文化祭・序~009

 ともあれ、うまそうな豚汁を啜る。

「やっぱうまいな。球技大会の時食べた鍋にとても似ている」

「里芋も大きいし、食べ応えあるね」

 米を頬張りながらがっついた。マジ旨い。これでおにぎり無くなっちゃいそうなほど。

「蒸し野菜も美味しいよ。バターと塩だけのシンプルな味付けだけど、これって素材よくなければ無理だよね」

「……優しい味。おいしい」

 国枝君と春日さんからお墨付きを得たぞ。

「納豆バーガーもうまいぜ。だけどしくったな。米もっと買えばよかった」

「卵の豚巻き美味しーい!」

 もう何食ってもうまいレベルだ。ここは北海道か?ってくらいだ。北海道もなに食ってもうまいと聞くから。

 この卵の豚巻きマジご飯に合う。蒸し野菜の優しい味で口の中の脂が流されて、永久に食える感じだ。

「やっぱ米足りねえや。買ってくるわ」

 ヒロが立った。じゃあ、とかごを渡す。

「それ持っていれば一割引きだから、俺にも買って来てくれ。1個」

「……私も。4個」

「4個!?」

 突っ込んだのは赤城だ。俺達は何も言わず。春日さんが食べるのは知っているからな。

「おう。赤城、お前はどうする?いらねえか?国枝は?」

「やっぱこのちっこい女子が4個も食うのか!?」

 驚愕すんなよ。食うんだからいいだろうが。お前はどうすんだよ。食べたいならヒロに注文しろ。

 赤城も追加オーダーをした。1つ。

 そして立った。

「さっきから俺は金出してねえ。いつの間にかちゃっかりおごられている」

 いやいや、案内のお礼だからいいんだよ。みんなも何も言わなかっただろ?ヒロですらそう思っていたって事だ。

「なので、今度は俺のおごりで何か買ってくる。要望はあるか?」

「いや、そんな気を遣わなくていいんだよ赤城君」

「……案内のお礼だから」

 ほら、国枝君と春日さんもそう言っているだろ?

