夏休み~008

「……兎に角、事情は兎も角、意味は兎も角、お前等は緒方に付き合うでいいんだな?」

 木村の問いに力強く頷く河内と生駒。あまりにも有り難くて、嬉しくて、俺は人知れず頭を下げた。

「頭なんか下げんな」

 知れていた。河内に。意外と難しいもんだな、誤魔化して頭を下げるのは…

「じゃあ言っておく。今の事は他に漏らすな」

「漏らすなって言ったって、誰も信じないだろ」

 木村が釘を刺したら、生駒が実に的確に返した。俺もそう思う。

「木村君、隆君よりも張り切っているように見えるけど、何かあったの?」

 遥香が不審顔で問う。そういや、さっきからそんな感じだな?

 木村は言いあぐねて、それでも決意を固めて顔を上げた。

「…多分緒方の言う、記憶を持って来た奴の一人は俺だ」

 河内と生駒を除く全員が立ち上がった。勢いよく。

「……確証はあるの?」

 若干動揺した感の遥香。だが、聞きたい事はちゃんと聞く。

「そういやそうかも、ってのが大半だが、緒方なら此処でこうするってのがある程度読める」

「そりゃ、隆は単純だからだろ。俺だってある程度は読めるぜ?」

 ヒロの言う通りだと全員が頷いた。いや、俺は顔に出やすいって話しだから、そうなのかもしれないけどさ。

「……それだけじゃねえ。過去の緒方の敵、っつうのか?そいつの思考も読める。根拠は全くねえから、何故かと聞かれたら、勘としか言いようがねえが」

 朋美の思考を?つうか、今回朋美は関係ないだろ?京都に行ったんだし。

 しかし、俺の否定を余所に、遥香が真っ青になった。

「ど、どうした遥香?」

「……木村君も…今回の騒動は、須藤が絡んでいるとみているの?」

 脳天から足に雷が通ったような感覚!!

 朋美が春日さんの噂を流したってのか!?

「ち、ちょっと待って。須藤さんは確かに敵だったけど、今回は関係ないじゃないか?」

 国枝君の疑問。俺と同じ疑問だ。

「……だから、勘だ。須藤ならこれくらいはやると思う。それが俺が記憶持ちだっつう根拠だ。根拠になってねえかもしれねえが…」

「……朋美なら、確かにそこまでするかもね…」

 麻美が木村に乗っかった。確かに朋美なら、あの狂人ストーカー女なら、このくらい普通にやると俺も思う。

「だけどよ、須藤は京都に行ったんだぞ?春日ちゃんの噂をどうやって流す?それ以前に、それをどうやって知った?」

 ヒロにしては冴えた質問だ。そうだよ。噂はどうにか流せるとして、それをどうやって知ったんだ?

「……須藤も記憶持ち……?」

 更に目を見張る俺達。朋美が記憶を持って来れたなら、それは充分可能性がある!!

「ちょっと待って!木村君の仮説は私も思っていたから納得するけど、記憶持ちの件は容認できない!!」

 珍しく遥香が感情的になって否定した。

「…多分と言った筈だがな。それに槙原、らしくねえぞ。何故取り乱す?」

 たしなめる木村、その目は非難しているように見える。

「だって…記憶持ちは私だから……」

「三人いるんだろうが?俺とお前と須藤。それでいいだろ?」

 目を伏せた遥香。なんだ?何か悩んでいる様な……?

「槙原、木村の言う通りだろ?それで何か問題でもあるのかよ?」

 焦れてヒロが訊ねた。因みに河内と生駒は何が何だかって表情だった。要するに、訳解らんって事だ。

「……遥香ちゃんは遥香ちゃんなりの仮説があるんだよね?」

 助け船宜しく、春日さんが発した。

「……春日ちゃんもひょっとして同じ意見?」

「……解んないよ。遥香ちゃんが言わないんだから、合っているのかどうかもね」

 なんだ?この意味深な会話は?国枝君が妙に青ざめちゃっているけど。

「ねえ、ちょっと待って。その記憶持ちっての、緒方君の前回の関係者なら全員候補に挙がっているの?」

 楠木さんがわざわざ挙手しての発言。しかし、質問は答えられない。何故ならば…

「それも解らないんだ。遥香は多分確定だとしか…」

 その遥香も本当の所はどうか解らない。本当に記憶が戻った奴に訊ねるしかない。

「ふうん…じゃあさ、私や春日さん、波崎さんも可能性があるの?」

「可能性なだけならそうだな。何となくそう思ったとか、以前こんな事あったかもってデジャヴは、前の俺と親密な人達全員感じたからさ。木村のもまだ解らないが正解だと思うけど…」

