年末~006

「……バイクは無理だな。的場さんに頼むか…」

「え?お前尊敬している先輩をパシらせんのか?」

 ヒロが超ビックリして突っ込んだ。そして俺も目を剥いた。まさかこいつの口からそんな甘えた言葉が出ようとは!

「金は取られるよ。普通に。そうだ、お前、単車買う事にしたのか?」

 運搬料は普通に取るのか。そりゃそうだ。的場は商売で運んでやるんだから、お金は必要だ。

「おう、親父が金出してくれるってよ」

 物凄いドヤ顔だった。それってスネカジリ全開で恥ずかしいんだぞ、普通は。

「そうか。そうなったか。じゃあ…」

 ピコピコとラインを打つ河内。何度かやり取りして、立ち上がって頷いた。

「よし、顔洗って出るか。お前等も付き合え」

 いきなり誘われてもだ。

「どこ行くってんだ?」

「喫茶店。モーニングあったからな。それ食いに行く」

 うん。食いに行けばいいよ。お前のお金だし。

「だけと付き合えないだろ。俺達朝飯食ったんだし」

「コーヒーくらい飲めよ」

 さっき一杯飲んだばっかなんだけど。食後のコーヒー的なアレで。

 その旨を伝えると、肩を落として嘆息しやがった。

「ダチの朝飯にも付き合わねえとか…お前等って本当に人でなしだよな…」

 何で喫茶店に付き合わないだけでそう言われなきゃいけないのだろうか?