「おかずもあるし、お味噌汁もあるんだし、これ以上はお腹いっぱいってのもあるかな?」

 波崎さんの弁に頷く俺。まことその通りだからだ。

「ならデザート類はどうだ?別腹なんだろ?」

「まあ……そうだけど……」

 遥香が肯定しちゃった。一緒の腹だから別じゃねーんだけど。少なくとも俺は。

「なら、それを適当に買ってくるから待っていてくれ」

 そう言ってどこかに歩いて行った。止める暇もなく。

「……蜂蜜クレープ美味しかったけどなぁ……」

 そういや春日さんは序盤に園芸科の蜂蜜クレープ食ったんだった。ハニードリンクも原液で買ったし。

 つまり、もういらんと言う事だ。買ってきたら有難く食べるだろうけども。

「まあ、おごりなら有難く頂こうか?」

「そうだね。好意は素直に受けなきゃね」

 と言う事におちついた。んじゃ昼飯の続きの戻るか。

「あ、いたいた。松田が多分ここだって言っていたからな」

 あん?と振り返ると……誰だっけこの人?見た事はあるんだが……

「球技大会でキノコのシチューをくれた造園科の人だね。あの時はありがとう。美味しかったよ」

 国枝君が幸いにも覚えていた。なので俺達もありがとうと辞儀をする。

「いやいや、いいって。あれは自己満みたいなもんだから。って訳で、今日も自己満だ。食ってくれ」

 ドカン、と置かれたのは、キノコ類と野菜、そして肉。だが、全部生だ。

「いや、これ貰っても……」

「なんで?バーベキュー嫌いなのか?」

「いやだから、そのコンロが無いから……」

「あるよ。レンタルだけど、タダで貸してやる」

 無料はいい。だけど非常に悪いだろ。

「いや、それは悪いだろ。お前等だって商売なんだし」

「まあ、そうだが、商売も兼ねてつうかな。炭だけ買ってくれりゃいいよ。400円。どう?」

 造園科って炭まで作ってんのか?だけど400円ならいいか。材料無料でコンロレンタルなら全然以上にお得だし。

「じゃあ、うん。炭を買うよ」

「まいどー。コンロ取って来るからちょっと待ってて」

 と言う事は、炭とコンロ両方持ってくると言う事だ。

「ちょっと待て。食材タダでコンロサービスな上、持つて来させるなんて真似はできない」

 そう言って立つ。せめて荷物くらい運ぼうって事だ。

「気にしなくていいよ。んなの気にするんだったら造園から他のもん買ってくれた方がいいかな?」

「解った。買おう」

「あ、いやいや、冗談だから。お前等かごもう買ってんじゃん?」

「いやいや、買う。だけど、せめて嵩張らないもんがいい。具体的には軽めのデザートみたいな」

 ストーブとか買ってもな。親父は喜びそうだけど。

「ああ、だったら校門から入ったところにある出店に、メープルシロップのプリンがあるから……だけど、無理する必要はねえぞ?」

「……私も行く」

 春日さんが立った。と言う事は食べると言う事だ。

「赤城にそれ俺達が買うってメール入れとく」

「……被ったら二つ食べなきゃいけないしね」

 そんな訳でピコピコと。

「マジで買ってくれんのか?いや、有難いけど、押し売りみたいな感じになっちゃったな……」

「炭を売りに来た時点で押し売りに近いだろ」

「あれはほら、食材提供するからって事でな」

 炭よりも食材の方が高いような気もするけども。まあ、好意と言う事で、有難く頂こう。

 で、春日さんと二人でそのプリンを買いに来た訳だが。

「すんげえ人だな……」

「……お昼だから混んでいるんだよ」

 見れば解るわそんな事。繁盛してプリン買えねーんじゃねーかって言いたいんだ。

「……まずは造園科の屋台を探そう?」

 小首を傾げてそう言われた。春日さんのその仕草を二人きりで見るのは久しぶりだな。

「だな。赤城からの返信で、フルーツゼリーとお茶買ったって言う話だから、それ以外でいいもんあったら買っていこう」

 こくんと頷いて件のプリンを探す。

「……緒方君」

 袖をちょいちょい引っ張られた。

「あったかプリン?」

「……いちご飴売ってる」

 ……売ってるな。食べたいのか?

