地域活性化友好交流会~008
「くっ、こ、こいつ、キレやがった!」
尚もバシバシ当てながら言うヒロ。キレた?そんな事はないが……
『おおーっと!大沢選手、ロープを背にしたー!!』
え?ヒロがロープまで下がったのか?なんで?
ぼやける視界で真っすぐ見る。なんか怯えているような?まさかな、あのヒロがそんな筈はない。
「あの時と同じツラになってんぞ隆……!」
「……あの時ってなんだ?」
「中学時代、荒れに荒れていた頃のお前だよ!!」
そうなの?だけど穏やかなんだけど。少なくとも心は。
そういや明確な殺意ってもう一回あるんだったっけ……ヒロにそんな感情を抱くはずはないけど……
まあいいや、俺も攻撃しなきゃタオルを投げられる。なので大きく振り被った。
『カウンター!!決まりました大沢選手の右!!しかし……』
『……なんで緒方君は倒れないの?あの緒方君、ちょっと……』
素に戻ってんぞ里中さん。この俺がなんだって言うんだ?
「こいつ……!!」
なんて顔してんだよヒロ?顔面ががら空きだぞ?
「がっ!!」
俺の大振りのストレートがヒロの顔面に入った。
『入った!?大沢がなんのガードも無しで、ただ顔面に入れられたってのか!?』
ガードしなかったのかよヒロ?いや、助かったけどな。
今度は左ストレート。これも入った。引き戻して右のストレート。引き戻して踏み込んでの左ボディ。くの字になったところに右アッパー。
『滅多打ちだ!!あれちょっとやべえぞ!!止めろレフェリー!!』
何騒いでんだよ玉内。ヒロがそう簡単にダウンする筈はねーだろ。こいつは殺さない限りダウンしねーんだよ。
打ち下ろしの右。骨を打った手応え。ガードしたんだ。ほらな?こいつはそう言う奴なんだ。
まあいいや、何発も同じところを打てばいつか入るだろ。
打ち下ろしの右。打ち下ろしの右。打ち下ろしの右。打ち下ろしの右。打ち下ろしの右。打ち下ろしの右。ああ、漸くガードが下がったな。
『止めろってレフェリー!!ああ、ヤバい!入った!!』
漸く頬を貫いた。だけどこいつ、すんごいおっかない目で俺を睨んでやがる。
この目を止めるには、殺すしかねーかな……
ああ、ヒロにはいつか絶対に勝たなきゃって思っていたけど、それが今日か。
今日でヒロとはおさらばになるから――
「戻って来い馬鹿!!」
超大振りのロングフック。ボラードがまともに入った。
俺はグローブのシミまでバッチシ見えたそのパンチを避けもせずに頬で受けた。
「この馬鹿野郎が!!だからお前にゃ負けられねえんだよ!!」
ボラードのラッシュ。左右から大振りのロングフックが襲ってくる。
それを抗いもせずに全部受ける。あれ?ボラードってこんなに軽いパンチだっけ……?
『今度は緒方が滅多打ちだ!!止めろ!!マジでどっちか死ぬぞ!!』
何言ってんだ玉内?死ぬのはヒロだよ。間違うなよ……!!
アッパーを放った。チンをまともに捕らえた。
追撃しなきゃな。まだヒロは生きている。こいつが生きている間は俺は朋美を殺せない――
「この野郎…殺さなきゃ止まんねえかよ!!」
左スマッシュ。当たり前に顔面に入る。やっぱりグローブの染みまでバッチシ見えたそのパンチだが、顔面で受ける。
軽いパンチだなヒロ。殺すつもりだったらな、このくらいの殺気を込めなきゃだ。
内に捻る右脚――
「やらせるか!!」
なんかのパンチを貰った。だが気にしない。
捻りが伝達させる右膝――
「この野郎が!とまれ!!!」
またなんかのパンチを貰った。で?って感じで腰に螺旋の力が伝達される――
俺はヒロに感謝している。糞をぶち砕く武器をくれたばかりか、その後も親身に付き合ってくれたしな。人殺しを免れた。ヒロは身体を張って止めてくれたからだ。
ぼんやりと遠くから声が聞こえた。
半面、疎ましくも思っていた。もう少しって所で必ず邪魔をするのがヒロだ。こいつさえいなければ佐伯をぶち殺せたのにと。
聞き覚えのある声。こっちの緒方君の声だ。
随分久しぶりに感じるな。まあ、俺は大した奴じゃないから頻繁にが出て来れないと本人も言っていたし。
切っ掛けがあれば、だったか?その切っ掛けはなんだ?
