顔合わせ~003

 翌日、日課のロードワークをこなし、登校する。

 昨日は盛り上がったなあ……俺以外。

 親父と国枝君のバイク談義に、お袋と麻美の遥香の話。

 俺は終始相槌を打って、苦笑いしかしていなかったな。

 ところで、本日は遥香とイベントがあった日だ。俺の世界では。

 上級生に絡まられていた遥香を助けて縁が出来た日だ。

 今回は既に付き合っている状態だが、やっぱり救出イベントは起こるんだろうか?

『あの』緒方の彼女だって事は上級生の糞も知っている筈だし。土下座告白のインパクトデカ過ぎ。

 ともあれ俺は校門を潜った。イベが起こるのか否かは校舎の中に入ってみれば解る。

 靴を脱ぎ、上履きに変える。

 教室に進もうとしたが、俺の足が勝手に止まった。やっぱイベントが起こったからだ。

 だが、絡まられていた女子…

 その子はぶっとい三つ編みじゃなく、腰くらいのゆるふあヘアで、眼鏡は掛けていなかった。

 マジで悩んだ。どうしようかと。

 遥香ならいざ知らず、此処で助けたりしたら、別の女子とフラグ立っちゃうんじゃねーか?と。

 高等霊を目指していたのに修羅場は作りたくない。俺は遥香一筋。

 つか、フラグ立つのは確定なのか?困っている人を助けなくていいのか?高等霊候補だった身としてスルーとかあり得なくない?

「ちょっと!!ホントにやめて!!」

 そうこうしている内に、女子が激しく身を捩った。何処か触られたんだろう。手を振り解く仕草だったから直ぐに解った。

 あ~あ、仕方ねーな…俺は何回繰り返しても結局あの手の糞が大っ嫌いだったし、今も嫌いだし。

 おかしなフラグが立ったら普通に断ればいいや。今は優柔不断になる必要がないからな。彼女いるリア充だし。

 そんな訳で、一番近くにいた糞先輩の肩を叩いて振り向かせた。

 糞先輩は「あ?」と凄んで振り返ったと同時に、床に激しくぶっ倒れた。左ストレートを顔面に放った結果だ。

「いきなりなにしやがるんだコラぁ!!!」

 糞らしく簡単に俺の胸座を掴んでくれた。同時に全員で俺を囲んでくれた。これで女子は目出度く糞先輩の魔の手から逃れた事になる。

 んじゃ取り敢えず、胸座を掴んでくれた糞にお礼をしようか。

 俺は左のショートフックをボディに叩き込んだ。

「うぐ!?」

 簡単に蹲る糞。その顔面に膝を入れて引き剥がした。

「こ!この!!」

 別の糞が大きく振り被って向かってくる。しかし、遅いし隙だらけ。避けるまでも無い。俺のパンチの方が早く届くからだ。

 右ショートアッパーが簡単に決まる。これまた簡単に倒れる糞。

 弱い。弱いなぁ…弱い者イジメして喜んでいる糞はこんなもんなんだよなぁ…木村や的場は、やっぱこいつ等とは違うんだよなぁ。

 倒れている糞先輩を見下ろしながらこんな事を考えていると、別の糞が漸く気付いた。

「お、緒方!!緒方だこいつ!!」

 同時に俺から一気に離れる。倒れている仲間なんか見向きもしないで、逃げ出す奴もいた。

 まあいいや、と俺は残った糞先輩達に凄んだ。

「弱い者虐めしか出来ない糞が…逃がす気は更々無いから、病院のベッドで後悔しろよ……」

 こんな台詞、今まで言った事は無かった。無言でぶち砕くだけだったんだが、俺も高等霊を目指した身だ。忠告くらいは発してやろう。これを忠告と言わないだろうけど。

「ち、ちょっと待て!!これはふざけて…ぐはっ!?」

 このような物言いが、一番腹が立つ。ふざけて他人様を傷つけるってのがもうね。言い訳になっていない言い訳ってこの事だ。

 なのでボディに一発叩き込んだ。簡単に蹲っちゃった。

「……言っておくが、逃げた奴はとことん付け狙うぞ?此処で素直にやられた方が軽傷で済む」

 この言葉で逃げ出そうとした奴が止まる。そして示し合わせたように全員正座した。

「すまなかった!!ハッタリだと思ったんだ!!」

 いきなりなんのこっちゃ解らない事を言いながら土下座した。

「…ハッタリだぁ?」

「こ、この女がお前の女だって…てっきり逃げ出す方便だと…」

 この女子が俺の彼女だと申告した?朝っぱら?俺の彼女は可愛くておっぱいでっかい人だよ!!

