年末~005

 一応念の為に聞いてみた。

「的場はいくらで売るつもりなんだ?」

「5万」

「買う!!」

 そうなるか…安さ重視ならなぁ…だけどっちょっと待て。

「なんで5万?アホのヒロは買う気になっているようだが、あんま安いと不安だろ?」

「俺は別に……」

 カクッと項垂れた。そりゃお前一人なら何でもいいだろうけどさー。

「波崎さんを乗せた時にトラブってからじゃ遅いんだぞ?最悪事故ったりしたらどうすんだ?」

「的場がそんな危ないモン掴ませる訳ねえだろ」

 確かにそうだ。的場ならちゃんと整備した物を渡すだろう。だけども。

「例えばベース車両が人身で人殺したりでもしたら?バイク自体何もないなら、的場も気付かないだろうし」

「なんで5万なんだ?あんま安いと不安になるだろうが?」

 華麗な手のひら返しだった。波崎さんは霊感があるから、おかしなもんなら絶対に気付くし、そうなったら乗らない。

「別におかしなところは無えよ。ベース車両は確か出始めの初期モデルを廃車にした奴だと聞いたかな?」

「そのまま修理して乗れなかったのか?」

 生駒の質問である。確かに、何も問題が無ければそのようにしても良かっただろう。だけどスクラップ場からわざわざ部品を調達して組んだんだ。そこには意図がある。

「ものスゲエ改造していた単車だからだ。お前の嫌いな暴走族使用のな」

 俺を見ながらそう言った。だが成程、それなら納得だ。河内のバイクもノーマルに戻してから譲ったらしいから、売り物はちゃんとした物を提供したいのだろう。

「それにしても5万は安いだろ?」

 更に疑問を被せた生駒。確かに、部品代はほぼタダだろうが、他の費用が掛かる筈。

「だから、車両価格だけだ。車検取って乗るならその値段で譲ってもいいって事だよ。元々的場さんは趣味で組み直していたんだから、整備代は要らねえって」

「買う!!」

 だからちょっと待てとヒロを宥める。

「車検ってどの位掛かる?」

 俺も一応調べたから何となく読めるが、一応確認だ。

「個人でやれば2万くらい。的場さんに頼めば4万くらいかな?」

 ヒロは一人で車検を通せる筈もないから的場に頼るとして9万か…

「買う!!」

 まあ、買うよな。しかしだ。

「お前9万持ってんの?」

 先立つ物が無いと買いたいものも買えない。そうじゃなくとも、ヒロは無駄遣いのスペシャリストなんだ。持っているとは思えない。

「親父から借りる」

 それが現実的で、貸すかどうかはヒロのおじさん次第だが、更に問題があるんだぞ?

「免許取るお金はどうする?30万くらい掛かるんだぞ?」

 的場からバイクを格安で買うとして、40万は必要だ。おじさん40万も貸してくれるか?

「その前に、大沢の親父さんは免許取っていいって言っていたか?緒方の親父さんはちょっと特殊だぞ?」

 生駒の追撃であった。普通は嫌な顔すると河内も言っていたからな。

「免許は取っていいってよ。これも隆が免許取ったからだ。有り難い事だぜ」

 ほくほく顔のヒロだが…

「で、免許代は?」

「……親父から借りる?」

「……貸してくれるといいな…」

 こればかりはどうしようもない。ヒロとおじさんとの話だ。

「で、どうする?買うか?買うんなら的場さんに言っとくし。悩むんならやめといて貰うけど」

「なんでやめる事になるんだ?」

「欲しいって奴がいるからだ。黒潮の二年。的場さんの後輩で、俺の先輩でもあるけどな」

 競争相手がいるのか…つか、じゃあヒロの為に組んだ云々は大嘘じゃねーかよ。そんなにヒロに買わせたいのかこいつ?