「か、買うの?」

「……デザートになんないかな?と思って」

「飴はならないんじゃないかな……」

 普通の粒状の飴だったら食べながら歩いてもいいんだろうし、需要もあるが、これって串にささっている、お祭りとかでよく見るいちご飴だからなぁ……

 また物色すると、ちょいちょい袖を引っ張られた。

「プリンあったか?」

「……水ヨーヨー売ってる」

 ……売ってるな。デザートじゃないが、農業高校と全く関係ないが、売ってるな。

「ほ、欲しいの?」

「……大沢君が喜ぶかなぁ、と思って」

「あいつを喜ばせる必要は全くない」

 なんでヒロの為に水風船買わなくちゃいけねーんだよ。余計な出費過ぎるだろ。

 再び物色開始。またちょいちょいと袖を引っ張られた。

「今度は何だ?射的でもあったか?」

「……メープルプリンだって。あれじゃないかな?」

 ……今度はちゃんとあったようだな…造園科のノボリもあるし、間違いないだろ。

 なので並んでプリンゲット。一個100円、7つ買ったから700円だ。

「……他に何か買う?」

「う~ん……今のところはな……春日さん、なんか欲しいのある?」

 フルフルと首を横に振った。

「んじゃ帰るか」

「……お金、緒方君がみんな出したよね?」

 お財布を出そうとしたのを止めた俺。いいんだよ、炭は遥香が買ったんだし、ヒロはお握りの追加分出したしで、こういうのはそう言うもんだって事だ。

 戻ると、赤城もヒロも帰っていた。

「おう隆、遅かったな。つうかどこも混んでんな」

 おにぎりを頬張りながら。早速コンロで食材を焼いていた。

「よく火を起こせたな?」

「造園科の人がやってくれたんだよ。私達ってライターとか持ってないし」

 まさしくそうだな。じゃあとプリンを並べた。

 700円だが一割引きで630円。春日さんがかごを持って行ったからこその値引きだった。

 んで赤城はというと……

「……果物ゼリーのはずだが……」

 俺の目には、モモが丸ごとゼリーに浸っているようにしか見えないが……

「プラムゼリー、とか言うらしい。スモモを丸ごとゼリーに閉じ込めたんだな」

 スモモ!?桃かと思ったぞ!!でっかいだろそのスモモ!!

「スモモの旬は夏だった筈だけど?」

 波崎さんの疑問である。と言うか、夏が旬なんだと初めて知った。

「秋姫とか言う、晩生のスモモだそうだ」

「おう赤城、肉焼けたぞ。食え食え。国枝も食えよ」

 何故かヒロが率先して焼いて配っていた。こいつ、ひょっとして、自重しなきゃと今更気付いたか?

 食材を食べ尽くして、プラムゼリーもどうにか食べて、プリンも根性で片付けて。

 全員仰向けにぶっ倒れるのに、何の違和感もない腹の満タンさだった。

「……せめて片付けてから寝た方がいいんじゃないかな」

 春日さんだけは普通に動いて片づけをしていた。流石だ春日さん……

「ま、マジか……俺はゼリーの段階で限界に近かったのに……」

 赤城が戦慄を以て言う。この中で一番食べたのに動ける事にビビったって事だ。

「しかし、春日ちゃんの言う通りだな。女子一人にだけ片付けさせる訳にはいかねえ……」

 珍しくヒロが起き上がって動き出した。いつもなら全て任せるような奴なのに。やっぱり減量、と言うかウェイトは意識しているんだな。

 仕方がない、俺も根性で頑張るか。

「お、俺も……」

「お前は休んでろ。つうかお前男子の中で一番食ってねーのに、結構小食なんだな」

 起き上がるのも難儀していたような赤城にそう言った。この中で一番ガタイがあるのに、一番小食とはいったいどういう事だ?