 そう思いながら絡まられていた女子を見る。

 ……おっぱいでかいな…遥香と同じくらいだ…脚も綺麗だし、遥香みたいだなぁ…つか、背丈も遥香と同じくらい。違うのは眼鏡していない事と三つ編みじゃないって所。後は制服を着崩している所か…

 いやいやいやいや!!遥香じゃねーか!!

「おおおおおおおおお!!?何!?イメチェン!?」

 めっさ驚いて後退りしながら聞いた。

 遥香はにっこり笑い、しかし目はあんま笑ってなくて。

「漸く気付いたんだね~。驚かせるのは成功したと思って、嬉しい気持ちなんだけど、反面へこむんだけど」

 ゆるふあヘアをファッサーと手で靡かせて非難の口調。

「いやいやいやいや!!直ぐ気付かなかったのは本当に悪かった!!すんごい可愛くなったから!!」

 土下座の勢いで謝罪する。糞先輩達も何故か成り行きを見守っている。キョドリながら。俺と遥香を交互に見ながら。

「すんごい可愛くなったって?今まではあんまり可愛くなかったって事?」

「馬鹿な事を言うな。遥香は世界一可愛いだろうが。そう思うよな?」

 糞先輩達に同意を求めると、全員頷いた。高速で何度も。

「え~?だってすんごい可愛くなったって言ったよね?」

「三つ編み眼鏡の遥香と、イメチェン遥香の可愛さは別ベクトルだ。そう思うよな?」

 糞先輩達に同意を求めると、全員頷いた。高速で何度も。

「先輩達は三つ編み時代を知らないんじゃないかな……」

「俺が知っているからいいんだよ。つか糞先輩方、いつまでも俺の女を視姦してんじゃねーよ。とっとと失せろ。ぶち砕くぞ」

 糞先輩達はおっかなびっくり及び腰でゆっくりと去って行った。残されたのは俺と遥香。それと沢山の生徒だけだ。

 周りの視線がちと痛いので、俺は撤退を促した。

「と、取り敢えず教室行こう。遅刻するかもしんねーし」

 手を握ってその場を離れようとしたら、何故か歓声が挙がった。

「手握った!!」

「あの緒方だよな!?あれ!!」

「俺の女とか言ってなかった!?」

「きゃー!!なんか羨ましいー!!」

 握った手を離した。

「なんで離すの?私の事好きじゃないの?」

「ちょっと待て。なんでそうなる?離したのはギャラリーがわんさかいるからであって…」

「私は!私の事好きじゃないのって聞いているんだけど?」

 …………面倒くせーとは言わない。思っても言わない。言いたいけど絶対言わない!!

「だから!!どうなの!?」

 ずい、と接近して来る遥香。おっぱい当たりそうだった。

「そりゃ、なぁ。知っているだろ…」

 この状況でおっぱい当てられたら何を言われるか解らんので、若干身体を引いて答える。

「知っているよ?でも言って。みんな見ている前で!!」

 またまた接近して来る遥香。おっぱいが胸に押し当てられた。つか、キスできる至近距離だった。

 またまた歓声が挙がる。このおっぱいを当てられている俺に対して。

「ロケット乳押し付けた!!」

「あの子スゲー胸だなあ…」

「緒方君の彼女なんでしょ?三つ指返しの?」

「あのおっぱい緒方の物か…羨ましい!!」

 わいわいがやがやうっせーな!!見るんじゃねーよ!!見世物じゃねーんだよ!!

