バニラアイスと色仕掛け

小夜彦が入部した日の放課後。

 俺は緩羽を背負って階段をのぼるという修行のような事をしていた。


 白くて細い脚に合法的に触れられる。

 ちょうど胸が背中にあたる。

 話すたびに息が耳にかかる。

 …などのラッキースケベがちゃっかり味わえたりしちゃうのだが、後から小夜彦に私的されるまで全く気付かなかったぐらいには肉体的苦痛のほうが勝っていた。


 なんでこんな状態になってるのか端的に説明する。

 俺たちは、小夜彦のアイディアを採用し、生徒会長の元へ向かう事になった。

「そんなに大人数でいくと迷惑だろう」ということで、四人の中から二人が選抜されることになったのだが、そこからが長かった。

 部長の俺はもちろんとして、もう一人が誰かという話になったのだが、「まーくんと一緒がいい」「なんかおもしろそー」「美人で凄腕という生徒会長を一目拝んでおきたい」等の身勝手な意見でみんなが付いていきたがった。

 身勝手な意見と身勝手な意見がぶつかり合うとどんな悲惨な事になるかというのは、説明するまでもない。

 言い争いは30分に及び、最終的にじゃんけんで決戦をすることになり、結果、勝ち残ったのが緩羽なわけだ。

 こんな苦痛な目に合う事は見えていたので、正直一番勝ち残ってほしくなかった。

 なんてったってこの女。

 階段を一階分あがっただけで、おんぶをねだってきたのだ。甘ったれの権化か。「後でハンバーガー奢るね」の一言で迷わずこの苦行を受け入れた俺も俺だが。


「よし!ついた!」

「おつかれ~まーくんえらいねーすごいねー」


 そのまま生徒会室の前に来た。中は人間の声などせず、紙の上をペンが叩く音しか聞こえてこなかった。さすが全校生徒から会長に引き抜かれた優等生たち。

 そう思うと、なんだか怖気づいてきたぞ。


「まーくんのへたれー別に殺されるわけじゃないんだからー」 

生徒会室の前をうろうろしていると、背中から緩く文句を言われた。

「じゃあせめて変な目で見られないように背中から降りてくれない?」

「まーくんは私に二足歩行をさせる気か…!」

「二足歩行しない気なの!?人間として大丈夫か!?」

「天使だもん」


俺たちが扉の前でごちゃごちゃやっていると、突如道場破りのようにスパーンと扉が開いた。


あ、この開き方デジャヴだな…


「先輩方うるさいですよ」


そこに立っていたのはあの日、料理部に来た向上院先輩からの使い。


「向上院…有亜ちゃん?」

「はい。向上院有亜です。何か御用でしょうか?料理部の部長さん」


 あ、俺の名前はおぼえてないのね。別にいいけど


「アリー、アリー、ちょっと会長さんに聞きたいことあるんだけど」


俺の背中からひょこりと顔をだして緩羽が言った。

変なあだ名をつけられた有亜ちゃんは、そこで初めて緩羽の存在に気付いたようで、大きく目をあけて驚く


「あのお姉さまと謁見するのであればもう少し健全な姿で…」


「そのままでいいよ。おもしろいし」


有亜ちゃんの後ろから生徒会長が現れた。

相変わらず、威圧感というか王者の貫禄じみたものが感じられる。


「向上院先輩…」

「そんなに堅苦しくなくていいよ。じゅりじゅり先輩とでも呼んでくれ」

常に霊圧を周囲に放っているような先輩にじゅりじゅり先輩だなんて恐れ多すぎる。3回ぐらい転生してもこんな呼び方ができる関係にはなれなさそうだし。


「ねぇ、じゅりじゅり先輩。今部活に入ってない人のリストとか無いの?」

 コイツが女じゃなかったらそのまま背負い投げするところだった。


 有亜も俺も後ろの生徒会役員たちもみんな「嘘だろ…」みたいな顔でこちらを見ていた。ものすごく引き返したい。


「ふふふふ。よかったら中に入って話をしよう。」


 高貴すぎて何考えているのか下民には理解できない笑みを浮かべながら、会長は俺達を中に入らせた。


「ありがとじゅりじゅり先輩―ほらまーくん中入ろ」

「いや、お前は俺から降りろよ…」

 緩羽の発言に呆気にとられて、こんな当たり障りのない言葉しか言えなかった。


