僕の嫌いな英雄物語

猫柳

第1章 昔々のおとぎ話

第0話 英雄かく語りき

 それは今を生きる人々が誰もが一度は聞いたことのある昔々の物語。


―曰く、英雄は種族の垣根を崩し、種族統一を成した。

―曰く、英雄はすべての人民を例外なく法の下に置いた。

―曰く、英雄は同性恋愛を支援し確立させた。


 今も語り継がれる物語は、様々な語り部によって、多種多様な改変を受け、ただそれでも、物語の根幹には「救世主」という世を救ったものとして認識されていた。

 必然、「英雄様」は誰からも称えられ、歴史学では必ずといって良いほど言及され、英雄学といった学問にまで発達をみせた。


 歴史学者は、誰も彼もが聖人君子を彼を称える。それもそうだろう、歴史に残る彼の行動は、あまりにも無私であり、あまりにも利他的行動である。

 ヒュアノイドである彼は、種族的に他種族よりも優位な立ち位置であったというのに、種族同権を確立させ、その施行と周囲認知に邁進し、勤め上げた。

 また、それだけでなく、種族適応に血路を開き、今だ達成しきれてはいないが、数多くの種族が各生存領域での活動力を飛躍的に上昇させた。


 しかし、この活動はヒュアノイドの特権階級を敵に回すものであり、当時は多くの「青き血族」に恨まれ、ヒュアノイドとの内紛を起こしていたという。

 このときの資料は時の王により焚書され、詳細は明らかではない。

 断片的に残る資料から、特権階級を廃止させ、王にまでも法の下に裁きを与えるという念書を取り交わしたということは推察されている。

 それは、今の時代に特権階級の名残があるのに現存しないことからも、的確な推測として誰もが自ずと認めていることである。


 こうして「英雄様」は歴史家にとって存知していなければならない存在となった。


 英雄学は過去の帝王学から派生した学問である。

 英雄学では英雄的行動指針を学習目標と掲げ、英雄的な信条、判断、意欲と態度などの英雄性を養うための学問とされている。

 この学問は、義務教育である年少学院において英雄学基礎として学習を義務付けられ、また発展的内容として、英雄思想学、英雄言動学、英雄理論学などに細分化される。発展的になるにつれて、「どうすれば英雄性が高いか」ということから、「なぜ英雄性があるか」「英雄の必要性」「英雄思想の問題」などを追及していくことになる。

 この学問は、犯罪率の低下や労働意欲の向上に大きく影響があるとされ、各国で特に着目されており、各分野において重要性が高いものとしている。


 しかしながら、英雄性は誰もが持つものでないことも確かであり、行き過ぎた英雄思想が個人に対して攻撃的になる場合も多々見られ、今の時代における大きな問題とされている。英雄心理学者の言では、英雄性にコンプレックスを持つものほど、他者に英雄性を強く求める傾向があるとされ、この問題は螺旋的に根が深くなってしまっている。この問題の解決は急務であるが、英雄思想は国営の一端であり、解決策のない王の葛藤の一つとされている。


 なお現在、帝王学は帝国制度の禁止により、聖王学と呼ばれるようになった。この変革により王族による統治は、基本的に平和的解決を中心としており、大きな戦争もなく、世界平和は英雄によって成されたとされている。


 そんな偉大な「英雄様」であるけれども、僕はそんな「英雄様」が嫌いだった。それはもう、顔を歪むほどに。すこぶる大嫌いであった。


 どんなに彼が世に尽くしたとしても。

 どんなに公明正大な行いをしていたとしても。

 どんなに聖人だったとしても、僕は「英雄様」を好きになることはないだろう。


 なぜなら、こんなにも永い間、彼は僕の大事な婆ちゃんを酷く、それはもう痛ましいほどに悲しませているのだから。

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