年末~008

 そんな玉内の背中を押して松田達の輪の中に無理やり入れる。

「松田、麻美、こいつが対抗戦で知り合った、元潮汐の玉内」

 何となく辞儀をする玉内に、松田が慄いて身を反らした。

「なんだ?」

 超小声で耳打ちする松田。

「なんだ?じゃねえよ。潮汐って言ったら洒落なんねえ連中ばっかの所だろ?しかも『元』だったら辞めたって事だ。そんな学校を辞めるって言えば…」

 ああ、とんでもない糞だと誤解されたのか。それは玉内が可哀想だ。なのでちゃんと訂正する。

「先輩相手に一人で暴れて校舎をぶっ壊した程度の事しかしてないから」

「充分以上だろ…だけど、お前が連れて来たって事は、改心したのか…?」

 そう。改心したのだ。だから糞じゃない。女子達も結構ビビって引いている強面だが、そんなに脅えないでやって欲しい。

「ああ、君が玉内君ね。ボクシング歴短いのに、馬鹿隆と互角の試合したんでしょ?観たかったなぁ」

「馬鹿隆ってなんだ!?お前本気で酷いだろ!!この台詞何回言わせんだ!!」

「マジで!?緒方と互角!?」

 更に慄く松田。だが、玉内はいやいやと首を振る。

「互角に見えただけで、内容は完全に劣っているよ。俺はやっぱ緒方よりもキャリアが短いから、テクが追い付かなかったって言うか。スパーでKO負けまでしたんだしな。だけど、今度は負けないからよ」

 見た目あっち系の奴だが、更生した事はこの台詞からも伝わったようで、女子達の間に安堵の空気が流れた。

 素直に負けを認められるスポーツマンは好感度が高いのだ。

 そんな中、生駒と楠木さんが到着。その後ろに藍色コスの子の姿も見える。

「よう生駒、楠木さん。バイト大丈夫だったんだな。良かった」

「大丈夫にして貰ったんだよ。クリスマスもバイトしてたんだから」

 にしし、と笑う楠木さんだった。

「そうそう。彼氏持ちはクリスマスは休みたがるしね。その日に出たんだから、融通がかなり利いたって訳」

 その楠木さんの肩に乗って顔を覗かせる藍色コス。

「そうなんだ。つか、俺って君の名前、知らなかったんだよな。なんて名前?」

「ああ、お店ではよく話しているけど、緒方君達とそう言う話はした事が無かったもんね。高岡たかおか 伊織いおり。よろしくね」

 高岡伊織さんと仰るのか。この子とは親密にならんとな。よしこちゃんと接点を持つために。

 利用している感はパネエが、心が凄く痛むが、先ずは普通の友達になって…

「伊織はね、海浜の生徒なんだよ。頭良さ気っしょ?」

 その高岡さんに凭れかかってのドヤ顔だった。楠木さんは海浜関係ないだろうに。

「知っているけど…参加するって話を聞いたから、同級生の男子、一人手配して貰ったんだから…」

「おりょ?そうだっけ?その海浜男子は?」

「まだ来てないみたいだね。あいつ、緒方君の集まりに興味バリバリだったから即答だったのに、何やってんだろ?」

 周りを見ながら確認するように。

 つか、俺の集まりに興味バリバリ?まさか真鍋君じゃねーだろうな…

 恐る恐る訊ねてみる。

「あの…その彼の名前は?」

 真鍋とか言わないよな?な?なな?