 慌てて緩羽をおろして中に入ろうとするが、緊張で足が震えて行進みたいな歩き方になってしまう。

 ゆらゆらとゆれるように歩く緩羽がソファーに座った所で少し緊張がとけて、俺も「失礼します」と小さく言ってソファーに座った。


 生徒会役員たちが仕事をするデスクをはさんで、会長席に朱里亜先輩が座る。やはりすごい威厳だ。


「何か珍しいものでもあるのかい?」

なんだか落ち着かなくて周りをきょろきょろと見回す俺に会長が言った。


「あ、いえ、役員って女子ばっかりだなーって…」

「恐れ多くて落ち着かない」なんて理由いえるわけなく、適当なことを言った。

「あぁ。女子ばっかりというより全員女子だよ。私がスカウトしたんだ。」

「あー会長女好きの面食いって噂聞いたことあるかもー」

 場の空気が一気に凍り付いた。すごいなコイツ。怖いものなしか。

「そんな噂誰から聞いた!明らかに今言うべき事実じゃないだろ!」

「小夜ちゃんから聞いた」

「いつのまにか打ち解けやがって…」


「ふふふそんな噂が流れているのだね」


 小声で会話してたのに聞こえていたのか!?特有のアルカイックスマイルで怒っているのかさえわからない。わかった!俺この人苦手!!

「真実はご想像におまかせするよ」


 否定はしないという事は案に肯定していらっしゃる?春野宮先生になんとなく甘かったのも納得できる話だが。

 そこに妹である有亜がお茶を運んできた。

 俺と緩羽は、「こいつはどうなんだ」という意味をこめて指さした。妹までいれてハーレムだなんて言わないよな?


「あぁ、その子は勝手に生徒会室に入り浸っているだけで役員でも何でもないよ」


あんだけ生徒会役員の誇りにかけてみたいな顔しておいて、役員でもなんでもないのかよ!!


「生徒会役員選挙は早くても一年の後期ですから。生徒会長になるには、少なくとも朱里亜お姉さまがご卒業なさってからでないといけないのです。」

有亜は不満そうに言った。


「有亜。君もいい加減部活に入りなさい。君だけ例外というわけにはいかないよ」


 ため息をつきながら少し厳しい口調で会長は言った。

 俺だったらその時点で恐怖で折れているところだが、親族ともなると、この威圧は日常的なものなのだろうか。おれが向上院家に生まれていたらこの威圧に常に当てられて脂肪が圧縮して普通の体系になったりしただろうか?


「たった前期だけではないですか。かわいい妹に免じて見逃してください!」

 まじめなお嬢様キャラかと思ったが意外とちゃっかりしてるなコイツ。


「ここにいる役員はきちんとした手順を踏んで役員になっているんだよ。このままでは後期にだって役員に入れる気は起きないな」

「むむ、料理部の部長さんが言っていらしたとおり女性ばかりで、しかも美人ばかりだというのは全くの偶然で正しい手順を踏んでいると?」


なんだか空気が不穏になってきたぞ!?家でやってくれないかな!?


 そんな俺の想いに対して、緩羽は何がおもしろいのかニヤニヤとしている。

 こいつも性格が悪いな。生徒会役員の美女たちも気まずそうにしている。


「もちろん。外見で支持されることは珍しい事でもなんでもないだろう」

 会長は余裕そうな笑みを浮かべる。

 この小さい方の向上院が大きい方に言い合いで勝つイメージが全く浮かばない。


「それは失礼いたしました。てっきりお姉さまが自分好みの生徒会を作るために票操作でもしていたのかと勘違いしていました」

 会長の笑顔が若干ひきつった。

 隣の緩羽が「おお」と小さく歓声をあげている。なんでコイツは観戦スタイルなんだ。


「有亜ちゃん!落ち着いて!」

「いい加減にしてねー有亜ちゃん」

「ちょっと頭冷やそうかー」


 今まで俺と同じく凍り付いた空気の中で言葉を発することのできなかった空気のよめる美人役員たちが、有亜を引きずる様にして生徒会室の外へ連れて出した。ファインプレーと言わざるを得ない


「なんでこんな犯罪者みたいな連れてかれ方しないといけないのですかー!」

「ははは。そのまましばらく中に入れなくていいよ」

会長が少々怒っていらっしゃる!!!