「いや、そうだけどよ。俺普通に金ねえんだよ。クリスマスも近いし、親睦会もやるし、バイクも買うしで…」

 まあ、ヒロは本気でお金が無いからな。バイクの件で無駄使いは出来ない。

「500円くらいどうにかしろ」

「そりゃ、そんくらいは持っているけどよ…おい隆、どうする?」

「どうするも何も、俺は朝飯もコーヒーも飲んじゃったから行く気無いけど…」

「ダチの朝飯に付き合えねえ。そう言っているんだな?」

 やたらと凄まれた。そんな顔で睨まれても、本気で付き合う気はないんだけど。

 ……ん?ちょっと待てよ…

 俺はメールをピコピコする。速攻返事が来る。何度かやり取りして、大きく頷いた。

「よし、付き合おうか。だから顔洗って来いよ」

「そう来なくちゃな!流石狂犬緒方だ!」

 褒め言葉じゃない事を言いながら下に降りて行く。あいつ国語の点数悪いだろ、絶対に。

 ヒロが不安そうに訊ねて来た。

「おい、マジで喫茶店に行くのかよ?ホントに金使いたくねえんだけど…」

 それは俺も同感だ。基本的にあんまお金使わないんだから俺は。近頃は友達が増えて外食の機会が多くなったが、繰り返し中はホントにお金使わなかったんだし。

「しかし、付き合わないと面倒臭いだろ。あいつ」

「そうだけどよ…」

「安心しろ。懐ダメージを極限まで抑えるから」

「そんな事できんのか?」

 やはり不安そうなヒロだが、その時呼び鈴が鳴った。

「来た。あの馬鹿はまだ歯を磨いてんのか?」

「そのようだが、誰が来たんだよ?」

 ヒロの疑問を余所に、部屋に上がってくる軽快な足音が二つ。

 勝手に上がって来るんだったら呼び鈴いらねーじゃんとか思うが。

 そしてやはり軽快にドアが開く。

「おはよー彼氏」

「おはよー馬鹿」

「遥香は兎も角、お前は朝っぱらから酷いな!?」

 やって来たのは愛しの彼女と幼馴染。やはりヒロが怪訝な表情だった。

「隆、日向と槙原を呼んだのか?こいつ等に金出して貰おうと?」

「アホ言うな。いくらなんでもそんな真似するか。遥香はあの喫茶店の割引きチケ大量に持ってんだよ」

 あの財布にどれだけのクーポンが入っていると思ってんだ。お前が想像する以上だぞ、多分。

「そうそう。だから河内君の強引なお誘いでも対応できるよ」

「ついでに私も便乗したけどね。何なら河内君から奢って貰うのも悪くない」

 遥香は兎も角、やはり麻美は酷かった。河内にたかろうとするとは。

「終わったぞ。誰か来たのか…って、槙原と日向じゃねえか。そういや日向の家に泊まるっつったっけ?」

 呑気に河内が登場。お前に集ろうとした女がそこに居るけど。

「おはよう馬鹿」

「おはよう馬鹿」

「とんでもねえ挨拶だな!?誰が馬鹿だ!!」

「お前だ馬鹿」

「お前じゃねえかよ馬鹿」

「お前等もとんでもねえな!?」

 だって馬鹿だもん。だが、まあいいだろ。親しみを込めているし、黒潮の頭に気安くそう言えるのは俺達くらいのもんだろ。だからお前も咎めないで許しているんだろうに。

 自分に向かってそんな暴言吐くような奴、黒潮に居ないんだからな。

 ともあれ、物調ズラなれど、一応ながら質問する。

「朝っぱらからどうしたんだ?俺達これから喫茶店に行くんだけど?」

「それに付き合いに来たんだよ。なんでも無理やりお金を使わせようとする人が友達らしいんだよね」

「そうそう。隆と大沢に無理やりお金を使わせようとする人がいるようだからさ。じゃあ私達もって事で」

「緒方!!お前の彼女と幼馴染って俺を嫌いなのか!?言っている事は何となく解るが、繋がってねえんだけど!?」

 嫌いって事は無いと思うが、面白く思ってはいないんじゃないかな?

「嫌いな筈ないでしょ?横井を誰が連れて来たと思ってんの?」

「嫌いだったら的場さんに言うよ。嫌いな人と話なんかしないよ」

「お、おう、そうか……」

 なんか満更でもなさそうな顔になった。だけどちょっと待って欲しい。別に好きとも言っていない事も理解して欲しい。

「いいから行くぞ。お前飯食いたいんだろ」

「お、おう…」

 馬鹿は何となくの好意にも弱い。この様に何故かはにかんでいるのだから。

 で、喫茶店に到着。適当に座る。遥香は当然俺の隣だ。

「俺はモーニング。お前等は?」

 此処で遥香が財布をごそごそ。

「ブレンド半額チケあるよ」

「じゃあブレンド」

 当然全員ブレンドをオーダー、河内、微妙な表情になる。

「お前等だけ半額!?俺のモーニングは!?」

「いや、モーニング自体サービス品みたいな物だから、モーニングの割引チケットは無いんだよ」

「そ、そう言われりゃそうだけどよ…」

「モーニングの他に、河内君もブレンド頼めばいいよ。そうしたらブレンドの料金半額になるから」

「モーニングにブレンドついて来てんだろ…」

 いいじゃねーかよ、コーヒー二杯飲めば。そして腹カポカポになればいいさ。

「そろそろ注文しよう。マスターこっち見てるから」

「そうだね。河内君、どうする?ブレンドも頼む?」

「いや、いい…」

 そう言うしかねーよな。コーヒー二杯もいらねーよな。

 注文した品が来ても、河内がうるせーの何の。

「俺だけ全額…お前等半額…」

 本気でうるせーからヒロがキレた。

「うるせえなお前!!あんまうるせえと、そのゆで卵貰うぞ!!」

 キレた訳じゃ無かった。ゆで卵を奪おうとしているだけだった。

「お前もモーニング食えばいいだろうが?」

「隆ん家で朝飯ゴチになったんだよ。因みにおかずは竜田揚げだった。生駒が美味い美味い言ってお代わり三杯もしていたよな」

「おう。お袋が褒められて上機嫌になって、無理やりお代わり勧めていたんだけどな」

 おかげで俺の竜田揚げ、半分生駒に流れたと言うね。

「竜田揚げ?鶏か?」

「いや、マグロ」

「マグロかー…やっぱ起こして貰えば良かったなぁ…」

 なんか後悔してる河内だった。こいつマグロ好きだっけ?

「隆、お味噌汁はなんだったの?」

 なんか横から乗っかって来る幼馴染さん。一応ながら答える。

「しめじと油揚げ」

「シメジかー。朝ご飯食べに行けばよかったかなぁ…」

「お前そんなにきのこ好きじゃねーだろ!?」

 河内のパクリをして小馬鹿にしようって気概が窺える。ホント性格悪いな!