「植木って言うんだよ。強者に憧れる中二病」

 植木君と仰るのか…ホッとした。物凄く。

「適当に座ってもいいんだろ?」

 生駒が訊ねたので頷いた。

「適当でいいよ。つか、俺幹事じゃねーのに、何で俺が仕切る形になってんだ?」

「幹事が槙原さんだからだ。だったら緒方が協力しなきゃ」

 笑いながら席に荷物を置いて、楠木さんと高岡さんを座らせて俺の元に戻って来た。

「座って待っててもいいんだが…」

「いや、大沢達も立って話しているんだから、俺もそうしようかと…」

 野郎共の雑談に混じりたいって事?俺はいいけど。

「生駒、久し振りだな」

「大雅、玉内も。あの時以来だな」

 和気藹々って訳じゃないが、野郎共が固まって話し出す。松田がちょっと居心地が悪そうだが、お前も友達なんだから遠慮すんな。

 そんな折、対馬達到着。俺達の姿を発見して近寄ってくる。

「おう緒方、松田も。久し振りだな…うん?」

 大雅と玉内を見て誰だって視線を俺に向けた。

「南海の大雅と元潮汐の玉内だ」

「南海の…猪原って奴の後輩か?で、潮汐って所の?」

「玉内だ。『元』だよ。よろしく」

 玉内がぎこちなく握手を求める。その手を取った対馬がギョッとした。

「なんだこの拳…すげえ鍛えてんな……」

 それはまさしく驚愕だった。さっきまで普通に接していたのが、及び腰に成程。

 そんな対馬の肩をちょいちょい叩いて松田が振り向かせる。

「さっき聞いたけど、こいつ、『元』潮汐なんだよ」

「え?そう言っていただろ?」

 今更?と返されるが、言いたい所はそこじゃない。

「大洋の潮汐高校と言えば、まともな奴は一人も居ないって言われている学校だ。お前に解りやすく言うと、西高の強化版って感じだ」

 背景にビックリマークを出現させた対馬。しかも沢山。

「そんな学校で『元』なんだ。緒方から聞いたけど、校舎をぶっ壊して先輩相手に一人で暴れていたらしい」

 対馬が生まれたての小鹿のように震えた。玉内、なんか申し訳なさそうな顔になる。

「緒方、俺、やっぱり来ない方が良かったんじゃ…」

「何言ってんだ。俺の友達だろうが。親睦会だから誘ったんだろうが」

 だから来ない方が良かったなんて言うんじゃない。俺は来てくれた方が嬉しいんだから。

「まあ、過去はそうでも今は違う。ただのボクシングに励む夢追い人だ」

 そう、ヒロが横から加わる。

「俺が言うのも何だけど、そうだな。立派に更生したスポーツマンだよ。だから緒方が誘ったんだ」

 生駒の言う通り、俺は糞は誘わない。寧ろぶち砕く。玉内は糞じゃないから誘った。友達だから誘っただけなのだ。

 松田も加わる。

「緒方ってこいつに勝ったんだって。ボクシングの試合で。まあ、俺もビビったけど、緒方のダチなんだから、そんな脅えなくてもいいだろ」

「いや、お前が余計な事言ったからだろうが」

 手の甲で松田の胸を叩く俺。突っ込みって奴だ。

「いや、なんだかんだ言って、お前が一番おっかねえんだなって、改めて思っただけだ」

 松田の真意に全員笑った。朗らかに。

 俺の心は傷ついたが、玉内も笑ったのだから、まあいい。

「お、おう、そうだな。玉内だっけ?緒方と試合したんだろ?こいつ、やっぱり狂っていただろ?」

 気を取り直して対馬が質問をした。

「狂って…まあ、そうだな。オープンガードで突っ込んでくる奴、少なくとも俺のジムにはいないし」