「ヒロには本当に世話になったし、心からの感謝もある。麻美以外心を許した親友だ」
そうだな。それは俺も思うよ。
「だけど、こいつさえいなけりゃと思う事も沢山あった。殺せない怒り、止められる怒り。その種の怒りは全てヒロに向いていた」
ああ、その気持ちも何となく理解できるな。俺の時も身体を張って止めやがったし。邪魔すんなって純粋に思った事もある。
「今なら望みは叶えられる。だが、アンタそれで本当にいいのか?」
何?何が言いたい?
「ヒロを殺せる。試合中の事故って事で簡単に処理させるだろう。その後はどうなるか簡単に想像できるだろうが、チャンスは確かに今しかないと言えばそうだな」
なんで俺がヒロを殺す?試合中の事故?あいつが試合中にくたばるか。
「ヒロは必死だよ。俺を止める為に、俺が思っている以上に神経を使っている。今だってそうだ。あの狂暴凶悪の俺に戻って欲しくないから身体を張って止めている。いつもはあまりしない、真っ向勝負の打ち合いでな」
そうだな。あいつ何で打ち合ってんだ?スタミナが無くとも、脚が使えなくとも躱す事もブロックする事もできるだろうに?
「すべては俺の為だ。そんなヒロを、殺せるのかアンタ?」
だからなんで俺がヒロを殺す――
全ての螺旋の力が拳に伝達された。
解き放つ右――
「殺すのか?俺が?ヒロを殺すのかアンタ?」
だからヒロを殺すなんて――
「!!!?」
覚醒した気分になって超強引に拳を止めた。
『なんだ!?今緒方の動きが急に止まったような!?』
止まったか!!良かった!!あのまま打って居たらひょっとして……
完全に油断していた。まさかヒロ相手に明確な殺意が出るなんて!!
「漸く帰って来たか馬鹿」
俯いていた顔を上げた。ヒロが若干笑いながらロープに体重を預けていた。
「つうか別に打っても良かったんだぜ?お前のコークスクリューをまともに喰らうと思ってんのかよ?」
軽口だ。絶対にまともに受けると思う。そして耐えきって反撃する、身体を張って止めるってのは伊達じゃないんだ。
躱す、ブロックもできるんだ。だけど敢えてやらない。お前を止めるのは俺の仕事だと言わんばかりに、力で凌駕して諦めさせるために。
「いや、あんまボコボコにしたら波崎さんに叱られるかな?と思って遠慮したんだよ。お前のパンチを敢えて受けてやったのもそう言う理由だよ」
だからこっちも軽口で返す。申し訳ない、悪いなんて思いをおくびにも出さずに。
「俺が槇原に叱られるんじゃねえのそれ?」
「お前は大人しく遥香に怒られてろ」
「だったらお前も波崎に怒られてもいいだろが!!」
悪態をつき合ったところでコング。フルラウンド戦い抜いてくたくただ。だから遠慮なくリングの上で大の字になった。ヒロもロープから逃れて大の字になった。なんか知らないが、俺の隣で――
『……一時はどうなるかと思いましたが、ここで終了のコングです。玉内さん、振り返ってみてどうですか?』
『……練習生の試合じゃない、のが正直な感想です。最終ラウンドだから最後までやらせたいとの思いがあったのでしょうが、止めなかったレフェリーとタオルを投げなかったセコンド。これは僕は非難します』
まあ、最後までやらせたいのが本音だろう。だからそんなに文句言うな玉内。
『ですが、全ラウンド見ごたえばかりの試合でした。大沢選手がテクニックで緒方選手のパワーをうまく殺していたのは印象深い』
『大沢選手も強いパンチがありましたが?』
『スマッシュとボラードは確かに強力なパンチですが、ともに振り抜きのパンチです、躱されたりガードで凌がれたりしたら無防備になりますので、ここぞと言う時以外は打たないでしょうね。緒方選手が相手だから打ったんでしょう』
『それはどういうことですか?』
『緒方選手と大沢選手は同門ですから、お互い手の内を知っているんです。なので、スマッシュもボラードも緒方選手にとっては予想外の所で打ったはずです。虚を突いたんですね』