「ねえダーリン、おばさんにしてはおかず少なくない?マグロの竜田揚げ一品は珍しいよね?」

「おう。あと里芋の煮物。ヒロは里芋あんま好きじゃねーから除外したんだろ」

「里芋の煮物か…朝ごはん戴きに行けばよかったかな」

「お前も乗っかるんじゃねーよ!!河内項垂れて涙目になってんじゃねーか!!」

 ズーンとなって無言でトースト齧っていた。お前もそんな事でショック受けんじゃねーよ!!

「そうだぜ。あんま弄んなよ。因みに日向ん家の朝飯はなんだったんだ?」

「ウチはツナサンドとタマゴサンドだよ」

「サンドイッチか…日向ん家でゴチになれば良かったかな…」

「お前も便乗して弄るんじゃねーよ」

 いじけたのか、ゆで卵丸呑みしてやがるし。喉詰まるだろ、あれ。

「…まあいいよ。的場さんが来たらお前ん家に行くからな、大沢」

「は?何で的場が俺ん家に?」

「いいだろなんでも。とにかくそういう事だから」

 言い終えてソーセージを貪った。マジで何しに来るんだろうな?

 ともあれ、俺達もコーヒーの続きに戻った。喫茶店に来たんだからコーヒーを堪能しなくちゃだ。

 折角なので、昨日の話をする。

「川岸さん、深夜に俺の部屋覗いていた」

 固まったヒロと遥香と麻美。目を大きく見開いて、コーヒーカップを静かに置いた。

「……それ、マジ話か?」

「マジだ。俺はとっ捕まえてぶん殴ろうって言ったんだが、緒方が自白させて警察に突き出すとか言い出しやがってよ」

 面白く無さそうに言う河内。生駒もぶっ飛ばすのに賛成だったんだよな。

「それでどうしたの?」

 身を乗り出す麻美。目がもう怒っているんだけど。

「言い合いしている最中に帰った」

「追わなかったの?」

 若干咎めるように言うのは遥香。遥香的には俺にストーカーしたんだから、河内案に賛成なんだろう。

「うん。しらばっくれる可能性が高いし、何より川岸さんの目的は俺と話す事だ。目的を達成させるのも面白くないからな」

「…成程、追いかけるのに乗り気じゃ無かった、本当の理由はそれか」

 河内が感心した体で腕を組んで椅子に体重を預けた。

「お前と生駒だけならぶん殴っちゃうしな。そうなるとこっちが悪くなる。川岸さん相手では少しでも分が悪いようにはしたくないし。俺が完全被害者だってポジは揺るがしたくない」

 感心するように唸った麻美。お前がそんな表情をするのは珍しいな?