「俺も緒方の喧嘩、初めて見た時、こいつだけは絶対に敵にしちゃいけねえって思ったよ。河内が止めなきゃ、間違いなく殴り殺していたな」

「ああ、佐伯さんの時か?俺も気絶したしなぁ…」

 俺の狂人談議で盛り上がるな。傷付くから。

「馬鹿お前等、これでも大分マシになったんだぞ。少し前まで見たら殺していたんだぞ」

「そうそう、大沢と私が止めなきゃ、絶対数人殺していたよ」

 お前等もディスるんじゃねーよ。真実だけども。

 木村と黒木さんも到着。何故か水戸も。

「おう、緒方。やっぱ結構な人数だな」

 黒木さんが絡んでいる腕を鬱陶しそうに跳ね除けながら俺にそう言う。

「まだ来るらしいぞ。最初の予定よりも増えるようだ」

「遥香は?まだ来てないの?」

 キョロキョロと、途中目があった楠木さんに手を振りながら。

「まだ来てないな」

「つうか緒方君、野郎どもと固まって話してんじゃねーよ。今日は楽しい親睦会なんだろ?」

 そう言って女子達(ヤマ農の女子は初顔らしい)にだらしない笑顔を向けながら言った。

「おう水戸」

「うん?対馬かよ。お前も来たのかよ」

 初見の時は険悪だったが、和気藹々とまでは言わなくても普通に会話し出した。

「綾子、適当にしてろ。俺はちょっと緒方と話しするからよ」

「え?うん。じゃあ美咲の所…あ、倉敷さん、やっほー。あーあさみん」

 うん。黒木さんはほっといても楽しそうだな。良かった。

 そして部屋の隅っこで男子が固まる。なんでバラけないんだ?立ち話よりも座った方が良かろうものだが。

「やっと解放されたぜ…」

 げんなりしてコートを脱ぐ。こっちに来たのは黒木さんから逃れる為か…

「木村君、そんなに邪険にする事でもねえだろ?黒木ちゃんも寂しんだよ」

「毎日ラインは来るわ、返事しねえと電話来るわ、部活がねえ日は絶対に拘束されるわで、寂しがらせる要因が見当たらねえんだがな」

 木村の苦労に水戸、それ以上何も言えず。寧ろ項垂れて「ごめん」とか言った。

「大雅、玉内も、わざわざ隣の県からよく来たな」

「いや、さゆが発起人みたいなものだからな」

「緒方に無理やり…」

 まあ、玉内は零してもいい。実際ほぼ無理やり呼んだんだし。

「木村君、こいつは?大雅君は一回会ったから知ってっけど」

 親指を玉内に向けながら訊ねた。

「こいつは玉内。元潮汐だ。ボクシングの試合で緒方と互角に殴り合った奴だ」

 水戸が真っ青になって親指を引っ込めた。解りやすいな、こいつも。

「だから、互角に見えるようで、内容は負けていたから…つか、緒方、お前マジでなにしたんだ!?何でみんなお前基準で計るんだ!?」

「だから、こいつ見たら殺すんだって言っただろ」

「ああ、猪原さんをやった時も、南海生全員と戦おうとしたもんな…大沢の言葉は本気で説得力がある」

 お前等も相変わらず便乗すんなよ。南海は俺は悪くないだろ。だから引き合いに出すな。

 なんやかんや雑談していると、遥香登場。

 入り口でみんなの視線が向いている中、コートを脱ぐ。

 男子全員「おお~…」と漏らした。ミニスカサンタコス。胸元がばっちり強調されている。

「お前、それは攻めすぎだ!」

 慌てて駆けよってスケベ野郎共の視線をデフィンスする俺、反復横跳び状態になった。

「折角の親睦会。クリパも兼ねている親睦会。男子たちにちょっとしたプレゼントですよダーリン」

 プレゼントって、奮発し過ぎだろ!!