「わ、解った!す、好きだ…」

 この場と言うか、遥香を治める為に言った。ものすごおい小声で。

「じゃ、キスしてよ?」

 歓声が今まで以上に挙がった。響き渡るとはこの事なんだなぁ、と他人事のように感想を述べた。心の中で。

 だが、俺はノーと言える彼氏を目指しているのだ。嫌なモンは嫌なのだ。見世物扱いは狂犬イメージだけで充分だし。

「キスは駄目だ。視線が痛すぎる」

「視線を気にしなくてもいいならする。と?」

「まあ…そうだな」

「じゃ、保健室行こう」

「いや、なんでそうなる?」

「人目に付かない所だから」

「……ぶっ飛び過ぎだろ」

「いいから」

 俺の手を取って若干小走りになる。俺も引っ張られた形ながら続いた。

 当然歓声が今まで以上に大きくなったのは言うまでもない。

 保険室に連れ込まれた俺だが、更なる衝撃が襲った。ベッドにぶん投げられたのだ。

 俺は簡単に受け身を取って、非難の目で言った。

「なにすんだ!!」

「ん?治療」

 そう言って俺の右拳に指を差す。

 ちょっと血が出ていた。糞先輩をぶち砕いた時に負傷したんだろう。多分歯にでも当たったんだろう。

「こんなもん掠り傷…」

 俺の言葉を無視して消毒液を塗り、包帯を巻く。

「保健委員さんですよ私は。初めての保健委員の仕事が彼氏の治療なんて幸せ~」

 本気で幸せそうに包帯を巻く遥香。なんつーか…幸せなのは俺の方だと思った。言わないけどな!!

「はい終わり。ぐーぱーしてみて?」

 言われた通りに拳を握ったりしてみせる。

「うん、丁度いい。ありがとう遥香」

「いえいえ。どういたしまして」

 言い終えたと同時に目を瞑って唇を突き出してきた。

 これってあれか?言質を取ったから実行しようって事か!?

 蛇に睨まれた蛙のように、俺は固まった。遥香の唇から目を逸らす事はしなかったけど。

 あの唇に重ねてー、と悶々としながら葛藤していた。

 やがて遥香は諦めたように身体を引く。途端に脱力する俺。

「あはは~。解り易すぎ」

「仕方ねーだろ。俺はヘタレなんだよ」

 自虐だが本当の事だ。心の準備がどうしても必要なのだ。

 遥香はベッドの上で体育座りになって、自分の足の親指を弄りながら言った。なんつーか、いじけている様な感じだった。

「だって…不安だったし……」

「何が不安なんだよ?」

「……隆君、春日ちゃんとした事あるって…楠木さんのパンツ何度も見たって…」

 ……それは過去、と言うか、俺の世界の話であってだな…今は目の前の巨乳で可愛くて頭がいい女子が彼女なんだからな?

「…春日ちゃん、素顔すんごく可愛くてさ。楠木さんもちょっと見た程度だけど、上手いしさ、男子の釣り方が」

 釣り方って。言いえて妙だが。だけど、あの恰好や仕草は男なら勘違いする。敢えてそうしているんだろうけど。少なくとも今現在は。

「だから私ももっと可愛くなんなくっちゃ、とか、もっと際どい格好しなくちゃ、って…キスすればあの二人に取られる事も無くなるだろうって…」

 遥香らしくない弱気だ。だけど、俺の世界の遥香もそう考えていたんだろう。やたらとおっぱい強調していたし。遥香なりに頑張っていたんだろうなあ…

 だけど成程、そうか。

「そのイメチェンは春日さんと楠木さんを意識したもの、か?」

 こっくんと頷く。コンタクトにして素顔を晒したのも、制服を着崩して際どくなったのも、対抗意識から来るものだったか。

「俺はお前と付き合っている状態なんだけど…この世界の俺には面識がない二人なんだけど…」

「解っているけど怖いじゃない…国枝君が春日ちゃんの担当でホント良かったと思っているんだから」

 担当って。

 だけど遥香の不安は取り越し苦労だ。

 俺が戻って来たのは、お前を助ける為だ。お前を幸せにする為だ。

 その俺がなんで心変わりをすると思う?思っていないけど不安だって事か?

「アホか。俺はお前を好きなんだよ。心変わりとか浮気とか、余計な心配だ」

 頭をくしゃくしゃと撫でると、遥香が顔を上げた。

 おおう…ぷりっぷりの唇がそこにある………

 吸い付くように、つい、ホントつい!!無意識にその唇に触れた!!俺の唇が!!

 遥香は目を大きく見開いて俺を直視した!!俺は顔真っ赤!!

「か、彼氏だからな!!も、ももももも!!文句は言うなよ!!!!」

 みっともない程どもって、キョドった。つか、なんでキスした俺!!!逆ギレみたいな言い方しちゃったし!!

「つか、体育座りやめろ。パンツ見えているから。白だっての丸解りだから」

 うおー!!なんで余計な事を言うんだ俺は!!あのままだったらパンツ見えて超ラッキーだったのに!!