「隆の分際でいろいろ考えていたのには驚いた。馬鹿なりに頭使っているのに、酷く感心した」

「酷いのはお前だちくしょう!!」

 あまりの暴言に傷付いた。もう慣れちゃっているけども。

「まあまあ、でも隆君の考えは解るよ。今度家に来たら警察に其の儘通報したほうがいいよね」

「おう…今回は唐突過ぎて心の準備が無かったから、動画を撮る事もなかったが、今度は証拠を押さえて即通報だ」

 言ってもそんなに動揺はしなかったが。

「だけどよ、お前の話じゃ、須藤が似たような事やっていたんだよな?川岸は自主的に、それとも須藤から聞いて真似したのか?」

「大沢の言う通りだよね。朋美の真似なのか、それとも自分から考え付いたのか。この差は結構大きいと思うなぁ…」

 どうでもいい。ポリに付き出すんだから。必要なら自白するだろ。

 どうせなら庭に侵入して欲しかったな。ストーカーに加えて不法侵入のオマケ付きだ。刑罰も重くなるだろ。多分。

「今日も来るかな?」

「来たら通報するからどうでもいい」

 前回は朋美相手だから躊躇した感があるが、今回は違う。遠慮なく警察沙汰にしてやるよ。

 朋美が絡んでいたら、それはそれでラッキーになるんだ。それに…

「今回はどうした事か、前回よりも怖くない」

 俺の独り言に全員キョトンとした。いいんだ、前回の心情はお前等にはよく伝わらないんだから。

 その後、少し話した後、河内が「頃合いだから」と言って店を出た。

 何の頃合いかさっぱりだが、先ずは俺ん家に行くと言う。

「当然お前等も付いてくる、と」

 遥香と麻美を見てそう言った。逆に何言ってんの?って表情で返されたが。

「彼女が彼氏のお家に行くのは至極当然の事でしょ」

「馬鹿な幼馴染の家に行くのは常識じゃない?」

 遥香は兎も角、麻美はやっぱり酷かった。こいつ、俺をディスるのが趣味なんだ。

 バイトしようとして履歴書を書く時、趣味の欄に『幼馴染を精神的に追い込む事』と記すくらい、俺をディスるのが趣味なんだ。

「なんで項垂れてんの?頭空っぽだから、頭が重いって事じゃ無いよね?」

「まさにその事で項垂れてんだ」

 ちくしょう、反論したいが何も浮かばん。俺はボキャブラリーが乏しいんだから仕方がないけど。

 そうこうしていると家に着いた。それはいい。ちょっと邪魔だが、ちゃんと車も通れるし、歩行の障害にもならないからいい。

 何でウチの前にバイクが詰まれている軽トラが駐車されているかが問題だ。

「的場さん、来てんな。お前ん家に入ったのかな?」

 河内の発言である。的場が家に来たのは河内のバイクを回収する為だろう。だが、俺ん家に入る意味が解らん。

 余程おかしな表情をしていたのだろう。遥香が見かねたように発した。

「隆君は的場さんのお客様だから、お礼はしなきゃでしょ?」

「お礼って、どういう事だ?」

「お客さんにカレンダーとかそう言うの配るでしょう?」

 ああ、お歳暮とまでは言わないが、確かに日本にはそんな風習があるよな。

 挨拶したら其の儘家に引き摺り込まれて接待受けているって事だろう。

 じゃあ、的場救出の為にも、一刻も早く家に入らなきゃ。

 そんな訳で何故が全員、俺の後に着いて家に入った。

 居間から談笑の声。やっぱ的場に接待してんだな。

「親父、あんまバイク屋さんを困らせんなよ」

 居間に突撃した俺。そしたら親父が興奮してヒロを呼ぶ。

「なんだよおじさん?」

「ヒロ君、バイク買ったんだって?的場君から」

 全員「え!?」と声を上げてヒロを見た。そのヒロも「え!?」と声を上げた。

「ち、ちょっと待ってくれ。え?どう言う事なんだ的場?」

 固まって動けないでいるヒロの代わりに俺が質問した。河内は普通に座って、お袋から振る舞われたお茶を飲んでいるが。

「どういう事も何も…ドラックスター、買うんだろ?まだ車検取っちゃいないが、春に免許取るらしいから、現物だけでも持って来てくれってコウから連絡が入ったんだが」

 お茶を啜りながら答えた的場。確かにバイクは買ってもいいとの許可を得たし、免許資金の目途も付いたようだが…

「お、おいヒロ、ど、どうすんだ?」

 肘でヒロを小突くと、我に返ったように河内に詰め寄った。

「お前勝手になにやってんだ!?確かに買うとは言ったが、今日持って来てくれとは一言も言ってねぇぞ!!」

「だって買うんだろ?じゃあいつ持って来ようが同じだろ。そして帰る時、空になった荷台にZXRを積めば、ほら、一石二鳥」

「お前まさか自分のバイクを運んで貰う為に……?」

 目を泳がせて茶を啜る河内。やっぱそうかよ!!

「……コウ、こりゃ一体どういう事だ?話が違うじゃねえか…?」

 仄かに怒気を発しながら河内に詰め寄る的場。河内、真っ青になって身体を仰け反った。

「ヒロ君のお父さんにさっき連絡しておいたから、もう直ぐで来ると思うけど、なんかあったのかい?」

 呑気にこの剣呑の空気の中、更に爆弾を投入する親父。

「おじさん、親父に連絡したのか!?」

「お金持ってすぐに来ると言っていたけど…」

 マジかヒロの親父さん!?買ってもいいと言った手前、お金を払おうって事なんだろうけど、まさか昨日の今日とは思っていなかっただろうに!!