「…それっていつまで返事すりゃいいんだ?」

「年内いっぱいだな。そいつもなんだかんだで冬は乗らねえと思うけど、5万、しかも的場さんが組んだ単車だ。欲しがる奴が意外といるんだよ」

 的場が組んだって事でも競争相手が増えるかもしれないって事か…良かった、的場が商売っ気があんま無い奴で。あったらとっくに売っているだろうし。

「……ワリィけど帰るわ!!」

 ヒロがいきなりそう言って帰った。結構慌てて。

「大沢はどうしたんだ?」

「多分おじさんにお金貸してくれるように頼みに行ったんだろ」

 納得と頷く河内と生駒。あいつ解かりやすいからな。俺程じゃねーだろうけどさ。

 貸してくれるとなったら予約入れるだろ。多分。

「じゃあ大沢にドラッグスター行くか」

「貸すと決まった訳じゃねーんだから、期待はしない方がいいと思うぞ」

「買うだろ。的場さんが組んだんだぞ?」

 だから、おじさんがお金出すと言わなきゃ買えねーだろ。

「だけど5万か…俺もそうやって探せばよかったかな」

 生駒が遠い目でそう呟いた。20万だったっけ?あのバイク。

「実際解体屋から部品調達して組み直して乗っている奴は多いぜ。上手く行けば単車代はタダになるし」

「お前って工業高校だろ。そうやって乗っている奴多いんじゃねーの?」

「東工はバイクの免許取っちゃいけないから、本来乗っている奴はいない筈なんだけど」

 そういやそうだった。生駒は特別に許可を得て乗っているんだった。

 明日は日曜日で休みだが、生駒はバイトがある筈だ。

「生駒、バイト何時から?」

「開店が10時だから、9時までに鬼斬に行かなきゃいけないな」

 じゃあ起床時間は普通でいいよな。

「布団敷くか。俺も朝早いから」

「もう?まだ10時30分だぞ?」

 流石に早いか。だけど布団敷くくらいならいいだろ。

「お前、先に風呂使っていいよ。歯ブラシは使い捨てのヤツやるから。着替えも貸してもいいが、パンツは駄目だ」

「パンツまで借りねえけど、風呂には入りたいか。風呂に全員入ったら11時回っちまうって事か」

 その通りだ。0時就寝だとしても結構いい時間になるだろ.

 じゃあ、とクローゼットをごそごそして青いジャージとタオルを河内ぶん投げる。

「それ使って。歯ブラシは洗面所の戸棚開ければすぐに解る」

「おう、サンキュー。でも歯ブラシのストックがなんでそんなにあるんだ?」

「歯ブラシじゃなく、ホテルとかに備え付けてある使い捨てのヤツだよ。遥香が大量に買って置いているんだ」

「本気でムカつくな、お前」

 真実なんだからしょうがない。お前は横井さんとお泊りは出来そうにないから、ムカつくのは理解できるが。

 生駒にも黄色いジャージとタオルを渡す。

「悪いな。あ、布団手伝うよ」

「いいから座っとけ」

 居心地悪そうな生駒を尻目に布団を敷く。二組あるから普通に眠れるぞ。

「なんか悪いな…」

「だから気にすんな。河内なんかとっとと風呂場に行っただろ?」

「いや、なんか仕事していないと落ち着かないって言うか…」

 流石バイトに明け暮れている勤労少年だ。動いた方が気が楽だと言う事だな。

 ともあれ、生駒はボスンと布団に胡坐を掻いて座った。俺もベッドに腰掛ける。

「…歯ブラシ、槙原さんが買ったんだって?」

「ああ、うん。遥香はちょくちょく泊りに来ているからな」

「……こんなこと聞くのはアレだけど…」

 すっごい言い難そうに。そんなに躊躇されちゃ逆に気になるだろ。

「なんだ?いいから言えよ?」

「う、うん…緒方って…経験あるよな?」

「うん?何の経験?」

「そ、その…槙原さんがちょくちょく泊りに来るって事は…お前も向こうの家に招かれているんだろ?なんでも両親公認とか何とか……」

 それは今更の話だ。別に隠す事じゃないから友達全員知っている事で、当然生駒も知っている筈だが…

 困惑の俺を余所に話を続ける生駒。

「俺も公認のようなモンで、美咲が泊まりに来たり、逆に泊まったりで、向こうのお母さんに朝ごはん御馳走になった事もあるし…」

「今更だろ?みんな知っている事だろ?」

 楠木さんも結構喋るからな。俺達相手にそこまでぶっちゃける必要も無いと思うが、ガールズトークならもっとぶっちゃけているんだろう。想像しただけで恐ろしいわ。人事じゃない感じだし。

「そ、その、俺は美咲一人しか知らないから比較しようがないんだけど、あまり良さそうじゃないような気がするんだよ」

 ???マジで何を言っているのか解らんぞ?