「勿論ダーリンには全裸をプレする事も吝かじゃないけど。寧ろ希望だけど」

「お前にプレゼントやっている形になってねーかそれ!?」

 まあまあといって周りを見る。

「まだ来ていない人もいるようだね?」

「あー。河内も来ねーし、海浜の何とか君も来ねーし」

 横井さんをチラ見する。スマホを弄って険しい顔だが…

「どうしたんだ横井さん?」

「ああ、河内君が来ないからメールや電話しているんだけれど、出ないのよ」

 何やってんだろうなあいつ?楽しみにしていた筈だけど。

「植木はちょっと遅れるって、今連絡が入ったよ」

 海浜の彼のように、遅れるのなら連絡の一つでも寄越したら良かろうものだが。

「ごめん、ちょっと遅れた」

 国枝君と春日さん、登場。これで河内と植木君以外、全員揃った事になる。

 俺は国枝君と春日さんを呼んで、大雅と玉内を紹介した。

「宜しく、大雅君、玉内君」

 普通にフレンドリーに挨拶する国枝君を見て、驚愕を隠せない対馬と水戸。

 お前等は評判だけで決めつけるからビビったんだろうが、国枝君は『俺の友達』だって事を知っているんだ。だから普通に接するのは当たり前だ。

 そして春日さんを連れて橋本さんの元に行く。

「春日さん、彼女が内湾女子の橋本さんだよ」

 深々とお辞儀をする春日さん。

「……私の為に頑張ってくれて、ありがとう」

「いやいや、結局何も出来なかったんだから。畏まられても逆に困るよ」

 手をパタパタしてやめてアピール。

 確かに須藤真澄は四国に引っ越した。よって橋本さんは殆ど仕事をしていない。

 だけど、橋本さんは覚悟を決めて須藤真澄を探っていたのだ。それが嬉しかったからお礼を言うのは当然なのだ。

「ところで、河内君はどうしたんだい?」

 この場に居て当然の筈の河内の姿が無いので、訊ねて来る。

「さっきから横井さんだ連絡しているんだけど、返事来ないみたい」

「え?河内君が横井さんの連絡に返事をしないなんて、何かとんでもない事が起こってないかい?」

 目を剥いて驚く国枝君。だが、言われてみればその通り。

 河内が横井さんの連絡に返事をしないとか、あり得ない。

 大体、この親睦会はクリパも兼ねている。何故兼ねたかと言うと、横井さんがこれをクリスマスにすると河内に言ったからだ。

 だからプレゼント交換もする事になった。横井さんは別口でちゃんと河内にプレゼントを用意しているだろうけど、これは紛れもない事実。

 そして事実故に河内も楽しみにしていた。不満も沢山だろうが、それでも楽しみにしていた。

 その河内がなぜ来ない?いや、遅れている可能性も否めないが、何故連絡に返事を返さない?

「……さっき緒方にチラッと言ったんだけど、三上達からおもしろい話が聞けたからって」

 松田が唐突に話題を変える。今はそれどころじゃないんだが…

「三上のツレに大洋の奴がいるんだけど、そいつ、家が潮汐の方なんだよ。で、そのツレが潮汐に通っている奴とダチで…」

 全員に緊張が走った。面白い話しじゃなく、物騒な話になると予想して。

「年末に白浜に攻撃を仕掛けるとか何とか言っていたって。だけど潮汐っていや、日常にそんな事言う奴等ばっかりだろ?面白半分…つか、冗談で聞いただけだから、それ以上の事は解らねえらしい」

 玉内に目を向ける俺。頷いて口を開く。

「潮汐は毎日そんな会話ばっかりだ。南海をやるとか、深海を潰すとか。で、人数をちょくちょく集めるんだが、実行はした事は無い」

「なんで実行しねえ?」

 木村の質問。俺もそう思う。やればいい。危ない学校なんだろ?

「単純に猪原が居たからだ。今は引退したから打って出てもおかしくはない」

「だけど、なんで白浜だ?南海が最初じゃねえのか?」

 ヒロの質問。俺もそう思う。最初は南海だろ?なんで白浜?