そうなの?とヒロを見る。大の字で。つうか誰も起こしに来ないとか。
「お前相手だからこそ使えるトリッキーな放ち所だろ。他の奴等ならどうしても様子を見たいだろうからいきなり突っかかって来ねえだろうし」
まあ確かに。俺相手だからこそってのも理由だな。
『緒方選手は印象どおりでしたね。真っすぐ突っ込んで懐狙い。カウンターパンチャーにとっては美味しい相手です。ですが、あのプレッシャーがうざい』
「全くだ。圧力は半端ねえが、むやみに突っ込み過ぎだバカ」
「その圧力でビビらせるんだろが」
「リングの上じゃビビんねえ相手の方が多いだろが。みんなボクサーだぜ。素人じゃねえんだ」
それもその通りか。まあ、俺はプロになる訳じゃねーからこれでいいんだが。
ここで両方のセコンドが迎えに来た。
「おい隆、もういいだろ。立て」
「博仁、お前もだ。つうか二人とも派手に打たれた割にはあんま腫れちゃいねえな?」
言ってもスパーのグローブだしな。威力はマイルドに抑えられているし。
ともあれ立って互いのコーナーに戻る。
座ったと同時に――
「お前、タオル投げなかった俺達に感謝しているか?」
「え?はい。そりゃもう」
「そうか。俺も荒木も悩んだが、お前等は結構あんな感じだしな。スパーのグローブだし、ヘッドギア着けているし、大丈夫だと思ったが、あの解説の言う通りだ。非難されてもしょうがねえ事をした。今後は絶対に見逃さねえと誓うくらいは後悔している」
そ、そうだよな。俺も明確な殺意がヒロ相手に出るとは全く思っちゃいなかったし、油断していた。
そこは真摯に反省しよう。殺意は朋美以外出さないと誓う。
「出川さんは何で止めなかったんすか?」
「あいつはボケているからだろ」
身も蓋もない事を……まああの人はあんま考えて無さそうだし、結構納得の評価だが。
「勝負はどうなると思いますか?」
「判定か?そうだな、俺の見立てじゃ博仁が若干勝っているように思うが……荒木」
「最終ラウンドの印象じゃ、お前が間違いなく勝っている。だからどうなるか解んねえな」
他ならぬお前は?と聞き返される。
「そうっすね…ジャブの数じゃ結構貰っていますし、判定負けかな?」
「ジャブだけじゃねえだろ」
その通りでぐうの音も出ねえ。
「だがまあ、コークスクリューとワンインチパンチを放ってダウン奪ったんだ。お前もそこそこやるようになったな」
「そうだな。当てる工夫って奴をするようになったのは立派な成長だ」
工夫云々でこの評価である。今までの俺が直線バカなのが実によく解るだろう。
「お?集計が出たようだぞ。リングの中央に行け」
頷いてリング中央に立つ俺。出川さんを挟んでヒロも立つ。
『いよいよ判定です。玉内さんはどちらがポイントを取ったと思いますか?』
『大沢選手でしょう』
『言い切りましたが?』
『手数では大沢選手が多く出していますから。緒方選手がインファイトメインですので、どうしてもね。ですが、印象では互角です。最終ラウンドでは緒方選手が終始押していましたしね』
正確に集計しているんじゃ俺の負けだ。手数じゃどうしても負ける。あいつテク自慢だし。
出川さんに集計が渡されて、俺の手首が持たれた。え?まさか勝った!?
「ドロー!!」
俺とヒロの腕が挙げられた。ドロー!?
「まあ、そうなるか。手数じゃ確かに勝っていると思うが、僅差だろうからな」
ヒロは解り切った顔でそう言うが……
「だ、だけど、俺は結構ジャブ貰っているし……」
「俺がお前のKOパンチを何発貰っていると思ってんだ?」
そ、それは主な理由か……しかし……
「俺もスマッシュとボラード貰ってんだが……」
しかもダウンしているし。
「最終ラウンド、俺は明らかにスタミナ切れだ。それはお前に打たれたのも原因の一つ。対してお前はまだ動けんだろ。俺よりお前のパンチのKO率が高いってこったよ」
いろいろな要素を加味してのドローだと。ま、まあ、勝ってないけど負けていないからいいのか……?