「あーあ、退場しちゃったーつまんなーい」

緩羽、お前は一体何を楽しんでたんだ。


「ああ。今するべき話ではなかったね。見苦しいところをお見せして申し訳ないよ。」

「は、はぁ…大丈夫なんすか?」

「何がだい?」

「いや、妹さんが…」

「あぁ、あれは少々甘ったれで世間をなめくさっているからね。少し厳しいぐらいがちょうどいいんだよ。」


やっぱり会長怖い!!!っていうかものすごく胸に刺さる!俺も緩羽にあれぐらいの態度でいたほうがいいのか?


「それに彼女が言っていることあながち間違ってないからね」

「え」

「うちの学校で生徒会役員なんて面倒くさい仕事をやりたがるのは私の愚妹ぐらいだよ。スカウトぐらいしないとやってくれないからね」


それは確かにグレーゾーンという感じだな。おそらくそのスカウトは能力ではなく外見なのだろうが。


「ちなみに君のお姉さんもスカウトしたんだけど。きっぱり断られてしまったよ。」

 だろうな。


「緩羽ちゃんもよかったらおいで。君なら大歓迎だよ」

「えーなんかキモいからいいやー」

 本当に怖いもんなしだな。最早お前が怖いわ。


「で、要件は何だったかな?」

「あ、部員を集める際にまだ部活に入ってない生徒がいないかどうか知りたくて」

「そうそう生徒会長様なら知ってるかなーって」

「あ、君たちまだ料理部諦めてなかったんだね」


諦めていると思われてたのか・・・確かに大々的に募集をかけたりしているわけではないからな・・・


「やはり部員集めはそこが難航するよね」

「この学校ほとんどの人が部活に入ってるからねー」

「部活動が盛んなのが売りだから」

 そういえば、この学校は「部活入部率99パーセント」なんて煽り文句で宣伝していたな。今の時代、学校でも何かしら売りがないとやっていけないのだろうか。


「で、部活に入っているか入っていないか。というデーターは、まぁあることにはあるのだけど、かなり時間のかかる作業でね。結論だけはっきりと言うと、できないな。」


「えーデーターだけでもないのー?」

「そもそも個人情報だからね。あまり私用で見ていいものではないんだよ」

「正論だ…」

「じゃーどうしようねー」

 緩羽は俺の方に頭をぐりぐりと押し付けながら寄りかかってきた。猫かお前は。


「あぁ、いるじゃないか。」


 手のひらにグーを乗っけるひらめきの仕草をした会長。

 会長からの紹介という事で少し身構えてしまう。一体どんな人物なのだろうか。模試で全国一位ですとか、大食い世界大会で優勝してきましたとか、高校生にして天才料理研究家とかだったらどうしよう。



「よかったら有亜をもらってくれよ」


「「え!?」」


「部活動をつくるには、他学年が一人は入っていることが条件だよ。悪い話ではないだろう?」


 予想外の名前が出てきて戸惑う俺たちに、追い打ちをかけるように会長は言葉の槍で攻撃してきた。


「は、入ってくれますかね?」

「あぁ、あの子は生意気だからね。素直には入ってくれないだろう。」

「えーじゅりじゅり先輩から何とか言ってよー」

「私の言葉を素直に聞くような子だったら困っていないよ」

 そりゃそうだ。あの会長に口答えできる人間は、あの子か、よっぽどのけーわい


「じゃあ、弱点とか」

「何する気だお前」

「例えば、食べ物を与えとけばなんとかなるとか、金に弱いとか、ブラコンだとか」

「ウチの部員の弱点を公表するな!」

「やっぱり頸動脈?」

「そこが弱点じゃない人間はいないな」


「ふふ弱点ね。」


なんだか今までの笑みの中で一番含みのある笑みで会長は奴の弱点を告げた。


これはギャグか?笑えばいいのか真に受ければいいのかわからないぞ。


「ここまで協力したんだ。向上院家の弱みを晒したと言っても過言ではない。まさか失敗なんてしないよね?」

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