「白浜を潰せば敵はいなくなるからな。南海も楽に取れる。だから奇襲の意味合いなんだろうが…」

 此処で考えた玉内。

「何か疑問があるのか?」

「…潮汐はクズばっかで洒落になんねえ連中の集まりだが、明確な頭ってのがいない。要するにバラバラだ。結託して白浜を襲うなんて真似は出来ない」

「そうか…やっぱ取り越し苦労かな」

 安心したように頷いた松田。そんな学校だから警戒するのは悪く無い話しだ。

「…これはまだ誰にも言っていなかったんだけど、牧野、潮汐と手を組んだんだよ」

 ここで大雅の爆弾発言。ぶっちゃけ牧野程度なんか知ったこっちゃねーけど、ヒロと生駒は違う。あから様に殺気立った。

 更に大雅が続ける。

「潮汐の二年に新田って奴がいるんだが、そいつは牧野と同じ中学。当然内海の事も知っている。そいつと手を組んだとか」

 生駒と玉内に目を向ける俺。

「…新田は確かに潮汐だ。人数も結構持っていたような気がする。手を組んだとの確証は、もう牧野はジムを辞めたから、確かめる術はないが」

「新田って奴の事は知らないけど、牧野の仲間なら俺がやるよ」

 生駒は相変わらずブレが無くて何よりだ。

 つか、そんな事はどうでもいい。いや、よくないが、脇に置いとく。

「それも重要だが、河内に連絡が取れないのがおかしいって事だろ?」

「いや、潮汐と狭川、つうか、悪鬼羅網が手を組んだって話がある。松田はその事を言いたいんだろ」

 木村の弁に頷く松田。

「河内は確かに強いんだろうが、大人数の奇襲を受けたら流石に…」

 もう、居ても立っても居られず、スマホを出して河内にコール。

 しかし、出ない。あの野郎、一体何してやがるんだ……

「ダーリン、みんな揃っていないけど、そろそろ時間だから…」

 俺達の尋常じゃ無い気配を察しながらも、親睦会と銘打っている集まり。ゴタゴタに関係しない人達も大勢居る。そんな事情で遥香が寄って来た。

「……まずは親睦会をやろう。ただの遅刻なら、あいつのこった、罰が悪そうなツラしながらも入って来るだろ」

 木村の提案に頷く俺達。今は関係ない人の為にも不穏な空気を出しちゃいけない…


 そして親睦会開始。河内の海浜の植木君は遅れるから始めちゃおうって事で、自己紹介から。

 その間料理が運ばれてきて、みんな適当に話して、飲んで騒いで…

 女子は楽しく騒いでいた。横井さんは除くが。隙を見てスマホを弄っている事から、ラインかメールを送っていると思われる。

 男子はやっぱり不穏な空気を感じながら、それでもがんばって騒いだ。先述の通り、関係ない女子を不愉快にさせる訳にはいかないから。

 そして中盤、プレゼント交換の最中、ドアが開いた。河内か?と思い、全員入口を見た。

「ご、ごめん、遅くなっちゃった」

 そいつは見た事が無い男子。全員『誰だこいつ?』視線を送った。

 立ち上がったのは高岡さん。ちょっと怒った感じでその彼に向かう。

「何やってんのよ。アンタが来たいって言ったんでしょ?」

 ああ、海浜の植木君か…

 全員脱力して腰を降ろした。横井さんも。

「ご、ごめん。ちょっと長引いちゃって…皆さん、初めまして。海浜高校一年、植木です」

 ぺこりをお辞儀をして、自己紹介完了。俺は拍手を以て出迎えた。みんなもそれに倣う。

「植木君。丁度今プレゼント交換をしていた最中なんだ。良かったら君のも…?」

 顔を上げた植木君。その顔を見て俺は強張った、明らかに殴られた跡があったから。

「ど、どうしたんだそのほっぺた?誰かに殴られたようだけど」

「あ、いえ、大丈夫です」

 愛想笑いしてほっぺたを隠す。だが、俺はそれを拒んだ。植木君の手を取って再度訊ねた。

「誰にやられた?」

 木村も水戸に視線を送った。西高だったら制裁しようって事だろう。

 植木君は言いあぐねて、だけど諦めたように口を開いた。

「西白浜駅に、多分市外の高校生が沢山来ていて…そこでちょっと…」

「なんで市外の奴等だと思った?」

 木村が俺の横に並んで問う。植木君、ビビって後退りしながらも言う。

「えっと、西高生や東工生も殴られていたからです。西高生を知らないなんて、ここいらの学校じゃないと思うから…」