「え?楠木さんは敢えて見せていたんじゃないの?」

「わざとかよ!!」

 身体全体で突っ込んだ。びょ~んと。

「あはは~…でも、やっぱ恥ずかしいね。わざと見せているとは言えさ。キスした事を有耶無耶にしようと頑張っているのも痛々しいし」

 お見通しかよ!!ビックリだよお前には!!

「ねえ」

 ずい、と遥香が接近して来る。俺は身体を硬くして退いた。

「キス…してくれたんだよね?」

「お、おう…彼氏だしな……」

「……保健室ってエロいよね?ほら、私も油断していると、パンツ見えちゃうくらいの短さになったし」

「誘うんじゃねーよ!!思春期の男子は抑えるのが大変なんだから!!」

 今回は麻美が憑いていないから、夜が捗るじゃねーか!!俺は毎朝早いんだから、余計な体力使わせんな!!

 やがて遥香はぷっと笑い、離れる。

「あはは~。うん。ゆっくり行きましょうか。焦る必要、無いようだしね」

 安堵した。あのまま迫られたら、早朝の保健室で大変な事をしてしまう所だったぜ。今回は彼氏彼女だから、制約が緩すぎるからな。

「おう。だからそろそろ出よう。保健室をガチで使いたい人に申し訳ない」

 早朝から体調不良やら怪我で、使用したい人がいないとも限らないからな。

「うん。そうしよう。ほら、立って」

 手を差し伸べる遥香。その手を取る俺。

 んで、引っ張られた俺は、そのまま遥香の唇に………

「お!!おおおおお!!お前いきなり何を!!!?」

「ん~?いいじゃない?彼女なんだし」

 ニコッと笑う。頬を染めて。いや、俺も似たような事したから、文句は言えないが。言う筈が無いけども。

 やっぱり心の準備って奴がな。俺はヘタレなんだから!!

 顔が真っ赤なれど、保健室から出る。

「うおっ!!?」

 驚いて腰が引けた。保健室の前には、聞き耳を立てていたであろう生徒がわんさかいたのだ!!

「な、ななんあななあああああ!!?」

 文句と言うか、言葉が出て来ない。それ程テンパっていたと言う事だ。

 糞先輩をぶち砕き、彼女に保健室に引っ張られたのはまあいいんだろうが、遥香がキスがどうのと言ったから興味を覚えてつい、って所だろう。

 証拠に集まっている連中はバツが悪そうに顔を背けたり、こそーっと逃げようとしていたり。

「お、おおおお、お、お前等悪趣味………ぐおっ!!?」

 頑張って文句を言おうとした俺の腕を取って、自分の腕を絡める遥香。超接近なので、おっぱいがバリバリ当たっている!!

「女子の中には隆君狙いの子がいたんだろうけど、この人私の物だから~。私をいいなって思ってくれた男子もいたんだろうけど、諦めて他当たってね~」

 いや、遥香は可愛いしスタイルいいから、狙っている奴もいただろうが、俺は狂犬凶悪のイメージがあるからないだろ!!

 テンパってギャラリーを見たり、遥香を見たり。その時遥香の視線が一点を向いている事に気が付いた。

 その視線を追うと……楠木さんがいた……!!

 ギャラリーに混ざっていたのかよ!!何時の間に?

 それに気付いた遥香は、俺との恋仲を公開して、告白イベントを潰した?既に付き合っている状態なのにわざわざ?