『ドロー!!両者引き分けに終わりました!!』
『まあ、それも納得です。緒方選手はスタミナが残っていますが、大沢選手は立つのも億劫なほどだと思いますし』
玉内もヒロと同じことを言っている。
『ですが、これはあくまでもスパーリングだとの前提での判定です。試合だったらやはり大沢選手が勝っていたでしょう』
「だってよ隆」
「まあ、俺もそう思うしな……」
同門同士のスパーだからこその結果だと俺も思う。試合だったらスタミナが切れていようが、ジャッジで負けるだろ。
「博仁、隆、観客に手を上げて応えろ」
出川さんがぼそっと言う。歓声が湧きまくっているからそう言ったのだろう。
なのでそのようにしたら、更に歓声が挙がった。
『いい試合でした。最終ラウンドはちょっととは思いましたが、全ラウンド通じていい試合でした』
『玉内さんは両者と同じ階級なんですよね?』
『そうですね。大沢選手と同じ、と言った方が正しいかもしれませんが』
『それはどういう意味でしょうか?』
『緒方選手の方が若干軽いんです。ジュニアウェルターがベストな階級じゃないかと』
『ははあ、成程。そして質問ですが、緒方、大沢両選手と戦う事になったら、どちらと戦いたいですか?』
『そうですね。緒方選手とは一度戦っていますので、大沢選手でしょうか』
『勝算は?』
『勿論、KOで勝ちます』
言い切った玉内。歓声が更に湧く。つうか今すぐやれー!とか言ったのは誰だ?兵藤の声に似ているような気がするが。
「あの野郎、俺と戦ってKOで勝つだと……!」
大人げなく、ヒロがムカついた顔をして凄んだ。
「俺は勝ったぞ。KOで」
「俺だって勝つ!!KOで!!」
普通誰だってそう答えるだろ。俺だって聞かれたらKOで勝つって言うわ。
『ではここでインタビューです』
あん?と実況席の里中さんを見た。俺もヒロも。
『試合お疲れ様でした!!』
「え!?児島さん!?何やってんだアンタ!?」
ついつい突っ込んでしまった。マイクを持ってリングに上がったのは児島さんだったからだ。君は南女のカフェを手伝っているはずじゃなかったか!?
『実況席、実況席、緒方選手にアンタと言われましたが、これはモラハラでしょうか?』
『訴えたら勝てるレベルのハラスメントです』
どっと笑いが起こる。俺をきっかけに笑いを取るなよ!!
『まずは大沢選手、お疲れさまでした!!今の試合を振り返ってどうでしょうか?』
いきなり元に戻ってインタビューすんなよ。ヒロも若干呆れているじゃねーか。
「どうでしょうかって……まあ、こいつとはいつもやり合っているからな、今更の部分もあるか」
『練習試合では緒方選手に勝ち越しているそうですが?』
「練習ではな。実戦じゃどう転ぶか解んねえ。実際今日も俺はスタミナ切れを起こしたが、隆はまだ余力がある状態だ」
すました顔で。俺っていい事言ってんだろ?って思いが見え隠れしているぞ。
『つまり、実戦では緒方選手にKO負けをすると?』
「誰もそんな事言ってねえだろ!!どう転ぶか解んねっつったんだ!!」
『ほほう。では、解説の玉内さんと戦っても勝てると?』
「当たり前だ!!KOで勝つ!!」
またまた歓声が湧く。児島さん、眉尻がピクリと持ち上がった。
「こ、児島さん、笑顔笑顔」
『あ、う、うん。ま、まあ、仰ったように勝負はどう転ぶか解らないですからね』
「ああ?玉内相手ならKO だっつってんだ」
『ふざけんな大沢!!和馬が負ける筈が無いでしょ!!』
「ああ?俺が負けるか、お前の男に」
『じゃあ勝負しなさいよ。今すぐに!』
インタビュアーが選手とリング上でギャーギャー言い合っている様よ。玉内に目を向けると俯きながらも首を横に振った。どうにもならないと言いたいんだな、うん。
「出川さん、俺もういいでしょ?」
「え?インタビューは?」
「あれの続きを俺にやれと?」
ヒロと児島さんを指差す。出川さん、大きく頷いた。
「お前にあの後にインタビュー受けろって言う方が酷だな。ま、いいだろ。シャワー浴びて汗流してこい」
「シャワーなんてないっすけど……」
部活棟にはあるかもだが、少なくとも講堂には無い。
「水泳部が貸してくれるっつう話だったぞ。プールに行けばいいらしい」
ここからプールに?また随分な移動をさせやがるぜ。
だが、シャワーは必要だ。水泳部の厚意に甘えようじゃないか。
「荒木と青木が撤収の手伝いだから、お前1人でもいいよな?」
