追加で肉出てきたらそれ返すんだから、寧ろ太っ腹だろうが」
「で、追加があるのかい?」
「あったらいいな、程度だな」
じゃあねーだろが!!
ちくしょう、本気でムカつくなあいつ……ぶつぶつ言いながらも吸い物を啜る。
「緒方君、僕の半分食べるかい?」
「いいよそれは、気にしないで」
「じゃあ俺に寄越せ」
「大沢君には絶対に無理だね。揚げたら春日さんに叱られちゃう」
多分そうなるだろう。春日さん、ヒロを軽蔑の眼差しで見ているから。鶏盗った程度で偉い評価下げたよなこいつ。
半分くらい食い終わったころだろうか。仲居さんがぞろぞろやって来た。
「失します。ローストビーフとおうどん、どうぞ」
まさかの展開にヒロが目を丸くした。
「うわ~、おいしそう。なんで後からですか?」
遥香が目を輝かせて質問した。
「お膳に乗り切りませんかったんで~」
確かに、お膳にはもう乗っけるスペースは無い。ご飯にお吸い物、鶏の照り焼きに天ぷら盛り、焼き魚に漬物である。
つか、うどんとローストビーフだけあとでってのもおかしな事だろうが、これはこれでいい、ヒロから肉返って来る筈だしな!
仲居さんが去った後、全員がヒロを見た。お前鶏盗ったよな?肉来たらそれ返すと言ったよな?と、非難と確認の視線である。
「な、なあ隆」
「……大沢君は緒方君のローストビーフを返すんだよね?」
春日さんの先制に言いかけた言葉を詰まらせる。あれ無かった事にしろとか言うつもりだったんだろう。
「だ、だけどよ」
「まさか違えると言うのかしら?波崎が知ったらさぞ幻滅するでしょうね」
破ったら波崎さんにチクると脅した横井さんだった。俺的には特に欲しいと思わんが、約束だからな、しょうがない。
「こ、これちょっと量多くねえか?俺が半分」
「ダーリンそれ半分頂戴?代わりにお魚あげるから」
半分くれと言う前に、遥香のおねだりが入った。遥香的には特にいらんのだろうが、ヒロに対する牽制だろう。
「おいヒロ、早く寄越せ。まさか約束破ろうとか思っていないだろうな?」
超!渋々とローストビーフの皿をこっちに回したヒロだった。お前が全部悪いんだから、その涙目はやめろと言いたい。
ローストビーフはうまかったが、激うま!!って事は無かった。普通にうまかった。
「輸入の牛肉だからね。そこは仕方ないよ。修旅のご飯に国産牛、もっと言えば和牛なんか使わないだろうし」
「お前マジでさ、なんで心が読めるの?」
「だから、ダーリン顔に出すぎだって」
普通にうまいと思った程度でも顔に出るのかよ?だとしたら病気の域じゃね?
ヒロはふてくされてずるずるうどん啜っているし。うるせーんだけど啜る音。
「大沢君、麺類とは言え少しお行儀が悪いわよ?」
「うどんだから仕方ねえじゃねえかよ」
ふてくされて返すなよ。ローストビーフはお前が悪いの!
「まさか、ローストビーフを渡した事に対して機嫌が悪いのかしら?だったら波崎に聞いてみましょう」
「そんな事は断じてない。確かに少しうるさかったかもな」
ぼそぼそとうどんを貪った。全くうまそうに見えないんだけど。
「……大沢君、その食べ方美味しそうに見えないよ?」
「音を立てないようにするにはこうするしかねえだろ」
「……私、何か気に障る事言ったかな…?麺類は啜った方が美味しいと言いたかっただけなのに」
「もうどうすりゃ満足するんだよ……」
がっくり項垂れるヒロだった。当てつけるように極端にすんなって事だ。普通に食べりゃ誰も文句は言わねーっての。
そのうどんを啜る。
「あれ?これ今までのおかずの中で一番うまいかも……」
「え?ほんと?」
遥香もずるずると。
「……確かに……ひょっとして名店の京うどんってこれ以上なのかな?」
「昼は京都ラーメンだってば。なあヒロ?」
「え?俺は一銭洋食…」
「まだ言ってんのかそれ。そこら辺にあるからそれ食えっつっただろうが」
「ラーメンだってその辺にあるだろうがよ」
「いえ。お昼はにしんそばよ。国枝君、そうでしょう?」
「僕もにしんそばを押すよ。春日さんは?」
「……みんなで食べるなら何でもいいよ?」
春日さんの言葉にジーンと来て言葉を発しなかった。みんなで食べるからこそうまいんだよな!
「そうだよな!みんなで食う京都ラーメンは絶対にうまい!」
「どさくさに紛れてラーメン押さないでもらえるかしら?にしんそばがいいと言ったでしょう?」
横井さんも退かねーな。河内とそこら辺の蕎麦屋に入れば解決だろうに。
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