 そんな中、来客を告げる呑気な呼び鈴の音。真っ青になったのはヒロだ。

「はいはい。あら、ヒロ君のお父さん、入って入って」

 お袋が促す。ヒロの蒼白加減が更に増す。

 そして、居間に入って来たヒロの親父さん。結構なキレ顔だ。

 だが、的場に向かって礼をする。

「息子にバイクを格安で売ってくれるそうで。ありがとうございます」

 カウンターのご言礼を返す的場。

「いえ、なんでも俺の後輩が勝手に勇み足したようで…今日の所は持って帰ります。購入する際に改めてお持ちします」

「いやいや、いいんです。折角持って来て下さったのだから。でも、本当に5万でいいんですか?」

 そう言って5万を差し出すヒロの親父さん。的場、逆に困惑が増した。

「いいんですが、さっきも言ったように、俺の後輩が勝手に決めたようですんで、予約扱いでウチに置いときますから…」

「いえいえ、折角持って来て下さったのですから…」

 互いに譲り合うその姿。河内が的場とヒロの親父さんに交互に視線を向けているが。

 やがて的場は息を吐く。

「解りました。じゃあこうしましょう。そのバイクはまだ車検を取っていません。新たに取るとなれば4万必要ですが、俺が半値で通します。それくらいはさせてください」

 後輩の不始末で個人車検の値段でやると。ヒロ的にはラッキーな事だろうが、親父さんはどうなんだろうか?

 逆にヒロの親父さんが困惑した。

「いや、それは申し訳ないですから…」

「いや、俺の後輩が申し訳ない事をしましたんで…」

 双方頭を下げ合っているが、譲り合う気がねえ。

「じゃあ、ヒロ、バイクのメンテとか、的場に頼んだら?常連客へのサービスの前貸しみたいなもんで…」

 埒が明かないので俺が助け舟を出した。

「おお、そりゃいいな。そうしろよ大沢」

 河内が調子に乗って発した途端、的場の超威圧的な視線が襲った。河内、超身を縮こませた。

「え?そりゃ、俺はいいけど…」

 ちらりと親父さんに視線を送る。

「バイクのその後はお前が決めろ。お前のバイクなんだから」

 親父さんも買う事は揺るがないようだ。だが、その後の面倒までは見ないと。

「じゃあ…うん。そうしてくれ。いや、お願いします」

 ヒロにしては珍しく頭を下げて逆に願い出る形を作った。俺も麻美も驚いた。こいつ、そんな事するキャラじゃないのに。

「じゃあ、えっと、単車は大沢さん宅にお届けしても?」

「はい、お願いします」

 的場の敬語に違和感を覚えるも、この場では突っ込めない。つうか、なんで俺ん家に届けたんだよ?