「ふうん…へえ…」

 何か感心する楠木さん。その様子を不審に思ったのか。生駒が訊ねた。

「美咲もあるのか?そんな事あったかもって感覚が?」

「うん。ぶっちゃけ、緒方君の話を信じた理由の8割がそれ。とは言っても、半分くらいしか信じていないけれどね」

「……楠木さんも感じる所があったの?」

 遥香の質問である。勿論答える楠木さん。

「うん。緒方君の電車事故の話とかね。それ自体は別に?だけど、私ならどうにか誤魔化そうとするよなぁ、とかさ、私は黒いけど隙を見せないとか」

「でも、それって、じっくりしっかり見ている人なら、そう思う事じゃない?」

 言って生駒を見る遥香。生駒は少し戸惑ったが、頷いた。

「だから、デジャヴっての?あるのよ。あの中庭の告白も、緒方君に以前断られたような、って感覚が確かにあったし」

 そして一つ呼吸そして続けた。

「槙原さん、さっき春日さんが言った事、私も言うね。多分槙原さんが思っている仮説、私と同意見かも」

 流石にその発言には全員目を剥いた。春日さんは入学して間もなくの頃からの付き合いだ。だから遥香の考えが解るのかもしれない。

 だが、楠木さんとまともに話したのは今日が最初。その楠木さんが、遥香と春日さんと同意見かもしれないと。

 事件の中心に近い所に居たからか?楠木さんのイベントが、一番多く体験した事だから、楠木さん自体もそう思うのか?

 解らないが、俺達は楠木さんの続く言葉を待った………

 楠木さんは勿体振ることなく、あっさりと。

「記憶持ちは槙原さん、日向さん、須藤の三人じゃないかな、と。どう?槙原さん?春日さん?」

 確認を取るように訊ねた。遥香は俯いていた儘だが、春日さんはあっさりと頷いて肯定した。

 俺は結構驚いたが、国枝君とヒロ、そして波崎さん、黒木さんはそうでもなさそうに。

「…国枝君もそう思っていたのか?」

「可能性が高いのはその三人かな、とは思っていたよ。次点で僕か大沢君かな」

「ヒロが次店の理由は?」

 国枝君よりも先にヒロが口を開いた。

「俺が一番お前と付き合いが長いからだ。俺も次点は俺か波崎だと思っていたからな」

「波崎さんの理由は?」

「波崎自身、霊感があるんだろ。その関係かもしれねえし。槙原の親友って理由もアリか?って感じか」

 今度は波崎さん。

「私もその三人だと思っていたけど、次点は春日ちゃんか楠木さんかな?繰り返し中の中心人物でしょ?」

 更に黒木さん。

「実は私もそうじゃないかと。明人も割と可能性があるかもって思っていたけどさ。最後の繰り返しの時の親友なんでしょ?」

 そうなると、この場に居る全員が、いや、河内と生駒は除くが、兎も角全員が対象だと言う事だ。

 つまり、木村が記憶持ちでもおかしくは無いと。

 しかし、そうなると、遥香が口を噤んだ理由が解らない。

 全員そう思っていたんだから、問題は無い筈だ。河内と生駒にしちゃ、おかしな話をしていると思うのだろうが、俺達は当事者。多少のデジャヴもある事だし。

「私も、遥香ちゃんは確定とは思うけど。私と須藤もあり得るかな、とも思うし」

 麻美の発言に厳しい目を向けた遥香。なんだ?敵意だぞこれ…?

「……日向さん、もう戻っているんでしょ?記憶」

 遥香の発言に全員が仰け反った。戻っている?もう?