「水戸」

 水戸が頷いてラインをピコピコ。

「今ウチの連中に事実確認をさせている。植木と言ったか?何人くらい来ていた?」

「よく見ていないから解らないけど…10人以上はいました…」

「遥香、植木君に飲み物をやってくれ」

 言いながらドアに手を掛ける俺。

「どこ行くの?まさかそいつ等と戦おうとか思っていないよね?」

「その通りだ」

「顔も知らないのに、特定できるの?」

 全く以てその通りの事を言われた。糞に見える奴をぶち砕いて行けば、いつかは当たると思うが、そいつが西高生だったら木村に悪い。

「ちょっと落ち着いて。今調べてみるから。ね?」

「いや、そんな悠長な事をしている場合じゃねえ。西白浜に他所もんが大量に来て暴れているって状況だ」

「そうだな。大沢の言う通りだ。地元なら俺達の顔を知っているだろうから、向こうから避ける。避けないで喧嘩売ってきた奴を倒せばいい」

 ヒロと生駒も臨戦態勢。地元愛に溢れている訳じゃないが、厄介事は早々に潰した方がいいとの判断だろう。

「……植木君と言ったか。こいつの顔、その中にあったか?」

 大雅がスマホを滑らせる。それを見て頷く植木君。

「この人はいました」

「……そうか」

 神妙な顔になり、俺達の方を向く。

「牧野一派だ。多分潮汐も来ている」

 さっき松田が出した情報がビンゴだって事か!!玉内の仮説が見事に嵌ったか!!

「……木村君。やられたのは三年らしい」

 西高生が襲われたのもビンゴって事だ。だったらもう迷う必要はない。

「綾子。女共と此処で待ってろ。延長料金払っても待ってろ。緒方、玉内、お前等も留守番だ」

「え!?なんで!?」

 素で驚いた。俺が暴れなくてどうすると言うのだ?

「お前はやり過ぎる。今回は俺もお前の面倒は見切れねえ。玉内はボクサーだから喧嘩に混ざれない」

「練習生だからそこはいい…とは言えないが。その言葉に甘えるよ」

 玉内は真面目になって喧嘩はやめたから納得だが、俺はいいだろ。糞をぶち砕いてこその俺だろ?

 俺がそう言おうとした所を無視して、木村が水戸に指示を出す。

「水戸、集められるだけ集めろ」

「そっちは福岡に頼んだよ。だから俺も行ってもいいだろ?」

 頷く木村。ヒロと生駒に目配せをして。

「ちょっと待てよ。俺も行くぞ。東工生もやられたんだろ?ダチにも連絡しとく」

 対馬が前に出て主張する。

「お前って、いや、東工生って、別に同級生がやられても動かないよな?なんでいきなり学校愛に目覚めた?」

「い、いや、そうだけど、お前が東工代表っぽく見られるのに違和感があるっつうか…」

 生駒の突っ込みにバツが悪そうに返す対馬だった。つか、お前等はいいよ。行けるんだから。

「友好校の義理を通す為に、南海大雅派も当然同行する」

「友好校云々じゃないでしょーが。白浜で迷惑かけているの、牧野派なんだから、アンタが行かなくてどうすんの」

 勇んだ大雅に突っ込んだ橋本さん。大雅、みるみる小っちゃくなった。

「…俺も行く。大した力にはなれないだろうが、後ろ盾になって貰った借りがある」

 松田達ヤマ農も参戦すると。マジ俺も行きたいんだけど!!

「やっぱ俺も行くぞ。やり過ぎ?別にいいだろ。糞なんか死んでも」

「大雅、悪いが残ってこいつ見張ってくれ。動かねえように」

「お前もくんなと言うのかヒロ!?」

 ビックリだった。ヒロなら来いと何となく言ってくれるような気がしたから、裏切られた気分だった。

 そして男子全員出て行って、ポツンとカラオケに一人。

「一人じゃないでしょ。僕も居るんだから」

「いや、国枝君は荒事に向かないからそうだろ…」

「あ、あの、僕も居ますよ?」

「いや、植木君も荒事全般苦手でしょ?」

「俺もいるだろ?それで我慢しろよ」

「お前はボクシングに励んでいるから当たり前だ」

「じゃあ緒方君も行かなくて正解だろ。ボクシングに励んでいるんだから」

「ホントに残ったのか大雅…まあ、監視が無けりゃ、多分行く事になるんだけども」

 ちくしょう…白浜がピンチだってのに、何故俺だけぬくぬくと安全な場所に居るんだ?