「はい、みんな散って散って~。通行の邪魔だから。私達も教室に行かなきゃ」

 それはその通りで、もう直ぐ予鈴が鳴る時間。促されずとも自分の教室に皆帰って行く。当然楠木さんも。

 俺は小声で確認を取る。

「気付いたからワザと?」

「うん」

「お前と付き合っているのは、一年の中じゃ有名な筈だろ?わざわざ?」

「私は石橋を叩いて渡るタイプなんだよね」

 そう言われればそうか……病的に用心深かったもんな……

「だけど、これで完全に手は出して来ないでしょ。『緒方の彼女は槙原だとみんな知った』からね」

「例え告られても俺から断るんだけど?」

「振ったら、ある事無い事言われて噂が立っちゃうかもしれないでしょ?その危険性も無くしたかったのよ」

 相変わらず俺の想像の一手二手先を平気で行くなぁ…頼もしいやら怖いやら、だ。それ以上に愛しちゃっているからいいんだけど。

 取り敢えず教室に戻る。遥香のイメチェンに全員が驚いた。当然だけど。

「ま、槙原さん、雰囲気随分変わったね?」

「そう?国枝君もコンタクトにしたら、雰囲気変わるかもよ?」

 しなを作って言う。セクシーポーズ?何でそんなポーズを取るのか解らないが。

「槙原、南女はどうなった?」

 こちらはイメチェンなんか関係ないとばかりに、自分の用事を優先させた。解り易くて泣ける。

「そうそう。その事なんだけど、今日は全員私に付き合って貰います」

「全員って、私も?部活あるんだけど…」

「終わってからでも全然いいよ。集合場所は隆君の家だから」

 そうか。俺ん家なら融通は利くしなあ………

「………なんで俺ん家?」

 いや、別にいいんだけど、俺ん家でどんな話をすると言うんだ?