「なんでそう思うのさ?戻ったら教えるって言ったじゃん」

 普通に笑いながら返す麻美。だが、遥香の敵意の目が変わらない。

「おい遥香、そんな目で見るな。戻ったら教えるって言ったからいいだろ?」

 一応窘める。以前もそんな事を言ったような気もするが、改めての釘刺しだ。

「……日向の可能性も捨てきれねえ、ってのは俺も思う。戻ったら教えるってのは、別に日向に限った事じゃねえ、全員がそう言った筈だ」

 木村も一応宥めるように言った。しかし、やはり敵意の目が変わらず…

「……日向さん、結構昔に戻っているんでしょ?中学の頃辺りに……」

 中学と聞いて、流石にそれは無いと、身を乗り出して否定しようとした。

 しかし、ヒロが目を剥いたのが解ったので、その動きを止めてヒロに目を向けた。

 ヒロの異変に気付いた人は結構いたようで。

「大沢、すげえ顔しているが、どうかしたのか?」

 河内がヒロに訊ねた。全く信じちゃいない河内と生駒は、俺達の話は何が何だかだから、気が真っ直ぐに行かないんだろう。よってヒロの異変に直ぐ気付いた訳だ。

「……それ俺も思った…」

 今度は全員がヒロを見た。いや、麻美と交互に見た。

「お前そう言えばそんな事言っていたような…先手先手で動いていたように見えたとか…」

 頷くヒロ。唾を飲み込んで。

「だ、だけど、それが真実なら、尚更麻美が隠す必要はないだろ?」

 中学から戻っていたと素直に話せばいいだけだ。隠す意味が解らない!!

「……根拠は全く無い。勘より曖昧な物だと思う…だけど、私の魂がそう言っている。戻ったのは日向さんと須藤だって…」

 敵意丸出しの目で見据える遥香。麻美は困ったように頬を掻いていた。

「…遥香ってさ、石橋を叩いて渡るタイプなんだよね」

 波崎さんの発言に乗っかる俺。

「確かにそうだが、その話、今必要か?」

「その遥香が勘より曖昧な事で物を言う筈がない。最初躊躇していたのはその為なんだろうけど、それでも言わなきゃいけなかった。なんで?」

 俺じゃなく遥香に対しての質問だった。俺が乗っかった意味が全く無かったって事だ。ちょっとへこむ。いやいや、それどころじゃないわ。

 遥香が悔しそうに顔を歪めてそっぽを向いた。

「言いたくない、って事?」

「……言っても仕方がない。言ったらみじめになるから」

 なんだ?この悲痛な表情?何でそんなに痛そうな、辛そうな顔をする?

「おいヒロ、中学の時、俺と麻美に何かあったか?」

 遥香曰く、麻美は中学から記憶が戻っていると言う。なんでもいいから聞いておきたい。そこからその表情の意味が解るかもしれない。

「いや…虐められていた時代、日向がお前を庇っていたくらいか?」

 それはそうだ。だから麻美が死んだ。

 だから、生きていた今はどうだったのか?

「じゃあ糞先輩をぶち砕いて回った時は?」

「お前に人殺しさせないように、身体張って止めていたって事くらいか…」

 それは俺の夢にも出てきた。よってその通りだし、疑いの余地は無いだろう。つまり想定内だ。遥香の敵意の理由が通らない。

 何か掴んだか…?俺に言えない、何かを?