「安全とかじゃなく、隆が来れば余計な気苦労が出来るからだよ」

「お前と言い遥香といい、なんで俺の心を悉く読める!?」

「いや…緒方君、表情に出過ぎでしょ…日向さんじゃなくても読めるよ…」

 え?橋本さんもそう思っちゃったの?

「そうそう。暴れられなくて残念じゃなく、安全な所で守られているようでバツが悪い、みたいな」

 倉敷さんですら見切ったのか!?俺ってホントに解りやすいんだなぁ…

 しかし、女子だけ(厳密には違うが)の場なのに、緊張感がパネエ。

 具多的には女子のほとんどがラインやメール、はたまた電話で情報を集めている。

「さゆ、やっぱ潮汐みたい。かなりの数が西白浜に来たみたいよ」

 長野の彼女だったっけ?が橋本さんにそう言った。青い顔で。

「かなりの数って?」

「そこまでは。だけど、新田も20くらいは直ぐに集められるよね。あと、多分伊藤とかも向かったって」

 俺は玉内に目を向ける。

「伊藤ってのは?」

「確か新田のダチだったような。数も一年が主体ながら20は直ぐに集まると思う」

 俺は感心して玉内に言う。

「よく名前を憶えているよな…」

「揉めた相手は普通覚えているだろ?」

「いや、俺はあの手の類はみんな同じ顔に見えるから、覚える気が無いし、実際覚えていないけど…」

「……俺もかなりやらかしたけど、お前はそれ以上みたいだな……」

 そもそもやらかしたって思ってないからな。糞だからぶっ叩いたみたいな。

「牧野一派と新田、伊藤か…下手すりゃ100越えるかも…」

 予想以上にデッカイ喧嘩になりそうだな…だけどこっちはホーム。西高だけでも押し切れると思うし、東工も多少やる奴が出てくる。数じゃ負ける筈は無い。

 質だって牧野が頭だ。あんな大した事が無い奴が頭なんだぞ?こっちは木村、ヒロ、生駒だぞ。ますます負けないな、これは。

 ……質?

 牧野はヒロにやられた。生駒は牧野の親友を殴り殺した。ならば牧野はこっちの質を知っている筈。

 それでも襲って来たのか?アウェイで数でも負けるってのに?

「……大雅、玉内、新田と伊藤ってどのくらい強い?」

「そうだな…牧野と同じくらいかな?」

「伊藤は潮汐内でもダチが多い奴だから、数を集める気になれば、雑魚なら揃えられるか?」

 じゃあ新田も伊藤も木村達には勝てない。牧野もそれを織り込み済み、数で押すって考えも勿論あるのだろうが、アウェイだってのを失念している筈がない。

「…横井さん、河内に連絡は取れたか?」

「まだ取れていないけれど…何だろう…とっても嫌な予感がする…」

 俺も同じだ。ひょっとして、まさか……

「遥香、的場に連絡したか?」

「うん。メールでだけど。まだ返事は来ていないよ」

「……的場に連絡したって事は、俺と同じ事を思ったって事だよな?」

 あからさまにしまった、って表情を作った遥香。やっぱそうか…

 俺はスマホを取り出してコールする。

 出ない。出ないが出るまでコールする。

 何十回コールしたのか。漸く繋がったのは的場のスマホ。

『……緒方か。どうした?』

「河内はどうした?入院したか?」

 訊ねたら殆ど全員立ち上がった。河内と言えば黒潮の頭。南海の友好校。そいつが入院とは穏やかには居られない。

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