「流石に学校内で付き添いは必要ないっすよ……」
どんだけ過保護なんだ。あ、いや、結構打たれたからそうなったのかな。
ともあれリングを降りる。未だギャーギャーやり合っているヒロと児島さんを横目にして。
「隆、シャワーはプールの方だそうだ」
「あ、出川さんから聞きました。先輩たちは撤収作業の手伝いなんですよね?」
「ああ、だからお前一人で行ってもらう。途中具合が悪くなったら携帯に電話しろ。迎えに行くから」
「いや、大丈夫っす」
流石にそこまでは申し訳ないので、具合が悪くなっても多分電話はしないと思うぞ。
ともあれ、いそいそと講堂から出た。夕方で空が真っ赤に染まっていた。
一応ガウンを羽織って目立たないようにこっそりと、しかし迅速にプールに向かう。
「ち、ちょっと待って緒方君」
呼ばれたので振り向くと、国枝君が追って来ていた。
「どうしたんだ国枝君?」
「どうもこうも……誰かが付き添わないといけないじゃないか……あんなに激しい戦いをした後なのに……」
ぜーぜーはーは―言いながら。俺の為に追って来てくれたのか。気遣いは単純に嬉しいが……
「いや、大丈夫だろ」
「本人がそう思っていても、シャワー室で倒れている場合だってあるらしいじゃないか。万が一そうなったら水泳部になんと言って許して貰うつもりだい?」
確かにそうだな。そうなった場合、水泳部にめちゃくちゃ迷惑が掛かる。
「それに、着替えはどうするつもりだい?」
そう言ってバッグを掲げて見せた。なんてこった、迂闊過ぎたぜ。
「ありがとう国枝君。善意に甘えさせてもらうよ」
「善意と言うか、僕も実行委員の一人だからね。責任だよ、ただのね」
そう笑いながら。責任か。それでもいい。国枝君がそれだけ気を遣ってくれているのか解っているから何でもいい。
ともあれ、即効でシャワーを浴びた。好意で借りた水泳部のシャワー室だが、国枝君が待っていたからだ。
終わって出たら、元保健委員の槙原さん。
「え?お前イベの主催で責任者だろ?こんなところにいていいのか?」
「あんまり良くはないね。だけど治療があるからさ。免罪符だけどね」
そう言って顔を覗き込む。少し悲しそうな顔だった。
「いっぱい打たれたねぇ」
「相手はヒロだからな」
「あまり腫れは無いけど……」
薬をちょんちょんと付けて優しく刷り込む。
「痛いところ、ある?」
「いや、大丈夫」
なんだかんだ言って怪我は無し。切り傷すらないと言う。
「うん、じゃあ、閉会式までもうちょっとだから準備しなきゃ。国枝君、あと宜しくね」
そう言ってダッシュした。割と慌てて。
「そんなに忙しんだったら無理してこなくていいのにな」
「緒方君の治療は流石に他の誰にも渡せないだろう?」
「そう言うもんなのかな……じゃあヒロの治療は誰がやるんだ?」
「それは……誰だろう?」
困ったように答えた。俺もひどい事を聞いた。忘れてくれ。
俺と入れ違いでヒロが来た。波崎さんが付き添いのようだな。
「おう、先行っているから」
「おう、あ、オッチャンが明日は休めだとさ。言われてもジムに行く気はねえけどな」
「そりゃそうだ。例え全く問題ないとしても、ダメージ抜けないとか言って休むよ」
「大沢君、いいから早く」
波崎さんに急かされてシャワー室に向かうヒロ。俺も帰ろうとしたが、波崎さんに取っつかまった。
「打ち上げやるって言っていたの、聞いてる?」
「いや、たった今聞いた」
「そう、打ち上げは大山食堂だそうだよ。火器責任者としてあそこの店長さん、お店休んでやってくれたんだよね。そのお礼にだって」
「そうなのか?メンバーは?」
「交流会に参加した高校全部に声を掛けたらしいけど、実際来るかは解らないな。明日休みの学校は白浜だけだから。他の学校は普通に授業やるしね」
そういやそうだな。白浜は文化祭と被せたんだから明日休みだが、他の学校は違うもんな。
「国枝君は行くのか?」
「うん。委員だからね。逆に企画立ち上げの方さ」
そりゃそうか。つうかあそこは春日さんがバイトしているからそうなったんだから、国枝君が出張らないでどうするんだって感じだし。
「あ、もう行った方がいいよ。遥香心配するからさ」
頷いてシャワー室から遠ざかる。遥香はさっき来たから心配云々はなぁ、と思うが、一応気持ち急いだ。
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