 ともあれ片付け開始。ゴミ袋は造園科が炭を持ってきた時にサービスでくれたようなので非常に助かった。

 動くのに厳しかったが、どうにかこうにか片付けを終えた。

 そして終わったので遠慮せずにぶっ倒れた。腹厳しい時は寝てるに限る。

「いや~……今日は流石に食べすぎちゃったね」

 遥香、と言うか波崎さんも寝転んでるし、女子達も頑張ったと言う事だ。

「ヤマ農、つうか松田が絡んだ時はいつもそうだよな……うまいから食い過ぎちゃう」

「そうだね。夏のバーベキューも頑張ったよね。消費するのに」

 国枝君がお茶を飲みながら言う。夏のバーベキューは松田がメインで頑張ってくれたので、全部うまかったし。

「そう言えば、お前等って夏休み、松田と海にキャンプしたってな」

 赤城が話しに加わる。

「なんか向こうの学校とやり合ったらしいじゃねえか?」

 厳密には生霊とやり合ったのだが、そこは説明不要だ。

「そうだな。まあ、やり合ったと言うよりはお仕置きつうか」

 ヒロの弁に頷く。やり合ったと言うのなら、その後の朋美とだ。ミコちゃんたちとはやり『合って』無い。

「松田、やっぱつええだろ?」

「そういやお前って松田にパワーで負けたとか言ったよな。ガチではやってないんだ?」

「そうだ。勝負を申し込みたいところだったが、松田は堅気の部類だし、無茶はできねえ」

 堅気って。俺達ってその類に思われてんのか?普通高校生だ。

「あいつ、牧野をぶっ倒したからな。俺の獲物だったってのに……」

「大沢君とか生駒君が相手だったら絶対に病院に送っていたでしょ。松田君が相手で正解だよ」

 国枝君の弁である。松田は良識人だからそこまで追い込まなかっただけだ。と言うか、俺の周りって異常な奴ばっかだな。

「年末に南大洋と潮汐が白浜に喧嘩売りに来た事件か?」

 赤城の質問に頷く俺。

「松田はあの喧嘩で認められたようだな?」

「お前、何か勘違いしているようだけど、認めるも何も、松田は俺達の友達だ。喧嘩が強いとか関係ねーよ」

 別に俺達は喧嘩の強さで友達を選んじゃいない。俺に関しては赤坂君だって蟹江君だって友達なんだし。

 その旨を告げると頷いた。

「そうだって言っていたな。そんなくだらねえもんでダチを選ばねえって」

 松田も解っているからちゃんとフォローを入れたようだな。おかしな誤解は避けなければだ。

「あの時俺もいたら……」

「まあまあ戦力にはなっていただろうが、牧野相手じゃどうかな」

「……やっぱそいつって強いのか?」

「まあまあだな」

 一応まあまあの部類のは入るだろう。狭川よかちょっと下か?それこそ赤城を互角くらいじゃねえ?

「お前的に一番強かったのって誰だ?」

 質問してくるなぁ……こいつ喧嘩好きなのか?兵藤を紹介してやるから存分にやり合え。

「まあ、やっぱ的場だな」

「やっぱりそうか……現役時代、一回戦ってみたかったが」

「お前じゃ瞬殺だ」

「そ、そこまで開きがあるのか?」

 頷く。俺が勝ったのもまぐれだしな。

「お前は兵藤くらいだろ。多分」

「兵藤って言うと、連山工業の?」

「何なら戦ってみれば?あいつも喧嘩好きだから断らないと思うぞ」

 まあ、馴れ合いの喧嘩なんて勝敗はあってないもんだし。

「お前も隆とやったから解んだろうが、こいつ基準で考えるのはやめた方がいいぞ。強い、弱いの話じゃねえんだこいつは」

 ヒロがぶっ倒れながらも苦言を呈した。

「緒方を基準に考えるなって、どういう事だ?」

「勝敗は二の次だからだ。最悪ぶっ殺せばいいやって考えている奴だからな」

「だ、だけど、お前も緒方と互角とか言われている筈だろ?お前もそうなのか?」

「アホ、こいつが行きつくところまで行くのを力づくで止められるから互角とか言われてんだよ」

 そうだったの?今こいつが勝手に思いついただけじゃねーの?

