料理部がだんだん怪しい方向に向き始めたの巻

「バイトやめてきた!!」


 翌日。教室に入った途端。ひまわりのような満面の笑みで小夜彦は言った。


「…え」

「だから入部届ちょーだい!」

「ちょ、ちょっと待てって」

さすがに昨日今日で言っている事に相違点がありすぎて戸惑うぞ。

「え、なに、入部してくれんの?」

「うん」

「バイトはやめたの?」

「うん。きれいさっぱり」


瞬き三回程の間が開いた。


「えええええええええ!!!?」

「戸惑うまーくんもかわいいけれど、ちょっと落ち着きなさい。」

「うわああああああああ!?お前どこから!!!」


 すると、当たり前のように俺の椅子の下で丸まっていた愛澄が、背中に手をまわして俺を落ち着かせてきた。この状況で落ち着けるわけがない。


「とりあえずどういう事?説明して。」



「いや、お前の状況も説明しろよ。何してるんだよ。」

「アンタ、お父さんと二人暮らしで、自分用の金つくるためにバイトしてたんじゃないの?そっち犠牲にしてまで入部してくれなんて言ってないわよ。」

「あははーありがと愛澄さん。とりあえず床は汚いから普通に出てきてよ。怖いよ」


仮にも美少女が床に寝っ転がって丸まっている様子はシュールすぎて、もはや前衛的な画家が描いたアートのようだ。


「しょうがないわね。」となぜから上から目線の言葉を下から発し、椅子の上からもぞもぞと出てきた。 

 埃だらけだ。居た堪れないのでこっそりはらっておこう。


「二人とも俺が家の事情で金稼ぎしてると思ってるみたいだけど、本当にただの趣味だからね!別にお金に困ってるわけじゃないし、お父さんと二人暮らしはそれなりに楽しいからね!?片親がみんな苦労してると思ったら大間違いだからね?」

「はぁ?何それ?心配損じゃない」

「そんな事ないよ!もっと労わってくれてもいいよ!」

「バカじゃないの?あーもー!見つからないように忍ぶのにも一苦労なのに、思わず口をはさんじゃったわ」

「あ、あれ忍んでたの」

「小夜彦お前、気づいてたのかよ…?」

「え、あ、まぁそりゃあね。」

「言えよ!!」

「だって愛澄さん怖いし!」

「ヘタレか!」

「そんな事どうでもいいのよ。…それだけ清々しい笑顔をしているって事はあと腐れなくバイトやめたのね。いいの?」

「もちろん!」


「じゃあ、昨日、緩羽に何吹き込まれたんだ」


 小夜彦はあからさまに目をそらした。


「話しなさい」


 愛澄は、不気味な程やさしい口調で隣の椅子をもちあげた。何も優しくない


「吹き込まれてない!!料理部に入って愛澄さんの写真撮りまくって荒稼ぎしようなんて吹き込まれてない!」

「何吹き込んでんだ!あいつ!」


「それだけじゃないでしょ?」


 ギクリという効果音が聞こえてきた気がした。

 女のカンと野蛮人の理不尽程怖いものはないな。


「だから何も吹き込まれてないって!愛澄さんのファンクラブを有料会員化してアイドルのファンクラブみたいにしようとか、東の作った料理をブログにのっけて果ては書籍化とか、有料配信で愛澄さんの料理ショーとかなにも企んでないよ!」

「短時間で悪だくみしすぎじゃない!?」

「金の亡者か!?」

「商売上手って言って!」

「さっきの言葉の後半部分反復してみろ!夢見がちか!現実見ろ!」


てへぺろっみたいな表情でごまかしていたが、てへぺろが許されているキャラクターは、こんな不純な動機で入部しない。


「でも、これで料理部復活の儀式に必要な生贄はあと一人になったねー」


「なんて言い方するんだ・・って緩羽!?」


いつのまにか、目の前で余った袖をゆらゆらさせて手を振る緩羽の姿があった。


「こんな時間に起きてるなんてどうしたんだ?病気か?おなかいたいのか?」

「こんな時間って今9時だよ?五分後にはホームルームだよ」

「緩羽が正しい事を言っている…」

「いつも間違ったことしか言ってないみたいな言い方しないでよー」


「まーくんの言葉はすべて正しいんだからアンタの言葉なんて全てが間違ってるに決まってるじゃない」

「すごい。愛澄の言う事は何もかもが間違ってるな」

「でも、その堂々とし言い切る姿勢すごくいいと思う!!ファンクラブの統率力も高まるよ!」

 愛澄のファンクラブなんて作ったら最早過激派宗教団体になってしまうのではないだろうか。小夜彦が計画に乗り出したら何が何でも止めなくては。

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