「お前はその辺どうか解らないけど…なんて言うのかな……槙原さん…どうなんだ…?」

 探るように。言葉を慎重に選んでいるようにも見える。

「正直言って何を聞きたいのか解らん。ハッキリ言ってくれ」

「え?う、うん…えっと、槙原さん、お前とする時やっぱ気持ちよさそうに声を出したりするんだろ?俺が下手なのか解らないけど、美咲、あんま声出さないんだよ……」

 理解した瞬間、酷く咽た。

「ど、どうした緒方?」

「ゲホゲホゲホ!!お、俺は童貞だ!!」

 何が悲しくてこんなカミングアウトしなきゃなんないのか知らないが、つい言ってしまった。それ程動揺したって事だ。言わせんな!!

「……それはいくらなんでも嘘だろ?」

 疑い全開の眼差しを向けられても、事実なんだからしょうがない。

「だってお前達って、このベッドで一緒に寝ているんだろ?」

 その通りなので頷く。

「だったら理性なんて飛ぶだろ。俺だって結構我慢していたけど。やっぱさがには勝てなかったんだぞ?」

「俺は勝っているんだからそうなんだよ。つか、正直その手の話は苦手なんだが…」

「俺もそうだけど、性の不一致は破局の一番の理由らしいから…」

 悩んでいるのは解るが、童貞の俺には答えようがない。

「河内に聞いてみたら?」

「え~…あいつにこんな話するのはちょっと……」

 何となく気持ちは解る。俺ももしそんな悩みを抱えたら、河内にだけは絶対に相談しない。

「じゃあ国枝君にとか…」

「国枝なら、まあ…って、国枝は童貞じゃないのか?」

「多分…」

 国枝君ともそう言う話をした事は無いから何とも言えないが、多分違うと思う。相手は春日さんだ。前回どれだけ誘惑されたと思ってんだ?全裸も厭わないんだから。

「上がったぞ。次入れ」

 河内が風呂から帰ったのでこの話は一旦終了。

「生駒、先に入って来いよ」

「う、うん。そうさせて貰うよ」

 そそくさと風呂に退散する生駒。

「なんかあったのか?」

「いや、なにも…」

 こいつ、意外と鋭いな…下手な真似が出来ん程。

「なんでもない。冷蔵庫からなんか取って来る」

 話を逸らすべく冷蔵庫に向かう俺。冷たいお茶があったのでこれをパクる。

「ほら、お茶でいいだろ」

「おう、サンキュー。ホントは炭酸が飲みたかったが、まあいいや」

 湯冷めしても良いなら自分で買って来い。

 河内にお茶を渡して、再びベッドに腰掛けた。

「お前は飲まねえの?」

「風呂から上がったら飲む。気にすんな。だからお前は腹一杯飲め」

「2リットルのお茶を腹いっぱい飲んでもなぁ…絶対に腹壊す」

 腹壊したらトイレくらいは気前良く貸してやる。だから腹一杯飲め。余計な事に気付かないように。

「親睦会っていつやるんだ?」

 いきなり切り込んで来るな…別にいいんだけど。

「多分冬休み初日じゃねーかな?クリスマスは避けるって言っていたから」

「千明さん、それをクリスマスにするって言っていたんだよな。要するに俺と二人っきりで過ごしたくないって…」

 ガックリ項垂れるが、それはお前の自業自得だ。

「だけど、みんなで騒ぐのには参加してくれるって事だ。大体付き合ってまだ一年経っていないんだ。しかもお前が最初の彼氏だ。慎重になるのは当たり前だろ?」

「慎重にって…俺はただべたべたしたいだけなのに…」

 それがうぜえって事だろが。向こうは気を許していないんだから。

「お前、ツインテちゃんにもそんな調子だったの?」

「そんな調子って、別に特別な事はしてねえけど。ただラインやメールを普通に送っていただけだ」

「それって頻度は?」

「まあ、口説いていた最中だったからな。勢いで押し切ろうと、矢継ぎ早に」

 それって睡眠時間も奪うような事までしたって事か?そりゃ着信拒否を喰らうわ!!