「そ、そうなのか?」

「それはちょっと違うかな。緒方君は友達が止めたらやめるよ。互角はあまり関係ないと思うよ」

 国枝君の擁護である。その通りだ。遥香も麻美も身体張って止めてくれるんだから。

「だけど腕っぷしも考慮に入れねえとだろ。佐伯の時そうだっただろ」

 あれは麻美が止めてくれたようなもんだぞ言っておくけど。

「佐伯はどうでもいい。もう死んだからな」

「まあな。事故とは言え死んだもんには変わらねえ」

 事故じゃないが、赤城がいるからそれでいい。あの事情に巻き込むのは憚れる。

 それに、もうすぐ修旅だ。その時にケリがつく。

 今までの、繰り返しも含めて受けた借り、全部返してやるからな……

「随分おっかねえ顔になったが、どうした?」

 赤城に指摘されて慌てて表情を戻す。俺は顔に出やすいから注意が必要だってのに、すっかり油断してしまった。

 食休みは充分に取った。と言う事で、再び行動開始だ。

「つっても粗方見たが、どうする?ブラバン演奏でも聞くか?」

 ブラバン演奏聞いてもなぁ……

「後夜祭みたいのあるの?」

「外部は参加できねえけど、似たようなのはあると言っていた」

 じゃあ後夜祭までいる必要もないな。松田と話したかったが忙しそうだしなぁ…

「あれ?そう言えば倉敷さんと鮎川さんは?来たんだろヤマ農に」

「松田君、あの通り忙しいからね。いじけて帰ったようだよ」

 いじけんなよなぁ……忙しいっての解るだろうに。前からそう言っていたし。

「だけど、明日は代休で、松田君中心に農業科は動いていたようだから、労い休暇貰えたらしくってね、明日白浜に来るんだって」

「じゃあいじけなくてもいいだろ」

 平日とは言え遊びに来るんだから文句言うな。遠い山郷からわざわざ来てくれるだけでも有難いだろ。

「それはそれ、これはこれなんだよ。緒方君解ってないなぁ」

 波崎さんに呆れられた。解っていないか?そうなんだろう、女子が言うんだから間違いない。

 かといって反省も謝罪もしないがな!何が悪いのか解らんし。

「まあ、収穫体験まだあるから、そっち行ってみるか?」

「何の体験だ?」

「えっと、葡萄だと思った。参加費を払えば収穫分持って帰れる、だと思ったな」

 葡萄の持ち帰りは魅力だな。まずは行ってみようか。

 行ってみたら参加費1000円。ここでは家族連れが群がっている。

「おい、この混みよう、家族サービス中のお父さんの邪魔をしたくないが……」

「だよね。葡萄は美味しそうだけど……」

 葡萄はマジうまそうだった。あれ食いたい。今はいいけど。

「いらっしゃーい。あれ、緒方君じゃんか。槇原さんも」

 見た事がある女子が接客で出て来た。

「うん。だけど混んでいるしねぇ……」

 遥香が暗に入店を断る。

「あー、確かにね。今がピークで、落ち着くころにはいい葡萄は無いと思うよ。やるなら今。混んでいるのが嫌なら……」

 周りをきょろきょろして、遥香に耳打ちする女子。

「敷地から出るけど、あの山。ここから歩いて30分くらいかな?あそこに行けばいいよ」

「山?何があるの?」

「それは行ってのお楽しみ~」

 凄く含みのある顔で笑う。そんな顔されちゃ、俄然興味がわくだろ。

「よし、行こう。いいよなヒロ、国枝君?」

「お楽しみがあるんじゃ行くに決まってんだろ」

「だね。行ってみてがっかりもいと思うし」

 男子は決まりだ。女子はどうだ?