「じゃあご自宅へ案内をお願いします。お金はその時で…おいコウ」

 河内がビクゥ、と背筋を伸ばした。本気でビビっている証拠だな。

「話しがあるから、ここで待ってろ。緒方さん、お茶御馳走様でした」

 俺の両親に辞儀をして外に出る的場。ヒロと親父さんも一緒に外に出た。

「いやあ、好青年だね、的場君は」

「俺もそうだと思うけど、せめて空気は読んだ方がいいぞ親父」

 例えばそこで生まれたての小鹿のようにプルプル震えている河内の事をちょっとは不審に思って欲しい。

「いやぁ…凄いの見たよ…喉渇くくらい緊張したよ…」

 麻美さんの意見に同意だ。的場、多分結構キレてるぞ。

「だよね…お茶でも淹れようか。おばさん、台所貸してください。おじさんもコーヒーでいいですか?」

「遥香ちゃんが淹れてくれるんならなんでもいいさー」

 親父は相変わらずだった。そして河内の震えは収まる事は無かった。

 つか、的場が来た事で思い出したが、俺ってまだバッテリー外していなかったな。雪も降ったし、本格的に封印してもいいから今の内にやっちゃおうかな。

 とか思いつつも居間でコーヒーが出来るのを待っていたりする。

「隆、部屋に行かないの?」

 麻美さんの質問に答える俺。

「的場も直ぐ来るだろうからな。せめて挨拶くらいしないと」

 さっきは驚き過ぎて、挨拶しなかったからな。俺のバイクの面倒を見てくれているんだから、挨拶は必要だろ。

「そっか。的場さんに挨拶ね、そう言えば私もしてないや」

 そう言って河内を見る。つか、真っ青になって俯いてブルブル震えている様を凝視していた。

「絶対に怒られるのは解っちゃいただろうに、なんであんな勝手な真似したんだろうな?」

「単純に雪が積もっているから、バイクの運搬を頼みたかったんじゃない?」

「それならそれで、ちゃんと理由言えばいいだろうに?お金払えば運搬してくれるような事も言っていたし」

「そのお金が勿体ないとか思っちゃったんじゃない?大沢がバイク買うって言ったから、丁度いいから便乗しようとか」

 どっちにしても怒られる事は確定なんだ。そこは俺の知ったこっちゃない。先輩後輩のアレだから。

「おまたせー」

 お茶煎れが終わって遥香が登場。コーヒー3つに紅茶2つ。

 俺と親父、河内にコーヒーを滑らせて、自分は紅茶だ。因みに麻美にも紅茶だった。

 本当に茶葉を置いたのか。自分の家で浴びる程飲めばよかろうものだが。

「いや~。遥香ちゃんの淹れてくれたコーヒーは本当にうまいな~」

「朝飯の時にお茶がいいとお袋にごねていた筈だが」

 親父は日本食が基本なので、コーヒーよりお茶だし、クラムチャウダーより味噌汁なのだが、遥香が作ればなんでも美味いらしい。俺から奪う事もたまにあるくらいだ。

「遥香ちゃん、ココア仕入れたから、またお願いね」

「OKOK。任せといて」

 何やら不穏な会話だが…

「ココアは自分の家で飲めよ?」

「は?何言ってんの?隆はコーヒーばっかだから、気を利かせて仕入れたんじゃんか?」

「そうそう。お持て成し精神で数種の飲み物は必要ですよ」

「じ、じゃ、お願いとは?」

「戸棚にこっそり置いといてって」

「ココア仕入れた理由を伸べながらも、こっそり置くのか…」

 バレバレもいい所なのに、何故隠そうとするのか?俺が全部飲んじゃうとか思っているのだろうか?

 超マッタリしている最中(なぜか河内もマッタリしていた。お前それどころじゃない筈だが)、軽い排気音がウチの前で止まった。軽自動車の排気音。的場だ。

 当然河内の背筋がピンと伸び、カタカタ震えて青ざめた。

 程無く呼び鈴が鳴り、お袋があらあらまあまあと玄関先でごにゃごにゃ話していた。

「ま、的場さんじゃねえのかも」

「的場じゃなくても、いずれ来るんだから、もう諦めて腹くくれ」

 お前が呼んだんだろうが。せめてボッコ喰らってケジメ付けろ。

 そんな中、お袋が居間に入って来て河内に話す。

「的場さん、帰るから、河内君も一緒にって」

 真っ青を通り越して土色になった顔色。死人のそれだ。

 それは兎も角、俺は腰を上げる。

「ど、どうしたんだ緒方?」

「的場に挨拶するんだよ。さっきはしそこなったからな」

 倣うように遥香と麻美も立った。河内も超躊躇しながらも、何とか立った。

 外に出ると、的場が河内のバイクを軽トラの荷台に乗せている最中だった。

「的場、挨拶が遅れたけど、取り敢えず手伝うよ」

「おう、助かるぜ緒方。コウは?」

「お前にビビって顔出しにくいみたい」

「今バックれても同じなんだけどな」

 違いないと荷台に乗せたバイクを固定する。俺もそれを手伝った。

 終わったと同時に前に出て来て辞儀をする愛しの彼女と幼馴染さん。

「的場さん、挨拶が遅れちゃいました。どうもです」

「私も遅れちゃったけど、どうもです」

「律儀だな。気にすんな。俺は呼ばれたから来ただけだからな」

 その呼んだ奴は未だに姿を見せず。さっき一緒に外に出た筈なのに、どこに消えたんだ?

「ヒロはどうだった?」

「ああ、大沢の親父さんも約束したから仕方ねえ、って感じで、御咎め無しだった。尤も、コウが勝手にやった事だから、咎めるんならコウにだが」

 そりゃそうだ。ともあれ遥香に目配せする。頷いて家に入って行く遥香。

「お前の女、どうしたんだ?」

「お前にお茶出そうって事だ」

「……夫婦のような意志疎通だな……」

 それ、遥香に言ってやってくれ。テンション爆上がりするから。

「だけど茶はいいぞ?もう帰るからよ」

「つっても、河内居ないんじゃ、捜さなくちゃいけないだろ?」

「ほっといても歩いて帰って来るだろ。電車賃?知らねえよ」

 そうなったら俺が送る事になりそうだから嫌なんだよ。勝手に帰ってくれるんなら何でもいいけども。

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