 横井さんにもそんな調子だったらしいし、だから振られるんだよ。朝に解除する横井さんは寧ろ優しさに満ち溢れているよ!!

 生駒も上がったので俺も風呂に入った。

 そして上がって部屋に入ったと同時に、ベッドに腰掛けて外の様子を窺っているような河内と生駒に目を奪われる。

「な、何やってんだお前等?」

「ちょっと黙れ。電気消すぞ?」

 なんか尋常じゃない気配に頷いて同意する。

「……カーテンを少しだけ開けて外を見てみろ。だけど決して大きく動くな。影でバレるかもしれないから」

 生駒の忠告に頷いてそのようにする。

 ……………俺はこんなシチュエーションを知っている…

 朋美が深夜、俺ん家を覗きに、ほぼ毎日来ていた事を…

 だが、今回朋美は京都だ。朋美以外、誰がそんなストーカーみたいなことをする?

 そして窓から覗いてみると……

 電柱の陰に隠れながらも、俺の部屋をじっと見ている女子…


 川岸さんだ!!


 驚いたが納得もした。彼女ならこの程度楽勝でやる。自分の好奇心が一番大事な人だから。

 肩を叩かれ、振り向くと、生駒が指で床を差した。ベッドから降りろと言う事だな。

 少し話もしたいのだろう。俺もそうだし、素直に従った。

 超小声で生駒が言う。

「あれ、北商の女だよな?川岸とか言う」

「そうだな。朋美も以前こうやって俺の部屋を覗いていたが、まさか川岸さんも同じ事するとは思わなかったな」

 自分でも驚いた。冷静な事に。

「で、どうする?ぶん殴って来るか?」

 河内がもう決定だとばかりに腰を浮かした。

「流石に女子を殴るような真似はしたくないな…」

「女子だろうがなんだろうが、ふざけた事をしたんだ。報復するのは俺も賛成だ」

 生駒も物騒な事を言う。だけどそうなんだよな。

「……よし。取り敢えず捕まえよう。そして自供させて警察に引き渡そう」

「自供?」

「俺の部屋を覗いていたって自供だ。スマホか何かに録音して証拠にしてポリに引き渡して……」

「俺、警察好きじゃねえんだけどな…」

「俺も…人殺しだし、美咲はアレだし…」

 知らねーよ。ぶん殴るよりいいだろ。純粋な被害者なんだから。

 じゃあ確認だ。

「河内と生駒が川岸さんを取り押さえて、俺がその後登場。で、スマホに証言を残してからポリに通報。いいな?」

 頷く河内と生駒。では決行だ。

「ちょっと待て、お前ん家の前でグダグダやったら近所迷惑になりそうだけど、それはいいのか?」

 河内の疑問であった。成程、そうだな。この近所に限らず、おばちゃん連中はゴシップ好きだし、噂や陰口を叩かれるかもしれん。

「駄菓子屋の前まで移動させるか?あそこ辺りなら広いからそんなに目立たないんじゃないか?自販機もあるから、見られたら話しているって感じに見られるかもしれないし」

 生駒の提案に乗ろう。どうしても俺達は脳筋部類だから、あんま細かい戦略組んでも実行可能出来るか怪しい。

「そうしよう。シンプルが一番だ」

「お前ん家に引っ張った方がいいんじゃねえ?」

「馬鹿言うな。川岸さんを家の中に入れるか。親父やお袋に事情を説明するのも面倒だし」

「警察に通報するなら、結局同じになりそうだけどな」

 まあ、そうだけど。俺ん家に引っ張ったら、面倒臭くなる事の方が多そうだろ。

 じゃ、まあ、当初のプランどおりに実行するとして、先ずは電柱の陰から見ている川岸さんを撮影しよう。

 そんな訳でカーテンをちょいと捲って外を見る。

「……あれ?いない?」

 さっきまで居た場所に川岸さんが居ない。帰ったのか?それとも別の場所に移ったか?