「徒歩30分が億劫だけど、行ってみようか」

 女子達も異論はないとの事。

「OKOK。じゃあ簡単に地図書くから待ってね」

 そう言ってメモ帳に簡単な地図を描いて渡して貰う。

「じゃあお気をつけて~」

 手をひらひらさせた。もう行けと言う事だ。じゃあ張り切ってハイキングと洒落込むか。

 地図によると、グランドを突っ切った先にある山の麓に行けとの印がある。

 まあ、貰った地図通りに進む。途中で格好の敷地から出てしまったが、それがゴールじゃない。まだまだ進む。

「も、もう30分すぎたんじゃない?」

 遥香が疲れたと暗に言ってきた。しかし、まだ25分くらいだ。30分まで5分ある。

「もうへばったの?だらしないなぁ」

「……遥香ちゃんもバイトで脚力を鍛えた方がいいよ」

「バイトで鍛えるの!?ジョギングでいいんじゃ!?」

「……所詮ジョギングは趣味の領域。バイトならば責任もある」

「そうそう。より集中できると言うかね」

 バイト組の共通の認識のようだ。因みに俺はさっぱり解らん。

「着いたぞ。多分ここだ」

 赤城の脚が止まった、本当に山の麓。ヤマ農の生徒がちらほらいるが……

「なんだここ?収穫体験の代わりのはずだが……」

「解らねえからあいつらに聞いた方がいいな」

 なので生徒たちに突貫したこいつ等ジャージ着てただ休んでいるように思うが……

「あの、収穫体験の代わりでここに行け、と言われたんだけど」

 メガネの男子に地図を見せると、不敵に笑った。

「『裏』収穫体験にようこそ」

 男子5人、なんか謎のポーズで歓迎してくれた。戦隊ものでよく見るポーズだった。

「裏?」

 そんな謎ポーズに突っ込むことなく訊ねた。

「ここは収穫体験にあぶれた人達の為の、野生の収穫体験所さ!!」

 メガネ男子のメガネが光った。不敵な笑みはそのまんまで。

「野生って……?」

「見た方が早いよ。7名様、お通ししまーす!!」

「「「おおおー!!!」

 背中を押されて山の中に。ちょっととか、待ってとか言ったが全く聞いて貰えず。

 諦めて案内に従う事暫し、脚が止まったのは、なんかのフェンス。

「水道局のタンクがこの中にあるんだけど、当たり前だけど立ち入りできない」

「そうだろうけど、だったら何でここに来た?」

「用事があるのはタンクじゃない、このフェンスだからさ」

 バーン!と効果音が聞こえてきそうなほどに、そのフェンスに指差した。

「手入れしてないようだけど……蔓まみれだぞ?」

「よっく見てごらん!!」

 言われてよっく見た。蔓になんかの実が生っている?

「これってアケビかい?」

 国枝君が発した。アケビだと?

「その通り!!日本各地に自生する、野趣溢れる果実!!アケビさ!!」

 おお!!アケビってこう生っているのか!!道の駅とかでしか見た事ないからな!!

「こ、こんなに生っているの?手入れもしてい無さそうなのに?」

「アケビは強いからね!!さあ、たくさん採ってお土産にしてくれ!!」

 しかも取り放題かよ!!そんな事したら、来年の分が無くなるんじゃ!?

「アケビはここだけに非ずだ!!もうちょっと進めば山葡萄もあるぞ!!」

「ど、どっちも取っていいのか!?」

 ヒロの質問に頷く。ヤマ農のメガネ男子。

「制限時間は30分!!時間いっぱい頑張って!!」

 おお!!と拳を掲げる俺達。野生の果実を取りつくすぞ!!

「よし、俺は山葡萄を採る!!隆と国枝はアケビだ!!」

 なんかヒロが指示を出す。まあ、それでもいいかと国枝君と顔を見合わせて頷いた。

「そう言えば、かご買っている人三人いるね。仕方がない、とっておきを出そう!」

 そう言ってポーチから何かを取り出す。

「なんだこの緑の玉?」

 なんかドングリくらいの実だけど……

「これはサルナシと言って、野生のキウイみたいなものさ!!かご持ちが三人いるんだったら、これも含めて手分けして探せば、なんと三種の野生の果実が手に入るって寸法さ!!」

 おおー!!と感嘆の声を上げる俺達。しかし、しかしだ。

「俺達って山葡萄が生えている木も、そのサルナシが生えている木も知らないんだけど……」

「何のために我々が5人いると思っているんだい?」

 メガネのブリッジを持ち上げて、不敵に笑う!!頼もしい!!かっこいい!!