「いや、隆君の家の方が誘い易かったから」

「誰を誘うんだ?」

「だから、波崎」

 ………波崎さんと俺とは、面識がない状態なんだが…

 何をどうすればそう言う結論になるのか、さっぱり解らん…

「いや、あのね?私は緒方君の家知らないんだよね?後からどうやって行けと?」

 断らないのか。黒木さんは常識人だと思っていたんだが…

「終わったら連絡くれれば迎えに行くよ。誰かが」

「誰かって誰よ?」

「じゃんけんで負けた人とか?」

 ………誰でもいいんじゃねーか。まあ、迎えに行くくらいなら…例の十字路まで来てくれれば、案内もしやすいし。

「いや、俺ん家集合なのは別に構わんけど、なんで?」

「え?私を家族に紹介してくれるって言ったじゃない?」

 ……言ったけど…こんなシチュで?こういうのは一人で来て貰って、あらあらまあまあとか、よく来たねとか…

「隆ん家なのは意味不明だが、そこに行けば南女の彼女が来るんだな?」

「そうだよ。尤も、私は紹介するだけ。恋人さんになれるかどうかは大沢君次第だからね」

 そりゃそうだ。切っ掛けは作ってやれるが、その先は自分次第。

「そりゃ願っても無い!!」

 腕を組んで胸を張るヒロ。何処からその自信が出てくるのか。そのイミフな自信をちょっと分けて欲しい。

 昼飯時間。弁当を広げようとした俺とヒロと国枝君に、遥香が話し掛けて来た。

「あ、みんな、一緒に食べよ?」

 断る理由が皆無なので頷くと、俺の腕を取って引っ張る。

「な、なに?昼飯食うんだろ?早く机合わせて弁当広げろよ?」

「教室じゃなくて、移動しよ?」

 移動と訊いた俺達は顔を見合せる。

「……別に教室でもいいんじゃないかな?中庭に行くのなら、今日は天気が悪いし…」

「いや、図書室。国枝君は必ず来てくれなきゃ困るよ?」

 ピンときた。春日さんと一緒に昼飯食えと言う事だな。

 俺は広げた弁当を仕舞い直す。

「隆、図書室に行くのか?ぶっちゃけ面倒なんだけど…」

「大沢君、波崎の好きなタイプは、図書室のような知的な場所で、お昼食べる人なんだよ?」

 亜音速で弁当を仕舞うヒロ。遥香の冗談を間に受けるとか、本当に可哀想な奴だ。

 途中、ついでだからと飲み物を買い、図書室に向かう。

 道中の視線の痛い事痛い事。保健室の事を知っている奴や、噂で聞いた奴の、好奇の視線なんだろうな。見世物じゃねーんだから。

「隆、俺達なんか注目されてねえ?」

「お前じゃなくて、俺と遥香だろ……」

「ああ、お前保健室でやらかしたらしいからな。そのちょっと前も先輩ぶん殴ったんだって?」

「おう。だからだろ」

 納得と頷いてそのまま歩くヒロ。お前も結構大概なんだから、危機感持った方がいいと思うけどなぁ…

 図書室に到着。遥香に続いて入室する。

「あー、やっと来た!!」

 奥まった席に座っていた黒木さんが立ち上がって手招きをする。その向かいには、俯いてこっちを見ない小さな女子の姿。

「ごめんごめん。男子、お弁当広げちゃってて」

 両手を合わせてごめんのポーズの遥香。国枝君は既に春日さんをガン見中だった。

「ほら、春日ちゃん、国枝君来たよ」

 黒木さんに言われてゆっくりと顔を上げる春日さん…可愛い。しかし、視線の先には俺が居ない。国枝君を見ている。ちょっと悲しい。嬉しいけどもね。

「春日ちゃん、この人私の彼氏の緒方隆君。こっちの彼は大沢…なんだっけ?」

 腕を絡めて来てのボケ。ヒロは苦笑いしながら乗っかる。

「大沢博仁ってんだ。前も会ったよな?購買で」

 こっくり頷く春日さん。頷いてすぐに国枝君を見た。いい感じに好感度上がっている様な?まだ1、2回しか会っていない筈なのに。

「春日ちゃん、この人私の彼氏!!カッコイイでしょ!?」

 腕を執拗に絡めての念押し。おっぱい当たっているってレベルじゃねー。押し付けているっつう感じ。

「……うん」

 俺の方なんか見ないで「うん」とか。眼中に無さそうなんだけど。なので遥香に超小っちゃい声で耳打ちをする。

「そんなにアピらなくても、俺には興味示してないから大丈夫だろ。今は国枝君を意識しまくっているから」

「え?私の行動、見切っていたの?あー。やっぱ愛し合っている者同士の間には、隠し事は無理なんだねー。困ったなー」

 全然困った感じが無いぞ。寧ろ嬉しそうだぞ。

「もう、自己紹介はそれくらいにしてさ。お昼食べようよ?お腹空いたー」

 黒木さんに促されて席に着く。春日さんの隣に国枝君が座り(遥香に無理やり追いやられていた)、その隣にヒロ。春日さんの正面には黒木さん、その隣に遥香、俺と座った。

 弁当を広げてみんなのも見る。男子は全員弁当だが、遥香と春日さんはパン、黒木さんは弁当か…

「遥香、今日パンなのか?」

「うん。ツナマヨパンとエビマヨパンね。因みに飲み物はコーヒー牛乳」

 そのエビマヨパンをあーん、としてきたので、遠慮なく一口齧り付く。その時初めて春日さんが目を見張った。

 モグモグやりながら御返杯とばかりに、から揚げを箸で刺してあーん、と。遥香も遠慮しないでパクンと。

「……槙原さんと彼氏さん…仲良いんだね…」

 それは羨ましそうに。つか、彼氏さんって。他人行儀にも程がある。今日初めて会ったばっかだから仕方ないけども。

「こいつ等バカップルだから仕方ねえんだ」

 ヒロのやや不貞腐れた感じの返答。お前には聞いていないだろうに。

「そそ。こんなの可愛いもんよ。告ったの見たけどさ、土下座で付き合ってくれ、だよ?正座で三つ指ついて、お受けしますだよ?それに比べたら、あーんくらい」

 それを言っちゃうか黒木さん。春日さんもその噂くらい耳にしているだろうに。それ程の事をやらかしたんだぞ。俺達は。

「……なんか…そう言うのいいなあ…憧れるなあ…」

 お?いい感じに自分の要望を述べて来たぞ?だったらそれに乗っかろうか。

「春日さんってどんなタイプの男子がお好み?」

「……別に…そう言うのは無いけど…優しい人ならいいかな…?」

「そうか。優しい人なあ…因みにこのウニ頭は優しくない」

「お前だって優しくねえだろ!!」

「えー?ダーリンは優しいでしょ?ダーリンのおかげで、大沢君は彼女出来そうじゃない?」

「それは……うん…」

 項垂れるヒロ。遥香に口で勝とうと試みないだけ良しだ。絶対に負けるから、無駄に疲労するだけだぞ。

「国枝君、食べないの?」

「え?あ、ああ。うん。食べるよ」

 超緊張して漸くご飯を一口。国枝君って中学時代彼女いたんだよね?何でそこまで緊張するんだ?

 怪訝に思っている俺に、遥香がこっそりと耳打ちする。

「多分病みを気にしているんだと思うよ?」

 あーそっか。春日さん刺しちゃう人だから、別のベクトルで緊張しているのか。

 だけど印象は良かった筈。昨日可愛い人って言っていたからな。

 んじゃ助け船、と言う訳じゃないが、話題を広げてやろうか。

「春日さんは自分で朝ごはん作ったりしないの?」

「……シリアルとかパンケーキくらいかな?」

「へー。じゃあ弁当とかは作らないんだ?」

「……お昼は甘いパン食べたいから…」

「あー。今食べているパンか?人気あるって聞いたけど、売り切れたりしない?」

「……昨日は国枝君が買ってくれたから…今日は運よく買えたかもしれないね…」

 国枝君の方を一瞬見る。俺と目が合った。俺は微かに頷いて促した。

「あ、あの、春日さん。よかったら、明日から僕がそのパン買うよ。あの男子の群れはキツイでしょ?」

 勇気を出して言ったか!!それでいいんだ国枝君。好感度はパンを買う所からだ。実際一回パン買っただけで、好感度上がっただろ?