「居ない?ちょっと退け」

 河内が俺を押し退けて電柱付近を観察する。

「……ホントだ。帰ったようだな」

「なんで解るんだ?庭に入ってきているのかもしれねーだろ?」

「だって足跡がそうだもの。ほら」

 指差した先は、先程の電柱。雪がうっすら積もっているから、足跡がばっちりだ。

 その足跡は駅の方向に続いていた。

「ホントだ。電車はもう無いから歩いて帰ったか…」

「……一応外に出て確認して来る」

 生駒が超こっそりと、なるべく足音を立てないようにして外に出た。

 そして家の周りもちょこちょこ探す。

 少しうろちょろした後、家に入って状況を話した。

「庭にもいなかった。家の周りにもいない。足跡は駅の方向のみだから本当に帰ったようだな。どうする?追うか?今ならそんなに距離は離れていないから、直ぐに追い付けるぞ?」

 追うか…?いや、そうだな…

「やめとくよ。捕まえてもしらばっくれられる可能性の方が高い」

「そうか。だけど警察に深夜徘徊で通報する事も出来るんだぞ?」

「俺が通報したら、お前は何やってたんだって事になるんじゃね?」

「そこは…どうにかして……」

 どうにかってどうすんだよ。いい案があったら採用するから言ってくれよ。因みに俺には引き出しがあんま無いから期待すんなよ。

 あーだこーだ言い合っていると、時計の針はもう2時を刺していた.

「もう追うどころじゃないな…」

 生駒の呟きにまさしく同意。とっくに家に帰っているだろ、間違いなく。

「仕方ねえな。もう寝よう。お前ら明日早いんだろ?」

 俺は毎朝練習しているから早いが、生駒は関係ないだろ。

 だけどもう寝るには賛成だ。グダグダするよりよっぽどいい。

 じゃあ、とベッドに潜って電気…は、消したままか。

「夜にむさい男共とストーカー女談義とは…俺ってなんて不幸なんだ…千明さんとラブラブトークしてえのに…」

「嘆くな。全てお前の自業自得だ。付き合ってくれているだけでも充分だ」

「緒方に完全同意。せめて振られないように努めた方がいい」

「ホント冷てえなお前ら…」

 愚図る河内を無視して布団を被る。ホントに寝なきゃ、朝が辛い。

 ………

 …………

 ……………………

「なあ緒方…」

「なんだ生駒」

「河内煩いんだけど…」

 俺と生駒は同時に上体を起こした。

 こいつ、鼾うるせー!!安眠妨害ってレベルじゃない、騒音公害ってレベルだ!!

「ぶん殴って起こそう」

 起こせば少なくとも鼾被害は起きないだろ。

「それはちょっと可愛そうだろ……」

 流石常識人の生駒。俺はもうやる気満々なのに。

「ヒロもうるせーが、こいつはそれ以上だな……」

「まいったな…俺はまだいいけど、緒方は朝早いんだろ?」

 その通りだ。だからどうにかして寝なきゃいけない。

「ガムテープでも張るか?口に」

「死なないかな……」

 死なれたら困るな…間違いなく俺がやったって誤解されて豚箱行になっちゃう。

 誤解じゃねーか。事故扱いになるかもしれないが、間違いなく俺のせいになるか。

「じゃあどうすんだよ。布団被って強引にやり過ごすか?」

「それしかないだろうけど…俺、こいつの隣で寝ているんだよな…」

 じゃあ、と生駒と河内の布団を可能な限り離した。

 結構動かしたつもりだが、こいつ起きやがらねえ。ある意味見事だ。糞迷惑過ぎるけど。

 布団を被って寝入ったのは、多分3時過ぎ。おかげで眠いのなんの。

 ロードワークから帰っても、河内はまだ寝てやがるし。

「こいつ、ホントにどうにかしなきゃ」

「つっても日曜日だ。寝かせてやってもいいだろ」

 ヒロがそう言う。まあ、休日だし、それも吝かじゃない。だけど…

「なんでお前、家に来たんだ?」

 ロードワークが一緒なのはいい。だがなんで俺ん家に来たんだ?

「いや、生駒と河内も来ているから、俺も行った方がいいのかと思って」

 全く解らん。暇なのかこいつ?

「大沢、お前バイクの事、親父さんに話したのか?」

 雑談代わりに昨日の事をヒロに訊ねる生駒。

「おう。5万なら出してやるって言ってくれてよ」

「良かったじゃないか?何でそんなに暗い顔で俯いてんだ?」

 生駒の指摘通り、ヒロは暗い顔でちっとも喜んじゃいなかった。なんで?バイク代は貰えたんだろ?