「じゃあ国枝君と春日さんはアケビを。赤城、お前も手伝ってくれ」

「あ、おう」

「俺と遥香はサルナシに向かう。ヒロは山葡萄だ」

「おう!任せろ!ちゃんと人数分ゲットしてくるぜ!」

「よし、時間も惜しい。メガネの君、案内頼むぜ」

「ふふん。僕を指名とは、流石噂に名高い緒方隆、実に見る目がある」

 やはり眼鏡を持ち上げて得意げに言うが、君が俺の隣にいたから指名したまでに過ぎないんだが。

 ともあれ、メガネ男子について行く。山道だから歩きにくいが、遥香は案の定遅れるが、メガネ男子もヤマ農の生徒。体力がすげーぜ。斜面なんかものともしない。

 漸くついたらしい。メガネ男子が止まったからだ。

「この木だよ。よっく見てごらん。サルナシがいっぱい実っているだろう?」

 よっく見たら、成程、確かに沢山実っている。緑だけじゃなく、紫っぽい実も生っている。

「あれもサルナシ?」

「そうだよ。みんなで分ける分沢山取って!!」

 そうしたいが、サルナシってのは蔓なんだな。木に巻き付いていて、収穫が……

「……あの高い所は無理だよね」

 遥香が言う通り、三メートルくらい上の方にたわわに実っていた。あれは無理だろ。

「まあ……手の届く範囲で……」

 仕方がないからそうしようとしたところ――

「蔓事引っ張って取ればいいよ」

「え?蔓事収穫って事?」

 頷く眼鏡男子だが……

「ら、来年収穫できないんじゃ?」

 言うなれば根こそぎ取るって事になるのでは……

「そもそも、サルナシもヤマブドウもアケビも蔓から生るんだけど、さっきのように金網に巻き付いているんだったらともかく、木に巻き付いているんだったら撤去しなきゃいけないからね。そうしないと木が死んじゃうから」

 そ、そうなの?と言うか蔓程度で木が死んじゃうのか?」

「ここは持ち主が放置しているから別に木は死んでもいいんだろうけど、学校で許可を得て借りているからね。手入れはしないと」

「ヤマ農で山を借りてんの!?」

「そうだよ。主に栗の木の為だけどね」

 栗の木は見ていないが、成程、勉強のために育てているから借りたって事なのか。それにしても、山まで借りて実習するとは、農業高校半端ねえな……

 ともあれ収穫開始だ。低いところ、と言うか手の届くところは遥香が採り、俺は蔓を力任せに引っ張って……

「切れねえ!?」

 馬鹿な!?俺のMAX馬力を以てしても切れないとは!!

「力任せに引っ張っても切れないよ。この蔓は加工品としても使える程丈夫なんだ」

「え?じゃあどうすんの!?」

 さっき引っ張って取ればいいとか言ったじゃんか!?

 メガネ君、取り出したるは、鉈。それで蔓を切る。

「はい、引っ張って」

 だから俺のMAXでも無理だってうお!?

 抵抗がめちゃくちゃかかったが、さっきより簡単に引っ張れた!?

「絡んでいる蔓、だからね。糸も絡んだ場所を切ればいいだろ」

「言わんとしている事は解ったけど、なんか騙されたような気分だな……」

 鉈なんか持ってきてねーもの。メガネ君が使ったから引っ張れたんだもの。

 俺達が収穫しているさなか、メガネ君が蔓を収穫していた。

「何かに使うの?」

「サルナシの蔓はかんじきに使えるからね」

 かんじきってなんだ?

「かんじきとは、雪の上を歩くためのものだよ。靴に履かせて雪に沈まないようにするんだ」

「そんなものまで作っているのか……」

 改めて、農業高校半端ねえ。マジで職業訓練だよこの学校。意外とあこがれるなぁ……

 時間ですと言われて手を止める。意外と採れたな。四組で山分けする分には充分だ。

 なので満足して下山。ヒロたちも終わって待っていた。

「お、隆、採れたかよ」

「ああ、うん。こんな感じ」

 見せると、おお~、との感嘆の声。

「ヤマブドウも一杯取れたよ。だけどもうちょっと待たなきゃいけないんだって」

 波崎さんが破顔してそう言う。まだ熟していないって事か。

「……アケビは食べてもいいって」

 そうなると、サルナシはどうだ?