 だが、そんなモンどうでも良い。知ったこっちゃない。

 俺は遥香の恋人だ。それは揺るがない。麻美は俺の大事な友達だ。それも揺るがない。

 どっちも大事な人だから、いがみ合ったり、敵意を出したりしちゃ、俺が困るし、させたくない。

 なので身を乗り出してやめさせようとしたが、先に遥香が謝罪した。

「…ごめん日向さん。ちょっとイライラしちゃって…」

 対する麻美はあっけらかんと。

「気にしなくていいよー。こんな馬鹿な幼馴染と付き合ってくれただけでも有り難いってものだし」

 何故か俺をディスった。こいつ、本当に酷いよな。

 だが、遥香が顔を上げて、麻美を直視して言う。

「……絶対に取らないでよね?」

 ……何つう事を言うんだこいつは。周りに沢山人いるだろ。

 波崎さんが感動した瞳を俺と遥香、交互に向けているし。河内は舌打ちしやがるし。

「…まあ、兎に角、俺が記憶持ちだっつう根拠は解ったな?だが、緒方も言ったように、まだ解らないってのが正解だがな」

 木村が強引に話を戻す。誤魔化した感があるが、平和が一番だから良しだ。

「その話だけど、お前等全員が遥香、麻美、朋美が記憶持ちだろうと思った根拠は何だ?」

 こうも見事に一致していると、気持ち悪い。逆に本当にこの三人かもしれないと思ってしまう。

 しかし、根拠も何も、全員が全員「なんとなく」で終わった。

 この期待外れ感はパネエ。何なんだ一体……

「緒方の話は兎も角、えっと、春日さんの噂話が上がってきた事実がある」

「そうだな。国枝にも言ったが、ああいう連中に話は無駄だ。だから犯人を捜してとっちめても無駄だ。どうするんだ?」

 河内と生駒にはその話の方が重要だった。そりゃそうか。信じちゃいねーんだから。

「だから、須藤を見付けてとっちめてだな…」

「大沢ってホント馬鹿だよね。朋美は京都に行ったじゃん。捜すも何も、遠すぎじゃんか。それに朋美って決まった訳じゃないんだから」

 ヒロの馬鹿丸出し発言に、実に的確に返した麻美だった。

「……私は気にしないよ?放置でも全然いいと思うよ」

 当事者の春日さんの発言である。春日さんが気にしていないのなら、そうした方がいいのだろうが…

「さっきも言ったが、俺は須藤だと思う。須藤相手に後手はマズイ。そう思わねえか?」

 あくまでも朋美の仕業だと決めつける木村。前回も朋美がこんな事やっていたから、俺は普通に信じちゃうな。

 確か病院で隔離させていた状態なのに、外泊許可を貰って深夜に家でシコシコ広めていたんだったか。

「……誰が広めたかはまだ解らない。だけど、私が絶対に捜すから」

 何故か熱くなっている遥香。お前も朋美が黒幕だと思っているのか?

「狭川って人が何か知っている風な事を言ったのも気になるよね。先ずは東工とかって。緒方君が暴れて決着が付いちゃったけど、その後もあの人なら知っているのかなぁ?」

 黒木さんの何気ない発言。だが、俺を含めて、全員が黒木さんを見た。

 なんつうか、天啓を受けたような、そんな感覚を持って見たのだ。少なくとも俺は。

 そんな俺の様子を察したか、河内が苦言を呈する。

「まさか話を聞きに行こうって思っちゃいねえだろうな?狭川相手に、お前がまともに話し合えると思ってないだろうな?」

 その通り過ぎてぐうの音も出ない。

 いや、話を聞きに行くと言う事は、結果力付くになるから、話し合いも何もなんだが。

「狭川の方は俺が何とかしてやる。千畳のほうにも連合の顔が利くチームがあるしな」

「俺的に大っ嫌いな糞に頼るってのがなあ…」

 糞に借りは作りたくない。いつか返さなきゃならなくなっちゃうから。

「俺が勝手にやるだけだ。だからお前が貸し借りを気にすんじゃねえよ。つうか、奴の後ろは元々探っていたんだし」

 そう言えば河川敷の時にそんな事を言っていたな。

 狭川は河内、南海は木村と、それぞれやる気になっているようだ。遥香の鬼気迫る決意が一番おっかないけれど…

 なんでそんな顔をするんだ?今度は麻美に向けている訳じゃないからいいけどもさ。

「生駒、お前にも協力して貰うぜ。お前も中学生の連絡先を貰った事だしな」

 木村の振りに苦笑いを交えて返す生駒。

「大洋でどうにか動けるのは俺しかいないから、勿論協力はするよ。連れも一之瀬だけじゃないし、他にも当たってみるつもりだ」

 そうか、あの糞の成り下がった奴だけが知り合いじゃないんだな。じゃあ良かった。まだ救われるってもんだ。

「……私も…」

 挙手した春日さん。ギョッとした。

「あ、あの、春日さん、君の噂の出所を探る為なんだから…」

 国枝君が流石に止めようとした。俺もそれに乗っかろう。

「そうだね。春日ちゃんが一番動けそうだからね」

 しかし、それより先に、遥香があっさりと了承した。いやいや、ちょっと待て!!

「おい遥香、春日さんが標的になっているんだから…」

「言った通りだろ国枝。お前の女と緒方の女を甘く見過ぎだってな」

 木村が被せて来て遮られた。つう事は、こいつはこの流れを読んでいたって事か?

 余程おかしな顔で木村を見ていたんだろう。木村は寧ろ不敵に笑って答えた。

「言っただろうが。俺が記憶持ちかもしれねえってな」

 そ、そうか。過去の遥香、春日さんを知っているから、この流れも読めたって事か…

 そうなると、木村が記憶持ちの可能性がぐんと上がったか?

「取り敢えず、今日は此処までだろ。これからどうすっかも考えなきゃいけねえし。河内も生駒も思う所はあるだろうし。遠出したから疲れたし」

 ヒロが何故か纏めだした。遠出したから疲れたって言っても、お前バイクの後ろに乗っていただけじゃねーかよ。

「そうだね。あまり遅くまでお邪魔するのもなんだし、明人、送って」

「私も一応初顔合わせだから、あまり遅くお邪魔するのもなんだし。シロ、送って」

 当たり前のように彼氏を使おうとする女子二人。木村は呆れ顔を拵えたが、特に何も言わなかった。

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