「いや、免許と車検は知らねって言われて…」

「ん?借りるとか言っていなかったっけ?実際お前貯金あんま無さそうだし、俺はてっきりそうするつもりで粘ると思っていたけど…」

 少なくとも諦める事はしない筈だ。厳しい条件を出されても、それを是として飲むだろう。

「いや、親父の知り合いの所でバイトして金稼げって言われてよ…」

「え?それならいいだろ?別に困る事じゃない。寧ろ普通の事だろ?」

 生駒は俺の言葉に同調するように頷く。普通に考えてもそうするしかないのは明白だし、俺だってバイトしようと思ったくらいなんだし。

「パン工場で朝早いんだよ…3時から6時までだ」

「それはちょっと早いな…だけど、三時間程度ならどうにかしろよ?」

「その稼ぎ、全部寄越せって…そしたら免許代貸してやるって…」

 あー、お前信用ないんだな。貸すけどちゃんと返せって事だよ、それ。

「その他、テストで赤点取ったら小遣いも没収だって…バイトで勉強できないとか言い訳されちゃ堪らねえからって…」

「ちゃんと勉強しろよ…」

 それが真意だ。バイクだけ持っていても、お金が無いんじゃどうしようもなんないから、頑張るしかないだろ。

「その条件飲んだのか?」

「仕方ねえだろ。それしか方法ねえんだし」

「じゃあ頑張るしかないよな」

「…………………だよな…」

 俺も生駒も普通に頷く。頑張れと。因みにだ。

「生駒は赤点あるのか?」

「いや、平均はキープしているよ。授業を聞いていれば、難しくはないだろ」

 バイトに明け暮れている生駒も赤は無い。よって赤はヒロの努力が圧倒的に足りないってだけだ。なので同情は無いな、うん。

 ともあれ、今だ寝ている河内をほっといて朝飯にありつく。何故かヒロも。

 で、飯食ったら生駒が申し訳なさそうに。

「悪いけど、バイトがあるから…」

「ああ、うん。頑張って。いつかまた食いに行くから」

 それまで辞めるなと冗談めかして。

「そこは心配いらない。卒業したら自分のラーメン屋開く予定だからな。それまでの修行だと思って頑張るから」

 ははは。と笑い合う。生駒の冗談も面白いな。

 ……冗談だよな?いや、別にいいんだが。

「じゃあな緒方。今度は俺のアパートに泊まりに来いよ」

 そう言って生駒は帰って行った。生駒のアパートか。それも面白そうだ。

 んで、と、ヒロを見る。

「お前は何で朝っぱらから来たんだ?」

「だからあいつらが来ていたから…」

 こいつ、妙に仲間外れにされる事を嫌がるからな。つっても昨日はお前がとっとと帰ったんだけど。

 まあいいや。取り敢えず部屋に入ろう。いつまでも生駒の見送りのまま、外に居る事もあるまい。

 俺達が部屋に入るなり、目覚めた河内。

「おう…おはよう…」

 超寝ぼけ眼で髪をガシガシ掻きながら。

「……大沢じゃねえか。昨日帰ったんじゃなかったっけ?」

「気にすんな。そのまま寝てろ。構うのも面倒くせえから」

 ヒロの本心は俺の本心。俺が言えなかった事をよくぞ言った。

「ふざけんなよ。朝飯も食ってねえんだから起きるよ」

「俺達は食ったから、そのまま寝てていいんだぞ」

「何?何で起こしてくれねえんだ!」

 まさに飛び起きた河内だった。朝飯くらい、別に食わなくてもいいだろうに。

「お前の分はちゃんと残してあるから、歯、磨いて顔洗え」

 そう言って、てきぱきと布団を畳む俺。ヒロも手伝った。何も手伝わないのは河内だけだった。

「おう…い、いや、お前ん家の朝飯を一人で食うのはちょっと…」

 超遠慮する河内だった。そりゃそうだ。家主不在で他人の家で飯食うとか、普通じゃ考えられない。俺だったら当然断る。

「じゃあどこかで食って来るか?喫茶店ならモーニングあるし」

「……外はどうなっている?」

 問われてカーテンを開ける。

 まあまあ雪が積もっている状況だ。こりゃバイクは無理じゃねーかな?

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