「サルナシも食べてもいいよ。多分」

「多分って……」

 まあ、食べてから少し日にちを置くか考えよう。

「じゃあこれで収穫体験(裏)は終わりです。お疲れさんでした!!」

「お疲れさんっした!!」

 なんか最後にお辞儀をして終わった。いや、マジで畑で採るよりもいい経験をした。これで俺もアウトドアで活躍できそうだ。

 そんな訳で一旦校舎に戻る。

「これで粗方終わったが、まだ見たいのがあるか?」

 赤城がそう尋ねて来た。もう充分だろと言う事で、全員首を横に振る。

「そうか。じゃあこれで終わりだ」

「サンキューな赤城。あ、さっき採ったの分けよう」

「いや、俺はいい。お前等で分けろ」

 それは申し訳ないような気分だな。じゃあなんかないかな……

「いいから気にすんな。俺って実はアケビとかそんなに好きじゃねえんだ」

「そ、そうか?」

「おう、じゃあここでお別れだ。じゃあな」

 ちゃんとお礼を言って別れた。案内助かったぜ赤城。またなんかあったら頼むな。

 さて、帰ろうかと思ったが、思わぬアクシデントが。

「かご買ったけど持って帰れないんじゃない?」

 バイクで来たので、更に言えば後ろに女子を乗せて来たので、かごを持って帰るスペースがない。

「……問題ない。かごを背負えば」

 そう言ってかごを背負った春日さん。成程、一応は持って帰れるが……

「恥ずかしくねえか、それ」

 ヒロの言った事が真意だろう。かごを背負って帰るなんて真似。恥ずかしいんじゃねえの?女子なら。

「そうだけど、折角買ったんだし、持って帰りたい」

 波崎さんも背負う覚悟のようだ。

「あはは~。私はリュックもあるから、これをかごに入れて、こうやって……」

 シートの端っこギリギリにロープでかごを固定。

「それじゃ、乗って帰れないじゃない?」

「そんな事ないよ。ちょっと前に詰めてもらって、可能な限り密着すれば」

 そう言って実演する遥香。密着具合がパねえことになった!!

「……成程。私もそうする。いい?国枝君?」

「勿論。折角買ったんだし、アケビとかもあるしね」

 国枝君が窮屈なれど、問題ないと。

「な、波崎!俺も問題ないぜ!」

「私が問題ありまくりなんだけど……」

 超密着に頷けない波崎さんだった。まあ、そっちの事情はそっちで解決してくれ。俺はこれでいいや。

 なんだかんだ言って、波崎さんも結局その方式にした。かごを捨てるのはもったいないし、電車で帰るのもなんだかな、って感じで。

 そんな訳で、行よりも時間が掛かったが、どうにかこうにか帰宅。何故か遥香もついてきた。

「送ってやるから帰ったらよかろうものだが」

 もう時間も時間だし。言っても晩飯は食わなかったけど。昼のダメージがデカくて。

「まあまあ、お土産を渡して、未来のお父様とお母様の喜ぶ顔が見たいだけですよ」

 そう言いながら俺より先に家に入って行った。馴染み過ぎを超えているような気がする。

 そして荷物は俺が持つ、と。

「ただいま~」

 誰も出迎えてくれず。と言うか居間から笑い声がする。遥香が来たからテンションが上がったんだろう。この頃忙しくて来れなくなったから。

 ともあれ、俺も居間に。かごを持って。

「ただいま。お袋、これ土産だ」

 かごを渡したら、意外と嬉しそうな顔。

「隆にしては気が利いたわね~」

 だが口から出た言葉には感謝の念は無かった。

「あとはこれ」

 袋をひっくり返してアケビと山ブドウ、サルナシを出す。

「アケビか。珍しな」

 親父が意外と嬉しそうだった。こんなの好きだったっけ?

「遥香に半分渡して。向こうにもお土産渡さなきゃだから」

「そうだな。母さん、いい紙袋」

「そこで見栄張っても仕方がないだろ……」

 いい紙袋に入っていようが、しょせんはただのもんだぞ。向こうも承知だろうよ。

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