 病みは俺達も手を貸す。性的虐待の傷はそう簡単に払えるもんじゃないが、友達がこんなにいるんだ。問題無い!!

「……いいの?迷惑じゃない?」

「いや、迷惑だなんて思っていないよ。僕から提案したでしょ?」

 こっくり頷く春日さん。その口元には笑みが零れている。

 嬉しいんだ。好意が。嬉しいんだ。気にかけてくれるのが。

「あー…隆は愚か、国枝にも先越されそうだな……」

 ヒロがそう言った瞬間、春日さんがボッと赤くなった。

「お、大沢君…いきなり何を言うんだい?そ、そりゃ春日さんは素敵な人だけど…」

 真っ赤になって俯いちゃった春日さん。好意に対して敏感なんだよな。中学時代、と言うか、素顔を晒していた時代は言いまくられていただろうに。

「あはは~。国枝君、それ公開告白」

「ねえ?遥香のダーリンもそうだけど、そういうのっていいよねー」

 なんかとばっちりが俺に来たけど気にしない。

 国枝君と春日さんがいい感じになる方が優先だ。問題はどのタイミングで性的虐待の事を知っているかを言う事だ。それが一番ハードルが高いだろう。

 間違えば国枝君刺されてしまうかもしれないし、それは慎重に行かなければならない。

 遥香に目配せすると頷く。阿吽の呼吸、此処でも発揮だ。

「あ、ねえねえ春日ちゃん。春日ちゃんのケー番とかアドレス教えてよ?交換しよ?」

 超躊躇しながらも自分のスマホを出す春日さん。

「あ、俺もいい?つか、みんなで交換しようぜ。いいだろ国枝君?」

「え?う、うん。そうだね。春日さん、良かったら…」

 やはり戸惑いながらもこっくり頷く。人を遠ざけているとは言え、一人は寂しいのだから、交換は比較的簡単だろうと思ったが、読み通りだった。

 ともあれ、全員春日さんとアドとケー番を交換した。ミッションクリアだ。

「……みんな…有り難う…」

 なんか俯いてお礼を言われちゃったが、礼を言われる筋合いはない。

「なんで礼なんか言うんだよ?ダチなら交換くらい当然だろ?」

 ヒロが珍しく男前な発言を繰り出した。つか、まさにその通りで、全員乗っかって頷く。

「……うん…友達…だから…」

 必死に泣きそうになるのを堪えているようだった。そう。友達だから当然。別におかしい事は無い。

 これが普通なんだ。だからそんなに泣きそうな顔すんな。黒木さんなんか貰い泣きする寸前じゃねーか。俺もちょっとうるっと来たけどさ。

「あ、ねね春日ちゃん。今日ダーリンの家にみんな集まる事になったんだよね。よかったら来ない?」

 遥香が春日さんを誘う。一瞬顔を上げたが、直ぐに俯く。

「……迷惑かけるかもしれないから…」

「迷惑って言うなら、大勢で押しかける方が迷惑だろ。だからいいんだよ」

 全くその通りのヒロの発言。つか、こいつなんでそんなに余裕なんだ?もうちょっとキョドるかと思っていたのに?

「大沢君の言う通りだし、集まりを呼びかけたのは遥香だし、当の緒方君は何も言わないからいいんじゃない?」

 いつの間にか名前呼びか。この数日で随分仲良くなったよなあ…

 春日さんがゆっくり顔を上げて俺を見る。

「……お邪魔して迷惑じゃないの?」

「なんで?全然邪魔じゃないよ?俺ん家は友達を呼ぶ事を、逆に喜んでいるんだから」

 こっちの緒方君も友達居ないみたいだし。麻美とヒロで事足りていたんだろうなあ。

「……国枝君も来る?」

「勿論行くよ」

「……じゃあ…ちょっとだけお邪魔させて貰うね」

 おお…国枝君と少しでも一緒にいたいと言うって事だよなその発言。もう告ってもいいんじゃねーかって程、好感度高いんじゃねーか?

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